真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます   作:アラッサム

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第21話

 振り返るとただただ無駄に目立ち、怪しげな後輩に目を付けられただけで終わった一件だった。

 

「はぁ」

 

 学院の中庭に設置されているベンチに腰掛けながら思わずため息を漏らす。同時に先日の燈との一悶着を終えて先に戻った後の後輩たちの反応と周囲の視線が脳裏に過ぎる。

 

 

『い、いつの間に移動したんですか!?何をしたんですか!?霊術ですか!?』

 

『す、凄いですッ!ほ、本当に上手く言葉にできないですけどヒーローみたいでしたよ!!』

 

 燈に振り回されて疲れ切った俺を後輩たちは興奮冷めやらぬといった様子で俺を迎えてくれた。周囲に座っていた学生たちも「すげぇッ!」みたいな視線を俺に向けながら惜しみない拍手を向けてくれた。

 

 俺のことよりも燈のヤバさを認識して欲しかったのだが、あの様子では期待できそうに無い。

 

 とりあえずあの場は後輩二人に燈にあのような行為は今後控えるように伝えて欲しいという旨だけ述べてそそくさと退散したが、しっかり伝えてくれただろうか。

 

「いや、今そんなことを悩んでる場合じゃないんだけど」

 

 目下の課題はバトルジャンキーな後輩よりも明後日に迫っているオーフェリアとの学位戦の対策を考えなくてはいけない。

 

 オーフェリア・リングラード。契約精霊は土属性の《ドレッドノート》と呼ばれる大型の戦艦のような形をした精霊で遠・中距離に於いて凄まじい威力を発揮する。加えて近距離でもオーフェリア自身も霊術に精通していて強力であり、遠・中・近距離全てに於いて隙が無い優秀な精霊師だ。

 

 

 対して俺はと言うと剣術による近接戦がメインとなる為、ハッキリ言って相性が悪い。いや、厳密に言えば霊術で中距離まではカバーが利くだろうがそれでもドレッドノートの火力を前に打ち合えるかと言われると難しい。

 

 恐らくは接近する前に集中砲火を浴びて木っ端微塵になるのがオチだろう。 

 

「参ったな、本当に…」

 

 このままではなす術なく無様を晒しながら敗北してしまう。それだけは学年次席を与る者として避けたい。

 

 けれどもこれと言った対策案は思い浮かばず、周囲の学生たちが中庭で購買で買ったらしいパンを食べたり楽しく歓談している中で一人、ベンチに座って陰鬱な雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

 

 

「疲れているようですが、体調が宜しくないのですか?」

 

「…………誰?」

 

 とボーッとしかけた思考が頭上から聞こえてくる声によって醒める。ふと顔を上げればそこには我が国の姫であるミーシャが、陽光に照らされて輝くブロンドの長髪を揺らしながらベンチに座る俺を見下ろしていた。  

 

「ああ、ミーシャか。少し考え事をしてただけだ。そっちこそ相変わらず生徒会の仕事忙しそうだけど大丈夫か?」

 

「問題ありませんよ。今のところはですが……」

 

 問題無いと語るミーシャではあるが、その表情からは隠し切れない疲労の色が見えている。まぁ、新入生歓迎会に学位戦も始まり色々と苦労しているのだろう。

 

 この学院は学生の自主性を重んじるとか体の良い言葉を使ってイベントなどを学生側に放任させているせいで生徒会や風紀委員会など一部の学生の負担が大きい。

 

 お陰で生徒会に所属している学生たちは学業と並行して日々起きるトラブルやイベントの処理対応で四苦八苦しており、いつ休んでるのと尋ねたくなるレベルで多忙さを極めている。

 

 一応、救済処置で生徒会や風紀委員会などの委員会に所属している学生は一定の単位の補償と講義の成績評価において多少の融通を利かせてくれるらしいが、逆に言えばそれくらいしなければまともに単位の取得も困難なほどに大変なのだろう。

 

「本当、いつもお疲れ様だな」

 

