真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます 作:アラッサム
オーフェリアとの激しい学位戦を制した翌日、凄まじい疲労感に襲われるが講義は普段通りに行われる為、今日も今日とて俺は鉛の如く思い身体を引き摺りながら講義の行われる教室へと向かっていた。
「やぁ、ローク……大丈夫かい?」
「おお、ガレスか。正直怠くて仕方ない」
「学位戦の次の日くらいサボれば良いのに」
疲れ切っている俺の表情を見てガレスは苦笑を浮かべながらそう言う。確かに学位戦の翌日は疲労から講義を休む学生は多い。
「まぁ、そうなんだけどさ。勿体無い気がして」
「適度にサボるのも良い学院生活を送るコツだよ」
ガレスの言うことも一理ある。
実際、こんな体調で講義を受けて意味があるのかと言われると自信を持って頷けないが、それでもサボる気になれない俺はこうして学院に足を運んで講義を受けに来ている訳だが……。
「それはそうと手は大丈夫かい?」
「ああ、ミネアに治療して貰ったけど流石だよ。全く問題ない」
学位戦で怪我をした手の容態を尋ねてくるガレスに俺は傷一つない綺麗な手を見せながら答えた。
ミネア・フローレンス。この学院一の治癒術の使い手にして保健委員会の委員長を務める彼女から直々に治療を受けたお陰で受けた傷に関しては完全に塞がっている。
「それは何よりだ。にしても昨日、保健室に行った後どこ行ってた?」
「ああ、流石に疲れたからな。傷を治した後はそのまま直帰したよ」
そもそもあの時は格好を付けていたが、霊術をバンバン使用した為に霊力もほぼすっからかんになって流石に限界だった。
「あの後、リリーが君を探してたよ」
「ああ〜、後で講義被るし謝っとくわ」
頬を膨らませて拗ねるリリーの姿を想像して僅かに苦笑を浮かべながら俺は言う。考えてみればまだ相談に乗って貰ったお礼もまだできてないし、丁度良いだろう。
「あ、ローク先輩!」
「お、レイアか。おはよう」
と自身の名前を呼ぶ声に俺が視線を向けると廊下の奥からここ最近見慣れた後輩が綺麗な三つ編みの銀髪を揺らしながら近付いてきていた。
「昨日はおめでとうございます」
「見てくれたのか、ありがとう」
「はい、しっかり見させて頂きました。とても凄かったです」
そう言ってレイアは俺に尊敬の眼差しを向けてくれる。
個人的には必死に剣を振り回したりドレッドノートを潰すつもりでゴーレムを呼び出したらまるでダメージを与えられなかったりとあまり見栄えのある試合だったとは思えなかったが……それでも褒められるのは素直に嬉しい。
「そう言えば、ゴーレムを上手く使ったね。あれは流石に驚いたよ」
「はい。私も追い詰められた時、いよいよ契約精霊を呼ぶものと思っていたので正直驚きました」
「まぁ、一発芸みたいなもんだけどな」
初見こそ確かに驚愕で動きを乱すことは出来るが、結局のところそれだけだ。それこそ試合を見たガレスとレイアならば、仮に俺がゴーレムを出したところで問題無く対応することができるだろう。
「けれど一度使えれば充分じゃないんですか?学位戦では同じ相手とそう何度も当たることなんて無いですよね?」
「………確かにそうなんだけどね…」
ただ君たちと違って契約精霊がいない俺は安定した実力を発揮することができないんだよ。しかも最近は強い相手ばかりと当たるせいで毎回毎回、違う作戦を考えなきゃいけなくてしんどいし。
決して口に出すことはできないが事情を知っているガレスは俺の表情から内心を察したのか苦笑を浮かべ、対して何も知らないレイアは俺の反応に不思議そうに首を傾げていた。
「それはそうと先輩、あの試合でも契約精霊を呼ばないってことはもしかして大精霊演舞祭まで秘密にしておこうと思ってるってことですか?」
「いや、別にそういう訳では…。何なら大精霊演舞祭に出場する気もな——」
「———-まさか、出ないつもりですか?」
言葉を最後まで言い切る前に唐突に雰囲気が変わったレイアに詰め寄られる。俺はレイアから放たれるその凄まじい圧に気圧されて思わず後ずさる。
「精霊師たちの憧れの舞台、その最高峰と言われる場所ですよ?」
「は、はい。勿論、重々承知しております」
レイアから漏れ出している霊力の熱によって肌がひりつき、気付けば俺は後輩相手に敬語を使ってしまっている。
「まさか、それ程の実力を持ちながら出ないおつもりですか?」
「いや、それは…その………」
ジーッとこちらを見つめてくる瞳に俺は冷や汗を流しながら何と言い訳をしようかと悩んでいるとタイミング良く校内に予鈴が鳴り響いた。
「わ、悪い!俺、講義あるからまた後で!ガレス行こうぜ!」
「はいはい」
「あっ!先輩ッ!」
これ幸いにと講義を言い訳にした俺はガレスを引き連れ、レイアから逃げるようにその場から走り出した。背後からレイアの呼び止める声が聞こえてきたが、霊力で身体強化した俺たちはあっという間に彼女の姿が見えなくなる距離まで逃走することに成功した。
「にしても何度も言うようだけどロークは強制出場させられると思うよ?」
「いや、でもよく考えたら俺、前に配られた大精霊演舞祭のアンケートに確か不参加の方に丸つけたし大丈夫な気がする」
「あのアンケートにそこまで効力あるかな?」
「生徒会からのアンケートだぞ。そもそもこの学院自体が生徒の自主性を尊重してんだから無視しちゃダメだろ」
それに今の生徒会長は王女であるミーシャ・ロムスだ。自国民の意思なら考慮してくれる……と思ったが振り返ってみるとあまり俺の意見を聞いてくれた記憶が無い。
「いや、けど考えてみろ。俺が出場しなくてもミーシャや風紀委員長とかトラルウスが出る筈だから問題無いだろ?」
「うーん」
ガレスはあまり納得してない表情を浮かべるが、俺から言わせれば彼らが出場するならば余裕で優勝を狙える。そう、だから俺は出場しなくても問題無い…筈!
