真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます 作:アラッサム
突然の叫びに視線を向ければそこには苛立った表情を浮かべながら立ち上がったのはオーグンだった。
「なぁ、そうだろロークッ!」
「……………」
吠えるオーグンに俺は無言で視線だけを向ける。
周囲の視線も俺から一気にオーグンへと移り変わり、怒りや呆れ、興味や好奇心など様々な感情の視線がオーグンを突き刺している。
けれどオーグンはまるで周囲の視線など気にした様子を見せず大きな声でひたすらに俺の悪態を吐き続ける。
「だからいつも微精霊やら低位のちんけな精霊たちを使役して戦ってんだろ?契約してる精霊がいねぇ落ちこぼれだからッ!」
「ちょっと、オーグンくん!それは流石に失礼だよ!」
「うるせぇッ!黙ってろ!!」
オーグンのあまりの言い草にセリアも立ち上がって発言を窘めるが興奮状態の彼にはまるで届かず、一蹴されてしまう。
「どうなんだよ、ロークッ!文句があるなら契約精霊如き今すぐこの場で呼び出してみろよ!!」
「……………」
俺はオーグンの言葉を耳にしながらひたすら黙り続ける。というか黙秘する以外に選択肢が無い。
アイツの言ってること全部正しいし……。
「ハッ、これでもまだ黙り続けてるってことはやっぱり図星なのか?あぁッ!?」
図星だよ。
もうお前の予測全部的中してるよ。当たり過ぎて拍手喝采もんだよ。
「だからやめなさいってッ!ロークくんのさっきの試合忘れたの!?あんなに実力があるのに精霊と契約してない訳無いでしょッ!!」
そう言ってフォローに見せ掛けた追い討ちを掛けてくるセリアの言葉に俺は心の中で静かに血を吐く。
ごめんなセリア、それが契約してないんだ。
「なら出してみろよッ!そら、契約紋だけでも見せてみろよッ!!」
「…………」
契約紋。それは精霊と契約した際に身体に浮かび上がる精霊との繋がりを示す紋章のことを言う。基本的に人によって紋章の形状は異なっている他、刻まれている場所も人それぞれなので一概に肉体のどこに刻まれているとは言えないが、傾向的には腕などに多く刻まれている。
まぁ、つまり何が言いたいかと言えばそんなもの俺に刻まれている訳が無い。
何度も言うが契約精霊なんていないのだから。
「オーグン、いい加減にしろ」
表面上は真顔、けれども内心では土下座してもう勘弁して下さいと許しを乞っていると隣のテーブルがそんな苛立ちを交えた声と共に椅子が倒れる音が聞こえた。
立ち上がったのは《貴公子》ことガレス・オーロット。
ガレスは普段の優しげな表情を消し、冷め切った視線をオーグンへと向けていた。
「あッ?何だよ、テメェには関係ねぇだろ」
「そんな事は無い。彼は僕の親友だ。彼を侮辱することは即ちオーロット家を侮辱しているに等しい」
言いながらガレスは魔剣の柄を手に取る。
同時にガレスの鍛え上げられた肉体から放たれる霊力の奔流、単身で文字通り高位精霊を斬り捨てる実力を持つ彼の殺気にオーグンは思わず後退る。
「僕もそろそろ我慢の限界なんだ…」
その言葉に同じグループの新入生の女子生徒たちが惚けた様子でガレスの姿を見つめる。どうやら今日もまた彼は懲りずに女子を堕としているようだ。
恐らく側から見れば友達を侮辱されたことに義憤する貴族の鑑とも言える立派な人間に見えるのだろうが、俺はアイツの顔を見てすぐに気付いた。
—————アイツ、笑うの堪えてやがる…。
一見冷たげな表情を浮かべているガレスだが目元がピクピクと痙攣しており、口元もよく見れば不自然に口角が上がりそうになっている。
どうやら事情を知ってるガレスは俺が責められてるのを楽しんで見ていたようだが、いよいよ堪えられなくなると判断して止めに入ったようだ。
何が「彼を侮辱することは家を侮辱しているに等しい」だ。お前、内心めっちゃ笑ってるだろ。
とりあえず後で文句でも言ってやろうと誓うと奥からこちらの様子を聞き付けたのだろう、従者らしい女子生徒を伴ってミーシャがやって来た。
「騒ぎがあるからと来てみればまた貴方ですか、ローク・アレアス」
「とりあえず俺が意図した結果では無い。そこは信じて欲しい」
原因は間違いなく俺にあるので強くは言えないが、それでも騒ぎを起こしたのは俺じゃない同じ席の阿呆貴族である。
「それは分かっていますが………オーロットさんもゴドウィンさんもお互いに引いて頂けますね?ここは新入生を歓迎する場であり、喧嘩をする場ではありません」
「姫様のご命令とあれば……」
「チッ、失礼致しました」
ミーシャの言葉にガレスは魔剣の柄から手を離して恭しく一礼し、オーグンも舌打ちをしながらも大人しく引いた。
よし、今だな。
ようやく場が落ち着いたのを確認した俺は今がチャンスとばかりに素早く椅子から立ち上がった。
「姫様、どうやら俺はこの場の空気を乱してしまうようなので今日のところはこれで失礼します」
「は?ちょっと待ちなさ——-」
「まだ私の話が終わっていませんッ!!」
歩き出す俺の背中に声を掛けようとするミーシャを遮るように慌てて立ち上がったレイアの声が食堂に響き渡った。
