真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます   作:アラッサム

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皆様、新年明けましておめでとうございます。
今年が皆様にとって良い年であることを祈っております。


15話

 

 その周辺一帯は暴風に覆われていた。

 荒ぶる風によって辺りの砂利や瓦礫が宙を勢いよく乱舞している様はまさに嵐そのものだった。加えて嵐の中にはシグルムの翼から放たれた刃の如き鋭い風撃も混ぜ込まれており、風撃に触れた瓦礫たちはみるみるその体積を小さくさせていく。

 

 そしてその中であっても未だ健在なのが邪霊だ。並大抵の精霊ならばあっという間に微塵切りにされてしまうであろう風の牢獄の中において胸ビレを広げながら泳いでいた。と言っても四方八方からの風撃を流石に全て凌ぎ切ることは不可能なようで、無傷だったその身体には少しずつ切傷が刻まれ始めている。

 

 がそれでも怯む様子も疲労感も漂わせない邪霊は嵐の中を泳ぎながら宙を舞っている大きめの瓦礫を選別すると重力によって加速させてシグルムへと放つ。

 

 

「ギィッ!」

 

 しかしそれも展開されているシグルムによる風の防壁によって全て防がれる。高速で飛来する瓦礫の弾は風の壁によってあらぬ方向にに弾き飛ばされて周囲の壁に衝突して砕けていく。

 

 

 まさに一進一退といった攻防を繰り広げているが純粋な戦闘面だけで見ればシグルムを使役するこちらに軍配が上がっていると見ていいだろう。

 

 精霊同士の戦闘においては………だが。

 

 

 

「ぐぉぉおおおッ!!」

 

 

 精霊と邪霊の熾烈な戦闘によってゴリゴリと削られていく霊力に俺は思わず悲鳴を上げながらシグルムの背に張り付く。

 

 この戦いにおいての一番の問題はシグルムを使役している俺の霊力だ。現状は霊力を回復させたことで保っているが今の俺はシグルムの発動させる霊術の霊力もほぼ全て担っている。

 

 これが簡易契約における明確なデメリットの一つだ。

 

 簡易契約は精霊との魂同士を結ぶ契約と違い、霊力のみを通した契約になる。それ故に簡易契約は自我の強い高位精霊以外ならば大抵の精霊と結ぶことができるし、契約の破棄も好きなタイミングですることができる。

 

 ただ信頼関係もクソもない霊力による繋がりのみの契約は精霊への拘束力が弱い。仮に精霊たちに霊術を使えと命じても契約者が霊力を供給しなければ霊術を発動してくれないし、何なら命令無視すらされる。

 

 故に簡易契約で使われるのは意志がほぼ無い微精霊、もしくは意志の弱い低位の精霊のみがほとんどだ。仮に高位精霊と結ぶのならば基本的に自身の霊力によって無理矢理従えるしかないが、大抵は数分従えただけで限界を迎える。

 

 簡易契約が精霊師の間で使われないのはこのデメリットがあまりにも大きい故だ。

 つまり簡易契約の状態で精霊師が精霊を使役して戦おうとするとそもそも言うことを聞いてくれない可能性がある上に仮に使役できたも自身と精霊の戦闘、そのどちらにおいても自分の霊力が消費されるので大抵の場合は秒でガス欠になってダウンする。

 

 俺のような霊力お化けを除いてだが。

 

 

「ぁぁあああッ!!」

 

 声を荒げながらシグルムに一気に霊力を流し込む。俺の霊力を受け取ったシグルムが翼を広げると大きく羽ばたかせ、邪霊に向けて風撃を放つ。

  

 一度の羽ばたきで三桁に届く風撃を飛ばし、暴風を操るシグルムのその姿はまさに動く災害そのものだ。これが契約精霊だったらばどんなに良かったことだろうと使役しながら思わずにはいられなかった。

 

「ォォオオッ!!」

 

 

 邪霊は迫ってきた風撃を再びバリアを展開することで防ぐ……が攻撃自体は完全に防ぎきっているが霊力の混ぜ込まれた風の勢いまでは防ぎきることができず、勢いに押された邪霊はその体勢を崩した。

 

 

「追撃じゃぁぁああああッ!」

 

 シグルムの背から勢いよく飛び立つと未だ態勢を立て直せていない邪霊の背に向けて剣を思いっきり振り下ろす。 

 

 バリアに風を纏った刀身が直撃し、風が暴れて轟音が鳴り響く。がそれでもまだバリアは健在で刃が邪霊の肉体に届くには至らない。

 

「ッ!」

 

 舌打ちをしながらグッと腕に力を込めて刀身を押し込むと僅かに破砕音が鳴り、展開されたバリアの表面に僅かではあるがヒビが入る。どうやら今までの攻撃によるダメージはしっかり蓄積されていたようだ。

 

 後一歩といったところではあるが、このままバリアを破壊するにはもう少し大きな力が必要だろう。

 

 ならば———-。

 

 

「やれッ!シグルムッ!!」

 

