真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます 作:アラッサム
それは壮観としか言えない光景だった。
左右に展開される高位の風精霊達は隊列を組みながら空を飛行しており、この光景を目にした野良精霊は蜘蛛の子を散らすように逃げていた。
「すごい」
「ああ、すげぇな」
「凄いですね……」
広いゴンドラの中で、左右を飛んでいる高位の風精霊達の姿を眺めながら、俺はリリー、レイアと共に語彙力のない感想を口にする。
「そりゃ、アイレ運輸の運転手をできる限り動員しているからね」
すると、隣で師匠が当然とばかりに呟く。
「全部で計十三体。僕もこの数の風精霊が一斉に飛ぶ姿なんて、王国の祭典くらいでしか見たことがないよ」
「十三体って……これ、依頼料にいくら掛かっているんですか?」
ガレスが驚きながら尋ねる。
一体の高位精霊ですら馬鹿にならない料金を取られるはずだ。それを計十三体。掛かった料金を想像するだけで嫌な汗が流れてくる。
「貴方達が想像するほどの金額は掛かっていませんよ」
「本当か? それ、ミーシャから見たらって話じゃないのか?」
会話に入ってきたミーシャの言葉を訝しみながら、俺はそう尋ねる。
王族からしたら大したことのない金額というだけで、俺からすれば目玉が飛び出そうなほど高い気がしてならない。
「本当ですよ。依頼したアイレ運輸の方からの善意で半額にしていただいたので」
「は、半額ッ⁉」
「ええ、事情を話したところ、むしろ無償で協力させてほしいと言われたのですが、流石にそれはこちらとしても申し訳なかったので、半額という形にさせていただきました」
「な、なんて太っ腹なんだ……」
果たして俺が同じ立場だったとして、同じことを言えるだろうかと考えていると、「分かってないな、ロークは」と師匠が笑う。
「えっ?」
「王族に恩を売れることがどれだけ大きいか。将来のことを考えれば、無償だってお釣りがくるくらいさ」
「…………」
「目先の利益を追求するだけじゃ、経営は上手くいかないよ」
そう言って、どこか俺を嘲笑うようにポンポンと頭を叩いてくる師匠に苛立ちを覚えるが、確かに経営のことなど何も分からないので、言い返すことはできなかった。
「経営についての話は今は良いでしょう。それより、ルナの塔に到着した後の流れについて確認しておきましょう」
「そうだな」
確かに、経営のことよりも確認しなければならないことがある。
俺が頷くと、ミーシャはゴンドラに乗っているメンバーをぐるりと見回しながら話し始めた。
「まず、現在のルナの塔の状態についてですが、事前の調査によって、辺りに多数の邪霊が徘徊していることが判明しています」
「ちょっと待ってくれ。事前の調査って、あの短期間でそんなことをする余裕があったのか?」
「僕があらかじめ調査するようにお願いしていたんだよ」
俺の疑問に師匠がそう答えた。一体、いつの間にそんなことを……。
「元々、ルナの塔のことは調べていたからね。あの塔を含めて、怪しいと思った場所を調査するようにお願いしていたんだよ。まぁ、その後、アジ・ダハーカから直前に居場所を教えてもらったわけだけど……」
「そうだったんですか……」
思わずそう呟きながら感心していると、「話を戻しますよ」とミーシャに告げられたため、改めて意識をルナの塔の攻略に向ける。
「改めて、今回の作戦についてですが、大きく分けて三つの部隊に分かれます。ルナの塔の外周部を抑える部隊、内部に突入して敵組織のメンバーを捕らえる主力部隊、そして、そのサポートとして共に突入する部隊です」
そう言って指を三本立てながら話すミーシャは、俺や師匠、そしてレイア、ガレス、リリーへと視線を向ける。
「私達は三つ目、内部に突入する主力部隊と塔の入口で合流次第、一緒に突入してサポートをする部隊になります」
場の空気が引き締まっていくのを感じながら、俺は静かに耳を傾けていると、リリーが「質問」と小さく呟いて手を挙げる。
「どうぞ」
「確か事前の話では、主力部隊は三部隊いたはず。私達がサポートする主力部隊はどの部隊か、それからサポートの具体的な内容を知りたい」
「まず、私達がサポートする部隊に関しては、ゼル・ヴァルハートを始めとした王国精霊師団の選りすぐりの精鋭達が所属する部隊になります」
「お父様の部隊と……」
