前回、前々回に続き、今回も柱が登場します。
お楽しみいただければ幸いです。
麟矢視点
ある日の午後、俺は父さんが庭園の一角を潰して造った鍛錬場で、弓の鍛錬に勤しんでいた。
「………」
矢を番え、弓を引き、狙いを定めて射る。一連の動作を淀みなく、素早くこなして、33間*1先に設置された的を次々と射抜いていく。
「…ふぅ」
合計7つの的を射抜き終わったところで、俺は専用に特注した
「………2射ずれたか」
間近で的を確認すると、7射中5射は的のど真ん中を射抜いていたが、2射は真ん中を僅かに外していた。どうやら集中が足りなかったようだ。
「引きずってるなぁ」
ここ数日
鬼殺隊の改革は、概ねスムーズに進んでいる。弓隊の結成はほぼ確定したし、人員の選抜も『隠』を中心にして始まっている。胡蝶様の件も前向きに進んでいるようだ。しかし…
「
耀哉様の仲介で、宇髄様、胡蝶様以外の柱にも挨拶に出向いたのだが、その結果が最悪だった。
水柱・
-俺は水柱じゃない-
-そんな事を簡単に言ってしまえる簡単な頭で羨ましい-
返してきたのはこの二言だけ。いや、冨岡様の事情は分かってるよ?
水柱じゃない云々は、錆兎氏の死を未だに引きずっていて、罪悪感や後悔から出てきた言葉だろうし、そんな事を簡単に…というのも、恐らく誉め言葉なんだろう。多分。
まぁ、冨岡様はまだ良い。土産の鮭大根は受け取ってもらえたし。問題は風柱・
-てめぇが鬼殺隊の隊士でもないのに、お
-日輪刀で鬼と正面切って戦える腕も度胸もねぇ奴らに、何が出来るってんだァ!-
-そんなもん作っても無駄死にするのが関の山だァ、さっさと解散しちまえ!-
と、最初から喧嘩腰全開で、まったく話にならなかった。手土産として持参したおはぎも重箱ごと投げ返されたし…
不死川様なりに心配して言っているとは思うんだけど…冨岡様とは別ベクトルで口下手すぎ!
厳密に言えば先代炎柱・
話は戻るが、柱への挨拶は現時点で2勝2敗。次の結果次第で鬼殺隊の改革、ひいては原作改編の難易度が大きく変わってくる。失敗は許されない。
「麟矢様、こちらにいらっしゃいましたか」
鍛錬場に入ってきた後峠さんが声をかけてきたのはその時だ。
「先日お命じいただいた件ですが…見つかりました」
「それは重畳。どちらにお住まいで?」
「それが………少々、予想外の事が…」
吉報に喜ぶ俺に対し、どこか歯切れの悪い物言いの後峠さん。だが、覚悟を決めたのだろう。
「実は…」
自らの得た情報を話してくれた。その内容に―
「それはまた…世間は狭いというか何と言うか……」
俺もそう呟き、思わず空を見上げるのだった。
それから3日後。俺は任務を終え、今日から3日間の休息を兼ねた待機に入った岩柱・
「岩柱、悲鳴嶼行冥様。本日は休養中にも拘らず、面会の時間を設けていただき、ありがとうございます」
悲鳴嶼様との対面を果たしていた。
「これはつまらない物ですが…」
早速持参した手土産を差し出そうとするが―
「その前に、
突き出された悲鳴嶼様の手に、その動きは止められてしまった。
「尋ねたい事…私に答えられることでしたら、何なりと」
差し出しかけた手土産を引っ込めた俺は姿勢を整え、悲鳴嶼様の次なる声を待つ。
「君が鬼殺隊の改革に着手している事は、お館様より伺っている。何故、そのような事を?」
「何故…耀哉様からお聞きになっているのでは…」
「たしかにお館様より伺ってはいる。だが、それはそれ。君自身の口から理由を聞きたい」
まるでこちらを試しているかのような悲鳴嶼様の声。これは…隊士の犠牲を減らしたいから。と答えても納得はされないだろう。もっと根本的な…
「正直な話、大した理由ではありませんが…」
「構わない。君の本心を知りたい」
