真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます   作:アラッサム

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第122話

「んん?」

 

 目を開けると見慣れた自室の天井が視界に入る。

 

 ———ああ、そういやあの後、部屋に戻ってすぐに眠っちまったんだったな。

 

 ミーシャと別れた後、寮に戻った俺はベッドに横になるや凄まじい睡魔に襲われてそのまま眠ってしまったのだった、

 

「今、何時だ?」

 

 身体を起こした俺は現時刻を確認しようと時計に視線を向けようとするが、そこで部屋の中に誰かの気配を感じる。

 

「ガレスか?」

 

 前に霊術を使用して氷の合鍵を勝手に作り出し、無断で部屋に入って来るという暴挙を行ったことを思い返しながら気配のする方に視線を向け、硬直した。

 

「あ、やっと来たね。お兄ちゃん」

 

 置かれているクッションの上に顔を乗せて寛いでいる美少女が口にしたその言葉に対して俺はきっとバカみたいな顔を浮かべたことだろう。

誰だ、この美少女は?

 

 いや、違う。この容姿、それに先程の俺の呼び方は……。

 

「……リリス?」

 

「そうだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんの可愛い可愛い妹だよ」

 

「……ッ!」

 

 何故、ここにリリスがいるのか、どうやって忍び込んだのか、そもそも目的は何なのか。

 

 一瞬の間に様々な思考が脳裏を巡るが、それを一蹴した俺は全身に霊力を回しながらリリスを取り押さえようと足を踏み込み———。

 

「———あ?」

 

 俺は身体に霊力が流れる気配がないことに違和感を覚え、その動きを止める。

 

 ———何だ、霊力が?

 

「アハハ、お兄ちゃん。ここで霊力は使えなよ?」

 

「なッ! そんな馬鹿なッ!?」

 

 リリスの言葉に驚きながら再度、霊力を込めようと試みるが、まるで霊力を感じることができない。

 

 一体、どうなってるんだッ!?

 

「一体、何をしたッ!?」

 

「フフフ、何でしょう?」

 

 揶揄うように質問を返してくるリリスに俺は冷や汗を流しながら思わず後退る。

 

 何かの魔術か? それとも寝ている間に何かされたのか?

 

 いや、それ以前に……。

 

「どうやってここに忍び込んだ?」

 

 この寮は学院の敷地内、つまり結界の内側に存在している。

 少し前のアぺプスの襲撃によって結界は弱っていたが、それも学院長によって修復されている。

 

 仮に結界を突破したとしても、誰かしらが侵入に気付く。誰にも気付かれずに俺の部屋に来るなんて不可能な筈だ……。

 

「別に忍び込んだ訳じゃないよ」

 

「なら……」

 

 けれど、リリスは俺の答えをそう否定しながら顔下のクッションをにぎにぎと手で弄る。

 

 その様子を見ていた俺は今更ながら違和感に気付く。

 

「……?」

 

 よく見ると部屋の内装が少し変わっている気がする。

 

 

 いや、そもそもここは本当に———。

 

「そうだよ、ここはお兄ちゃんの部屋じゃないよ。」

 

 俺の疑念を察したリリスが肯定する。

 やはりと思うと同時に湧き上がる疑問を俺は迷いなく口にした。

 

「なら、ここは?」

 

「夢だよ、ここはお兄ちゃんの夢の中だよ」

 

 

 

「…………夢?」

 

 

 予想もしていなかった返答に俺は困惑する。

 

 夢? ここが俺の夢の中だって言うのか?

 

「そう、ちなみに夢がお兄ちゃんの部屋の中なのは私が入ってみたかったから! まぁ、流石に記憶から完全に再現は無理だったけど」

 

「……なら、霊力を使えないのも」

 

「正解!」

 

 俺の言葉にパチパチと拍手をしながらリリスは楽しげに答える。

 

 そんなリリスに感じた僅かな苛立ちを抑えながら疑問の言葉を口にする。

 

「……俄かに信じ難い話だな。それにこれが俺の夢なら、何でお前がここに?」

 

「………」

 

 俺の質問にリリスの瞳が鋭くなる。

 

 先程まで感じなかったリリスからの怒りの感情に俺は身構えるが、その瞳を見て彼女の言いたいことを何となく理解し、言葉を訂正する。

 

「リリスがどうして、ここにいるんだ?」

 