「そう労ってくれるのならば是非、貴方も生徒会に所属しませんか?貴方ならばこちらとしても大歓迎ですよ」

 

「勘弁してくれ。生徒会の業務なんかできないよ」

 

 そもそもこちとら既に別の委員会に無理矢理所属させられているのだ。並行して生徒会の業務などできる訳が無い。

 

「それは残念です。私たちはいつでもお待ちしてますよ?」

 

「期待しないで待っていて下さい」

 

 言うほど本気という訳でも無かったのだろう。揶揄うように笑いながら言うミーシャに俺は顔を顰めながら答えるとベンチから腰を上げる。気付けば中庭にいた学生たちの視線が俺たちに集まっていた。

 

 学年首席と次席が会話しているのだから気になるのも分からなくは無いが、流石にこのまま視線を浴びながらベンチで座り続ける気にはなれない。

 

「生徒会長、そろそろ」

 

「はい、分かってます。それでは失礼します」

 

「ああ、また」

 

 

 背後に控えていた生徒会役員の一人、青い長髪を揺らし眼鏡を掛けた理知的な印象を与える少女が時計を確認してミーシャへと告げると、彼女は俺に別れを述べて踵を返して校舎へと向かおうと歩き出し———。

 

「あ、そう言えば明後日の学位戦は私も闘技場で直接観戦させて頂く予定なので楽しみにしていますよ」

 

「……………」

 

 言い忘れていたといった様子でミーシャは振り返ると俺にそう述べて今度こそ校舎内へとその姿を消した。

 

 

「…………ああ〜、マジでどうしよう」

 

 

 寝たらなんかもう明日には全部解決してないかな。

 

 

*****

 

「……ん?」

 

「……ッ!」

 

 中庭から何か知恵を得ようと図書館へと足を運んで本を漁っていると、何やら見覚えのある少女が本棚の上の方にある本を取ろうと必死に背伸びをしていた。どうやら比較的小柄な体格である彼女の身長では届かないようだ。

 

「はい、この本?」

 

「…ッ!ローク!?」

 

 横から少女、リリーが取ろうとしていたであろう本を取るとそのままこちらを見てやたらと驚いている彼女へと手渡す。

 

「やたらと必死だったけど何の本だこれ?」

 

「な、何でも無いッ!」

 

 俺に気付かないほど必死に本を取ろうとしていたので、気になってタイトルを読もうとしたが、リリーに素早く手にしていた鞄の中へと仕舞われてしまい、確認することができなかった。

 

 興味本位で何の本か教えてと尋ねてみたが頑なに拒否されてしまう。余程知られたくないのだろうか?分野を見てみると心理学のブースなので人の心理に関わる何かの内容なのだろうが、普段の彼女の読んでいる本からすると珍しいジャンルだ。

 

「わ、私のことよりロークは何の本を探しに来たの?」

 

「俺は明後日の学位戦に備えて何か作戦を考えようと思って何か参考になる本がないか探してたんだ」

 

 と言っても相手が相手なので小手先の技術でどうにかなるのかと言われると難しいところだが、それでも何もしないよりはマシだろう。

 

「また精霊呼ばないつもり?」

 

「いや、うん……まぁ」

 

 実際は契約していないだけなのだが、リリーにも事実が話せていないので曖昧に答えるしか無い。

 

「相手はオーフェリアでしょ。今のロークとの相性良くないと思うよ」

 

「ああ、最悪だな」

 

「でも呼ばないの?」

 

「ああ」

 

 だっていないからね。

 思わず口から漏れそうになる本音を抑え込みながらロークは頷くとリリーから呆れたような視線が返ってくる。

 

「それならしっかり対策した方がいい。じゃないと接近する前に蜂の巣にされる」

 

「……ちなみにリリーが俺の立場だったらどう戦う?」

 

 さり気なくリリーに意見を仰ぐ。先日の遺跡探索ではその溢れ出る好奇心のせいで問題行動起こしまくりの彼女だが、その学力はこの学院においてトップクラス。何か良い意見を貰えるかも知れない。

