真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます   作:アラッサム

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第112話

「……無事、なのか?」

 

 光が収まり、ミーシャとリリーの二人を庇うように抱きしめていたロークは混乱しながら起き上がり、そして足元を見て目を見開く。

 

「これはッ!?」

 

 まるでガラスを彷彿とさせる床だった。

 先程まで大地を覆っていた筈の黒い海に蓋をするかのように足元に広がる霊力で形成された輝く床が確かに足元に広がっていたのだ。

 

「この床は……」

 

「これは一体……」

 

 何が起きたのか現状が理解できず、ロークと同様に身体を起こしながら困惑するリリーとミーシャ。二人が無事な様子に安堵するロークは床の上で頭を抑えながら身体を起こすガレスと唸り声を漏らすベオウルフの声を耳にして視線を向ける。

 

「……ッ」

 

「ガレスッ! 無事だったかッ!」

 

「ああ、何とか。それより、この足場は……」

 

「船だよ」

 

 状況が分からず疑問を口にするガレスに空から答えが返ってくる。声の方向ぶ目を向ければ赤竜の背から契約精霊たちと共に降りてきたケイの姿があった。

 

「船?」

 

 ケイの言葉を聞いてロークが周囲を見回すと確かに床の形状は船の甲板のようになっており、背後には帆らしきものが広がっている。

 

「まさか霊術で作ったのか?」

 

「まぁ、燃費が最悪な上に所詮は霊術で作ったハリボテ、だけどね」

 

 クロから霊力で形成された足場にミーシャを抱えながら降り立ったロークが驚きながら尋ねるとケイは額から汗を流しながら答える。

 

「これでハリボテって冗談だろ」

 

 ケイが生み出したこの船は少なくともアぺプスの放つ一撃を防げるだけの防御力を誇っている。ハリボテどころか堅固とさえいえる耐久力を誇っている。

 

 故に問題なのは船の耐久性ではなく……。

 

「それより、身体は大丈夫なのか?」

 

 術者であるケイの状態だった。

 霊術を行使するケイの顔色は見るからに悪く、呼吸も荒い。本人が言うようにこの霊術を維持する為に相当無理をしているのだろう。

 

「余裕は無いが、ここは攻め時だろ?」

 

「……」

 

 ケイはロークの問いに口角を上げながらそう答えると前方でとぐろを巻きながら佇むアぺプスへと視線を向ける。

 

『…………』

 

 傷を負った頭部と右目の一部を黒い靄のようなもので覆い隠し、残った瞳で光の船を見下ろすその姿は未だ凄まじい覇気を放っている。

 

けれどアぺプスから感じる霊力は間違いなく萎んでおり、纏う闇も最初よりも随分と薄くなっている。ミーシャの一撃が確実に効いているとみて良いだろう。

 

「どちらにしても、あまり長びかせる訳にはいかないね」

 

 背後から聞こえてくるその声に振り返ればロクスレイとレイアに支えられたオーウェンの姿があった。

 

「師匠、その身体は……」

 

「ハハハ、情けない話だけど攻撃を躱し切れなくてね」

 

 苦笑を浮かべるオーウェンの全身にはアぺプスの闇の霊術で負った痛々しい傷が刻まれていた。

 

「すみません、僕の霊術が遅れたばかりに」

 

「単純に僕の力量不足だ、トラルウス君が気にする話じゃない」

 

 謝罪するケイにオーウェンはそう答えながら「それよりも」と話題を変えながらアぺプスに視線を向ける。

 

「今はアぺプスに意識を、どう攻略するべきかを考えよう」

 

「けど、どうすれば……」

 

 オーウェンの言葉にレイアが不安げに呟く。確かにアぺプスを弱体化させることには成功したが、こちらの消耗はそれ以上に激しい。

 

 オーウェンは負傷によってまともに動けず、ミーシャも霊力の消費が激しくすぐには戦えない。果たしてこの状況でアぺプスを倒す方法があるのだろうか。

 

「……俺がやる。啖呵を切ったのは俺だしな」

 

 レイアの思考を遮るようにロークが覚悟を決めた声音で呟く。

 

「ローク先輩」

 

「何か手が?」

 

「ああ。とはいえ、みんなの協力が必要不可欠なんだが———ッ!」

 

 ミーシャの質問にロークが返答をしようとした瞬間、その場にいた全員が闇の中に沈んだかのような感覚に襲われる。

 

「はぁ、はぁ……」

 

『……クハハハ。やってくれるな、小僧共』

 

 全員が呼吸を乱す中、ロークたちを賞賛するアぺプスの声が重々しくも楽しげな笑い声が響き渡る。その声音には最初と比べると侮りが消え、代わりに敬意の色を感じ取ることができた。

 

『どうやらお前たちを侮っていたらしい。鈍っていたとはいえ、あんな無様を晒す羽目になるとはな』

 

「…………」

 

