伍拾伍之巻を投下します。
お楽しみいただければ幸いです。
なお、今回及び次回は風柱・不死川実弥に対する辛辣な表現が存在します。
閲覧の際はご注意ください。
麟矢視点
槇寿郎氏が我が家を訪問され…煉獄様と千寿郎君が自宅へ戻ってから三日が経った。
あの後槇寿郎氏は俺立ち合いの下、煉獄様と千寿郎君に自らが躓き、長年燻ることとなった経緯を包み隠さず話され、己の不甲斐なさとこれまでの行いを土下座して詫びられた。
煉獄様と千寿郎君も涙ながらにその謝罪を受け入れられ…まだ多少ぎこちない部分は見受けられるが、煉獄家の問題は一応の解決を見た。と考えて良いだろう。
日の呼吸について書かれていた炎柱ノ書に関しては、原作通り槇寿郎氏がビリビリに引き裂いてしまっていたが…これまた原作通り千寿郎君が修復に名乗り出てくれたので、おそらく大丈夫だろう。
「こうなると、次の問題は…
あの兄弟。すなわち不死川様と玄弥君の関係だ。二人の関係が拗れてしまった経緯、そして不死川様の思いは十分理解しているが…実のところ、それだけでは説明しきれない部分が存在する。そして―
「
獪岳の時同様、原作では描かれなかった事情が恐らく存在する。それは…
「麟矢さん、玄弥です」
ノックの音と共に、玄弥君の声が聞こえたのはその時だ。
「どうぞ」
「失礼します。麟矢さん、俺を呼んでるって後峠さんから聞いたんですけど…」
「ええ、玄弥君に少し話しておくことが出来まして…とにかく座ってください」
入室した玄弥君に椅子を勧めながら、俺は手早く考えを纏めていく。
打てる手を全て打っておく為にも、不死川兄弟の関係改善は一日でも早く行わなくてはならない。この際、
実弥視点
遠方での任務を済ませ、纏まった休みを貰った俺は、三日間の完全休養で疲労を完全に抜き…東雲と親しくしている隠から半ば無理矢理聞き出した奴の家へと向かった。
東雲の野郎、何を企んでいるか知らねえが…いつまでも好き勝手出来ると思うなよ。すぐに化けの皮を剥がして…
「でけェな…」
聞き出した住所にあったのは、三階建ての洋館。建物の大きさはもちろん、庭も相当な広さ。認めたくはないが、俺の屋敷より…でかい。
「ちっ、まぁいい。とっととやる事を」
やるだけだァ。心の中でそう呟きながら、俺は門の前を竹箒で掃除している洋装の女中へ声を―
「あ―」
「不死川実弥様でいらっしゃいますね」
「ッ!?」
かけようとした瞬間、背後から声をかけられた。慌てて振り返るとそこにいたのは、壮年の男。馬鹿な、俺が容易く背後を取られただと!?
「ちぃっ!」
俺は咄嗟に地面を蹴って男と距離を取りながら、男の風体を観察する。
でかい…六尺はある。それに洋装の上からでも判るほど鍛えられた体。容易く俺の背後を取った身のこなし。かなりの使い手だ。
それに…男の纏っている雰囲気から見て、
仮に一戦交えたとしたら…十中八九勝つことは出来る。だが、こっちも無傷じゃ済まねェ…手足の一本か二本は覚悟する必要が―
「不死川様、落ち着かれてください。私は東雲家執事、後峠喜代晴と申します」
「執事…だとォ?」
「麟矢様は離れの方でお待ちです。どうぞこちらへ」
後峠とかいう執…事? に案内されて、俺は門を通り屋敷の中へ向かった訳だが…
「………」
黙って一部始終を見つめ、静かに頭を下げていた洋装の女中とすれ違う瞬間、女中が僅かに手を動かし…持っていたのが、
その後も何度か女中や使用人とすれ違ったが…全員ではないものの何人かは相当腕が立つ様子だった。この屋敷はどうなってやがる!?
