真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます 作:アラッサム
「土精霊と微精霊の集合体、それがあの巨人の正体」
「なるほど、そういうことか。思ったよりも単純構造だったんだね」
破壊と再生を繰り返す巨人を眺めていたリリーは遂にその正体を看破する。何度攻撃を受けてもまるでダメージを受けた様子のない巨人はその実、土精霊を核として微精霊が土や岩を纏って集まっているだけの見掛け倒しのものだった。
何度砕けようとも微精霊たちが再び破片を纏い直して土精霊の元に集まることで再生したかのように見せかける。それが一見、不死身のように見える巨人の正体だった。
「……にしても迫力があるね」
闘技場で二つの大きな影が暴れる。土塊の巨人が腕を大きく振りかぶり、眼前の巨船の側面に拳をぶつける。重低音が大気に響き渡り、船体が大きく揺れる。けれども船型の精霊、ドレッドノートは一切怯むことなくお返しとして砲撃を巨人に浴びせる。
瞬く間に土で形成された巨人の身体は砕けていくが、それでも巨人は怯むことなくボロボロになった腕で殴り掛かる。衝撃によって再び船体が揺れ、砲門の向きがズレて放たれた砲弾があらぬ方向へと飛んでいく。
僅かに空いた砲撃の間隙。その間に砕かれた破片と共に散った微精霊たちは再びその身を土を纏い、核である土精霊のいる巨人の元へと集っていく。
「ォォオオッ!!」
巨人の壊れ掛けていた四肢が再び形を成すと体勢を立て直したドレッドノートに向かって雄叫びを上げながら殴り掛かる。闘技場を広々と使う一体の巨船と精霊の集合体である巨人による戦闘は互いに決め手に欠け、拮抗状態に陥っていた。
「これでオーフェリアは精霊と分断された」
淡々と事実を語るリリーだが、その内心は驚きで満ちていた。図書館でロークから攻略法を尋ねられた時、意見を述べこそしたが本当に契約精霊を呼ばずにドレッドノートを抑えることができるとは思っていなかった。
「にしてもこんな作戦をよく思い付いたね」
「思い付いたところで普通はできない。そもそもあの巨人を維持するのに相当な霊力を消費している筈…」
破壊された側から身体を再生させるほどの霊力供給、一般的な精霊師があれをやろうものなら五分も持たないだろう。あの巨人を維持できるのはロークの持つ桁外れの霊力量と技術による賜物だ。
そもそもあんな巨人を使うくらいならば契約精霊を呼び出して相手をさせた方が断然、燃費がいい筈だ。けれどもロークはあくまで契約精霊を呼ばずに戦うことに拘り、非効率な戦い方を迷わずに実行する。そしてそれが結果的に相手の意表を突く形になり、戦況をひっくり返す。やはり精霊師の中でも異端と言わざるを得ない。
「となると霊力が空っぽになる前にオーフェリアを倒し切る必要がある訳だ」
「確かに状況はロークの有利になったけど、それでもあの巨人を維持しながらオーフェリアを倒すのはやっぱり難しい…」
一番厄介なドレッドノートこそ抑えているが、それでもオーフェリア自身の強さも他の精霊師たちと比較しても頭一つ抜けている。いくらロークと言えども常に霊力を消耗している中で彼女を倒すのは至難の業の筈だ。
「いや、この勝負はもうロークの勝ちで決まりだよ」
けれどそんなリリーの懸念を払拭するようにガレスはロークの勝利を予言した。リリーがガレスの顔を覗き見るとロークの勝利を信じて疑わない、絶対に彼が勝つと確信している表情を浮かべていた。
「根拠は?」
「アイツに剣の基礎を教えたのは僕だよ?確かにオーフェリアも強いけど、それでもロークには遠く及ばない」
ガレスは腰に帯びている魔剣の柄に手を当てると笑みを浮かべながら呟く。
「残念だけど、ロークの間合いに入った時点で彼女の勝ち目は潰えたよ」
*****
ロークが斬撃を放ち、オーフェリアが躱す。ロークが霊術を放ち、オーフェリアが霊術を持って防ぐ。ロークが再び斬撃を放つ、オーフェリアが霊術で防ぐ。
戦闘は完全に攻守が入れ替わり、今やロークの怒涛の攻勢を前にしてオーフェリアは防戦一方になっていた。
どうにかして距離を取ろうと自身と相手を遮るように隆起させた土の壁に無数の剣閃が走り、跡形も無く砕け散る。宙に散らばる瓦礫と共に剣を振り抜いたロークの姿が視界に現れ、オーフェリアは顔を歪める。
「おのれッ!!」
地面に手を当てるとロークを囲むように地面から槍を生成。そのままロークに向けて突き放つが、ロークの剣を持つ腕が僅かにブレたかと思うと差し向けた全ての槍の先端が切り取られ、その殺傷能力を喪失した。
