真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます   作:アラッサム

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第22話

「炎よッ!」

 

 女子学生から放たれた炎は鳥の姿を模った大きく翼を広げながら目の前の対戦相手である学生を目掛けて襲い掛かる。

 

「くッ!守れッ!」

 

「ウホッ!」

 

 迫り来る炎の鳥を前にして相手の学生は咄嗟にゴリラのような姿の契約精霊にカバーを命じる。応じた精霊は咄嗟に主人の前へと躍り出ると腕を交差させ炎の鳥をその身で受け止め、更に拳を握りしめると炎を放った女子学生へと殴り掛かる。

 

 その一連の攻防を闘技場の観客席から眺めていた学生たちは大きな歓声を上げ、闘技場内のボルテージが上がる。

 

 

「はぁ、やだなぁ…」

 

 盛り上がる試合とは対照的に闘技場の選手控えのベンチに腰を下ろす俺は全身から暗いオーラを出しながら深い溜息を漏らした。

 

 現在、目の前で行われている試合は俺とオーフェリアの一つ前の試合だ。

 

 つまりこの試合が終わり次第、俺の番という訳だ。

 もう憂鬱で仕方がない。例えるならば注射の順番を待つ子供のような気持ちだ。

 

 一応、ある程度の用意はしたがどこまでいっても俺の技は小手先でしか無い……果たしてオーフェリア相手に効くのだろうか。

 

 いや、ここまで来たら小手先だろうが何だろうがやるしか無いんだけど…。

 

 とどんどん気分が落ち込んでいく中、試合の勝敗を告げる教員の声と学生たちの歓声が闘技場に響き渡った。どうやら考え事をしている内に決着がついたらしい。

 

 ほぼほぼ見てないけど、見事な試合だったと思う。だからもう今日はこれで終わりにしてはどうだろうか?

 

『次、ローク・アレアス。オーフェリア・リングラード。中に入りなさい!』

 

 けれど俺のそんな思いも虚しく教員から地獄への案内放送が告げられ、俺は気持ち重い身体を引きずりながらフィールドへと向かう。

 

「体調が悪そうだな?ローク」

 

「そう見えるか?」

 

 途中、声を掛けてきた人物へと視線を向けるとそこには金色に輝く長髪を靡かせる少女の姿があった。女性にしては高い身長、毅然とした佇まいはまさに貴族の鑑とも呼べる出立ちだ。

 

 強いて指摘するならば今にも俺を射殺すと言わんばかりのその視線は止めて欲しい。いや、これから戦うんだからそういう視線を向けられるのは分かるが……にしても殺意が篭り過ぎじゃないだろうか?

 

 その少女の名はオーフェリア・リングラード。

 俺の対戦相手である。

 

「別にどちらでも構わないが、負けた時の言い訳にしないことだ」

 

「ああ、心配しないでくれ。寧ろ絶好調だ」

 

「ふん、なら良い。今日こそお前の隠された契約精霊、引きずり出してやる」

 

 最後にそう言い捨てるとオーフェリアは俺から遠ざかって初期配置へと着く。俺も彼女に続いて初期配置へと着くと心を落ち着ける為に大きく深呼吸をする。

 

 

「…………ふぅ」

 

 ここまで来たらもうあれこれ考えても仕方ない。気分を切り替えろ。

 俺にできることは実力を十全に発揮してオーフェリアを倒す、それだけだ。もし仮にダメだったのならば俺の実力ではどうしようも無かっただけだ。

 

 

 

『それでは二人とも準備は宜しいですか?』

 

 審判の声に俺とオーフェリアは頷く。同時に俺は依代を取り出して意識を集中させる。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 闘技場全体の高揚感に溢れる熱気とは裏腹に俺とオーフェリアの間に戦闘前の緊迫感が漂い始める中、試合開始の合図が鳴り響いた。

 

 俺は大きく一歩踏み出した。

 

 

*****  

 

 

 

「始まった」

 

「そうだね」

 

 隣に座るリリーの言葉にガレスは頷きながら先手を取って動いたロークへと視線を向ける。

 

 試合開始の合図と同時にロークは依代から剣精霊を呼び出すとその手に掴み、瞬時にオーフェリアとの距離を詰めると袈裟斬りに剣を振るった。

 

 それは先日、燈が行った手段と同じ開幕速攻だった。

 だが工程で言えば依代から精霊を呼び出して契約するという手間がある為、燈よりも動きは遅くなる筈だが、ロークはその工程を行った上で彼女の倍近くの速さで距離を詰めている。

 

 

 あまりの早業に一部の生徒たちはそのあまりにも素早い動きを見ただけで決着がついたと本気で思い込んだ。それほどに見事な初動だった。

 

