真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます 作:アラッサム
「これは……」
足を踏み入れた俺の視界に入ったのは、前に訪れた時とは比べ物にならないほどボロボロになった内部の光景だった。
壁画は何が描かれていたか分からないほどに破壊され、地面も凹凸だらけで、かつて受けた天使種の守護精霊を呼び出す召喚陣も起動することはできないだろう。
「分かっていたことだけど、貴重な遺跡がこんな状態になっているのは悲しくなりますね」
「こればかりはな」
塔の惨状にショックを隠し切れない様子の師匠がそう呟くと、少し先に内部に入り込んでいたゼルが同意しながら頷いた。
確かに、歴史研究家である師匠からすれば、貴重な歴史の資料であるルナの塔がこんなに破壊されてしまったことは、無念でならないだろう。
けれど――。
「師匠」
「そう心配せずとも大丈夫だよ」
俺が不安と心配を交えながら声を掛けると、師匠は眼鏡の位置を直しながらこちらに振り返って笑った。
「優先順位は間違えない。今は果たすべきことを果たそう」
「……はい」
私情を抑えながらそう呟く師匠に、俺も気合を入れ直しながら頷く。
「あの階段を上っていけばいいのかい?」
「はい。とはいえ、僕達も最奥まで進めたわけではありませんが……」
先に塔に侵入して内部を確認していたゼルに、ガレスが前回の探索の時のことを思い返しながら頷く。
「他の部隊は?」
「分かりません。外で足止めされているのか、もしくは……」
「できれば待ちたいところだが、あまり時間を掛けたくもないな」
ゼルさんは顎に手を当ててしばし逡巡した様子を見せるが、すぐに「やはり、進もう」と決断した。
「アジ・ダハーカの時のように、手遅れになるような事態は避けたい。現状、最低限の戦力は備えているし、味方も無事なら後から来るだろう」
ゼルさんが同じ部隊のメンバーと俺達を見回しながら「それで良いか?」と尋ねると、全員が静かに首を縦に振った。
「よし、では全員進むぞ。ここは既に敵の根城だ。移動中は奇襲にも十分注意するように」
その注意を肝に銘じながら、俺達はゼルさんを筆頭に、かつて上った階段を再び上り始めた。
「随分と静かだね」
「ああ」
ガレスの言葉に俺は静かに頷く。
あの時と違って守護精霊が全く姿を現さないため、随分とスムーズに塔の中を進むことができている。
「多分、四凶の一味がやったんだと思う」
「そうですね……」
ボソリと呟くリリーに、レイアは同意する。
かつてあの守護精霊達がクロと敵対していたことを考えれば、間違いない。それに、アイツらの戦力ならば、ここの守護精霊の処理も決して難しくはないだろう。
「……ここに一体、何があるのでしょうか?」
ミーシャがボソリとそんな疑問を口にする。
確かに、それは俺もずっと気になっていたことだ。
リリスが口にしていた四凶の封印よりも、もっと禍々しい存在。
ホーンテッド達は一体、何を復活させるつもりなのだろうか……。
「月の女神」
「え?」
師匠が呟いた言葉に、俺を含め、その場にいた全員がそれぞれ反応を示した。
「恐らく、そう称されたナニカだよ。封印されているのは」
「月の女神が? ここは月の女神を祀る塔なのでは?」
前方を進む主力部隊の精霊師の一人が、おそらく俺を含めて全員が思っていたであろう疑問を口にする。
「どうでしょう。この塔は、ただ月の女神を祀るためだけに作られたにしては、壁画があるだけで祭壇もなければ、奉納品があった形跡もまるで見えない」
「つまり、敬いが感じられないと?」
ミーシャがそう尋ねると、師匠は「ええ」と頷きながら話を続けた。
「全くないとまでは言いませんが、少なくともこの塔の構造からして、月の女神を祀ることを目的に建てたとは思えませんね」
「むしろ、その逆だと君は考えているというわけか……」
ゼルさんの呟きを聞きながら、俺はここで守護精霊に襲われた時のことを改めて思い返す。
考えてみれば、あの守護精霊達は壁画を始めとして、内部を破壊することに一切の躊躇いがなかった。
何なら、俺達の方が壊さないように必死になっていたくらいだ。
確かに、月の女神を祀ることが目的ならば、いくら侵入者の撃退のためとはいえ、大事な建物を破壊する行為を許すだろうか?
