真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます   作:アラッサム

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第19話

「次が燈さんの試合ね」

 

「が、頑張って!!」

 

「ふむ…」

 

 レイアとメイリーの会話を耳にしながら俺は視線を燈へと向ける。彼女の腰には歓迎会と時と同様に剣を帯びている。確かアレは東方で扱われる刀と呼ばれる刃が片側にのみある特徴的な剣だった筈だ。

 

 やはり彼女もガレス同様に精霊ではなく精霊師自身が主軸になって戦うタイプなのだろうか。

 

『第二回戦、開始します』

 

 再び開始の合図が鳴り響き、各フィールドで学生たちがそれぞれ契約精霊を呼び出して戦闘に備える中で彼女は既に動き出していた。

 

「えっ?」

 

 横から聞こえた声はレイアだったか、それともメイリーだったか分からないが多分どちらにしても似たような反応をしていただろう。俺も、それに彼女の試合を見ていた大半の学生たちや教員も呆けた顔を浮かべていたに違いない。

 

 あろうことか燈は精霊の召喚を行わず、霊力による身体強化を行うなり相手に向かって駆け出した。

 

 

「なッ!?」

 

 まさかのワンテンポ早い動きを前にして相手の一年男子———名は確かジル・ロクスティアだったか———は完全に虚を突かれる形となった。それでも咄嗟に霊術を行使しようと霊力を練るが……。

 

「遅い」

 

 霊術が発動する前に燈は鞘から刀を引き抜くとそのままジルの身体をすばやく逆袈裟に斬り上げる。

 

「ぐッ!吹き飛べッ!!」

 

 完璧に入った胴への一撃。腹部から鮮血を流し、痛みで顔を歪めるジルはそれでも倒れることなく霊術を発動させる。掌に溜め込んでいた圧縮されていた風が燈の眼前で爆発し、その凄まじい風圧に彼女は大きく吹き飛ばされて初期位置辺りまで後退を余儀なくされる。

 

 けれども燈の身体は傷一つなく、逆に相手は肩から胴体にかけて赤い線が刻まれている。たった一瞬、されどその一瞬にして既に試合の対局は決まったと言って良いだろう。

 

「……くっ…」 

 

「頑丈だね」

 

 肩に小さな羽を生やした小人の精霊を乗せるジルは苦しげな声を漏らしながら燈を睨み付け、対して彼女は余裕そうな笑みを浮かべながら痛みに耐える一年男子の根性を褒めた。

 

 その一方で闘技場内は彼女のある種、不意打ちとも呼べる行為にザワザワと俄に騒ぎ始める。

 

 けれども別に精霊を呼ぶ前に仕掛けてはいけないルールがある訳でも無ければ、燈の一太刀はあの一年男子が油断さえしなければ或いは躱すことも可能だった筈だ。少なくともガレスを筆頭として二年生の上位順位者たちは躱すことができる。

 

 というか似たようなことを一年生の時に既に俺が何度か実行して騒ぎになっている。

 

 この速攻作戦を実行したのがかつて俺以外にいない上に、俺も何度か行った時点で対策されて使わなくなっていたので、二、三年生はどちらかというと久しぶりの速攻作戦に怒りよりも驚愕している学生が多い様子だった。

 

「降参しないの?」

 

「一回戦目から黒星は嫌なんだよ」

 

「そう」

 

 残念と言わんばかりに呟く燈に対して、ジルは風で形成した巨大な矢を五つほど形成するとその全てを解き放った。空を裂いて飛来する風の矢の群れを前にして彼女は駆け出すと緩急を付けながら闘技場を動き回り、一つ一つ迫って来る風の矢を危なげなく躱していく。

 

 その燈の動きに全ての矢が避けられると判断したジルはすぐに次の霊術を発動させた。大きく腕を薙ぐと合わせて三日月型の風撃が地面へと平行に燈に向かって地面の砂を巻き上げながら突き進んでいく。

 

「むっ」

 

