真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます 作:アラッサム
「ここは……」
ロークが目を開けると、広々とした空間が視界に入った。
照明らしきものは見当たらないが、地面や壁にまるで血管のように広がっている霊力の経路が淡い光を放ち、空間全体を照らしていた。
「ルナの塔の最上階、この塔の制御盤が存在する階層さ。尤も、既に機能の大半は失われているがね」
「……ッ! ホーンテッドッ‼」
聞こえてきた声に振り返ると、ホーンテッドと、その隣に立つ彼の契約精霊である少女、ヴラドの姿があった。
「にしても、まさかここに辿り着くとは……」
驚きを交えながらそう呟いたホーンテッドは、その直後、「いや、そうでもないか」と自身の発言を撤回しながら背後に視線を向ける。
「君が呼んだのか?」
『別に呼んでねぇよ。まぁ、居場所が分かるように霊術を使ったがな』
バサリと大きな翼を広げながら姿を現した三つ首の黒龍、アジ・ダハーカは、ホーンテッドの言葉を遠回しに肯定しながら、視線をローク……否、その足元へと向ける。
『なぁ、駄ヘビ?』
『……何だ、自慢の霊術の腕が落ちたのかと思ったが、違ったのか?』
アジ・ダハーカがそう声を掛けると、ロークの影が後方に伸び、やがてそこから闇と共に冥闇龍、アペプスが姿を現した。
二体の四凶が対峙したことで、場の空気が一気に重苦しく、禍々しいものへと変化する。
『わざわざテメェが迷子にならないように教えてやったんだよ、阿呆が』
『ほう、随分と親切になったじゃないか? 長い間、独りぼっちで寂しくなったのか?』
『…………』
『…………』
ブチリと何かが切れるような幻聴をロークが聞いたと思った瞬間、二体の四凶から凄まじい殺気が放たれる。
「ッ‼」
自分に向けられていないにもかかわらず、二体の四凶が放つ殺気に呑まれたロークは、思わず膝を突いてしまう。
「やれやれ、この感じではゆっくり会話することもできないね」
今にも衝突しそうな四凶達にため息を漏らしながら、ホーンテッドは改めてロークに視線を向けた。
「いや、そもそもその様じゃ話すことも難しいかな?」
「……ッ! 舐めるなッ‼」
どこか嘲笑うように呟くホーンテッドに、ロークはそう言い返すと、全身から霊力を放ち、殺気を振り払いながら立ち上がる。
「フッ、どうやら問題はなさそうだね。尤も、語り合うことも特にはないけどね」
「意外だな。また勧誘されるかと思ったが……」
「応じる気もない癖によく言う」
そう笑いながら、ホーンテッドは隣に立つヴラドの頭に手を置く。
すると、ヴラドの身体が淡い光を放ちながら剣へと変化する。その柄を握り締めたホーンテッドは、今まで見たことのない真剣な表情を浮かべながら、その切っ先をロークへと向ける。
「残念だが、別れの時だ、ローク・アレアス。魔の血を受け継ぐ我らが同胞よ。その命は惜しいが、せめて新しい時代の贄として使ってやろう」
「……何が新しい時代だ。それっぽいことを言って、ただ好き勝手してるだけだろ」
ロークは今までのホーンテッドとはかけ離れた雰囲気に一瞬、気圧されるが、剣を構えながらそう言い返す。
「アジ・ダハーカ」
「アペプス」
『うるせぇぞ』
『お前は黙って目の前のホーンテッドの相手をしていろ』
仮初の主人の言葉に、邪霊達はその身から霊力を迸らせながらそう言葉を返すと、互いに好戦的な笑みを浮かべて言った。
『『消え失せろ』』
二体の四凶による開戦の狼煙が上がった。
*****
『グォオオオッ‼』
『ガァアアアッ‼』
その戦場は、ロークが今まで見た中で最も恐ろしく、悍ましく、そして苛烈で鮮烈だった。
アペプスの霊術によって光が失われ、全てが闇に染め上げられた世界に、二体の龍の歓喜と闘争に満ちた咆哮が轟く。
邪霊の中でも頂点に位置する二体の四凶の争いは、強力な闇の霊術の応酬となっていた。
アペプスが雄叫びを上げると、雷鳴と共に黒い稲妻が走り、対するアジ・ダハーカはその三つの口から黒炎を放つ。
迫り来る黒炎に対してアペプスが障壁を展開して受け止めると、そのまま身を翻して稲妻を回避したアジ・ダハーカに向かって突進した。
『来いッ‼』
アジ・ダハーカは吠えながらその翼を広げると、向かってくるアペプスに向かって三つの頭で頭突きを放つ。
鈍い音を響かせながら衝突した二体の四凶は、その衝撃によって互いに身体を仰け反らせるが、すぐに体勢を立て直すと互いに霊術を行使する。
『黒塵剣嵐』
『常世斬禍』
