真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます 作:アラッサム
ゴンという鈍い音が病室に響き渡った。
「いたッ! どうしてッ!?」
「一発喰らわせるって言ったろ」
「私、怪我人なのにッ!」
涙目で頭を抑えるリリスにロークは無慈悲にそう答える。
既に治療を終えて命に問題が無いことを確認していたロークは、目覚めたリリスの頭に事前に伝えていた通り、軽く拳骨を喰らわせた。
「……うぅ」
「………」
涙目で呻くリリスを尻目に、ロークは今の自分の行動にどこか懐かしさを覚えながら握った拳を見つめる。
———そういえば前にもこんなことが……。
「お兄ちゃん?」
「………いや、何でもない」
ぼんやりと過去のことを思い返していたロークは、リリスの声でハッとすると、思考を切り替える。
今は昔のことを振り返っている場合ではないだろう。
「それより痛いところとか、もしくは身体に怠さは無いか?」
「頭が痛い」
「……それ以外で」
どこか訴えるように視線を向けてくるリリスにロークがそう言うと、「ちょっと胸が痛いけど、大丈夫」と少しだけやり返せたことに満足げに答える。
「そうか、とりあえず暫くは安静ってことだから大人しくしておけよ」
「お兄ちゃん、ここどこ?」
「ユートレア学院の保健室だ」
「保健室ってお兄ちゃんが今、通ってる学校?」
「ああ」
リリスの問いにロークは頷く。
本当はガラテアの養生所に向かう予定だったが、夜遅くということもあり、医者をすぐに見つけられない可能性が高いこと。また、ユートレア学院は学位戦などを行う都合上、治療設備が充実していること、所属する保健医も優秀な上にオーウェンが居場所を知っているということ。
それらの事情が重なった結果、リリスはこうして保健室のベッドで横になることになった。
「へぇ、ここがそうなんだ」
リリスはロークが通う学校ということで、興味深げに保健室を見回す。
保健室なので目に入るものなどベッドや医療品くらいしか無いはずだが、それでもリリスは興味津々といった様子だった。
「リリス」
「……いいよ、何が聞きたい?」
ロークが声を掛けると、リリスは察した表情を浮かべながら頷き、そう尋ねてきた。
「どうしてホーンテッドと一緒にいたんだ? そもそもどうしてアイツと協力を?」
「最初はあっちからの接触だったんだ。邪霊を介して私を元霊界から出してあげるって」
「ホーンテッド達から?」
ロークはその答えに少し驚いたような表情を浮かべる。
てっきりリリスからホーンテッド達に接触したものだとばかり思っていた。
「うん、今考えると色々とおかしなところはあったね。どうやって私の居場所を知ったのか、そもそもどうして私のことを知っていたのか。けど、私はあの頃はあの何も無い場所から出たくて仕方なかったから、あんまり深くは考えなかったんだ」
「…………」
「だから協力した。丁度、禍魂結びで使役していたフォルネウスを送り出してね」
「アイツを使って何をしようとしてたんだ?」
「四凶? とかいう奴の一体、堕天使の封印場所の捜索。まぁ、途中でアイツ、何に惹かれたのかルナの塔に行ってお兄ちゃんと戦った訳だけど」
「堕天使の封印」
そこでロークは、四凶の中でも堕天使だけは封印の場所が特定されていないことを思い出した。
そして、ルナの塔で見たあの不気味な黒い棺のことも。
「まさか……」
「違うよ、あれは堕天使の封印じゃない。私も直接見たけど、多分、それよりももっと危ないものだよ」
リリスの否定の言葉に安堵するのも一瞬、ロークは続けざまに告げられる彼女の発言を聞き、その顔を険しくする。
「急いだ方が良いよ、お兄ちゃん。あの封印は凄いけど、アジ・ダハーカがちょっとずつ解いちゃってるから」
「…………」
「もし完全に解けたら大変なことになるよ」
「……ああ」
ロークは静かに頷くと、今更ながら「けど、良かったのか?」とリリスに尋ねる。
「そういう情報は契約を結んでからじゃなかったのか?」
「……そのつもりだったけど、今はそんな気力も無いし」
リリスはそう言いながら自分の手をロークの手に延ばすと、ゆっくりと握る。