「キィイイイッ!」

 

 俺の指示に応じたシグルムが鳴き声を上げながら上空から猛スピードで邪霊に向かって滑空、その巨大な身体をもって邪霊のバリアへと突進した。

 

「ォォオッ!?」 

 

 シグルムによる追撃は邪霊の身体を怯ませると同時に表面に張られていたバリアのヒビ割れが全体へと広がり、ここに来て遂にガラスが割れるような音を響かせながら完全に砕かれる。

 

 驚愕、動揺。自慢の盾が破壊されたことに邪霊は僅かな時間ではあるものの動きを止めてしまう。自慢の技が破られたのだ、それは戦闘能力を持つ生物としては当然の反応だ。

 

 ただこのタイミングでその隙は戦闘において、特に精霊師との戦闘においてはあまりにも致命的だった。

 

 

 

 咄嗟に邪霊が俺を迎撃するべく霊術を発動しようとする気配を見せるが僅かに遅い。このチャンスを逃さんと俺はありったけの霊力を込めながら邪霊の顔面に向かって斬撃を放つ。

 

「はぁッ!!」

 

 霊力による筋力強化によって高速で振るわれた二連撃が邪霊の顔面に二本線を刻み付ける。同時に剣を覆っていた風が斬撃と共に小さな刃となって邪霊へと襲い掛かり、細かい裂傷を与えた。

 

 

「ォォォオオオオオオッ!?!?」

 

 

 俺の攻撃によって顔面に幾つもの傷を負った邪霊は痛みから悲鳴を上げると血飛沫を撒き散らしながら狂ったように暴れ出した。

 

「うぉッ!?」

 

 暴れる邪霊の身体にしがみついて更に追撃をしようとするが霊術によって重力を真横に展開され、足場も悪かった俺は踏ん張りも利かずそのまま壁へと勢いよく突っ込んだ。

 

 

「ぐッ!」

 

 背中への衝撃に顔を顰めながら俺は剣を構える。今の攻撃で削ったつもりだがまだ元気がある。

 

 けれど最初に比べて霊術の威力は確実に落ちてきているし、動きも鈍くなっている。邪霊の疲労も確実に溜まってきていることは間違いない。

 

 ただ問題はやはり俺の霊力だ。いくら強壮剤で霊力を回復したとはいえ、この速度での消耗は流石にキツい。

 

 恐らくこのまま全力で戦い続けられるのは良くて数分程度だ。それまでに何とかしてこの邪霊を戦闘不能にまでもっていかなくてはいけない。

 

 

「グォォオオッ!!」

 

 

「この野郎、荒ぶりやが———ッッ!」

 

 

 どうやら余程俺のことが憎いらしい。喋っている途中であらゆる方向から俺の身体は押さえ付けられ指一本すら満足に動かせなくなる。

 

 これはヤバい。

 

 

「ォォォオオオオオオッ!!」

 

 

「くッ」

 

 怒りの雄叫びを上げながら邪霊は巨大な瓦礫を重力による加圧によって槍状に加工、殺傷能力を高めながらその先端を全て俺へと差し向ける。まともに動けない以上、防御をすることもままならない。

 

 非常にマズい状況ではあるが邪霊は今、頭に血が上っているようでまるで周りが見えていない。

 

 

「キィイイイッ!!」

 

「ォォオオッ!」

 

 故に鉤爪を立てながら上空から襲い掛かるシグルムへの防御が遅れ、邪霊の背中に鋭い爪が突き刺さる。だがそれでも邪霊はシグルムの迎撃よりも先に俺への攻撃を優先し、周囲に展開していた巨槍の全てを俺へと向けて解き放つ。

 

 

「うおおおおッ!!」

 

 

 シグルムの攻撃によって霊術による拘束が緩んだ為、俺は何とか足を動かすとギリギリでその場から跳躍、巨槍を回避することに成功する。

 

 あっぶねぇッ!死ぬかと思った!!

 

 鳴り響く破砕音に背後を振り向けば先程まで俺がいた場所は剣山のようになっており、あのまま俺が動けなければその末路がどうなっていたかなど容易に想像することができた。

 

 

「はぁ、はぁ…」

 

 宙を飛びながら俺は何とか乱れた呼吸を整える。

 流石にそろそろ限界が近い。大技も打てて二発程度が限界だろう。

 

 加えてシグルムを使役しないと邪霊をまともに抑えることができない以上、全力で技を放てるのは事実上あと一回と言ったところか。

 

 

 ここで決めるしかない。

 

 

 俺は自身に残っている霊力を総動員しながら最後の技を放つ為に壁に足を付けながら剣を左腰の奥へと持っていく。同時に刃を覆う風をより薄く、鋭く密度の高いものへと覆い直す。

  

「ォォオオッ!!」

 

「キィイイイッ!!!」

 

 標的である邪霊へと視線を向ければ現在進行形でシグルムと取っ組み合いをしていた。しかも何なら俺の霊力の供給が減っている為に邪霊に押され気味になっており、防御しきれなかった攻撃によってそ美しい緑色の体を赤く染め始めていた。