 俺がそう言い直すと途端にリリスから滲み出ていた怒気が霧散し、彼女の口元に笑顔が浮かんだ。

 

 どうやら予想通り、呼び方の問題だったようだ。

 

 思わず安堵の息を漏らしていると機嫌を直したリリスが再び口を開いた。

 

「前は邪魔者があまりにも多かったから、お兄ちゃんと二人きりで話したくて夢の中に入り込んだんだ」

 

「そんなことができたのか……」

 

「まだ繋がりが不完全だからちょっと大変だったけどね」

 

「繋がり?」

 

 一体、何の繋がりのことだ? それに不完全って………。

 

「あれ? お兄ちゃん、忘れちゃったの? 昔、約束の指切りをしたのに」

 

「指切り?」

 

 全く記憶にない。

 いや、そもそも母さんにリリスのことの記憶を封じられているらしいので当然と言えば、当然なのだが……。

 

「むぅ、何で忘れちゃうの?」

 

「いや、そう言われても記憶が封……」

 

 ———封じられている。

 

 そう言おうとしてリリスに話すべきことでは無いかも知れないと口を噤むが、どうやら遅かったらしい。

 

「まさか、記憶が封じられてるの?」

 

 リリスは驚いた様子で目を見開いた後、その瞳を鋭くしながら立ち上がると俺に近付いてくる。

 

「ちょっ」

 

 思わず後退った俺は後ろがベッドであることを失念してそのまま倒れ込んでしまう。

 けれどリリスはお構いなしにベッドに上がり、そのまま俺の腹の上に馬乗りになると手を伸ばして額に当てた。

 

「おい、リリ———」

 

「動かないで」

 

 抵抗しようとする俺を制するようにリリスはそう呟きながらジッと何かを探るように目を瞑っていたが、やがて目を開けるとその瞳に憎しみを宿らせた。

 

「あの女……ッ!」

 

 そう呟くリリスから漏れた明確な憎悪の言葉に俺は思わず身体を震わせる。

 あの女とは母さんのこと……だろうか? いや、だとしてもこれ程の憎しみを実の母親に覚えるものなのか?

 

「私とお兄ちゃんを引き剝がしただけでなく、記憶までッ‼」

 

「………」

 

 一体、俺達家族の間に何があったのか。

 

 一体、どんなことが起きれば俺の記憶が封じられ、リリスが親に対してこんな憎悪を抱くことになるのか……。

 

「……許さない。絶対に許さない」

 

「リリス」

 

「……ッ!」

 

 ブツブツと憎しみの言葉を口にしていたリリスは俺の声を聞いてその視線をこちらに向ける。

 

「……一体、何があったんだ?」

 

「…………」

 

 質問に答えずリリスは黙ったまま狙いを定めるようにじっと俺を見つめた後、指で俺額をツンと突いた。

 

「……ッ!?」

 

 同時に頭の中に響いたガラスが割れるような音に俺が動揺する中、リリスは満足した様子でゆっくりと身体を起こし、ベッドから降りた。

 

 そのまま地面に転がっていたクッションを広い、にぎにぎと弄っていたリリスはやがて俺に視線を向けると片手でパチッと指を鳴らした。

 

 途端に部屋全体が音を立てて崩れ出した。

 

「なッ!?」

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。ちょっと場所を変えるだけ」

 

 床が消え、全身が浮遊感に包まれて慌てる俺にリリスがそう安心させるように言う。

 

「何を———痛ッ!」

 

 リリスの言葉の意味を理解する前に身体が地面に衝突し、その痛みに思わず顔を顰める。

 

 そのままぶつけた場所を擦りながら何気なく周囲に視線を向けると見慣れた景色が広がっていた。

 

「ここは……」

 

「懐かしいでしょ?」

 

 視界に広がるリビングには見覚えがあった。

 

 いや、厳密には物の配置やインテリアが少し違うようだが間違いない。

そもそも少し前に帰ったばかりなのだ、見間違える筈が無い。

 

 ここは———。

 

「俺の家」

 

「そうだよ、私達が暮らしていたお家だよ」

 

 リリスの肯定の言葉を耳にしながらリビングを見回す。

 不思議なものだ、少し前に帰った筈なのに何故か懐かしく感じる。

 

「……それで、どうして家を再現したんだ?」

 

「昔話をするなら、ここがいいかなって。その方が記憶も思い出せそうだし」

 