ロークは一度、繋がった手に視線を向けると再びリリスに視線を向け、その目を見開いた。
「…………」
「それに思い出したんだ。私がいけないことをした時に叱って、でも最後はこうやって手を引っ張って家に連れて行ってくれたの」
穏やかな憑き物が取れたような表情でそう語ったリリスは、何も言えずに硬直しているロークに笑いながら言う。
「無くしてたと思ってた繋がりがあったから、無くならないことが分かったから。だから今は良いよ」
「……そっか」
ロークはリリスの中でどんな心境の変化が起きたのかを理解することはできない。
けれど、それでも今の彼女なら大丈夫だということだけは理解することができた。
「それでお兄ちゃん」
「ん?」
「あの人達がさっきから気になってしょうがないんだけど……」
「…………」
ロークはリリスの言葉に真顔になると、足音を消しながら保健室の入口に立ち、思いっ切りドアを横にズラす。
「うわッ!?」
「キャッ!?」
悲鳴と共に雪崩の如く地面に倒れ込む仲間達に視線を向けながら、ロークは言った。
「なぁにしてんだ、お前ら」
*****
「ほら、謝りなさい」
「嫌だ」
「リリスッ!」
「私は邪魔者を退け———ぐふッ!」
「この通りだ、大変申し訳ない」
謝ることを拒否するリリスの頭を鷲掴みにしたロークは、そのままベッドに叩き付け、強制的に頭を下げさせると、心の底からの謝罪を口にした。
「僕は気にしないよ」
「うんうん」
ぺこりと頭を下げるリリスにガレスとリリーがそう返事をするのを確認すると、ロークはその隣にいる二人の後輩に視線を向ける。
「私も気にしていません」
「え~、私はちょっと……ごめん、冗談だからそんな空気を読めよみたいな視線を向けないで」
レイアに続いて燈がそう呟いた瞬間、周りからの冷たい視線を浴びてすぐに撤回の言葉を口にした。
「別に無理に許す必要は無いぞ、燈。悪いのはこっちだからな」
ロークがそう言いながらポンッと顔を上げたリリスの頭に手を置くと、「うぐッ」と呻き声を漏らしながら俯く。
「みんなも言いたいことがあれば今の内にバンバン言ってくれ。しっかり反省はして貰わないとだからな」
「…………」
「何だ、何かあるのか?」
「……ありません」
何か言いたげだったリリスは、ロークに睨まれると縮こまった様子でそう答えた。
記憶の中に残る自分を説教する恐ろしい兄と目の前のロークの姿が完璧に重なり、リリスは完全に怯えていた。
「なんか最初に会った時とまるで違うね?」
「別人」
「それに見比べてみるとやはり顔立ちが似ていますね」
「やっぱり兄妹なんだねぇ」
最初に出会った時の殺伐で淫靡な雰囲気などどこへやら、年相応の妹らしさを見せるリリスの姿を見て、四人はコソコソと言葉を交わす。
「まぁ、とにかく反省はしているんだ。大目に見てもらえると嬉しい」
「僕たちは構わないけど、上がなんて言うかだね」
「まぁ、そこは一緒に謝り倒して責任を負うだけさ」
ガレスの問いにロークはリリスの頭に手を置きながらそう答える。
「お兄ちゃん、私は……」
「大丈夫だよ、リリスを一人にはしない。何があっても一緒だ」
「そんな先輩は何もッ!」
「ああ、分かってるよ。レイア」
罰を受けるという言葉に反応するレイアにロークはそう笑って頷く。
自分に責任が無いことは分かっている。他でもレイア達がそう教えてくれたのだから。
「けど、やっぱりリリスは俺の妹だからさ。今まで構ってあげられなかった分、これくらいはしてあげたいんだ」
「先輩……」
ロークのその言葉にレイアはそれ以上、何も言うことができずに口を噤む。代わりにリリスがロークの服の袖口を掴みながら申し訳なさげに口を開いた。
「……………ごめん」
「……良いよ、少なからず反省しているみたいだしな」
ロークがそう言ってガシガシと乱暴に頭を撫でると、リリスは髪がぐしゃぐしゃになるが、どこか嬉しそうにその口元を緩めた。
「っと、そういえば師匠は?」
ロークはそこで朝から師であるオーウェンの姿を見ていないことに気付き、ガレスに尋ねる。
「今、学院長に折檻を受けているところだよ」
「折檻?」
「アジ・ダハーカと遭遇した上にアイツらの居場所まで把握しちゃったからね。今回のことを報告しに行って、その後は……」