それならばとオーフェリアが怒りを滲ませながら次の霊術を発動させようとするが、それに先んじてロークが剣を振るい斬撃を飛ばしてくる。
「くッ!?」
咄嗟に横に転がることで斬撃を躱すがその際に僅かに肩を掠め、鮮血が飛び散る。この戦闘においての始めての負傷、その白い肌にはまだ僅かに切傷が付いたのみではあるが、この瞬間にオーフェリアは自身が窮地に立たされていることを明確に自覚した。
「火月」
視界が赤く点滅する。ふわりとロークの真横に微精霊が現れたかと思えば再び振るわれた斬撃が炎を帯びて迫ってくる。体勢を立て直し切れていないオーフェリアは咄嗟に地面を隆起させて壁とすることで斬撃を受け止めた。
熱波が左右を通り過ぎ、皮膚をチリチリと焦がす。その感覚に僅かに顔を顰めながら霊術を解除すれば微精霊たちを従えるロークの姿が視界に入った。
「キツそうだな、オーフェリア」
「………ッ!」
「霊力が底を突き始めたか?」
ロークの質問にオーフェリアは答えない。けれども沈黙は肯定、ロークの言葉が正しいことを証明していた。
考えてみれば当たり前だ。ドレッドノートは他の精霊と比較しても燃費が悪い、ただ現界しているだけで霊力を激しく消耗する。だというのに最初の砲撃の連射、その後もずっと砲撃を打ち続けたのだ。既にドレッドノートら自身の霊力だけでは賄い切れない霊力量を消耗していた。
それを示すようにオーフェリアはそこまで霊術を行使していないというのに息切れをしていた。そもそもあの巨人も最初、俺に放った勢いで砲撃を浴びせれば再生する間も無く破壊できる。それを実行しないのはオーフェリアの霊力の消耗が激しいことに他ならない。
ここに来てようやく明確に優位を取ることに成功したロークは巨人を操ることによる疲労を努めて隠し、平然さを意識しながら膝をつくオーフェリアに剣を突き付けて告げる。
「危なかったが、ここまでだ。大人しく降参しろ」
「———————-舐めるなァァッ!!ローク・アレアスッッ!!」
既に勝者だと言わんばかりの口ぶりで告げるロークに対してオーフェリアは湧き上がる怒りを原動力として立ち上がると霊術を発動させた。
「やべっ」
オーフェリアの心を折りにいったつもりが寧ろ奮起させてしまったらしい。
彼女の周囲に現れた三つの石柱。残った霊力を目一杯に込めたのだろう、どれもが凄まじい霊力をその螺旋が描かれた先端に帯びており、一撃でもまともに喰らうのは危険だ。
ならば技を放たれる前に潰す。そう判断して斬撃を放とうとしたロークはそこで思うように腕が動かないことに気付く。
「なッ!?」
何事だと視線を向ければロークの腕に一本のロープが絡まっていた。ロープの先を辿れば当たり前ながら巨人に殴り掛かられているドレッドノートの姿があった。
この土壇場で攻撃を受けながらも主人に最高の援護を行う契約精霊に思わず羨ましさを覚えながら瞬時にロープを切断するが時既に遅く、オーフェリアは最後の霊術を解き放った。
「貫かれろッ!!」
放たれた三つの石柱。恐らくは彼女の全身全霊、最高速度で向かってくる石柱は今から回避行動をするには遅い。
覚悟を決めて全てを捌き切るしか無い。
「来いやぁぁあああッ!!」
自身に喝を入れるように雄叫びを上げたロークは剣を構えて石柱を迎え撃つ。
一本目、回転しながら迫ってくる石柱に対して限界まで霊力を込めた剣を下段から振り上げてぶつける。甲高い音を響かせながら火花が散り、軌道をズラすことに成功する。
そこに迫った二本目、足を踏ん張ると今度は剣を振り下ろして先端を叩く。剣を伝って凄まじい衝撃が腕に走り、ドレッドノートとの戦闘で酷使された腕は剣を持ち続けることができずに上空へと弾かれる。
それでも二本目の石柱も何とか捌くことに成功したがそこに三本目、オーフェリアの放った最後の石柱が迫る。
迷いは無かった。ロークは一秒にも満たない間に覚悟を決めると霊力で最大限に強化した腕を石柱の前へと突き出す。
「ぉぉおおおッ!!!」
ドスッと飛来した石柱が掌を貫通し、手の肉と血を弾き飛ばすがロークはこれを気合いで耐えると掌に刺さった石柱を掴み取る。
回転する石柱は掴み取って尚、地獄のような痛みを与えてくるがそれでもロークは手を離すことなく力づくで無理矢理軌道を逸らすとそのまま身体を回して石柱の勢いを殺す。
「なッ!?」
最後、剣が弾かれた瞬間に勝利を確信したオーフェリアは自らの片腕を犠牲にして攻撃を防ぎ切ったロークに唖然とする。あの状況、あの一瞬において腕を犠牲にすることで最小限のダメージで攻撃を凌いだロークの判断能力に驚愕を通り越して恐怖すら覚えた。
