真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます   作:アラッサム

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ここ最近、雨ヤバいですね。

読者の皆さんは大丈夫ですか?


第127話

 まるで海の中にいるような感覚だった。

 先程まで全身に掛かっていた重さが消え、代わりに浮遊感に包まれる。

 

 チラリとロークが周囲を見回して見るとどこもかしこも真っ暗闇に満たされていた。

 

「……死んだか?」

 

 ここはあの世とかそういうオチだろうかとロークが自分の胸に触れてみるとドクンドクンと心臓が脈打っているのが分かった。

 

 どうやら死んだ訳では無いらしい。

 

 けれど、だとすればここはどこなのか?

 

 

 

 

『私が生み出した空間だ、ローク・アレアス』

 

「———ッ!?」

 

 

 脳内に直接語り掛けるかのように聞こえてきた声にロークは驚きながら周囲を見回し、そして今更ながら気付く。

 

 

 頭上の闇の中に月の如く浮かびながらこちらを見下ろす金色の瞳。

 

 

 そして目を凝らすと見える闇の中に紛れた巨大な胴体の輪郭。

 

 

「ひゃぁあああああああああッ!?」

 

 

 ロークは思わず絶叫する。

 

 何故、アぺプスがここに? とかこの状況はヤバいとかそんな思考は浮かばず、今のロークの胸の内を絞める感情は偏に恐怖だった。

 

 ロークは闇の中でこちらを見下ろすアぺプスが普通に怖かった。

 

 下手をすればちびっていたのではないかと思うほど怖かったのだ。

 

『喧しい』

 

「ぐほッ!」

 

 しかし、ロークのそんな悲鳴も煩わしげに振るわれたアぺプスの尾の一撃によって強制的に止められた。

 頭部に走る衝撃にロークは思わず顔を顰めるが、お陰で少し冷静さを取り戻すことができた。

 

「……一体、どういうつもりだ?」

 

『何だ、助けてやったのに随分な言い草だな?』

 

「助かったかも怪しい状況だろ……」

 

 心外だと言わんばかりのアぺプスに対してロークは辺りに視線を向けながらそう答える。

 

 確かにリリスの魔術からは助けられたが、アぺプスが生み出したこの空間に置いてロークはあまりに無力だ。

 

 それこそアぺプスがこの場で何かしようものならばロークは何一つ抵抗することはできないだろう。

 

「俺をどうするつもりだ?」

 

『そうだな、時間もあまり無い。端的に話そう』 

 

 アペプスはそう言うとその金色の瞳でロークを見据えながらゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

『ローク・アレアス。私と手を組む気は無いか?』

 

 

 

 

 

「…………………は?」

 

 

 その提案はロークに取って言葉通り予想もしていなかったものだった。

 

 

*****

 

 

「あれは……」

 

 リリスは地面に湖の如く広がる闇を見つめならその双眸を細める。

 

 

 濃厚な闇だった。

 限りなく魔力に近い霊力の湖が突然、地面に現れたこと思うと魔術が直撃する前にそのまま真上にいたロークを飲み込んでしまったのだった。

 

 

「それにこの気配………」

 

 

 覚えるある気配にリリスがその正体を予測した次の瞬間、闇が思いっ切り飛沫を上げた。

 

 

「ッ!」

 

「はぁああッ!」

 

 驚愕で目を見開くリリスの視界に闇の飛沫と共にこちらに拳を振り被るロークの姿が視界に入った。

 

 

「フォルネウス!」

 

『……ッ!』

 

 リリスの指示に応じてフォルネウスは彼女の前に障壁を展開する。

 

 その直後、ロークの振るった拳が障壁に衝突して鈍い音を響かせた。

 

 

「ぉぉおおおッ!」

 

『……ッ!?』

 

 

 気合いの叫びと共にロークの拳から闇が溢れ、障壁に掛かっていた圧力が一気に跳ね上がる。

 そして数秒後にはガラスが割れるような音を響かせながら障壁が砕け、拳がリリスに直撃する。

 