「無駄だと思うけどなぁ」
ボソリと呟いたガレスの声は聞こえなかったフリをして少し遅れながら教室へと俺たちは入り込んだ。
*****
ロークたちが講義を受けている時間、場所は変わって生徒会室で生徒会書記を務めているセナ・ティエドールは絶望に満ちた表情で手元の集計表を読み上げていた。
今すぐ帰りたい。
報告を終えたセナは心の中でそう強く願うが、同時にそれが決して叶わぬ夢であることも理解していた。
「もう一度、お聞きしても良いですか?」
静まり返っている生徒会室の中で苛立ちを滲ませるその声はやたらと大きく響き渡り、部屋の中に漂う空気がピリついて行くのが分かった。
声の主、この国の王女にして生徒会長を務める学年首席、ミーシャ・ロムスの陰りある笑顔を前にしてセナは恐怖で震える。けれどもこのまま黙ることは許されない。
セナは湧き上がる恐怖をどうにか押し殺すと彼女を苛つかせる原因である手元の大精霊演舞祭への参加意思表明アンケートの集計表へと再び視線を向け、改めて内容を報告する。
「はい。第四位…ロクスレイ様、不参加。第三位…トラルウス様、不参加。第二位…アレアス様、不参加に………なります」
「……………」
セナの報告を聞いたミーシャの顔が不自然な笑みで固まる。
一体、今の彼女にどのような感情が渦巻いているのか最早、眼前に立つセナを初めとして周囲の生徒会役員たちは誰一人として推し量ることはできなかった。
いや、そもそもミーシャに限ったことではなく生徒会役員たちも最初に報告を聞いた時は文字通り耳を疑った。この学院内でもその圧倒的な精霊師としての実力から別格と謳われているミーシャを筆頭とした四人の精霊師、それがまさかミーシャ以外全員出場する意思がないというのだ。
「ち、ちなみに理由を聞いても?」
「は、はい。ロクスレイ様は風紀委員の仕事を優先したいとのことで。トラルウス様は興味が無い。アレアス様は自信が無いとのことです……」
「…………」
理由次第では納得できるのでは無いか、そう思って生徒会役員の一人が尋ねてみたが余計に場の空気を重くする結果となった。
というか何なんだこの人たちは?二年に一度しか開催されない名誉ある祭典を何だと思っているんだ。多くの学生たちが参加を望み、けれども自身の力不足故に参加できずに涙を飲むというのに。三人とも大精霊演舞祭に興味無さ過ぎでは?
「…………」
「………あの、会長?」
いつまでも返事のないミーシャに恐る恐るといった様子でセナが尋ねると突然、ミーシャから膨大な霊力が漏れ出し、余波で地面に一筋のヒビが入った。思わずヒッと漏れそうになった悲鳴を押さえながらセナは僅かに後ずさる。
「セナ」
「は、はい。会長」
「学院長に提出する前に三人とも全員、アンケートの内容を参加に変えておいて下さい」
「えっ…しかし、それは…………はい、畏まりました」
流石に勝手に変えるのはマズいのでは?そう口にしようとしたセナはしかし、眼前で凄まじい圧を放ちながら微笑むミーシャの姿に黙って指示に従った。
「それから後日、三人を順に呼び出して面談します。彼らには王女として私自ら大精霊演舞祭への参加の意義についてしっかり説明したいと思います」
「は、はい」
「ではレニー、まずはロクスレイ・ウォーバルドから呼び出す予定ですので後日お願いします」
「えっ、お、俺ですか?」
生徒会室の片隅で成り行きを見守っていた生徒会役員の一人、レニー・バンクルはまさか自身が指名されるとは思わず驚愕の表情を浮かべる。
「何か問題が?」
「いや、問題というか……その……」
相手はあの鬼の風紀委員長。呼び出しに素直に応じてくれるとは思えない上に下手に機嫌を損ねようものなら、どんな目に遭うか分かったものでは無い。
「お願いできますね?」
「はい」
けれども、だからと言って生徒会長であるミーシャに逆らえる筈もなくレニーは絶望した表情で指示に従うのだった。
「他の方にも追って指示は伝えますので宜しくお願いします。では、私は学園長に呼ばれているので失礼します」
「「…………」」
ミーシャが生徒会室から出て行くと指示を受けたセナとレニーは死んだ表情で顔を見合わせた。
「お互い苦労しますね」
「俺はこれからだよ……。生きて帰ってこれるかな?」
セナの同情の混ざった視線を受けたレニーは深いため息を漏らしながら呟く。風紀委員長の下なんてただ業務連絡を伝えに行くだけでも嫌だというのに。
「というか何なんだよ、コイツら?そんなに大精霊演舞祭に興味無いのか?」
「知りませんよ、というか寧ろ私が聞きたいくらいですよ。まさか三人とも不参加とは思いもしませんでしたよ」
特にローク・アレアスの不参加に関しては先日の学位戦を見たミーシャが期待していただけあって伝えるのがとても怖かった。案の定、キレてたし。
「っていうか、ロークの自信が無いってどういうこと?何が?契約精霊見せずに学年次席の地位にある奴が何言っているの?」
「だから知りませんって。文句があるなら彼に直接言ってください」
そうして二人は余計な仕事を増やした問題児三人の愚痴を暫く言い合った後にまた深いため息を漏らすのだった。