 けれども相手も十位台の猛者、そう簡単には終わらせてくれない。

 

「お前がそう来るであろうことは想定してる」

 

「………まぁ、そう上手くはいかないか」

 

 僅かに顔を顰めるロークは今、自らが真っ二つに斬った壁へと視線を向ける。精霊を呼ばれる前に片を付けようとしたがこちらの思惑を読んでいたオーフェリアによる霊術によって土を隆起させて壁を形成された。

 

 結果、放たれた斬撃は壁の裏にいたオーフェリアには届かず、その隙に彼女は契約精霊を呼び出した。

 

 

「来なさい、ドレッドノート」

 

 オーフェリアの声に応じて空が眩い光に包まれ、次の瞬間には宙に浮かぶ巨大な船の姿を模した精霊が現れた。

 

「やっぱデカいな…」

 

 思わず舌打ちをしながらロークは眼前で堂々とした佇まいで浮かぶ精霊へと視線を向ける。ドレッドノートが広げている四つの白い帆には自身が誰の精霊であるかを示すかのように契約者であるオーフェリアの家、リングラード家の紋章である鷲の姿が描かれた盾の模様が描かれていた。

 

 現れたドレッドノートはその大きな船体から想像できないほど滑らかにその船首を傾けて船体を横に向ける。すると数秒も経たずに船体から幾つもの砲門が現れ、その一つ一つに霊力が込められていく。

 

 攻撃が来る。

 

 すぐさまロークは防御の為に依代から新しい精霊を呼び出そうとするが、それより先んじて大きく後退したオーフェリアがまるで処刑人の如く手を振り下ろした。

 

 

「やれ」

 

 短いながらも殺意の篭った無慈悲な主人の指示に従うべく、ドレッドノートはロークへと狙いを定めた全ての砲門を解き放った。

 

 

 

 瞬間、砲撃を告げる轟音が闘技場に響き渡り、ロークの姿は爆炎と舞い上がる土砂によって完全に覆われた。 

 

 

 

「相変わらず凄まじい攻撃だね」

 

「恐ろしい」

 

 絶え間なく響き渡る砲撃音と着弾音に僅かに顔を顰めるガレスの呟きにリリーは表情こそ変えなかったが、感情の篭った声で同意を示した。

 

 艦砲射撃による波状攻撃。単純ながらもそれがドレッドノートの一番強力で恐ろしい攻撃だ。かつて廃棄された戦艦に微精霊が宿り、時を掛けて精霊化したドレッドノートは人が操る戦艦と違い弾丸の装填にラグが無い。加えて砲弾も霊力によって形成された弾である為、霊力が尽きない限りは弾切れも無い。

 

 故に一年時は装填の隙を突こうとした学生たちが今のロークのようにあっという間に爆炎に包まれて砲撃が止んだ頃には沈黙しているという光景が多く見られた。

 

 今のところドレッドノートの攻略法としてはかつてオーフェリアと戦って勝利した学生たちから考えるに砲撃を耐えられる精霊によって攻撃を浴びながら反撃、砲撃の届かない船底に潜り込んでの攻撃が挙げられている。

 

 尤も後者に関してはオーフェリアも学んで現在はドレッドノートの下に控えて自身が戦うことでカバーしている。つまり尤もオーソドックスな戦法は精霊同士による戦闘で勝つということになるが……。

 

「リリー、ロークはオーフェリアに勝てると思うかい?」

 

「………分からない」 

 

「おや、意外な回答が来たね」

 

 てっきりロークが勝つと答えるものだと思っていたガレスは少し驚いた表情を浮かべながらリリーにその真意を尋ねる。

 

「何故、そう思うんだい?」

 

「ロークは契約精霊を使わないみたいだから。だとするとオーフェリアとの相性は良くない」

 

「確かにね」

 

 厳密には契約精霊がいないだけだけど、と内心でガレスは付け足しながら頷く。つまりロークは精霊の耐久力に任せた力技を使えないと考えて良いだろう。

 

 必然的にロークが取るであろう手段は砲撃の雨の中でオーフェリアを倒すという手段に限られてくるが……果たしてどう戦うつもりなのか。

 

「………にしてもおっかないなぁ」

 

 

 どちらにしてもまずはこの攻撃を凌ぎ切らないことには、何も始まらないのだが。

 

 

*****

 

 

 まともに喰らえば危険な一撃が何十発と絶え間なく放たれる。それこそ攻撃によって地形が変化してしまうことすら気にせず、たった一人の人間に対して過剰とも言えるほどの砲撃を浴びせ続けられる。

 

 