「きゃッ!」

 

「黒錠鎖縛」

 

『ギッ!?』

 

 

 リリスが可愛らしい悲鳴を上げながら地面に向かって吹っ飛ぶ中、ロークは宙に浮かんでいるフォルネウスに向けて手を翳す。

 

 

 すると地面に広がっていた闇が意志を持ったかのように宙に舞い上がり、そのままフォルネウスに纏わり付き、その巨体を拘束した。

 

「お兄ぃぃいいちゃんんッ!」

 

「……ッ!」

 

 

 怒声と共に放たれた魔術に対してロークは今までのように回避行動を取らず、受け止める構えを取った。

 

「なッ!?」

 

「黒渦ッ!」

 

 リリスから驚きと困惑の交じった声が漏れる中、ロークは霊術によって眼前に闇で形成された穴が生み出すと光線を吸い込むようにして受け止める。

 

「はぁ、はぁ……」

 

「……お兄ちゃん、まさかアぺプスと契約したの?」

 

 

 二度の霊術を行使しただけで額から滝のように汗を流し、疲労感を滲ませるロークの姿に確信を得たリリスはそう尋ねる。

 

「…………」

 

「お兄ちゃんが扱っているその霊術、アぺプスの闇だよね?」

 

 リリスの問いに対してロークは肯定するように苦笑を漏らし、ただ乱れた呼吸を必死に整えていた。

 

「一体どういうこと、お兄ちゃん?」

 

「……」

 

「契約を……結んだの?」

 

「…………」

 

「答えてよッ! お兄ちゃんッ!?」

 

 ロークはやはり何も答えず、先程のアぺプスとの会話を思い返していた。

 

 

 

*****

 

 

「俺と契約ッ!?」

 

 

 最初、言葉の意味を理解することができず呆然としていたロークは十秒程してようやくその言葉の意味を理解し、驚きの声を上げたが瞬時にビブリア廃神殿のことを思い出して冷静さを取り戻す。

 

「……いや、そう言ってアルベルト先生のように俺を殺すつもりか?」

 

『アルベルト? ああ、あの男か』

 

 アぺプスはアルベルトという名前に一瞬、訝しげに首を傾げるがすぐに誰のことか把握した様子で頷く。

 

『どうやら誤解しているようだが、あれは私が意図したことじゃない。ただあの男に私の力を受け止め切れるほどの器が無かっただけだ』

 

「器……だと?」

 

『ホーンテッドが言っていただろう? 魔の血を宿さない者は邪霊とは契約できないと』

 

「……ああ」

 

 リリスが現れた時に興奮した様子で語っていたホーンテッドの話を思い返しながらロークが頷くとアぺプスは話を続けた。

 

『それは我々の宿す霊力が普通の人間にとっては毒にも似た性質を持つからだ。軽ければ精神汚染で済むが、私ほどの霊位の邪霊となればそれだけではすまない』

 

「その耐性を持つのが……」

 

『そうだ、悪魔の血を引くお前達ということだ』

 

 ロークはアぺプスのその説明に納得しながらも「なら、どうして……ッ!」と口調を荒げながら叫んだ。

 

「どうして契約を結んだんだッ!? 先生が無事じゃすまないことは理解していた筈だッ‼」

 

『別に。私を使役したいというあの男の願いに応じただけだ。まぁ、結果的には私があの男を殺す形になったようだが……』

 

「……ッ‼」

 

『まぁ、私の話を信じるか否かはお前自身で決めろ』

 

 アぺプスの言葉から嘘は感じられない。言葉通り、本当に契約を求められたから応じたように思える。

 

「……分かった。信じよう」

 

 ローク湧き上がる気持ちを抑えながらそう答える。

 そもそも伝説と謳われる邪霊がこんなことで噓は付くような小物の筈が無いという偏見をロークは持っていた。

 

『……そうか。では改めて私と契約を結ぶか決めろ、ローク・アレアス』

 

「契約は精霊契約か?」

 

