真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます   作:アラッサム

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第2話

「はぁ…」

 

 無事に試合が終わった。

 そのことに安堵の息を漏らしながら闘技場を後にしようとすると背後から「待ちなさいッ!」と怒りに満ちた鋭い声が耳に入ってくる。

 

 背後を振り返れば怒りに染まった表情で俺を睨み付ける対戦相手、レイア・ヴァルハートがいた。

 

「何か用かい?」

 

「先程の試合、一体どういうことですかッ!?」

 

「どういうこと…とは?」

 

 まぁ、尋ねておいてアレだが恐らく彼女が聞きたいのは……。

 

「何故、契約精霊を呼び出さなかったのですか!?」

 

 まぁ、そのことだよね。

 普通、精霊師が戦う際には契約精霊を召喚して戦う。にも関わらず俺と来たらそこら辺に漂ってる微精霊と簡易契約と呼ばれるその場限りの一時的な仮契約だけで戦っているのだから舐めプと思われて怒っているのだろう。

 実際、俺も逆の立場だったらキレる。けれど事実を言う訳にもいかない以上、俺が返す言葉は決まっている。

 

「呼び出す理由が無かっただけだ」

 

 俺の返答にレイアの身体から霊力が溢れ、突風となって俺の髪を靡かせた。

 

 おお、戦いが終わった直後だったのにもう霊力が回復しているのか。流石はかのヴァルハート家の娘、凄いな。

 

「私を馬鹿にしているんですかッ!?」

 

「してないよ。寧ろ何度もヒヤリとさせられたし凄いと思うぞ、俺が戦った中では姫さんの次に強いと思ったよ」

 

 俺としては嘘偽りのない素直な賞賛を述べたつもりなのだが、案の定と言うべきか煽られたと感じたらしいレイアは顔を炎の如く赤くしながら腕に刻まれた赤い契約紋を掲げ、契約精霊であるサラマンダーを呼び出した。

 

 再び闘技場に降臨した赤竜は主人の怒りに触発されているのか、唸り声を上げながら凄まじい殺気を俺にぶつけてくる。

 

「………何のつもりだ?」

 

 俺は恐怖心を表情に出さないように意識しながら尋ねる。

 てか戦っている時から思っていたが、やっぱりこの竜めっちゃ怖い。マジで下手したらチビりそうなんだけど……。

 

 

「再戦を要求します!今ッ!すぐにッ!」

 

 

「…………」

 

 いやいや、待て待て。嘘だろ、マジで言ってる?こちとらさっきのでもうヘトヘトなんだけど。

 さっきは偶然で勝つことができたが、流石に連戦となると文字通り消し炭にされること間違い無しなのでどうにか連戦は避けたい。

 

 俺が彼女から逃げる為の言い訳をどうしようかと悩んでいると助け舟は思わぬところからやってきた。

 

「ヴァルハートさん、お気持ちは分かりますがそこまでです。これは新入生歓迎戦、決着が付いたのなら闘技場から引いてください」

 

 背後から歩いてきた少女、太陽に照らされて輝くブロンドの長髪を揺らしながら現れたのは学年主席であり、このロムス王国の王女であるミーシャ・ロムスだった。

 

「ミーシャ様、退いて頂けますか。私は名門ヴァルハート家の娘としてこのような屈辱を受けたまま大人しく退く訳には行かないんですッ!」

 

「先程申し訳上げたようにお気持ちは分かりますが、それを許可する訳にはいきません。貴女がこの学院の生徒になった以上は学院の規則には大人しく従って下さい」

 

「従えないと言ったら…?」

 

「申し訳ありませんが、実力行使といかせて頂きます」

 

 ミーシャがそう言うと同時に膨大な霊力と光が彼女の身体から溢れる。

 あまりの眩しさに思わず目を瞑り、光が収まったタイミングで目を開ければミーシャの隣には一体の精霊、天使が立っていた。

 

 二対の白い純白の羽を艶やかな背から生やしたその天使は思わず見惚れてしまうほどに美しかった。

 その真っ白な肌をほぼ隠していない薄い鎧は肩と胸、腰回り程度しか隠せておらず、あまりにも整ったそのプロポーションを惜しげもなく晒している。果たして彼女に羞恥心は無いのか、そんな疑問が浮かぶが地面にまで着きそうなほど伸びた金色の髪を揺らすその顔は仮面によって完全に隠れておりその素顔を確認することはできない。

 

 前はその素顔を覗いてみたいと思っていたが、前に戦闘を行った時に文字通り半殺しにされて以降、そんな気持ちは跡形も無く消え去った。

 

 っていうか待て。しれっと二人とも契約精霊を呼び出してるけどまさかここでやり合う気じゃないだろうな?

