真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます 作:アラッサム
『戦いが楽しみならもっと軽快な足取りで歩いたらどうだ?』
「黙れ」
ミーシャと別れ、参加希望書を提出して寮に戻ろうとしていた俺は、先程から何度も念話を飛ばしてくるアペプスに苛立ちながら言葉を返す。
『どうした? ワクワクしているのだろう?』
「…………」
さっきのミーシャへの発言が格好付け且つ強がりであることを理解しているのだろう。
ここぞとばかりにずっと揶揄ってくるアペプスに、俺は無言で耐えながら足早に廊下を進んでいた。
っていうか、仮にも四凶ともあろう邪霊がこんな下らないことすんなよ。
もっと威厳のある行動を取れや。
「……ん?」
と、そんな風に心の中で罵詈雑言を吐いていると、前方に紙を持つ後輩の姿が視界に入った。
「おーい、レイア」
「あ、ローク先輩」
俺が声を掛けると、こちらに気付いたレイアが小走りで近付いてきてくれた。
そんなレイアの姿に和みながら視線を落とした俺は、彼女が手に持っている紙が参加希望書であることに気付いた。
「その紙、参加希望書か」
「はい。ローク先輩はもう出されましたか?」
「ああ、ついさっき出してきたところだ」
俺が頷くと、何故かレイアはその表情を曇らせた。
「……やはり、先輩は参加するんですね」
「ああ、レイアも参加するのか?」
「私は……」
どこか普段とは違うレイアを訝しみながら改めて参加希望書を覗き込むと、名前の欄にはレイア・ヴァルハートとしっかり彼女の名前が書かれていた。
サインをしているということは、少なからず参加の意志があることだとは思うが……。
「悩んでいるのか?」
「……はい」
そう尋ねると、レイアはコクリと頷いた。
どうやら参加希望書にサインをしたは良いが、提出することに躊躇っているようだ。
「そうか……」
「参加するべきだとは思っているんです、ですが……」
そこまで喋ったところで、レイアは言葉を詰まらせた。
「怖いか?」
「…………」
詰まった先の言葉を想像しながらそう尋ねると、レイアは無言で頷く。
それは、あまりに当然のことだった。
「なぁ、レイア。無理に参加することは無いんじゃないか?」
「……ッ!」
だから気付けば、俺はレイアにそんな提案をしていた。
「それは……私が頼りないから言っているのですか?」
「そう思うか?」
「……いえ」
レイアは否定の言葉を漏らしながら俯く。
恐らく言ってみただけだろう。俺はレイアと出会ってから一度も彼女に頼りないと言ったことは無い。
「レイア、別に戦うことが偉い訳じゃないんだ。寧ろ、無理して戦って大怪我をされるくらいなら参加しない方が良いと俺は思う」
「ですが、私は……」
「どうしても参加したいなら俺は喜んで背中を押す。けれど、覚悟を決められないのなら参加するのは止めた方が良い」
「…………」
俺の言葉にレイアは再び俯いて黙り込んでしまう。
虐めのようになってしまっただろうか?
けれどレイアはもう少し自分で考えた方が良いだろと思いながら、俺は自分の参加希望書を提出するためにその場を後にしようとする。
「先輩は」
「ん?」
「先輩はどうして戦えるんですか?」
背後から聞こえてきたその声に振り返ると、迷子の子供のような表情を浮かべながらこちらを見つめるレイアの姿が視界に入った。
「レイア……」
「私は怖くて仕方ないです! アペプスと全力で戦って倒し切れなかった時、復活したアジ・ダハーカを見た時、もう無理だと思いました」
「…………」
「結果的には助かりましたが、私はあの時からずっと、あの四凶の恐ろしい姿が脳裏に焼き付いて離れません」
『ふむ、私の姿はそんなに恐ろしいのか?』
今話しかけてこないで下さい。
「先輩は……怖くないんですか?」
「そりゃ、怖いに決まってるだろ」
アペプスとの念話を一方的に打ち切った俺は、レイアの質問に素直に答える。
尤も、復活した四凶の蛇の方に関しては、恐怖心よりも苛立ちが強くなっている気がしなくも無いが……。
「なら、どうしてそんな当たり前のように戦いに行こうと思えるのですかッ⁉ 私は戦いたくても、恐怖で動けないのにッ!」
「それは……」
それは…………なんて答えれば良いのだろう?