悲鳴嶼様から了解を得た俺は、軽く息を吸い―
「理由は単純で、利己的なものですよ。
鬼殺隊の改革に着手した本当の理由を話し始めた。
「私の父と祖父は、18年前鬼に襲われ…当時の鬼殺隊隊士に救われました。その後、東雲の家を継いだ父が鬼殺隊への支援を始め…同時に耀哉様とも個人的な付き合いを始めています」
「父と耀哉様は一回り年が離れていますが、随分と馬が合ったようです。互いの子どもを許婚にするくらいには」
「父は耀哉様の事を無二の親友と評していましたし、私自身出会って4ヶ月程度ですが…耀哉様に強い敬意と好意を抱いています」
「だからこそ、耀哉様のお心にかかる負担を少しでも小さくしたい。鬼と戦い亡くなった…耀哉様が死地へ送り出し、帰還が叶わなかった隊士を少しでも少なくしたい」
「それが鬼殺隊の改革に着手した真の理由です。ご満足いただけましたか?」
一気に説明を終えた俺は、悲鳴嶼様へ頭を下げ、反応を待つ。さて、どんな反応が返ってくるか…
「……君の考えはよくわかった。その言葉に嘘偽りが無い事も。同じお館様を敬愛する者として、君の改革に賛意を示そう」
「ありがとうございます!」
その言葉と共に悲鳴嶼様へ再度頭を下げながら、俺は内心興奮を覚えていた。最強の柱である悲鳴嶼様を味方に出来たという事実は大きい。改革を一気に進められそうだ。
「では、改めまして…これはつまらない物ですが…」
興奮を悟られないように努めて平静を維持しながら、俺は悲鳴嶼様に手土産として持参した3段の重箱を差し出す。
「これはご丁寧に。不躾だが中身をお聞きしても?」
「はい。悲鳴嶼様は炊き込みご飯が好物だとお聞きしたので、炊き込みご飯を! 下から山菜の炊き込みご飯、栗ご飯、
「悲鳴嶼様は元々仏門に帰依されたお方なので、肉や魚の類は一切使用しておりません。安心してお召し上がりください」
「………鬼殺隊に入ると決めた時点で、私は仏の道と別れを告げている」
「それは…余計な配慮でした。申し訳ありません」
「いや、心遣いはありがたく」
謝罪する俺に対し、手を合わせてそう答える悲鳴嶼様。うん、そろそろだな。
「悲鳴嶼様。実は、悲鳴嶼様にどうしてもお尋ねしたい事がありまして…」
「尋ねたい事…私に答えられる事であれば、何なりと」
「では、遠慮なく」
俺はここで一旦言葉を切り、数秒の間呼吸を整えると―
「単刀直入にお聞きします。
質問を口にした。
行冥視点
「単刀直入にお聞きします。
東雲殿の発したその言葉に、私は不覚にも言葉を失い…
「な、何故、その名を…」
ゆっくりと10数えられるだけの時間が経った頃、辛うじてこの一言を絞り出す事が出来た。
沙代…忘れる筈が、忘れられる筈が無い。あの日まで共に暮らしていた9人の子ども達の1人であり、あの日唯一の生き残り。そして…
―あの人は化け物。みんなあの人が、みんな殺した―
恨んでいる訳ではない。あんな状況の中で気が動転してしまったが故、誤解されるような物言いしか出来なかったのだ。子どもはいつも自分のことで手一杯なのだ。無理もない。
だが、せめて一言…せめて一言、『ありがとう』と言ってほしかった。その一言があれば、私は―
「悲鳴嶼様が鬼殺隊に入るきっかけとなったあの出来事。耀哉様が手を尽くされて、表向きには無かった事になっています。しかしながら、少々思うところがありまして…
思考に没頭しかけたところへ聞こえてきた東雲殿の言葉。沙代を探し出した? 何故? 何の為に?
「理由は、悲鳴嶼様や当時の関係者が
「ッ!?」
東雲殿の言葉に私は再び言葉を失う。見落としていた真実…そんなものが、あった…のか? あの子達は、目の見えぬ大人など頼りにならぬと、我が身可愛さに逃げだしたのでは…なかったのか?