 天使も竜種と同等、いや下手すればそれ以上の力を持つ最高位の精霊だ。しかも精霊師もお互いに一級の担い手となると流石に洒落にならないんだが。

 

 2人の間に挟まっている俺は気付けば周囲の視線が俺達に集中していることに気付く。と言うかなんか側から見ると二股がバレた男みたいなシチュエーションで非常に居心地が悪い。

 

「…………」

 

「………分かりました。確かにミーシャ様の言う通りです、大変失礼致しました。ご無礼をお許しください」

 

「いえ、分かって貰えて何よりですヴァルハートさん。学院に所属していればまた彼と戦う機会もある筈です。何も焦る必要はありません」

 

 暫しの視線のぶつかり合いの末、折れたレイアが頭を下げて謝罪を述べるとミーシャも微笑みを浮かべながら彼女の無礼を許した。

 

「ありがとうございます。それでは失礼致します」

 

「ええ、夜の晩餐会には来るのでしたね?お待ちしてますよ」

 

 ミーシャの言葉にレイアはもう一度、頭を下げるとヅカヅカと力強い足取りで俺の隣を通り過ぎていく。

 

「次は絶対、燃やす」

 

 すれ違った刹那、底冷えする声音でそんな宣告を受けた俺はゾクリと背筋を凍らせながら思わず振り返って出口へと消え去っていくレイアの小さな背中を見つめる。

 

————この学院、辞めようかな。

 

「今回も契約精霊を呼び出してはくれないのですね」

 

 端的な殺人予告に震えていると横に立つミーシャが小さく息を吐きながら独り言なのか、俺に話しかけたのか分からないくらいの声量でボソリと呟いた。

 

 俺がミーシャの方へと視線を向ければ彼女のサファイアのように美しい瞳が俺を射抜いていた。

 ミーシャ自身も契約している天使に勝るとも劣らない容姿を持っている。綺麗な鼻筋に瑞々しい桃色の唇、顔のパーツ全てが完璧に整っている。白い肌は雪のように滑らかなで思わず触れたい衝動に駆られる。

 

 天は二物を与えずなんて言葉があるが天は誤って彼女には四、五物くらい与えてしまっているのではないか、そんなことを思ってしまうほどに彼女は家柄、容姿、才能、契約精霊、全てにおいて完璧だった。

 

「見事な戦いでした。相も変わらず契約精霊も呼ばずによくあそこまで高度な霊術が扱えるものです」

 

 と俺がミーシャに見惚れていると彼女は俺にそう賞賛の言葉を述べた。

 

「学年首席の姫様にそう言われるとは光栄だな」

 

「貴方が契約精霊を呼べばこの地位にいたのは貴方です」

 

 俺の言葉にミーシャは間を空けずに言った。間違いないと言わんばかりに、確信を持った口調で彼女は言う。

 

「買い被りだ。そんなことは無い」

 

「前の貴方との試合、アレは本来ならば私が負けている試合でした」

 

「いや、アレは姫様の勝利だよ。紛うことなき、アンタの勝利だ」

 

 俺は前回の試合の内容を思い返しながら告げる。そうだ、あの戦いの勝者は彼女であり、敗者は間違いなく俺だ。それは否定しようの無い事実だ。

 だが、ミーシャは納得いかないのか尚も否定の言葉を出そうとして、けれども言っても無意味と思ったのか口を閉ざした。

 

「悪いが姫様、俺もそろそろ退散させて貰うぞ?流石にさっきの戦いは疲れた」

 

 流石に高位の精霊との戦いとあって疲れた。しかも、あくまでも新入生を歓迎する為のレクリエーションだと言うのにあの後輩、完全に俺を潰しに掛かってきていた。

 可能ならもう二度と戦いたくない。

 

「………何故ですか?」

 

「……ん?」

 

 

 ミーシャに背を向けて歩き出そうと背後からそう尋ねられて振り返った俺は今度こそ固まった。

 

 

「何故、貴方は契約精霊を呼び出してくれないのですか?」

 

「……………」

 

 彼女の疑問と怒りそして————悲しみと様々な感情の入り混じったその問いに俺は言葉を詰まらせ、何か言わなくてはと考え、結局言葉が見つからなかった俺はただ視線を逸らして逃げるようにその場を後にした。

 

 闘技場から出る直前まで背後からの視線はずっと途絶えることは無かった。


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