 最後の矢を跳躍しながら躱したところに狙って放たれた風撃は見事に彼女の着地のタイミングに合わされており、その事実に少しだけ燈の顔が歪む。けれども次の瞬間には納刀していた刀を引き抜いて一閃、迫ってきていた風撃を見事に斬り裂いて霧散させた。

 

「なッ!?」

 

「今のは悪くないね」

 

 ジルの技を採点するかのような呟きをした燈は刀を手にしながら綺麗に地面へと着地すると髪や制服に着いた砂を払った。

 

「何だあいつ…」

 

 精霊を呼び出さない戦いは定石を無視しており非常に異様だ。あんまり俺が言えた義理ではないけど。

 というか本来なら精霊無しで戦うのは相当不利な筈なのだが彼女はその高い身体能力によって相手を圧倒してしまっている。

 

 彼女自身、意図していないだろうが戦い方が俺と似通っている。もしかして彼女も精霊と契約していないとかそういう深い事情があるのだろうか?

  

「次はこっちの番」 

 

 変に親近感を抱きながら燈を眺めていると、駆け出した燈が独特のステップを踏んだ途端に彼女の身体が七つに分身した。

 

「へっ?」

 

「いや分け身って……それもう騎士の技じゃん」

 

 メイリーが再び素っ頓狂な声を漏らしている横で俺は呆れ混じりに呟いた。

 霊力による肉体強化と緩急を混ぜた独特の歩法によって残像を生み出す分け身と呼ばれる技は精霊師という存在が台頭する以前、精霊と生身で戦っていた騎士たちの技だ。

 

 

 精霊師である燈が何故この技を習得するに至ったかは知らないが、彼女は本当にゴリゴリの戦士タイプらしい。あんな技が使える学生をガレス以外に知らない。

 

 何ならガレスでさえ三人の分身が限度だった筈だが………。

 

「クソッ!!」

 

 次々に刀を構えて斬り掛かってくる燈を前にしてジルは怒りの声を漏らしながら風を放った。放たれた風は眼前で刀を振り上げていた燈を襲うが、風が直撃した瞬間にその身体は霧散し、次の燈が今度は低い体勢で刀を斬り上げようと踏み込んでくる。

 

「はぁッ!」

 

 咄嗟にジルは風を纏って大きく跳躍することで一刀を躱すと振り切った無防備の姿の燈に小型の空気の玉を銃弾の如く放ち、その身体を穿つがこれも実体では無かったようで霞のように消滅した。

 

 

「甘い」

 

「ッ!?」

 

 予想以上に間近から聞こえて来る声に男子学生が顔を上げれば、既に眼前には刀を振りかぶる四人の燈の姿があった。既に回避や防御が間に合わないことを悟りながらもジルは霊術による防御を展開しようとして————。

 

「ふッ!」

 

「ガッ!」

 

 四人の燈による斬撃が放たれ、ジルの胴体に幾つもの赤い線が刻み込まれる。直後に攻撃を浴びながらもジルが発動した霊術によって発生した突風が四人の燈に襲い掛かった。

 

 突風によって燈の足が地面から浮き上がり、動きが止まる。この好機を逃さないとばかりに追撃を仕掛けようとしたジルは、けれども未だ消滅しない一体の残像を前にして目を見開いた。

 

「驚いてくれた?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる燈の背後から刀を逆手に持ったもう一人の燈が刀に霊力を込めると横一閃、ジルを目掛けて斬撃を放った。動揺によって僅かに動作の遅れたジルも風を放つことで迫ってきていた斬撃を相殺するが、余波によって後方へと吹き飛ばされる。

 

 

「くッ!」 

 

「はい、詰み」

 

 地面に転がったジルは瞬時に立ちあがろうとしたが、それを制するように彼の首元に刀を突き付けた燈が立っていた。同時に試合終了を告げる鐘が鳴り、燈の勝利が確定した。

 

 

 

*****

 

 

 

「い、一体どういうこと!?どうして燈が二人にッ!?」

 