アペプスが大量の霊力を込めた闇の竜巻を生み出し、その直後、アジ・ダハーカが生み出した巨大な三日月型の刃が振るわれ、霊術を真っ二つに斬り裂く。
『………』
最高位霊術の応酬は二体の邪霊の霊力をみるみる削っていき、この状況にアペプスは内心で舌打ちを漏らす。
契約によってロークから多量の霊力供給を受けたとはいえ、それでもアジ・ダハーカを相手にしては余裕などない。
何か状況を打破する手が必要だが……。
『おいおい、考えごとかッ⁉』
アペプスの思考を遮り、霊術を弾幕のごとく放ち続けながら、アジ・ダハーカは叫ぶと、その三つの口から黒炎を吐き出す。
『ガァアアッ!』
『シャァアアッ!』
視界を覆う黒い炎に対して、アペプスは雄叫びを上げると、周囲の闇を巻き上げて巨大な竜巻を生み出し、迎撃する。
果たして、アジ・ダハーカの吐いた黒炎はアペプスの生み出した竜巻によって巻き取られ、そのまま押し返されてしまう。
『チィ!』
アジ・ダハーカは、自分の黒炎を取り込み、さらに火力を増した竜巻に対して舌打ちを漏らしながら霊術を発動する。
頭上に霊力を凝縮した球体を生み出すと、向かってくる竜巻の中に放り込む。
『弾けろ』
球体は内部で眩い光を放ちながら霊力を周囲に拡散させ、竜巻を文字通り吹き飛ばした。
「うおッ⁉」
「くッ⁉」
眼下で戦闘を繰り広げていたホーンテッドとロークは、その余波によって吹っ飛ばされるが、そんなことは歯牙にもかけず、アジ・ダハーカは次の霊術を放つべく術式を組み上げる。
『ハハッ! やるじゃねぇかッ⁉』
『お前も霊術の腕は腐っていないようで何よりだ』
アジ・ダハーカが楽しげに笑いながら称賛の声を上げると、アペプスも僅かに口角を上げながら、その実力を称える。
『実を言えば、お前とはイーヴァンと契約した頃から殺り合いてぇと思ってたんだッ!』
『だろうな』
かつてイーヴァンの下に集った彼らは、契約を結び、味方として戦った。
けれど、実のところ、彼らは互いに実力のある邪霊として相手を評価しており、ずっと一戦交えたいと望んでいた。
『アイツの下では終ぞ叶わなかったが、こうして戦えることを嬉しく思うぜッ!』
『……ッ!』
アジ・ダハーカがその言葉を口にした瞬間、アペプスは周囲の闇を固めて無数の塊を生み出すと、弾丸のように放った。
『ハッ! 暗ぇんだよッ‼』
アジ・ダハーカは向かってきた闇の塊に対してそう叫ぶと、周囲に眩い輝きを放つ光が生み出され、そこから放たれた光線が迫ってきた闇の弾丸の悉くを掻き消した。
『その霊術は……ッ!』
『次行くぜッ!』
驚くアペプスをよそに、アジ・ダハーカは叫びながら今度は無数の光の矢を生み出し、その全てを勢いよく放った。
『舐めるなッ!』
アペプスは吠えながらその長い胴体を勢いよく回転させると、向かってきた光の矢の群れをその尾で薙ぎ払った。
そんなアペプスを見下ろしながら、アジ・ダハーカは先程よりも術式に込める霊力量を増やし、次の霊術を発動させた。
『天剣(ヴォーパルソード)』
頭上に生み出される巨大な光の剣。
アジ・ダハーカは、その光り輝く剣先を眼下のアペプスへと向ける。
『シャァアアアッ‼』
アペプスは勢いよく振り下ろされる光剣に対して眼前に闇の障壁を展開し、受け止めようと試みるが、剣先を受け止めた障壁はバキリと音を鳴らしながらひび割れる。
『チィッ!』
アペプスは素早く防御から回避へと思考を切り替えると、その身体をうねらせ、障壁を破って迫ってきた光剣を回避していく。
『どうすればテメェを殺せるか、考えていたんだッ! 今、それを試させてもらうぜッ‼』
『ならばお前のその浅はかな策を正面から打ち砕いてやろうッ‼』
アペプスはそう叫びながら闇を纏い、一気にアジ・ダハーカへと迫ると、その鋭い牙で右翼の一部を食い千切った。
『カァッ‼』
しかし、アジ・ダハーカは一切怯むことなく吠えると、一気に霊力を練り上げる。
そのまま闇の中を素早く動き回るアペプスを狙い、アジ・ダハーカは幾つもの霊術を一気に発動させる。
紅蓮の聖火が闇を焼き払い、圧縮された聖水が闇を裂き、清浄の風が闇を打ち払い、豪速で放たれた光石が闇を穿つ。
無数の高位霊術が闇の中を縦横無尽に飛び交う中、アペプスはその巨体に似合わない俊敏な動きで、次々に降り注ぐ霊術を回避していく。
「おいおいッ‼」
アペプスが攻撃を躱していく一方で、仮の主人であるロークは、視界に広がる彩り豊かな霊術の弾幕を前にして目を見開く。
しかし、次の瞬間には霊術を回避するため、ロークは息を止め、霊力で肉体を強化しながら元の闇へと足を踏み入れる。