サポートする主力部隊に自分の父親がいると知り、レイアがボソリと呟く。
「また、具体的なサポート内容についてですが、基本的には塔内部に存在すると思われる、簡易契約や無契約の邪霊達の処理になります」
「つまり、精霊師の相手は主力部隊が担当するってことですね?」
「はい。付け加えて、危険と判断された最高位の邪霊に関しても、主力部隊が叩く形になる手筈です」
そう確認するガレスに、ミーシャは首肯する。
つまり、俺達サポート部隊は、主力部隊が戦いやすいように戦場の整理を行うことが仕事ということのようだ。
「また、突入後に関しては、この部隊の指揮はリブリア氏に任せる形になりますが、よろしいでしょうか?」
「みんなが良ければ、僕は問題ありませんよ」
ミーシャの頼みに応じながら、師匠が俺達を見回す。
無論、反対するメンバーなどおらず、全員が首を縦に振り、この部隊のリーダーが師匠に決定した。
「では、よろしくお願いします」
「ええ、最善を尽くします」
頭を下げるミーシャに、師匠は頷きながら表情を引き締める。
「あ、ミーシャ様。私からも一つよろしいですか?」
「はい、構いませんよ」
「その内部の壁画等に関してですが……」
「勿論、気にせず戦ってください。積極的に壊せとまでは言いませんが、損傷を恐れることはありません。存分に貴女の力を振るってください」
その言葉に、レイアがホッとした表情を浮かべる。
まぁ、この国の未来に関わるであろう戦いだ。壁画の一つや二つなど気にしている場合ではないだろう。
「皆さん、そろそろルナの塔に着きますッ! 準備をしてくださいッ!!」
耳に響き渡るアイレ運輸の運転手の叫びに、一気に緊張感が高まる。
「全員、気張っていこう」
師匠の言葉に、俺達は一斉に返事をした。
*****
「荒々しい着地になりますッ! 手すりに捕まって衝撃に備えてくださいッ!」
アイレ運輸の運転手の叫びに、俺は側の手すりに捕まりながら前方に視線を向けると、巨大な尾鰭を揺らしながら我が物顔でルナの塔の周りの空を泳ぐ怪魚が視界に入った。
「邪霊ッ!」
パッと見でも分かる高い霊位の邪霊の姿に、自然と手すりを握る手が強くなる中、風精霊の飛行速度が一気に加速する。
『ギィッ‼』
同時に、邪霊も迫ってくる俺達を視界に捉えると、咆哮を上げながら襲い掛かってきた。
「私が、サラマンダーで迎撃をッ!」
「いえ、心配ご無用ッ! この程度のこと、お客様の手を煩わせるまでもありませんッ! それより皆さん、しっかり捕まってッ‼」
邪霊を迎撃するべく、レイアはサラマンダーを呼び出そうとするが、アイレ運輸の運転手はそれを制止すると霊力を全開にした。
『キィイイッ‼』
彼の契約精霊が雄叫びを上げると共に、一気に翼を羽ばたかせて上昇していく。
「うおッ⁉」
「キャッ⁉」
突然の急上昇に、ゴンドラ内から驚きの声が漏れる。
俺は咄嗟に、目の前で体勢を崩しそうになったレイアを内側に入れるような形で手すりを掴むと、そのまま衝撃に備えて肉体強化を施す。
するとその直後、衝撃と共に精霊達の悲鳴とも雄叫びとも取れる声が響き渡り、やがて一度、翼が羽ばたく音が響いて揺れが止まった。
「お待たせしました、到着ですッ! 皆様、お気を付けてッ!」
「全員、出るぞッ!」
師匠の指示と共に、ミーシャ達がゴンドラから勢いよく飛び出していく。
「レイア、俺達も行くぞ!」
「…………」
「レイアッ!」
「……はッ⁉」
先程の衝撃で驚いてしまったのか、放心状態のレイアに俺が大声で声を掛けると、ようやく彼女は我に返った様子で反応してくれた。
「あんまりボーっとするな、行くぞッ!」
「は、はいッ!」
レイアの返事を聞いて問題ないと判断した俺は、勢いよくゴンドラから飛び出し、そこで周囲の状況を確認する。
「……ビブリア廃神殿の時以上か」
ルナの塔から溢れるように現れる何体もの邪霊の姿を視界に入れた俺は、そう呟きながら顔をしかめる。
あの時も数え切れないほどの邪霊がいたが、今回とはレベルが違う。
数の問題じゃない。邪霊一体一体の霊位が高い。
油断すれば本当に一瞬で命を落としかねない戦場だ。
『ガァアアアッ!』
「……ッ!」
響き渡る咆哮に視線を向けると、巨大な顎が視界に入った。
素早く依代から剣精霊を呼び出して剣を振るうと、鈍い音を響かせながら剣と邪霊の牙が衝突する。
「ぐッ!」
――重いッ!