ちぃ、このまま上手くは逃げられないか。
俺は仕方なしに後ろを振り返った。
*****
思わず声を張り上げてしまい、周囲の視線が自分に集まる。そのことを恥ずかしく思うが、まだ質問に答えて貰えていない。
レイア・ヴァルハートは眼前に立つ先輩、ローク・アレアスへと視線を向ける。
白髪の混じった黒髪、細身ながらもしっかりと鍛えられていることが分かる肉体は彼の戦闘スタイルによるものだろう。
振り返るロークの比較的整っているその顔はどこまでも冷めた表情を浮かべていた。そうだ、この男は先程からずっとそうだった。
座談中、貶されてもまるで意に介さず紅茶を啜り、最初の自己紹介以降は沈黙を貫いていた。
まるで私達のことなど興味無い、そう言われているように思えて思わず頭に血が上った為にレイアは先程の試合のことを再び問い詰めてしまった。本来ならば敗者である自分にそんなことを尋ねる権利など無いというのに。
けれど一度、口に出した以上答えを聞かない訳にはいかない。
故にもう一度、レイアは質問を繰り返そうとして——。
「レイアさん」
こちらが口を開く前にロークは先んじてそう優しげに私の名前を呼んだ。
レイアが開きかけた口を閉ざして改めてロークの表情を見れば先程の冷めた表情とは打って変わって穏やかな表情を浮かべていた。
その表情の変化に思わずドキリとするレイアにロークは続けて言った。
「まずは貴女への非礼を詫びたい。大変申し訳なかった」
「…………えっ…」
予想もしていなかった謝罪の言葉にレイアが驚く中、ロークはそんな彼女の反応も見ずに頭を下げながら話を続ける。
「確かに俺の戦い方は舐めていると相手を不快にさせてしまうことが多い。けれども誤解しないで貰いたいのは常に俺は本気で戦っているんだ、これでも」
そう言って顔を上げて苦笑を浮かべているロークの姿とてもでは無いが嘘を言っているようには見えなかった。けれど、だからこそレイアは気になった。
「でしたら何故……」
「今は呼べない、それだけだ」
そう言ってロークは一方的に会話を打ち切ると会場から出て行こうとする。
待ってと、そう口にしようとして背後から放たれる霊力にレイアは弾かれるようにして振り返る。
「それが理由になると思ってんのかッ!!ロークゥゥウウウッ!!」
怒りで叫ぶオーグンの背後には彼の契約精霊である巨大なタコ型の水精霊、クラーケンが顕現していた。一応、最低限の配慮として大きさを小さくして召喚しているようだが、それでもこの密集した場所で呼ぶには狭かったらしく周囲の机や椅子を薙ぎ倒し、近くの生徒たちは慌てて避難している。
「調子に乗ってんじゃねぇぞぉおおおッ!!」
吠えながらオーグンは大量の霊力を練って霊術を発動させる。
たちまち霊力を帯びた膨大な水が渦を描きながら唸ってレイアの真横を通りすぎ、一本の槍となってロークの無防備な背中を目掛けて迫っていく。
感情的になっていても流石は名門貴族の跡取りというべきか、霊術の質は非常に高く喰らえば死なずとも病院送りは間違いない一撃だった。それこそ、無防備な状態でまともに喰らえばひとたまりもないだろう。
「ローク先輩、後ろッ!!」
新入生の誰かが焦った声音で叫ぶ。
けれども反応するには既に遅く、手遅れだと判断した多くの新入生たちがこれから起こるであろう惨劇を前に目を瞑り—————水の槍は鈍色の斬光と共に真っ二つに斬り裂かれた。
「…は?」
形を失った水はまるで雨のように周囲へと降り注ぎ、跡形も無く消滅した霊術を前にしてオーグンは素っ頓狂な声を漏らすことしかできなかった。
新入生を中心に何が起こったのか分からず唖然とした表情を浮かべる一方でガレスやサーシャを始めとした在学生たちの一部は元からこうなることを予測していたらしく驚いた様子も見せず、落ち着いた表情で水の霊術を斬り裂いた本人、片手に剣を携えたロークを眺めていた。
————いつの間に……。
レイアはロークの放った剣技の凄まじさに瞠目する。
あまりにも一瞬だった。霊術を斬り裂いた一撃は勿論だが剣を抜いてから振るうまでの所作、その全てがまるで見えなかった。いや、そもそもあの剣は何処から出した?ロークは帯剣していなかった筈だ。
けれどそれもロークの剣ともう片方の手に持つ巻物を見て理解する。
恐らく試合の時にも使った剣だがよく見れば剣の方は低位の剣精霊であり、巻物もどうやら精霊を封印するための依代らしい。
つまりロークは依代から剣精霊を呼び出して簡易契約を結び、剣を振るう。そこまでの所作をあの一瞬で行ったのだ。
「……………」
その事実を理解したレイアは思わず息を呑む。
学院に入る前にお父様から話は聞いていた、昨年の学生は粒揃いだったと。中でも上位陣の才能はいずれ歴史に名を残すであろう逸材ばかりだと。
学年次席 ローク・アレアス。
紛れもなく彼もその一人なのだろう。
「すみません、多分これ水が紅茶に入っちゃったと思うんで皆さんの新しく入れ替えて頂いても良いですか?」
認識を改めるレイアのことなどつゆ知らず、ロークは申し訳なさそうに近くにいたミーシャの従者の一人に頼み込むと今度こそ会場を後にするのだった。