まるで身体が水の中に潜ったような感覚に陥りながら、ロークが頭上を見上げると、闇に直撃した霊術が闇を散らし、波紋を広げていた。
「…………」
闇の中で攻撃を防げたことに安堵するのも束の間、ロークは真下に風の霊術を放つと、そのまま勢いよく上昇して外へと飛び出す。
闇飛沫が舞う中でホーンテッドの姿を視認したロークは、剣に霊力を込めると素早く霊術を発動させる。
「颶風剣、禍ツ風ッ!」
闇と風の複合霊術。風と周囲に散りばめられている闇を剣に纏わせ、そのまま勢いよく横薙ぎに振るう。
「戒罰ッ!」
剣から放たれた風は霊力を帯びた黒い突風となってホーンテッドへと襲い掛かるが、彼が迎撃のために放った紅い斬撃によって無力化されてしまう。
その結果を見ながら、ロークはさらに霊術を追撃で放とうと剣を構えるが……。
「ロークッ!」
「くッ!」
そう叫びながら勢いよく突っ込んできたホーンテッドの剣を防ぐため、俺は霊術の発動を中断せざるを得なくなる。
「アペプスの闇を随分と上手に使いこなしているじゃないかッ!」
「そりゃ、どうもッ!」
ロークは紅剣を弾き返すと、そのまま素早く斬り返してきたホーンテッドの斬撃を避けるべく、地面の闇に潜り込む。
紅剣が誰もいない空間を通り過ぎる中、ロークはホーンテッドの真下を通って闇から飛び出すと、無防備な背中を目掛けて剣を振るう。
「チィッ!」
ホーンテッドは背後に現れたロークに舌打ちを漏らしながら素早く剣を盾にして斬撃を受け止めると、手を突き出す。
「雷響弾」
「なッ⁉」
バチリとホーンテッドの手に雷が迸ったかと思うと、直後、驚くロークの身体を稲妻が貫いた。
「ぐッ!」
「隙だらけだッ!」
予想もしない反撃に、防御も回避もすることができなかったロークが痺れによって思わず動きを止めると、無防備な腹部を目掛けてホーンテッドの蹴りが直撃する。
「かはッ!」
腹部に走る強烈な衝撃によって後方に吹っ飛ばされたロークは、苦悶の表情を浮かべながら地面を転がる。
「ゲホッ! ゴホッ!」
ロークは咳き込みながら、内心で何故だと呟く。
今、ホーンテッドが扱った霊術は間違いなく雷霊術だった。だが、ホーンテッドは邪霊以外と契約している様子はない。
「驚きが隠せていないね」
そんなロークの心の内を読み取ったホーンテッドは、そう嘲笑いながら近付いてくる。
「君がアペプスとの簡易契約でその力の一端を行使できているように、俺もアジ・ダハーカとの契約によってその力を使っているだけさ」
「……あらゆる霊術の行使ッ!」
自らの属性に縛られないあらゆる属性・種類の霊術を行使できる力を、今のホーンテッドが行使しているのだとしたら、厄介なんてレベルの話じゃない。
———完全に俺の上位互換だ。
「まぁ、闇以外の属性なんて大して使ってこなかったから、ローク君のようにそこまで強力な霊術は扱えないが、それでも隙を作るには充分だろう」
「……ふざけやがって」
苛立ち混じりにそう呟きながら、ロークは自分と簡易契約を結んでいる微精霊と剣精霊に視線を向ける。
ふわふわと浮かぶ微精霊は、二体の四凶が放つ強大な霊力に本能的に怯え切っており、今にもこの場から逃げようと藻掻いている。剣精霊からも、カタカタと僅かな震えが伝わってきている。
簡易契約で繋いでいるため、今は問題ないが、それでもホーンテッドとアジ・ダハーカを相手にしては、この契約の維持すら厳しいだろう。
「…………」
僅かに逡巡した末、ロークは簡易契約を解くと、微精霊を依代へと戻す。
下手に簡易契約を結んでいても契約の維持に意識を割かれる上に、大事な時に契約が解けて致命的な隙を晒すなんてことになっては洒落にならない。
「悪いが、お前にはもう少し頑張ってもらうぞ」
『…………』
ロークはそう呟きながら、その刀身を優しく撫でる。
剣精霊も怯えこそあるようだが、今まで数々の強敵との戦いに参加してもらったお陰か、契約自体は安定している。
そもそも剣精霊は、ロークにとって最も長く戦いを共にしてきた相棒でもある。
この状況でその力を欠くわけにはいかなかった。
「良いのかい、微精霊を戻して?」
「余計な心配だ。それよりも———」
ホーンテッドの軽口に対して言い返そうとしたロークの言葉は、辺り一帯を照らす眩い光によって遮られた。
「今の光は…………」
「あっちは派手だねぇ」
ホーンテッドが呟いた直後、轟音と共に地面の闇が盛り上がり、中からアペプスの巨体が飛び出してきた。
ただ今、新作として「ヒーロー社会で悪役やってます!」を投稿してます!
ご興味がある方は良ければ是非、一読して頂ければと思います!