「ここに…沙代さんの書いた手紙があります」
「なっ…」
「悲鳴嶼様は目が見えませんので、私が代読することになります。どうか、書かれている内容を…信じてください」
東雲殿の言葉に、私はただ頷くことしか出来なかった…。
麟矢視点
「悲鳴嶼様は目が見えませんので、私が代読することになります。どうか、書かれている内容を…信じてください」
俺はそう言いながら背広の懐から取り出した1通の封筒。その封を切って、中の便箋を取り出しながら…3日前の事を思い出していた。
色々と役に立つ伝手を持っている後峠さんに頼んだ結果、沙代という少女は予想以上に早く見つける事が出来た。しかも…ビストロド東雲渋谷店で働いていたのだ。
東雲商会の社内規定では、入職出来るのは16歳になる年の春からと決められている。その為本来なら、まだ10歳かそこらである彼女が働く事は不可能なのだが…
「まぁ、そう言う事情なら仕方ありませんね…」
後峠さんの報告にそう呟き、俺は思わず頭を掻く。
彼女も尋常小学校が休みの日は、養父母が営んでいた飯屋を積極的に手伝うなど、関係は良好だった。だが3ヶ月前、養父が急な病に倒れた事で状況は変化する。
稼ぎ頭である養父が倒れ、養母は半年前に産まれた乳飲み子の世話に追われて、まともに働けるような状態ではない。そんな緊急事態に際し、
養父の知人であったビストロド東雲渋谷店の店長に頼み込み、下働きとして働き始めた。渋谷店の店長も
「とにかく明日、渋谷へ行ってみます。後峠さん、渋谷店の店長に連絡をお願いします」
「畏まりました」
翌日。俺は朝から渋谷へ向かい、開店前のビストロド東雲渋谷店で店長と面会。その後―
「今回の面会は、貴女や店長を処罰する為のものではありません。だから、安心してください」
「は、はい…」
自宅で待機していた沙代さんと面会し、話をする事が出来た。明らかになった真実。そして沙代さんの偽らざる気持ち。俺はそれらを手紙に書いてもらい…今に至る。
「それでは、読み上げます」
行冥視点
「それでは、読み上げます」
その声に続くようにゆっくりと読み上げられる沙代からの手紙。その内容を聞くうちに…私は……
「う、うぅ…」
両目からボロボロと零れ落ちる涙を止められなくなっていた。
手紙に書かれていたのは、己の幼さと錯乱によって、あの時私に濡れ衣を着せる様な発言しか出来なかった事への謝罪。
その後何とか真実を訴えようとしたが、気が触れてしまったか、私を庇っているとしか受け取ってもらえず、どうする事も出来なかった事。今もなお、それらの事で後悔し続けている事。そして…
「あの子達は我が身可愛さで逃げようとしていたのでは、なかったのか…」
私の元から離れた3人は、それぞれに私を守ろうとしていた事。信太と五郎は武器になる農具を取りに行こうとしていた。ミツは外へ助けを求めに行こうとしていた。
「私は、なんと…愚かだったのだ…」
あの子達は最後まで、
「愚かな私を許してくれ…信太、五郎、ミツ…沙代…」
私は泣いた。泣いて泣いて…体中の水分を出し尽くすほど泣いた。
「……お見苦しいところをお見せして、申し訳ない」
どれほどの時間泣き続けたのか…ようやく落ち着きを取り戻した私は、黙って見守ってくれていた東雲殿に頭を下げ…
「東雲殿。沙代に会う事は…可能だろうか?」
心に浮かんだ今一番やりたい事を口にした。
「少しの間で良い。あの子に会って、後悔などしなくて良い事を伝えてやりたい…」
「沙代や親御さんの都合もあるだろうから、今すぐでなくても構わない。都合がつき次第…どうか」
額を畳に擦り付け、東雲殿に頼みこむ。無茶な事を言っているのは百も承知。だが、どうか―
「それでは、明後日にでも行きましょう」
あぁ、都合をつけてくれるとは、ありがた…
「明後日は日曜日で、沙代さんは昼からビストロド東雲渋谷店に出勤します。昼食を食べながら、話をすると良いですよ」
「あ、いや、明後日というのはあまりにも急。店の方にも迷惑がかかるのでは?」
「悲鳴嶼様、私を誰だとお思いで? こういう時に
あぁ、私の目は何も映す事は無いが…きっと、今の東雲殿は悪い顔をしているのだろう。
「威圧感のある隊服は除外するとして、作務衣や着流し…いや、いっその事洋装という手もありますね」
なにやら、私の服装について考えを巡らせている東雲殿。私は、口を挟む事も出来ず…ただ流されてしまうのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
※大正コソコソ噂話※
翌日。麟矢が超特急で用意させた特注の洋装に袖を通した悲鳴嶼さんは、麟矢と共にビストロド東雲渋谷店へ来店。
麟矢が事前に連絡して用意させた個室で沙代さんと再会し、昼食を共にしながら空白の期間を埋めるようにたくさん話をしました。
また、沙代さんの養父母とも面会し、沙代さんを引き取ってくれた事へのお礼と、養父さんの治療費を援助する事を伝えたそうです。
そして、沙代さんとはこれからも時々会う事を約束したそうです。