「いや、恐らくあれは……燈の契約精霊だと思う」

 

 気付けば二人に増えている燈に困惑するメイリーに対してレイアが自信無さげではあるが、自身の予測を口にした。

 

 どちらが本物か全く分からないほどの精巧な分身。二人の容姿からまとっている霊力に及ぶまで模倣できるとすれば精霊の力と考えるのが妥当だろう。

 

「燈ちゃん、凄いね」

 

「そうだね……」

 

 メイリーの言葉にレイアは首肯する。新入生歓迎戦に参加していなかったので彼女の正確な実力は分からなかったが、それでも相応の実力の持ち主だろうと予測はしていたがここまでとは思わなかった。

 

 何なら実戦においての総合能力で言えば自身よりも上かも知れない。先の遺跡探索において自らの判断能力や対応能力の低さを実感したばかりのレイアは内心で燈の認識を改めながら気を引き締める。

 

 最初の入試試験において学年首席の地位を獲得することができたが、これは油断しているとあっという間に他の同級生たちに追い抜かれてしまう。

 

 

 そう思いながら燈に視線を向けていると彼女はゆっくりとした動作で刀を天に掲げるように振り上げた。

 

「えっ?燈ちゃん、どうしたの?もう試合は終わってるんだよね?」

 

「うん、その筈だけど………まさかッ!!」

 

 レイアは思わず叫びながら立ち上がる。

 霊力を纏い始めた刀身を見てレイアの中で予感が確信に変わる。燈の中で何があったかは分からないが、彼女は既に動けなくなっているジルにトドメを刺すつもりだ。

 

 一部の生徒たちも燈のその動きに気付いたようで焦った様子を見せるが既に遅い。教員の一人が「即刻武器をしまいなさいッ!!」と叫んでいるが聞こえていないのか見向きもしない。

 

 ———-止めなくちゃッ!

 

 レイアは即座にサラマンダーを呼び出して燈を止めようとするが時既に遅く、燈は無情にもジルを真っ二つに斬り裂く勢いで振り上げた刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 「どういうつもりだ?月影」

 

 

 けれど会場に響いたのは肉を裂く音でも無く、ジルの悲鳴でも無く、剣と剣が衝突した甲高い金属音と二年生ローク・アレアスの声だった。

 

 

「えっ?」

 

 呼び出したであろう剣精霊で燈の刀を受け止めるロークの姿を目にしたレイアは思わず隣の席へと視線を向けるとそこには既に元から誰も居なかったかのように空席になっていた。

 

「えっ?えっ!?ローク先輩ッ!?」

 

 同じく自分の側にいたメイリーもロークが動いたことに気付かなかったようでいつの間にかジルと燈の間に割って入っていたロークに驚愕と困惑が混ざった表情を浮かべながら空席とロークの姿を交互に視線を向ける。

 

  

「いつの間に……」

 

 移動を欠片も悟らせない静かでかつ素早い動きに思わずレイアは目を見開きながらロークの姿を眺める。このままではいけない、けれど自分たちではどうすることもできないと事態の推移を静観していた学生たちも燈の刀を防ぐロークの姿に驚いた表情で視線を向けていた。

 

 

 

「試合は既に終わった。刀をしまえ、月影」

 

 

「ローク・アレアス……先輩」

 

 そんな周囲の視線を無視しながらロークは腕に力を込めて振り下ろされた燈の刀を弾くと納刀するように未だ戦意を滾らせている後輩へと告げる。

 

 目の前に現れたロークを前にして燈は戦闘中にはついぞ見せることのなかった明確な笑みをその美しい顔に浮かべた。

 

 

「君の勝ちだ。おめでとう」

 

「…………」

 

 それで話は終わりだと。

 言外にそう告げて背を向けるロークに対して燈は先輩の言葉に従うかのように刀を鞘へとしまう。

 

 

 

「虚空」

 

 

 そして燈は無防備なロークの背中に目掛けて鞘から刀を引き抜いた。


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