『いや、簡易契約だ。力を少し貸すだけで私自身が戦うつもりも無い』

 

「だとしても、わざわざ俺と契約する理由はなんだ? 何が目的だ?」

 

『大した理由じゃない。力を回復する上で契約をするならば、お前が一番面白いと思っただけだ』

 

「……面白い? なら尚のこと理解できないな。力を取り戻したいなら俺よりもホーンテッド達と組んだ方が面白いことが多いだろう?」

 

 アぺプスのその返答にロークは更に疑念を深める。

 

 禍霊結びの制約を理解した今ならばリリスとの契約を拒否した理由は理解できる。

 けれど、どうして自らに好意的かつ都合の良い目的を持つ筈のホーンテッド達では無く、敵対していたこちらを選ぶのか、その理由がまるで分からない。

 

『……理由は大きく分けて二つ。一つ、私が知る契約可能な人間の中でお前が一番高い潜在能力を兼ね備えていること』

 

「えっ、そうなの?」

 

 想像もしていなかった理由にロークは驚きながらそう尋ねるが、アぺプスは無視して二つ目の理由を口にした。

 

『二つ、私はアイツらが好きじゃない。特にアイツらと手を組んだあの三つ首はな』

 

「………」

 

 四凶の威厳を欠片も感じない個人的な理由にロークは思わず言葉を失ってしまう。

 一瞬、アぺプスが嘘を吐いている可能性も考えたが、嫌悪感丸出しの声音から噓の気配は感じられなかった為、理由に関しては信じることにする。

 

「けど、だとして本当に俺で良いのか? 俺はお前を———」

 

 しかし、よくよく考えればアぺプスをここまで弱らせたのは他らなない自分だ。

自分を追い詰めた敵と契約して良いのかと問おうとするが、その途中で「だからこそだ」とアぺプスが答えた。

 

『私をあそこまで追い詰めたお前だからこそ、こうして提案している』

 

「………」

 

『断るなら断るで、私は構わない。』

 

「………」

 

 

 そこまで話したこところでどうする? とその金色の瞳が決断を迫る。

 

 ロークは暫しの逡巡の末、アぺプスの瞳を見返しながら答えた。

 

「……分かった、契約を結ぼう」

 

 

『ほう?』

 

 

 仮にも四凶、簡易とはいえ契約を結ぶのはリスクが高いが、このまま闇から出てリリスと戦ったとしても勝ち目は無い。

 

 なら、多少のリスクは承知でアぺプスの力を借りて現状の打破に努めたいというのがロークの考えだった。

 

『一応、確認しておくが構わないのか? 私はお前の恩師を殺したのだぞ?』

 

「蒸し返すなよ。折角、決めたんだから」

 

 勿論、思うことは色々ある。けれど、まずは目の前の問題を解決する必要がある。

 

 それに……。

 

 

「伝説の邪霊と契約できるのは悪くない気分だ」

 

『……ハッ、良い度胸だ』

 

 

 その答えを聞き、愉快そうに笑うアぺプスに向けてロークは手を伸ばす。

 

 

「短い間になるだろうけど、よろしく頼むぞ。アぺプス」

 

 

『ああ、お前の戦いぶりを見させて貰うぞ。ローク・アレアス』

 

 

 アぺプスは小さく笑うと流れてくるロークの霊力を受け入れ、簡易契約が完了したのだった。

 

 

 

*****

 

「リリス、今度こそ終わりだ。従えている邪霊達に戦いを止めるように指示を出せ」

 

「……ッ!」

 

 呼吸を整えたロークがそう降伏勧告を告げるとリリスはギリッと奥歯を噛む。

 納得できない、リリスの表情がそう物語っているがロークは構わず続けた。

 

「リリス、これ以上、互いに傷を負う必要は無い。俺達だけじゃなくて俺の仲間も、お前の邪霊達も」

 

「もう勝ったつもりッ!?」

 

 勝ちを確信した様子を見せるロークにリリスは激昂しながら叫ぶ。

 確かにアぺプスの力は強大だが、ロークの霊力総力に変化は見られない。つまり契約は精霊契約ではなく、簡易契約の筈だ。

 