 どこか恥じ入るように呟くアぺプスの言葉を黙って聞いていたロークは次の瞬間、その金色の瞳と目が合った。

 

『認めよう。確かにお前たちは私を倒しうる強者だと』

 

「別に認めなくていいんだけどな」

 

 伝説の邪霊からの謝罪に一同が驚きや困惑などそれぞれの反応を見せる中、ロークは苦笑を浮かべながら答える。

 

 寧ろ侮ってくれていた方が付け入る隙が多くてこちらとして戦いやすい。もっと侮って欲しいとすら思うが、慢心を感じ取れなくなった金色の瞳からその期待は薄いだろうとロークは察する。

 

『故に敬意を示し、我が最大の霊術をもってお前たちを倒そうッ!』

 

「ッ!」

 

 宣言と共に雄叫びを上げるアぺプス。その姿が完全に闇に包まれ、その全身から膨大な霊力を放ち始める。

 

『ガァアアア!!』

 

 飛躍的に高まるアぺプスの霊力に応じて大地の闇が飛沫を上げ、空の闇は雷鳴を轟かせながら黒雷を降らす。

 

「くッ!」

 

 上下から迫ってくるアぺプスの闇にケイはその表情を歪めながら指揮棒を振るい、防御を展開する。

 

「策があるなら急げッ! 長くは保たないッ!!」

 

「ローク、何をする気だい?」

 

 切羽詰まったケイの言葉を聞きながらオーウェンは弟子の意図を尋ねる。

 

「アレを使います。今の霊力以上の火力を出すにはアレしかないです」

 

「……いけるかい?」

 

「賭けではありますが、勝算はあります」

 

 何をする気かを察したオーウェンの問いにロークは力強く頷く。その様子を見たオーウェンは素早く弟子のサポートに動き出した。

 

「ヴォーパルトくん、君の精霊で僕の言う通りに陣を作ることは可能かい?」

 

「ええ、それくらいなら」

 

 ロクスレイはオーウェンの指示に応じると銀騎士を呼び出し、陣の構築を始める。

 

「他のみんなは陣の角についてロークのサポートを、精霊たちはトラルウスくんの援護をしてくれ。ミーシャ様は———」

 

 オーウェンがガレスたちにそう声賭けをする中、銀騎士はその身体を液状に変化させて五芒星の陣形を形成する。

 

「……」

 

 ロークは銀色の陣の中央に立つと依代を取り出し、中の微精霊たちを呼び出すと簡易契約を結ぶ。

ケイの霊術の影響か、現れた微精霊たちは一時的に落ち着きを取り戻しており、すんなりと簡易契約を結ぶことができたロークはそのまま微精霊たちを仲間たちが立つ五芒星の角へと送る。

 

「クロッ!」

 

『○▽&!』

 

 ふわりと微精霊たちが所定の位置に着地する中、最後の角、オーウェンが立つ角にクロが着くのを確認するとロークは契約を介して霊力を流し始める。

 

「みんな、これからロークが微精霊たちに霊力を送って術式を組むから術式の制御に協力してくれ」

 

「術式の制御って———」

 

 レイアが困惑の声を漏らす中、回路となった銀騎士の身体を通してロークの霊力が流れ、五芒星の陣が光を帯び始めた。

 

 

******

 

 その光景はあまりにも激烈で壮大な光景だった。

 天からは黒い雷が何条にも渡って降り注ぎ、大地に広がる闇が爆発と共に飛沫を上げる。かと思えば宙に広がる闇が無数の弾丸となって辺り一帯を縦横無尽に舞う。

 

 そんな地獄のような世界を駆る一隻の光舟。守るは一人の男と精霊たち。

 銀狼の咆哮と共に展開された氷の盾が黒雷を受け止める。

迫り来る無数の闇を牛頭半人が放つ雷が砕き、赤竜の業火が焼き尽くす。

 

 讃美歌が響き渡る甲板にて精霊師の振るう指揮棒が舟の進路を決め、ギリギリのところで大地から迫る爆撃を躱していく。

 

 この闇に包まれた世界で数秒ごとに迫りくる死の波を全力で乗り越え、また迫ってくる死の波を全力で越えていく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」

 

 仲間たちの精霊の協力があるとはいえ、本気になったアぺプスの怒涛の攻勢を耐える為に多量の霊力を消費し続けるケイは息を切らし、滝のような汗を流していた。

 

「はぁ、はぁ……はは、はははッ!」

 

 既に限界が近く、今にも意識が飛びそうになりながらもケイは口角を上げながら笑い声を上げる。

 

「まだ、まだまだ」

 

 そう呟くケイの脳裏を過るのはアぺプスに啖呵を切ったロークの後ろ姿。

かつて自分と戦った時のように、まるで英雄を彷彿とさせる彼の振る舞いにケイの心はこれ以上ないほどに高揚していた。

 

「ハッピーエンドに英雄を送り届けるまで……この舟は沈ませないよ」

 