「ねぇ、これ本当に大丈夫?」

 

「あの先輩、死んだろ。これ」

 

 学位戦において戦闘で相手を殺すことを罪に問われることはない。けれどもそれは意図しない場合のみだ。故意的に相手を殺そうとした場合は審判から警告が入り、場合によってはその場で失格となって敗北扱いになる。 

 

 例を挙げるならば燈の最後の行為は警告案件になる。あの時はロークが止めたこともあり、試合後に教員からの警告だけで済んだが場合によっては失格からの下手すれば退学まで有り得た。

 

 最初はドレッドノートの凄まじい攻撃に興奮しながら声を上げていた学生たちだったが、数分経っても止む様子の無い砲撃の嵐にロークを心配する声が一年生を中心にチラホラと現れ始める。

 

 中には試合を止めた方が良いんじゃないかという意見も上がるが、審判含めて誰も試合を止める様子は見せず、ドレッドノートの砲撃は続く。

 

 

「えっえっ?こ、これ本当に大丈夫なの??」

 

 そしてここにも一人、先輩の勇姿を見ようと観客席に座る一年生のメイリーもあまりに一方的な光景を前にして動揺していた。

 知り合ってまだ日こそ浅いが、それでも顔見知りの親切な先輩がなす術なくやられている姿は流石に来るものがあった。

 

「ローク先輩なら大丈夫………だと…思う」

 

 メイリーを安心させる為に口を開いたレイアだったが、言葉尻が小さくなってしまい結果的に不安を煽ることになってしまった。

 

 ロークの実力は新入生歓迎戦、遺跡探索を通して少なからず知っているつもりではあったが、果たして彼にこの猛攻を防ぎ切る実力があるかと聞かれるとレイアは自信を持って答えることができない。

 

 何なら少なからず恩のある先輩がこうも一方的にやられている光景を前にして助けに入りたい気持ちすらある。尤も入ったところで迷惑になるだけだろうが。

 

「盛り上がってきたね」

 

 そんな二人とは対照的に不安を欠片も見せず呑気に笑っているのは先日、記念すべき初めての学位戦を勝利で飾った燈だ。

 

「あ、燈ちゃんはローク先輩が心配じゃないの?」

 

「全然」

 

 メイリーの質問に燈は間を開けずに答える。その受け答えに絶対的な自信を感じた燈にレイアは僅かに眉を顰める。自身よりもロークと接している時間は短い筈なのにどうしてそこまで自信を持って言えるのか。

 

「燈、どうしてそう思うの?」

 

「レイアも一度、戦ってるなら分からない?」

 

「………何のこと?」

 

「あの人の強さ、その底知れなさ」

 

 燈のその言葉にレイアは口を噤む。確かにその感覚は初めてロークと相対した時に抱いたことがある。契約精霊を見せずに自身を圧倒したその実力には恐ろしさは覚えた……確かに覚えたが、それでもこの砲撃の雨嵐を凌ぎ切れるのだろうか。

 

「審判が止める気配も無いし。それにほら、あそこ」 

 

 燈が指差す方へと視線を向けるとそこには王女にして学年首席であるミーシャ、そこから少し離れた場所にはガレスが席に座って観戦している。

 

 一体、それが何だというのだろうか。

 

「あの人たちは私が前に学位戦で相手を斬ろうとした時に先生たちより先に動こうとしてたけど、今はその素振りすら見せない」

 

「…………」

 

「つまり、問題無いと思ってるんでしょ」

 

 当たり前のように語る燈の言葉にレイアは恐怖を覚える。あの時、刀を振り上げた時にこの子はそこまで周りを見ていたのかと、その視野の広さに。

 

 そして同時に納得もする。確かにガレスはロークとも仲が良かった筈だ。もし本当にロークが命の危機に晒されているのだとすれば真っ先に助けに入る筈だと。

 

 と会話をしている内にドレッドノートによる砲撃がようやく止み、先程まで騒がしかった闘技場は一転して静寂に包まれた。

  

 

 土煙に包まれる闘技場の中で学生たちはそれぞれの思いを抱きながらロークのいた場所を見つめる。

 

 とある学生はロークが死んでいるのではと不安になりながら。

 とある学生はオーフェリアの攻撃は失格扱いになるのではと懸念を抱きながら。

 

 

 

 

 そして、とある学生はロークの無事を確信しながら土煙が晴れた先を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして土煙が晴れた先、学生たちの視線を浴びながら闘技場に立つロークは制服についた砂埃を払ってオーフェリアに対して静かに呟いた。

 

 

「殺す気か?」

 

 

 瞬間、再び喧騒が闘技場を包み込んだ。

 

 

 

 


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