「アぺプスとの契約だって簡易契約でしょッ! それなら———」

 

「それで充分なんだよ、リリス」

 

「ッ!?」

 

 耳元で聞こえてきた兄の声に驚愕しながらリリスが後ろを振り向く。

 するとそこには先程まで前方にいた筈のロークが側に立っており、動揺したリリスは碌な抵抗もできずにロークに組み伏せられてしまった。

 

 

「ぐッ うぅッ!」

 

 

「言ったろ、今度こそ終わりだって」

 

 

 地面に顔を付けながら呻くリリスにロークは再び諭すように告げる。

 

 これで本当にお終いだと。 

 

「ッ! フォルネウスッ‼」

 

『……ッ』

 

 

 それならばとリリスはフォルネウスに自分を助けるよう指示を下すが、闇に囚われている今の彼は藻掻くだけで救援に来ることは無かった。

 

「無駄だ、邪霊達は助けに来られない」

 

 

「胸骨ッ! 以津真天ッ!」

 

 ならばとリリスは他の邪霊達に呼び掛けるが、ガレス達と交戦している彼らがリリスの声に応じることはできず、ただ遠くからの戦闘音が断続的に響くだけだった。

 

「…………」

 

「……」

 

 場に沈黙が生まれる。

 ロークは俯いたまま何も喋らないリリスに対してその名を呼び掛けるが、何の反応も返ってこなかった。

 

『仲間を助けたいのならば、この娘を殺すのが最も効率的だぞ』

 

 リリスにどう声を掛けようかと悩んでいると脳内にアぺプスのそんな指摘が響き渡り、ロークは思わず顔を顰めた。

 

「できる訳、無いだろ」

 

『何故だ? お前を傷付け、仲間を殺そうとした相手だろう?』

 

「それでも家族だ、殺す気はない」

 

 ロークがそう答えるとアぺプスは呆れたような声音で『甘いな』と呟いた。

 

『あのフォルネウスとかいう奴もそうだ。かつての仲間の情かは知らないが、相棒だろうと家族であろうと敵である以上はさっさと消すべきだ。でないと———』

 

 アぺプスの声が頭の中で反芻する中、リリスが小声で何かをボソリと呟く声がロークの耳に入る。

 

 ロークがアぺプスの声を無視してリリスの言葉に耳を傾けようとした瞬間だった。

 

「……アジ…………ダハーカッ!」

 

「なッ!?」

 

 リリスの叫びと共に彼女の身体から衝撃波が走り、突然のことで踏ん張ることができかったロークはそのまま後方の大木に叩き付けられてしまう。

 

「ぐッ!」

 

 

『———命取りになる』

 

 

 ゆらゆらと幽鬼の如く立ち上がるリリスの背後から現れる巨大な黒い穴。

 かつてビブリア廃神殿で感じた威圧感にロークは今まで決して手にしようとしなかった剣精霊を依代から呼び出す。

 

 

「諦め、ない」

 

 

 辛さを感じさせる声だった。

 アジ・ダハーカを呼び出すことに大量の魔力を消費しているのか、その額からは脂汗が滝のように流れ、呼吸も非常に荒い。

 

 

「ごほッ!」

 

 そして苦しげにリリスが咳き込みと共に口から血が零れる。

 

 無理をしていることは一目瞭然だった。

 

 

『どうやら魔力が足りていないようだな。あの馬鹿を呼び出すのに命まで削るとは……理解に苦しむ』

 

「リリス、止せッ‼」

 

 

 アぺプスの話を聞き、ロークはリリスに止めるように叫ぶが、既に意識も混濁している様子の彼女にはまるで聞こえていなかった。

 

 

 

「私は絶対にお兄ちゃんを———」

 

 

 

 

「———手に入れたかったかい?」

 

 

 

 

 

 リリスの言葉を遮って響いたその声と共に紅の剣が彼女の胸を貫いた。

 

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