そしてそんなことを思って動きを止めたオーフェリアの隙を逃す訳も無いロークは石柱を力任せに引き抜くと無事な腕で落下してきた剣を掴み取り、オーフェリアとの距離を一気に詰める。
「今度こそ、終わりでいいか?」
「……………ああ、私の負けだ」
剣を眼前に突き付けられたオーフェリアはゆっくりと息を吐くとようやく敗北を受け入れた。
その様子を確認した審判が試合の勝敗を告げた直後、観戦していた学生たちによる歓声がドッと闘技場に響き渡った。
*****
「行きましょうか、セナ」
「はい」
生徒会書記を担当するセナ・ティエドールは観戦席から立ち上がるミーシャに従って闘技場から離れる。周囲の学生たちは先程の戦いの感想をあれこれと話し合っており、未だ興奮冷めやらぬといった様子だが対照的にミーシャは普段通りの落ち着いた表情を浮かべながら通路を歩いていた。
「すみません、通して頂けますか?」
「あッ!ミーシャ様、失礼しました!すぐに退きますッ!」
彼女の通行の妨げになっていた生徒たちは慌てて道を譲り、足速に去っていくミーシャの後ろ姿を見送っていく。
「ミーシャ様、何だか機嫌悪そうだった?」
「アレじゃない?今回こそ、アレアスの契約精霊が見れると思ってたから苛立ってるのかも」
「ああ、確かに。俺たちからしたら今回の試合も凄いと思ったけど、既に一回アレアスに勝ってるミーシャ様からすれば契約精霊を呼ばないアレアスは興味無いか」
途中、すれ違った生徒たちのコソコソとミーシャの不機嫌を疑う声が耳に入ってくる。なるほど、確かにそう勘違いするのも頷ける。
けれど生徒会書記としてミーシャに付き従っていたセナは気付いていた。普段よりも軽い足取り、僅かに高くなっている声音、外に出さないように意識しているのだろうミーシャの胸の内に燻っている興奮を。
「セナ」
「はい」
闘技場から出たところでミーシャが振り返る。そこには同性すら魅してしまう程の美しい笑みが浮かべられていた。
「やはり彼は面白いです。きっと今年の大精霊演舞祭は盛り上がりますよ」
来る祭典、その時のことを想像してミーシャは心底楽しげに笑った。
*****
手が痛い。すごく痛い。
「見事だ、まさか微精霊をあのように活用するとは」
「なに、所詮はちょっとした手品の類だよ」
先程からずっと手に激痛が走っている。もう悲鳴を上げたいレベルで痛い。
「私のドレッドノートを抑えてよく言う。完全に手球に取られたよ」
「ははは、そうは言っても俺が最初に喰らったあの怒涛の砲撃を浴びせればあんな木偶、一瞬で壊せるよ」
早く保健室に行きたい。一刻も早く痛み止めを……。治療をしなければ。
「なるほど、最初の攻撃も私に霊力を消費させる為に敢えて受けたと言う訳か。計算高い奴だ」
「ははは」
もう行っていい?話終わったよね?
「そう言えば最後に聞きたいことが一つあった」
「それは今、話さないとダメか?」
平然装ってる俺が悪いんだろうけど今、俺の掌に穴が空いてるんだぜ。可能なら今すぐに保健室に向かって駆け出したい。
「可能なら今すぐに解消したいが、ダメか?」
「良いよ、なに?」
無理と言えば良いものを応じた俺は作り笑いを浮かべながら尋ねる。
「見たところ巨人に仕込まれていた微精霊は数十体はいた筈だ。あの数の微精霊を見逃す筈がない。いつ地面に仕込んだ?」
「お前の砲撃浴びてた時だ。あんだけの霊力の砲弾の嵐の中ならバレないように仕込むのは容易だったよ」
はい、答えた。これで良いね?俺は行くよ、行くからね?
「………なるほど、完敗だ。契約精霊を呼ばず、私を侮っていると思っていたがどうやら真に相手を侮っていたのは私だったようだ」
なんか清々しい笑みを浮かべて勝手に納得している。流石にもう良いだろうと歩き出そうとした俺を止めるようにオーフェリアは手を差し出してきた。
「おめでとう、次こそは負けない」
「………ふっ」
痛みを堪える為に息を吐きながらオーフェリアと握手を交わす。とそこでオーフェリアは今更ながら俺の手から血が流れていることに気付いたようだ。おせぇよ。
「引き止めて悪かった。傷付けた私が言うのも何だが、早く治療して貰った方が良い」
「ああ、そうだな。それじゃ、これで俺は失礼する」
言いながら俺は踵を返す。正直、今すぐ走って保健室に行きたいがここまで耐えたのにそれは情けない。俺はまるで痛みを感じさせない堂々とした歩みで闘技場の出口へと向かう。
頑張れ俺、耐えろ俺。最悪、闘技場から出たらダッシュで走れば良い。だから今は耐えろ俺。
「凄いな、アレアス君ッ!噂には聞いていたが本当に契約精霊を呼ばないんだな!!」
あと少しというところで審判役の教員に捕まった。