予想以上に強力な一撃に、思わず俺は顔をしかめながら振り払おうとするが、力が強く押し返すことができない。
「ミノタウロスッ!」
『グォオオッ‼』
雷鳴と共に振り下ろされた斧が、薪を割るかのように目の前の邪霊を真っ二つに裂く。
やがて光の粒子となって邪霊が送還され、斧を振り下ろしたミノタウロスとリリーの姿が露わになった。
「ローク、油断は厳禁」
「……ああ、助かった」
自分で油断してはいけないと意識しておきながら、この様だ。
俺は頬を叩きながら喝を入れると、改めて注意深く戦場を見渡す。
次々にアイレ運輸の高位精霊達が空から地上に舞い降り、中にいた精霊師達が飛び出して次々に契約精霊を呼び出していく。
「全員、固まって動けッ! 決して単独で動くなッ‼」
響き渡る教師の叫びに応じて、固まった学生達が次々に邪霊達との戦闘を始める。
今回の作戦において、ユートレア学院からの参加者は、教師一人と学生五名の形で部隊を構成している。
戦闘知識の豊富な教師の指揮の下、ルナの塔にいる邪霊達の殲滅が彼らの仕事となる。
「天轟」
「ッ!」
突如として戦場に走る巨大な霊力に、思わず身構えるが、次の瞬間には周囲の邪霊達に向かって光の柱が降り注いだ。
「皆、気を引き締めて掛かれッ!」
強力な霊術を放った学院長の、力の籠もった叫びが戦場にこだまし、応じるように周囲からも叫び声が響く。
「全員、ゼルさんの部隊と合流するッ! 邪霊を捌きながら入口に向かうぞッ!」
ジャックを霊装化させた師匠は俺達にそう告げると、霊力が凝縮された紫炎を鎌に灯し、前方に向けて放った。
邪霊達が紫炎に焼かれ、あるいは回避行動を取ったことで、ルナの塔へと続く道が一時的に開かれる。
「走れッ!」
ガレスの叫び声に弾かれるように、俺達は師匠の背中を目指して紫炎で模られた道を駆け出す。
周囲から学院側の精霊と邪霊が繰り広げる熾烈な戦闘の音が絶え間なく響き続ける中、全力で塔の入口へ向かっていた俺は、そこで背筋に悪寒が走った。
『ギィイイッ!』
塔の壁に張り付いていた、黒い鱗に覆われた蜥蜴のような姿をした邪霊が、思いっ切り壁を蹴ったかと思うと、俺に向かって勢いよく突っ込んできた。
「ローク先輩ッ!」
「マジかよッ!」
レイアの叫びを耳にしながら、ピンポイントで俺を狙ってきた邪霊に思わず文句を口にし、迎撃の姿勢を取るが……。
「アハハハッ!」
『――ッ⁉』
喜びを抑え切れない笑い声を漏らしながら現れた燈が、迫ってきた邪霊を横から蹴り飛ばした。
「燈ッ⁉」
「ぼさっとしてたら私が美味しいところ全部貰っちゃうよ、先輩っ!」
驚く俺を無視して、燈はそう叫ぶと、たった今蹴り飛ばした邪霊に向かって勢いよく刀を振り下ろした。
『ガァッ!』
「邪魔ッ!」
咄嗟に迎撃のために振るってきた尾を難なく斬り飛ばし、燈はそのまま邪霊の頭部に刀を突き立てた。
『ギィアッ⁉』
すると次の瞬間、邪霊が悲鳴を上げたかと思うと、その頭部がまるで風船のように弾け飛び、そのまま送還されてしまった。
「おい、月影ッ! あまり先走るなッ! ちゃんと――」
「分かってるって! ちゃんと殲滅すればいいんでしょ⁉ コンッ!」
後方から聞こえてきた「いや、違――」という言葉を遮って、妖狐が雄叫びを上げながら現れると、蒼炎を放って周囲の邪霊を焼き尽くす。
「とりあえず助かった、燈ッ!」
この状況においても普段通り戦いを楽しむ燈に、俺は聞こえていないと分かっていながらも一応、感謝を述べると、そのまま駆け抜けていく。
やがて入口が近付いてくると、邪霊と戦闘を繰り広げている王国精霊師団の制服を纏った精霊師達の姿が視界に入った。
あれがサポートする主力部隊だろうかと思っていると、少し後ろから「お父様ッ!」と叫ぶレイアの声が耳に入った。
その声を聞きながら改めて前方を見渡すと、獅子と山羊、そして蛇の身体が混ざった邪霊――キマイラと戦闘を繰り広げている主力部隊の一人、ゼル・ヴァルハートの姿が視界に入った。