 

 しかしそれでもシグルムは果敢に相手へと喰らい付いて邪霊をその場に留める役目を果たしている。これならば充分に敵を狙い撃つことができる。

 

 

俺はシグルムに感謝しながら霊力を総動員して肉体の強化を図る。この一撃で決められなければほぼ負けが確定する。

 

 俺は小さく息を吐き、覚悟を決めると霊力を込めて全力で壁を蹴る。足元の壁が破砕音を響かせながら割れ、俺は邪霊目掛けて文字通り跳んだ。

 

 

 

 

「颶風剣・閃舞」

 

 

 

 一瞬だった。

 

 

 辺りに大きな風切り音を響かせた時には俺の身体は既に邪霊の体を通り過ぎ、剣を振り抜き終えた状態で宙を跳んでいた。

 

 

「ォ……ォ…」

 

 

 背後には一撃によって胸ビレを片方切断された邪霊が断面から血飛沫を上げながら力を失った様子で緩やかに落下し始めていた。その表情は先程の怒りに塗れたものから打って変わって困惑のようなまるで何が起こったかを理解できていないようだった。

 

 

 これが俺の数少ない技と呼べる剣技だ。

 この技を放つ際の構えを見たガレスが東方で似たような技に居合と呼ばれる抜刀術の剣技があると言っていたが生憎、そこまで大層なものではない。

  

 やっていることは単純でより速く剣を振り抜く、ただそれを霊力による肉体強化を施した状態で行うということだけである。付け加えるとその時々に置いて剣精霊に各属性の微精霊によるエンチャントを付与することで属性破壊力も上げているが、本当にそれくらいのものだ。

 

 けれども、それでも今の状態で俺が放つことのできる最高の技であることには間違いなかった。

 

 

 

 

「…ッ!……戻れッ!」

 

 

 今の一撃によって颶風剣は解かれ、霊力も底を尽き始めたので俺は落下しながら封霊石を取り出すとシグルムの再封印に取り掛かる。

 

 師匠がしっかり調教してるので逃げる、暴れるといった行為はしないとは思うがそれでも仮に今の弱った俺が相手ならば簡単に契約を破って逃走をすることもできる筈なのでされる前にさっさと封印するに限る。

 

 幸いシグルムは特に抵抗する様子も見せずに風霊石へと吸い込まれると大人しく封印されてくれた。流石は師匠、契約もしてない癖にここまで精霊を従えられるとは本当に何をしたのか聞きたくて仕方がない。

 

 

「あー、マズい」

 

 とシグルムを封印するまでは良かったがよく考えてみると風系の精霊のストックがもう無い。つまりはもう浮く手段が何も無い。

 

 

「ぁぁああああ〜」

 

 

 重力に従ってどんどん加速していく俺は落下しながらこの後のことを考える。とりあえず残っている霊力で肉体を強化すれば地面からまでの距離を考えても衝撃を耐え切ること自体はできると思うが多分、動けなくなる。

 

 というかあの薄気味悪い部屋でずっと救助を待たなきゃいけない羽目になるしできればこれは最終手段にしたい。

 

 

 もう一つは何かしら微精霊と契約して地面に衝突する寸前に適当な霊術を放って勢いを軽減させる。正直今の霊力だとまともな技を一発放つだけでも霊力枯渇してダウンしそうなのでこの作戦も結果はあまり変わらない気がする。

 

 

「参ったな……」

 

 思わずため息を漏らしながら困っていると落下している途中で視界に俺と同じく落下している邪霊の姿が視界に入る。

 

 今更ながら気付いたがこの邪霊、送還される様子が無い。胸ビレの片方をぶった斬られる重傷を負っている筈だがまだ限界には届いてないらしい。

 

 

 あれ、これもしかして詰んでる?

 

 

 咄嗟に剣を構えながら絶望的な第二ラウンドを覚悟するが流石に邪霊も戦闘するほどの気力は無いらしく、ただ力無く重力に従って落下している。

 

 

「……………」

 

 

 ふと落下する邪霊を眺めながら頭の中に一つの考えが思い浮かんだ。どうせならやってみようかと依代を取り出して考えを実行に移したところで俺の足に何かが絡まり、途端に落下が止まる。

 

  

 

 

「ッ!?」

 

 

 思わず何事だと視線を上へと向けると足元には蔦が絡まっており、その先を辿って視線を向けて見れば赤い巨竜、サラマンダーの背に乗った見慣れた三人の女性の姿があった。

 

 

「やっぱり無事だったね」

 

「ローク先輩ッ!」

 

「今度は大丈夫じゃの」 

 

 

 どうやら俺は無事に助かったらしい。

 

 それを理解した俺はドリアードの霊術によって引っ張り上げられながら疲労と安堵、加えて霊力を消費し過ぎた為にどんどん意識が遠のいていく。疲労困憊の俺にそれを止める術は無く、俺の意識は闇へと沈んでいった。

 

 

 

 


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