レイアの質問に答えようとした俺は、そこで言葉に詰まってしまう。
「改めて聞かれると難しいな……」
怖くても戦える理由。
理由を考える中で今までのことを振り返ってみれば、今までの戦いで恐怖を感じなかった瞬間はほぼ無かったような気がする。
それこそ契約精霊がいない俺は、学位戦でも常に恐怖心を抱きながら戦っていた。
それでも、こうして今まで戦いに挑めてきたのは…………。
「そうだな……。俺は格好付けたがりなんだ」
「えっ」
想像だにしない答えが返ってきたと言わんばかりの様子で目を点にするレイアに笑いながら、俺は話を続ける。
「ガレス達が参加しているのに俺だけ参加しないなんて格好が付かないからな」
「そ、そんな理由で?」
困惑した表情で尋ねてくるレイアに「ああ。男だからな」と頷きながら、俺は言う。
「アイツらやミーシャ、それにお前の前でも」
「……ッ!」
「先輩として可愛い後輩の前で情けない姿は晒したくない。可能な限り、格好良くて頼れる先輩でありたいんだ」
「………」
「とまぁ、俺が怖くても戦える理由はこんなところかな。事情的な面を考えると他にもあるけど……」
「……」
そう話し終えると、レイアは静かにその視線を参加希望書へと向ける。
その表情から、彼女が何かを決断しようとしているのを感じ取った俺は、改めて「どうしたい?」と尋ねた。
「レイア、お前は戦いたいか? それとも戦いたくないのか?」
レイアは俯きながら参加希望書をクシャッと握り締めると、「わ、私もッ!」と大きな声で叫んだ。
「戦いたいですッ! 私も先輩方や燈さんと……ローク先輩と一緒にッ‼」
「そうか……」
なら、俺は格好良い先輩として、レイアの背中を押してあげなければいけないだろう。
「なら、レイア。俺が一つ約束しよう」
「何でしょうか?」
「次の戦い、絶対にお前を死なせない。ピンチな時は必ず俺が守ると約束する」
「……ッ⁉」
「とはいえ、レイアとサラマンダーなら問題無いだろうけどな」
その言葉は、頬を赤らめながらアワアワと混乱した様子の彼女には届いてなさそうだったが、俺は構わず続けた。
「……まぁ、だからそう怯えるな。安心してその紙、出してこい!」
「ッ! はいッ‼」
俺が背中を叩きながらそう言うと、レイアは混乱した様子から一転、魅力的な笑みを浮かべながら職員室に向かって走り出した。
「…………あの、先輩」
「ん? 何だ?」
遠ざかっていくレイアの小さな背中を見つめていた俺は、当然、足を止めて振り返った彼女に首を傾げる。
「この戦いが終わったら話したいことがあるんですが、良いですか?」
「……それ、今じゃダメか?」
なんか今、すっごく死亡フラグが立っている気がしてならない。
できれば今すぐ話を聞いてこの嫌な感覚を解消したいんだが……。
「い、今はダメですッ!」
「ダメか?」
「はい、絶対にダメですッ‼」
腕でバツ印を作りながら、これでもかと拒否するレイアの様子に話を聞くことを諦めた俺は、「なら、代わりに」と口を開いた。
「俺から一つ言っておきたいことがあるんだけど」
「……え、それは今、言わなければいけないことですか?」
「ああ」
「どうしても?」
「どうしても」
俺がそう言うと、レイアは意を決した様子で「な、なら、どうぞ」と無駄に覚悟の決まった表情を浮かべる。
俺はそんなレイアの様子を訝しみながら彼女の手元を指差すと言った。
「今気付いたけど、参加希望書が酷い有様だぞ」
「……え? あッ!」
俺の指摘にレイアは一瞬、ポカンとした後、手にしていた、文字の解読すら難しくなってそうなクシャクシャの参加希望書を見て、恥ずかしそうな表情を浮かべるのだった。
*****
短い準備期間が過ぎ、遂に決戦の当日となった。
「……ふぅ」
『準備は終わったようだな』
自室で封霊石や強壮剤といった道具の点検を終えて俺が息を吐いているともう聞き慣れた念話が聞こえてくる。
「まぁな」
『なら、覚悟はできているか?』
「何を今更……」
今頃になって覚悟を尋ねるアぺプスに俺が呆れ笑いを浮かべながら告げる。
「覚悟ならお前と手を組んだ時点でできているよ」
『それは重畳』
俺の言葉にアぺプスは笑うと言った。
『では、行こうか。戦いに』
「ああ」