 俺の疑問にリリスはテーブルに腰を乗せながら答える。

 

「俺の記憶は封じられているんだろ? 思い出すのは無理なんじゃ……」

 

「封印なら今、解除したから大丈夫」

 

「えっ? 解除した?」

 

 しれっとリリスが口にした言葉に俺は動揺しながらそう尋ねる。

 この封印って母さん以外に解けないんじゃ……。

 

「うん、ちょっと封印を魔力で小突いて叩き割ったから今すぐじゃないけど、少しずつ思い出せるようになると思うよ」

 

「え、この封印ってそう簡単に解けるものなの?」

 

「解いたってよりも壊した感じだけどね。魔力さえ扱えれば難しくはないよ」

 

 つまりは魔力が扱える人物なら封印をどうにかできるだろうかと思っていると「そんなことより……」とリリスは楽しげに口を開いた。

 

「結構ちゃんと再現できたと思わない? 割と昔の記憶だけど、意外と覚えているもんだね~」

 

「……ああ。けどリリス、それより———」

 

 封印が解けたら昔話を聞けば色々と思い出すことができるかも知れない。

 

「良いよ、お兄ちゃん。話そっか」

 

 リリスはそんな俺の考えを察した様子で笑うと足をプラプラと振りながら昔のことを語り始めた。

 

「お兄ちゃんは私達が悪魔と人間のハーフっていうのはもう知ってる?」

 

「ああ、親父から聞いたよ」

 

 俺がそう頷くとリリスは思い出したかのように「あ、お父さん元気?」と尋ねてくる。

 

「元気だけど…親父は平気なのか?」

 

「ん? だってお父さんはいつも優しかったし。足は臭かったけど」

 

 そう呟くリリスからは欠片も憎悪を感じず、何なら親愛の情を滲ませている。

 てっきり親が嫌いなのかと思っていたが。どうやらリリスは母さんだけを嫌っているようだ。

 

「まぁ、でも一番はお兄ちゃんだから安心して!」

 

「あ、うん。ありがとう……」

 

 全然、安心できない。寧ろ不安しかない。

 

「話が逸れちゃったけど、私達は二人ともハーフだけど種族は別々なんだ」

 

「……俺は人間でリリスは悪魔、だろ?」

 

「そう、上手く分かれたよね」

 

 確かに上手く分かれたなとリリスの言葉に内心で同意しいていると彼女の背中から一対の黒い羽が現れる。

 

「不思議だよね。同じの二人の間に生まれた筈なのにどうしてこんな違うんだろ?」

 

「俺は親父、リリスは母さんの血が色濃く出た……あっ」

 

「…………」

 

 地雷を踏んだと気付いた時には遅く、リリスの不機嫌そうな表情で頬を膨らませており、俺は冷や汗を流す。

 

「あの女とは一緒にしないで」

 

「あ、ああ。ごめん、悪魔の方の血が色濃く出たって、言いたかっただけで母さんと一緒と言いたかった訳じゃないんだ」

 

「……でて」

 

「…………え?」

 

 今なんて?

 

 声が小さ過ぎて何を言っているか、全く分からなかった。

 

「……なでて」

 

「なでて?」

 

 何を?

 

「だから、頭撫でてッ!」

 

 そう言って俺の方へと頭を差し向けてくるリリスの姿を見て、ようやく彼女の望みを理解する。

 

「撫でてくれたら許してあげる!」

 

「……分かった」

 

 暫しの逡巡の後、リリスのどこか不安と期待の入り混じった瞳に気付いた俺はため息を漏らしながら彼女の座るテーブルに近付く。

 

 そのままおずおずと頭を差し出してくるリリスに少し躊躇いながらも手を伸ばすとその小さな頭を撫でる。

 

「……えへへ」

 

「…………」

 

 頭を撫でられて相好を崩してにへりと笑うリリス。

 そんな彼女の姿を見ているとアジ・ダハーカを使役し、俺達を殺そうとした者とは同一人物のようにはまるで見えない。

 

 ただの一人の甘えん坊な少女にしか見えなかった。

 

「どうだ? 許しくてくれるか?」

 

 そう言いながら撫でていた手を頭から放そうとすると小さな手に捕まれて動きを止められる。

 

「もうちょっと」

 

「…………やれやれ」

 

 甘えるようなその声に俺は思わず苦笑を浮かべながら再びリリスの頭を撫でるのだった。

 

 

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