「ああ……」
そう言えばオルフェウスさんに怒られると嘆いていたオーウェンの姿を思い出したロークは、後で謝りに行こうと誓う。
「そうだよ、先輩ッ! アペプスの時と言い、何でこんな楽しそうなイベントに私を参加させてくれなかったのッ!?」
「それは俺じゃなくてガレスに言ってくれ」
そう言って不満を爆発させる燈に、人選を決めたのはガレスだとロークがパスを投げると、彼女の鋭い視線が横にズレる。
「いや、だって月影さんを呼ぶと、こっちの言葉を無視して暴れそうだし」
「酷いなぁ、大精霊演武祭で一緒に戦った仲なのに」
「寧ろだから呼ばなかったんだよ……」
そう言って二人でワーワーと言い合う仲、リリーがススッと前に出ながら「ちょっと良い?」とリリスに声を掛ける。
「なに?」
「義姉ちゃんって呼んでみて?」
「えっ?」
何だ、コイツ? という視線を向けてくるリリスに構うことなく、リリーは「ほら、早く」と催促する。
「……お姉ちゃん?」
「…………フッ、悪くない」
「何やってんの?」
リリスにお姉ちゃんと呼ばせて謎の優越感に浸っているリリーをロークは訝しんでいると、「先輩」とレイアに声を掛けられる。
「なんだ?」
「私のことも、もっと……」
何かを言おうとしたレイアは、そこでどこか自分を恥じるような表情を浮かべ、言葉に詰まらせてしまう。
「どうした?」
「いえ、何でもありません。出過ぎたことを口走ろうとしていました」
「……レイア、お前」
どこか卑屈な様子でそう呟くレイアにロークが声を掛けたところで、保健室の扉が開く音が耳に入った。
ロークが視線を向けると、ミーシャと学院長であるオルフェウス、そして疲れ切った表情を浮かべるオーウェンの姿があった。
「皆さん、お話し中のところ申し訳ないですが、少しリリス・アレアスさんをお借りして良いですか?」
ミーシャはそう言って、集まっていたメンバー全員に保健室から退出するように伝える。
「ミーシャ」
集まっているメンバーからして、ホーンテッド達についての情報をリリスから聞きたいのか、あるいは処遇を伝えるのか、どちらかは分からないが、兄として付き添おうとロークはミーシャに声を掛ける。
「お兄ちゃん、私は大丈夫だから外に行ってて」
「いいのか?」
「うん、流石にこれくらいはね」
コクリと首を縦に振るリリスの姿を見つめていると、ミーシャからも「心配しないで下さい」と声を掛けられる。
「少し話が聞きたいだけです」
「分かった、また後でな」
ミーシャの言葉に頷いたロークは、リリスの頭を一度撫でると、オルフェウスとオーウェンにも頭を下げてその場から去ろうとする。
「ローク君、それにガレス君とリリー君も」
しかし、その途中でオルフェウスに名を呼ばれた三人はビクリと身体を震わせながら返事をする。
「今回は無事に済んだから良いが、次からは独断で行動しないように。いいね?」
「は、はい。申し訳ございませんでした」
そう言って微笑むオルフェウスから放たれるあまりの威圧感に、ロークは怯えながら謝罪の言葉を口にする。
「申し訳ございません」
「ごめんなさい」
ガレスとリリーもロークに続いて慌てて謝罪の言葉を口にすると、オルフェウスから放たれていた威圧感が消え、彼は「うむ」と納得した様子で頷いた。
「次からはしっかりと相談するようにな」
「……分かりました」
ロークはそう返事をすると逃げるように保健室から出て行き、ガレス達も後に続いて、最後に「失礼しました」と一言述べると保健室の扉を閉めた。
「…………」
保健室を出たローク達はそのまま少し廊下を進むと、燈を除いた全員が疲労感を滲ませながら息を吐いた。
「こっわッ!」
「だね」
邪霊とはまた別種の大人の恐ろしさに、ロークが思わずといった様子で叫ぶと、ガレスも苦笑を浮かべながら同意する。
「流石は学院長」
「正直、お父様より怖かったです……」
リリーとレイアもそう言って怯えた表情を浮かべながら首を縦に振るが、一方で燈は「凄かった!」と興奮した様子で一人、叫んでいる。
「このゴタゴタが済んだら戦ってみたいな~」
「この戦闘狂め……」
そんな燈に思わずドン引きしながら、ロークはそう呟くのだった。