「ヴァルハート様ッ!」
「後続部隊が来たか」
レグルスと共にキマイラと戦闘を繰り広げていたゼルさんは、俺達に気付くと視線をこちらに向けた。
「では戦力も揃ったことだ。塔に向けて全力で進むとしよう」
再び視線を前に向け、キマイラを睨みながら契約精霊の名を叫んだ。
「レグルスッ!」
ゼルさんの言葉に応じて、キマイラと組み合っていたレグルスは大きく後退すると、そのまま身体を光の粒子へと変え、主人の下に帰還する。
やがて光は、獅子の意匠を刻んだ金色の鎧――霊装となってゼルさんの身体を覆うと、その全身から炎と霊力が溢れ出した。
「押し通るッ‼」
ゼルさんはそう宣言すると、拳に炎と霊力を込め、踏み込んだ地面を捲り上げながら一気に間合いを詰める。
『ッ⁉』
文字通り一瞬で間合いを詰めて懐に入ってきたことに動揺しているキマイラに向けて、拳と共に凝縮した炎と霊力を放った。
放たれた炎はキマイラの身体を貫き、そのままルナの塔の入口へと火花を散らしながら衝突した。
「余波だけで凄い熱だ」
「あれが炎獅子……」
ゼルさんの戦闘を間近で初めて見たガレスとリリーは、その霊術の威力に驚きを隠せない様子で呟く。
「二人とも驚いている場合じゃないッ! このままゼルさん達と一緒に塔に突入するよッ!」
少し前を進むオーウェンはそう叫びながら、その身を躍らせて王国精霊師団と邪霊達との戦闘に介入する。
「行くぞ、レイアッ!」
「はい、サラマンダーッ!」
『ガァアアアッ!』
後ろから響くサラマンダーの咆哮を耳にしながら、師匠に続いて戦場に乱入する。
「颶風剣――」
依代から風の微精霊を呼び出して簡易契約を結んだ俺は、剣精霊に強化を施すと一気に加速し、眼前で戦闘を繰り広げている邪霊の一体に向けて剣を振るう。
「閃舞ッ!」
『――ッ⁉』
目の前で王国精霊師団の契約精霊との戦闘に集中していた邪霊は、俺の斬撃に対応することができず、身体の一部が斬り裂かれた。
『グォオオオッ!』
斬撃を受けて邪霊の動きが鈍くなった瞬間を逃さず、精霊は咆哮を上げながら全力の霊術を放ち、邪霊を送還させることに成功する。
「手助け、感謝する」
「いえ、今回の俺達の役割なので」
援護を終えると、精霊の主人である精霊師から感謝の言葉を告げられたため、首を横に振りながらそう言葉を返す。
「その剣精霊と契約精霊を呼ばない戦い方……そうか、君が噂に聞くローク・アレアスか」
「う、噂?」
嫌な予感を覚えながら俺が震えた声を漏らすが、精霊師は特に気にした様子も見せずに語り続ける。
「聞いているぞ、四凶アペプスとの戦いについて。かの戦闘ですら呼び出さなかったという契約精霊、期待しているよ」
「えっ? いや、ちょっと――」
誤解がある。
そう伝えようとした時には、精霊師は精霊を引き連れて別の邪霊との交戦に入ってしまい、声を掛けられるような状況ではなくなってしまった。
「…………」
なんか恐ろしい勘違いが広まっている気がしてならないが、今はそのことに意識を割いている余裕は無い。
「ロークッ!」
「ああッ!」
叫ぶミーシャの声に応じながら、俺は再び駆け出すと、周囲の邪霊達が放つ攻撃をいなしながら戦闘中の仲間達と合流する。
そのままミーシャ達と背中合わせになりながら、襲ってくる邪霊達を霊術で迎撃していると、戦場に似つかわしくない優雅な音楽がどこからともなく鳴り響いた。
『ッ⁉』
やがて周囲の邪霊達の動きが鈍くなったかと思うと、地面から生えた幾つもの銀槍がその身体を貫いて拘束した。
「君達、メインステージは先だよ」
「こんな場所で止まるな、さっさと行けッ!」
「助かったッ!」
霊術を放って周囲の邪霊を抑え込んだ二人、トラルウスとロクスレイが離れた場所からそう叫ぶのを確認した俺は、感謝の声を上げながら走り、ゼルが破壊した扉を通ってルナの塔の内部へと侵入した。