麟矢視点
さて、我が家を訪問された不死川様を離れでお迎えした訳だが…
「………」
不死川様はお出しした紅茶や茶菓子に手を付けることもせず、鬼のような形相でこちらを睨みつけていた。その理由は…俺の背後にある。
「おい、東雲ェ…なんでてめえの後ろに愚図や関係無い連中が座ってやがる?」
そう。玄弥君や炭治郎君達『離』の面々に同席してもらっているのだ。そして不死川様の反応はこちらの
「不死川様が我が家を訪問される理由。それは十中八九…いや、九分九厘『離』に関係することだと推察出来ましたので、炭治ろ…竈門隊士達にも同席してもらいました。もっとも、彼らは見物人のようなものなので、ご安心ください」
不死川様の怒気を受け流しつつ、何事も無いように振舞っていく。炭治郎君達には少々辛い時間になると思うが…何とか耐えてくれ。
「…ちっ、まぁいい。本題に入ろうじゃねぇか…東雲ぇ、てめえは何を企んでやがる?」
「企む…はて、何のことやら」
「とぼけんじゃねぇ!上弦の参の撃破にその愚図が貢献しただぁ? そんな出鱈目誰が信じる!」
「出鱈目ではありません。首を刎ねても尚動いていた上限の参に止めを刺したのは、玄弥君が発射した
「ら、らいふるぐれねえど…だとぉ?」
聞きなれない言葉に首を傾げる不死川様へ、俺は
「…はんっ、要するに鉄砲を使って安全な場所から止めを刺したってことか。愚図な上に臆病者とは、どうしようもねぇな」
これまた想定通りの反応を見せてくれる不死川様。一方、実兄からの心無い言葉に顔を歪める玄弥君だが、必死に勇気を振り絞って口を開く。
「あ、兄貴! 聞いてくれ…俺、俺!」
「誰が兄貴だ…馴れ馴れしい口を聞くな、愚図」
玄弥君の『兄貴』という言葉に、怒気を強める不死川様。だが、ここで退くことは出来ない。玄弥君は一度だけ息を吐き―
「俺、俺、ずっと兄貴に謝りたかったんだ!」
不死川様にずっと伝えたかったことを口にしていく。
「あの時、あんな酷いこと言っちまって…兄貴は俺を―」
「知ったこっちゃねぇ…どうでもいいことだ。そもそも俺に弟なんかいねぇ」
不死川様の反応は想定通りであり、どこまでも冷たかった。
「常中どころか全集中の呼吸もまともに出来ねぇ、剣を振るう才能も無けりゃ、鬼と正面切って戦う度胸もねぇ。安全な場所から鉄砲撃つしか能がねぇ。何も出来ねぇ臆病者の愚図が戦いの場にいちゃ迷惑なんだよ」
「………」
「何を謝りてぇのか皆目見当がつかねぇが…俺に悪いと思ってるなら、鬼殺隊辞めて俺の視界からさっさと消えろ」
「………」
取り付く島もない。その言葉通りな不死川様に何も言えなくなる玄弥君。部屋中を嫌な沈黙が満たそうとしたその時―
「いい加減にしろ!」
立ち上がると同時に声を張り上げたのは、ここまで黙って状況を見つめていた炭治郎君だ。
「玄弥がどれ程の努力を積み重ねてきたかも知らない癖に、偉そうなことを言うな! 第一、弟じゃないと、家族じゃないと言うのなら、玄弥に進む道を強制するな!」
炭治郎君の叫びに、
「なんだと…てめェ…」
これまた
「炭治郎君、座ってください」
「麟矢さん、でも!」
「君の気持ちは重々理解しています。しかし、ここで君が出てくると話が纏まらなくなります。ここは私に任せて、座ってください」
「……はい」
俺の言葉に悔しげな表情を見せながらも腰を下ろす炭治郎君。俺は小さく頷いて不死川様へと向き直り―
「竈門隊士が失礼致しました。しかしながら…」
謝罪の意を込めて一礼した上で…
「竈門隊士の言葉は、私にとっても偽らざる本音だったりします」
「あぁ?」
俺の言葉で額に浮かぶ青筋の数を増やす不死川様。だが、俺はそれを華麗に無視しながら指を鳴らし、部屋の外で待機していた後峠さんを部屋へと招く。
後峠さんはクラシックなデザインの
「なっ……」
その瞬間、怒りから驚愕へと変わる不死川様の表情。まぁ、それも当然だ。白い布を取り去ったことで露になったのは
「十円金貨がざっと三千枚あります*1。まぁ…この程度の金額、用意しろと言われればすぐに用意出来るわけですが、真の友人となるとそうはいかない」
俺はここで一旦言葉を切り、玄弥君や炭治郎君達へと視線を送ってから再度口を開く。