 生み出した英雄譚の筋書き。作家にして役者の一人となったケイはこの物語を望む終わりに運ぶため、満身創痍の身体に鞭を振るい、舟を操り続ける。

 

『グォォオオオッ!!』

 

 しかし、そんなケイの命懸けの抵抗を嘲笑うようにアぺプスの雄叫びが響き渡った。

 

「———」

 

 大気を揺るがすほどの霊力と共に大地に広がる闇がゆっくりと立ち上がる。アぺプスの巨体を裕に越え、天の闇をも越えるほどに立ち上がった闇はまさに壁としか形容することがでず、その光景を目にしたケイの表情が今度こそ明確に歪む。

 

 ———回避は……範囲が広過ぎる不可能だ。なら防御は……恐らく全霊力を守りに回したとしても防ぎ切れない。

 

「それでも———」

 

「———猛き炎の意志。清浄なる水の祈り。温かき大地の恵み。自由なる疾風」

 

 指揮棒を構え、迎撃の構えを取っていたケイは詠唱と共に背後から感じる凄まじい波動に思わず振り返ってしまう。

 

 視界に入ったのは五芒星の陣の中にて四属性の霊力を混ぜ合わせながら術式を組み上げるロークの姿だった。

 

「複合霊術……」

 

 複数の属性を掛け合わせて発動する霊術、複合霊術。

 基本的に一体の精霊と契約する精霊師にとって複合霊術は高い技術を必要とする。ましてや今のロークは相反する属性を混ぜ合わせた四属性の掛け合わせ、その難しさは並大抵のものではない筈だが周りのサポートもあって霊力は安定している。

 

「いや、これは———」

 

「誠実なる黒き誓い」

 

 四属性の中に更に闇の霊力が混ざり合い形成された星の如き光にケイが目を見開く中、アぺプスが先んじて霊術を発動させた。

 

『闇へと沈め、強者どもよッ!!』

 

 惜しみない賛美と共に闇を解き放つ。

 まるで天が落ちてくるかのように、眼前の黒い壁が崩れ、闇が大津波となって舟を飲み込まんと襲い掛かってくる。

 

 精霊たちが雄叫びを上げ、精霊師たちがその光景に息を呑む中、ロークはゆっくりと剣を構えて構築した星を解き放つ。

 

「霊術奥義 超新星ッ!」

 

 剣によって指向性を与えられた星は真っ直ぐ大津波へと向かっていき、やがて極光と共に拡散する。

 

『ッ!』

 

「ォォォオオオオオオッ!」

 

 五つの属性が複雑に混じり合ったことで生まれた破滅の霊力は眩い光と共に迫ってくる闇まるで溶かすかのように悉く掻き消けしていく。

 

「———凄い」

 

 立つことすらままならない激しい衝撃波によって床に伏せていたレイアはボロボロの身体で必死に立つロークの背中とその先に広がる光景に圧倒される。

 

 霊術の極致と言えるその技は闇を照らす光のようだった。まるで物語のワンシーンかのようにアぺプスの闇を退ける輝きを見つめていた。

 

『———舐めるなッ!』

 

 そんな彼女を現実に引き戻すかのように冥闇龍の叫びが光の先から聞こえた。  

 闇を打ち消し、迫ってくる破滅の光を前にアペプスは一切、臆することなく吠えながら周囲に闇の障壁を展開。

迫ってくる光を受け止め、ガリガリと凄まじい勢いで削られていく障壁に霊力を注いでロークの霊術を押し返そうとするが、そこでガラスが砕けるような音と共に身体に鋭い痛みが走った。

 

 

『———馬鹿なッ!?』

 

 砕ける障壁の一部にアぺプスは明確な動揺の声を漏らした。

 決して油断などしていなかった。確かにこの霊術は賞賛に値する破壊力を誇っているが、それでも障壁に込めた霊力は十分に防ぎ切れる筈だった。

 

 ———何故、何故、何故。

 

 砕けていく障壁を残りの霊力をもって修復しながらアぺプスは原因を考え、この霊術の中に混じる異質な力の存在に気付いた。

 

『———この力、まさか』

 

 たった一つの金色の目を見開きながらアぺプスは驚く。

 忘れもしない、忌々しく同時に懐かしくもある力。ある意味では親でもあり、自らの根源たる力にかつての主人の姿が脳裏を過った。

 

『……イーヴァン』

 

 戦闘の最中に抱いてしまった感傷。それはほんの一瞬のことながら、それでもこの状況において致命的な隙となり、空でその白い翼を広げる天使に弓を構える猶予を与えてしまった。

 

「天弓(ラディアント)・冥墜(エクリプス)」

 

 この瞬間の為に霊力を溜めていたミーシャからの供給を受けた天使の一撃が修復しかけていた障壁を砕き、アぺプスの頭部を貫く。

 

 力を失った闇を光が打ち消し、そのままアぺプスの身体を飲み込んだ。

 

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