「…………」
「それに、資料で確認しましたが、この塔に描かれた壁画は、先に進めば進むほど悍ましい絵になっていくんです。正直、畏怖というよりは、純粋に月の女神の危険性を訴えているように見えました」
「月の女神への純粋な恐怖を描いた壁画に封印、それにあの守護精霊のことを考えると、十分にあり得そうな話ではある」
一連の話を聞いていたリリーがそう呟く中、俺達はかつてレイアとセリアが協力して守護精霊を討伐した空間へと辿り着いた。
「ここは……」
「覚えがあるのか、レイア?」
どうやらレイアもしっかりと覚えていたようで、彼女の呟きに父であるゼルさんがそう声を掛けた。
「はい、私とセリア先輩、それにローク先輩と一緒に来ました」
「ああ、そうだな。ここで守護精霊を倒そうとして、サラマンダーの火力が強過ぎて危うく壁画まで焼き尽くしそうになったんだよな」
「せ、先輩ッ!」
俺はレイアの緊張を少し解す意味合いも込めてそう揶揄うと、案の定、顔を赤くして恥ずかしげな様子で抗議の声を上げた。
「ハハハッ! その話は後でワインでも飲みながら聞かせてもらうとして……」
そんなレイアの様子に、ゼルさんは笑いながらそう呟くと、横の壁に描かれた不気味な月の女神の壁画を一瞥した後、先に進む扉に手を伸ばす。
「まずは奴らの企みを絶対に阻止するぞ」
その言葉に全員が頷き、ゼルさんが扉を開ける。
すると、色鮮やかなステンドグラスに覆われた壁と、かつて俺がクロの霊術を受けたことで地面に形成された穴が視界に入った。
「ここが行き止まり……いや、上か?」
「いえ、下だと思います」
疑問を口にする王国精霊師に、俺は地面に空いた穴から先の見えない底を眺めながらそう言葉を返した。
「下?」
「はい。俺はかつてここで邪霊に襲われて下に落ちた時、禍々しい気配を放つ黒い棺を見ました。確信はありませんが……」
クロに霊術で突き落とされた時に見た黒い棺と、幾何学模様に覆われた部屋を思い出しながら、俺はそう語った。
「なるほど。では、上に何があるかは?」
「いえ、上層の調査はまだ……」
「なら、ここからは二手に――」
ゼルさんがそう言葉を続けようとした瞬間だった。
『グォオオオッ!』
突如として、塔内に竜の咆哮が響き渡った。
今、レイアはサラマンダーを呼び出していない。
となれば、この竜の咆哮の正体は――。
「ユーマッ!」
「ハハハッ! 久しぶりだな、ローク・アレアスッ‼」
顔を上げた先に、かつて見た瞬間移動によって現れた黒竜クロム・クルアハと、その背に乗った契約者であるユーマ・シュレーフトの姿が視界に入った。
クロムの口腔には霊力を帯びた黒い光が集まっており、かつて大精霊演武祭で放った光線の如きブレスを放とうとしていることを理解した。
「ッ!」
咄嗟にクロムの攻撃を妨害しようと試みた俺は、視界を遮るように白い翼を羽ばたかせて飛び立つ、麗しき天使――ミーシャの契約精霊を視認する。
『ガァアアアッ!』
『――ッ!』
黒竜と天使は空中で対峙すると、互いに相手に向けて破壊の光を放った。
大量の霊力が込められた二体の光は空中で衝突するや、眩い輝きを放ちながら周囲に拡散し、ステンドグラスが音を響かせながら次々に割れていく。
「くッ!」
「颶風剣ッ!」
キラキラと、まるで星のように輝くガラス片を風の霊術で吹き飛ばしながら周囲を確認すると、ゼルさん達の足元の影から伸びた黒い手がその身体を拘束し、さらにその周りを黒いベールのようなものが覆っていた。
「くッ! 馬鹿なッ⁉ 油断など――」
「転移術、分断かッ!」
身体を拘束されて驚く王国精霊師達の横で、ゼルさんが素早くベールの正体を悟りながら金色の炎を放つ。
術を焼き尽くそうとするゼルさんに合わせて、俺も彼らを拘束する黒い腕を斬ろうと、遅れながら足を踏み出し――。
「良い判断だが、僅かに遅いな」
「……ッ!」
果たして今までどこに控えていたのか、いつの間にか俺達の間に立っていた仮面の男に、俺とガレスは半ば反射的に剣を振るう。
しかし、俺達の剣が男を捉える前にその姿が目の前から掻き消え、気付けばゼルさんの身体を掴んで、そのまま宙に飛び出していた。
「ッ‼」
「悪いが、お前を自由に暴れさせるわけにはいかないんだ」
掴まれた際にゼルさんの炎が弱まったらしく、転移術を焼き尽くす前に術式が起動し、二人の姿がどこかに消えてしまう。
「くッ!」
「あの方々なら大丈夫ですッ! それよりも今は目の――」
『見つけた』
さらに続けて王国精霊師達が次々に姿を消す中、そう叫ぶミーシャの声を聞きながら、俺も意識をユーマに向けようとして――脳内に響いたアペプスの声と共に、いきなり視界が暗転した。