 

 するとリリーは暫し口を閉ざすと「前提として私は契約精霊を呼ばないなんてことはしないけど」と前置きをした上で意見を口にする。

 

「私ならどうにかしてオーフェリアと精霊を切り離す。その上でオーフェリアを倒すしかない」

 

「精霊師と契約精霊を切り離す…か」

 

 俺の言葉にリリーはコクリと頷くと話を続ける。

 

「精霊師の強みは契約した精霊との連携にある。逆に言えば精霊と切り離してしまえれば精霊師は本来の力の半分も出せない」

 

「なるほど」

 

「ロークやガレスみたいに例外的な精霊師もいるけれど、大抵の精霊師は契約精霊と切り離されれば途端に弱体化する」

 

 その言葉を聞いてガレスの試合が脳裏を過ぎる。確かにあの試合もガレスが精霊師と精霊を霊術で分断することで一方的な試合展開で勝利を収めていた。この状況に持っていければ俺でもオーフェリアに勝てる可能性が高い。

 

 けれどそんな俺の甘い見通しを指摘するかのようにリリーはこの案の問題点を指摘する。

 

「ただこの案はオーフェリアのドレッドノートのような大型精霊相手だと難しい。そもそもドレッドノートだと多少距離を離したり壁で遮る程度じゃ意味が無い」

 

「確かに。寧ろあの闘技場じゃ隅から隅まで射程範囲だろうな」

 

 あまりにも根本的な問題。仮にガレスのように氷壁でオーフェリアとドレッドノートを切り離したとしても数秒後には壁は跡形も無く消し飛ぶだろう。

 

「つまり如何にドレッドノートをオーフェリアと分断、抑えるかってことか」

  

 俺の言葉にリリーは頷く。まだ明確な勝利ビジョンが見えて来た訳では無いがそれでも取るべき戦法はだいぶハッキリしてきた。

 

「ありがとうリリー、参考になった」

 

「お礼を期待してる」

 

「なら学食でも行くか?奢るぞ」

 

 リリーの助言には助けられたので善意で俺がそう提案するが、彼女は「大丈夫」と首を横に振った。

 

「私はまだここに用事があるから」

 

「さっきの本読むのか?」

 

「何のことを言っているのかよく分からない」

 

「いや、さっき本を……」

 

「何のことを言っているのかよく分からない」

 

 まるで壊れた玩具の如く真顔で返された。なんか表情自体はいつもと変わらないボーッとしたものなのに眼力だけ凄まじいことになっている。

 

 俺はそんなに触れてはいけないことを尋ねているのだろうか。

 

「す、すまん何でもない。それじゃ俺は行くよ」

 

「ん、またね」

 

 とりあえずもう図書館に用は無くなったのでリリーに別れを告げて出口へと向かって歩き出す。途中、好奇心で振り返ると鞄にしまった本を取り出そうとしていたリリーがこちらに気付いて殺気混じりの視線をぶつけてきたので慌てて退散した。

 

 

「……ふぅ」

 

 リリーが何の本を読もうとしてたのかは気になるが、何はともあれオーフェリアの攻略法は見えて来た。後は精霊を抑える方法を考えるだけだが……。

 

 

「うーん、今の手数でどうにかできるか?」

 

 ドレッドノートを抑えることができる精霊、そんな精霊が今の俺の手持ちにいるのかと言われれば答えは間違いなくノーだ。依代に封印されている精霊の大半は微精霊だし、他の精霊もドレッドノート相手だと一瞬で消し飛ばされるであろう奴らしかいない。

 

 一応、例外もいなくはないが出したら出したで色々な問題が発生しそうな奴なので現状ではいないも同然の扱いだ。仮に出すにしても本当に後が無くなった時に死なば諸共ぐらいの気持ちで呼び出すのが良いだろう。

 

「ふぅ、気休め程度だけど後で大市場を見てみるか」

 

 願わくば掘り出し物がありますように。そう願いながら俺は進路を大市場へと決めて歩き出した。


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