「私と彼らは、『離』という枠組みの中では上司と部下という関係ですが、それ以外の場では掛け替えのない友人であると私は思っていますし、彼らにもそう思ってもらいたい」
「……さっきから何が言いてぇ…」
「わかりませんか? 友人を口汚く罵られて…黙っていられるほど、私も大人じゃないんですよ」
「「「「「っ!?」」」」」
炭治郎君達も顔を青褪めさせているが、俺は敢えてそれを無視。
「まぁ、ここまで来たら…言葉だけでどうにかなるとも思えませんね。わかりました、ここからは
満面の笑みを浮かべながら、不死川様へとある提案をした。それは…
「不死川様、私と勝負しましょう」
炭治郎視点
「まさかこんなことになるなんて…」
鍛練場に移動しながら、俺は思わずそんなことを呟いていた。あの後麟矢さんは、
-私が勝ったら、今後玄弥君の行動に一切の干渉を止めてもらいます-
-逆に私が負けたら、『梁』の地位を耀哉様に返上し、一介の隊士に戻りましょう。『離』も解散して炭治郎君達は、それぞれ別々の班に所属してもらいます-
-不死川様…貴方にとってこの勝負、メリット…利益の方がはるかに大きい。まさか、逃げたりしませんよねぇ?-
芝居染みた挑発まで行って、
麟矢さんの実力は、傍で戦っている俺達が一番解っている。だけど、
もちろん麟矢さんの力を信じている。だけど、もしも…もしも麟矢さんが負けてしまったら?
「炭治郎様」
どうしようもない不安に襲われた俺に、後峠さんが声を掛けてきたのはその時だ。
「炭治郎様の不安、多少なりとも理解出来ているつもりでいます。しかしながら…麟矢様が格上の相手に無策で挑まれるとお思いですか?」
「それじゃあ…」
「はい、既に麟矢様の策は張り巡らされております。無策で挑めば一割に満たないであろう勝率、恐らくは四割以上に高めておられるかと」
後峠さんの言葉を聞き、俺は澄まし顔でぐろおぶという綿入りの手袋を両手に嵌めている麟矢さんに視線を送る。麟矢さん、勝ってください!
実弥視点
拳を保護する為に渡されたぐろおぶとかいう綿入りの手袋を両手に嵌め、俺は東雲の野郎へと向き直る。
どういう魂胆かはわからねぇが、東雲の方から勝負を挑んできたのは好都合だ。徹底的に叩きのめして、二度とふざけた真似が考えられねぇようにしてやる!
「それでは…始め!」
「シイアアアア!」
審判に名乗り出た
「シィッ!」
それを見た東雲は左の突きを放ってきたが…突進の勢いに驚いたのか、東雲は届きもしねぇ突きを放ちやがった! 馬鹿が! 拳一個分、間合いが―
「なぁっ…」
遠いんだよ! と続ける筈だった心の声は突然打ち切られた。馬鹿な! 拳一個分遠かった筈の突きが、届いた…だと!?
「シィッ!」
驚きから立ち直るまでの僅かな時間。瞬き程の間に、東雲が左腕を鞭のようにしならせて放った突きが次々と命中する。四…いや、五発か!
「さて…いつまでも自分が格上だと思うなよ? 三下」
怒りと殺気を込めた言葉をぶつけながら、ニヤリと笑みを浮かべる東雲。くそっ! またつまらねぇ小細工をしやがってぇ!
沸き上がる怒りに唇を嚙み締めながら、俺は一旦東雲と距離を取り、構えを取る。もう手加減は一切しねぇ…全力でぶちのめす!
麟矢視点
怒りのあまり、鬼を通り越して修羅の形相となった不死川様を見て、俺はここまでの仕込みが上手くいっていることを確信し、密かに安堵の息を吐く。
自分と不死川様の実力差を考えると、無策で挑んで勝てる確率は一割あるかどうか。だが、用意した仕込みがすべて上手く働けば、勝率を四割強にまで高めることが出来る。
「さて、ここからが本番」
俺はそれまで取っていた構え…
不死川様…悪いですが、貴方に実力を発揮させたりはしない。徹底的にいやらしい戦い方をさせてもらいます!
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回、不死川兄弟の関係に変化が?
※大正コソコソ噂話※
東雲家で働く使用人には、就労の条件として何かしらの武術を習得することが定められており、全員が何かしらの武術もしくは武器術を習得しています。
今回、不死川様が声をかけようとした女中。本名花之沢若菜さんは仕込み刀を用いた居合術を得意としており、その実力は全使用人14人中7位に位置付けられています。