真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます 作:アラッサム
「ねぇ、あの子って」
「筆記試験一位通過した子ね、名前は確か………」
「リリー・オラリアさんでしょ?」
今年ユートレア学院に入学した新入生であるリリーが学院のあまりの敷地の広さに辟易しながら廊下を歩いていると周囲からそんな声が耳に入ってくる。
果たして呟いたのは同じ新入生だったのか、それとも先輩だったのか、どちらだろうかとリリーは考えるも、すぐにどちらでも良いかと思考を止める。
どっちだったとしてもどうせ知らない相手だ。
考えるだけ無駄だと思った。
「ちょっと気味悪いよね、話し掛けても碌に返事しないし」
「そもそも講義の時以外はあんまり見掛けないけどね。いつもどこにいるのかしら?」
「聞いた話だと図書室で本を読んでいることが多いらしいよ」
コソコソと聞こえてくる噂話。
リリーは自分が話題に挙げられていることを察しながらも特に気にすることなく、無視して目的地である図書室を目指して歩を速める。
「っていうか知ってる?あの子って小さい頃、強盗に両親を殺されたって……」
「えっ、そうなの!?」
背後から聞こえてくる噂話は既にリリーには届いていおらず、彼女の意識は廊下に設置されている校内地図に向けられていた。
「………」
今回の講義は別館の教室で行われた為、現在地がいまいち把握できてないリリーはジッと地図を見つめながら自分が今どこにいるのかを確認しようと試みる。
「リリー・オラリアさんだよな?」
「………」
そんな時だった。
突然、名前を呼ばれたリリーは一度、校内地図から視線を外して声の方向へと振り向く。
視界に入ったのは学院の制服を纏った黒髪の中肉中背の少年だった。
容姿は比較的整っている……が、それ以上にリリーが気になったのは彼の瞳だった。何というべきか、眼力が強いというか、血走っていると言うべきか………とにかく普通じゃなかった。
「……誰?」
普段ならば返事はせずに無視するところだったが、少年の眼力の凄まじさにリリーは思わずそう尋ね返してしまった。
「俺はローク・アレアス。君と同じ新入生だ、よろしく」
「……そう。何の用?」
同じ新入生ながらも全く聞き覚えのない名前にリリーは頷きながら少年、ロークに対して今度は声を掛けてきた要件を尋ねる。
「君に頼みがある」
「……?」
何だろうかと首を傾げるリリーの前でロークは素早く膝を突くとそのまま頭を下げる。
「俺に勉強を教えて下さいッ!!!!」
「…………え」
学院の廊下にて突然、美しい土下座と共に放たれたロークの叫びにリリー本人は勿論のこと、周囲で様子を見ていた学生たちも唖然とした表情を浮かべて言葉を失うのだった。
******
「うおおおおッ!」
「おいおい、逃げてばかりじゃ通行証は奪えないぞ!?」
煽りの言葉と共にカイルの指先から放たれる水の弾丸を必死に躱すロークは雄叫び上げながら不安定な足場を駆け抜けていく。
「リリー、ヘルプッ!ヘルプッ!」
「……ミノタウロス」
『ブォオオオッ!』
思わず助けを求めるロークの声に反応してリリーが助けを求めると彼女は契約精霊をロークの逃げる先へと呼び出す。現れた牛頭人身の精霊の股下を勢いよくくぐり抜けていき、その背を追っていたカイルは精霊が勢いよく振り下ろしてくる巨大な戦斧を見て足を止める。
「まぁ、霊術が上手く扱えない状況じゃ精霊に頼るよな」
頭目掛けて振り下ろされる戦斧に対しカイルは欠片も慌てる様子を見せず、白刃取りの要領でミノタウロスの一撃を受け止める。
「どうした、軽いな?」
『ブオッ!?』
「……!」
そう言って笑うカイルは受け止めた戦斧をグイッと勢いよく横に傾ける。同時に戦斧の柄を握っていたミノタウロスの身体も傾き、そのまま巨体が情けなく地面に転がってしまう。
そんな自分の契約精霊の姿にリリーは静かに目を見開く。
確かにカイルは精霊師としては間違いなく自分よりも格上だ。けれど、ミノタウロスだって高位精霊なことには違いない。ましてやパワー系の精霊であるミノタウロスが精霊師の力だけで倒されることにリリーは驚きを隠さずにいた。
「おいおい、嘘だろ!?」
逃走していたロークも振り返り、地面に倒れたミノタウロスを見て思わず叫ぶ。調子の良い時ですらキツい相手であるミノタウロスをいともたやすく倒すカイルにロークもまた驚愕を禁じ得なかった。
「言っとくが、俺が強い訳じゃないぞ?お前らの精霊との繋がりが不安定になっているせいで契約精霊が本来の力を発揮できていないんだよ」
「………そうなの?」
「みたい」
カイルの説明にロークがリリーに尋ねると彼女はコクリと首を縦に振った。精霊を持たないロークには分かりようが無かったが、どうやらこのゼメキア山脈の霊気は精霊との契約さえも乱すらしい。
「おいで、蜃」
いよいよ、カイルの突破が難しくなってきたなと焦るロークに対してリリーは二体目の精霊を呼び出すことで状況の打開を試みる。
「二体目か、ちょっと面倒になってきたな」
「ならその余裕そうな笑みを消して下さいよ」
言葉とは裏腹に楽しそうに笑うカイルにロークは苦言を呈しながら依代を取り出す。
「ローク、いけるの?」
「いや、ぶっちゃけキツい」
契約精霊がいないことに加えて簡易契約や霊術も碌に使えないロークは現状において精霊師だと思い込んでいる一般人レベルまで弱体化している。流石にこのままではマズい。手加減されても普通に負ける。
「なら、どうするの?多分、私だけだと少し厳しいと思うけど」
霧を発生させると同時に霊術により周囲一帯に水溜まりを形成するカイルを見ながらリリーは尋ねる。
流石は教師と言うべきか、こちらの動きに対する対策が早い上に的確だ。ロークと同じく本調子ではない自分一人でカイルを攻略するのは難しいだろうとリリーは内心で現状について思考する。
そんな彼女にロークは暫し逡巡した後に声を掛けた。
「リリー、頼みがある」
「……!」
どこか驚いたような反応を見せるリリーに気にすることなく、ロークは言葉を続ける。
「幾つか試したいことがある。その間、時間を稼いでくれるか?」
「……うん、任せて」
「ありがとう?」
何故か嬉しそうな表情を浮かべながら頷くリリーを不思議に思いながらもロークは感謝を述べると後方へと後退して依代から微精霊を呼び出す。
「…………」
霧の中にその姿を隠したロークを確認するとリリーはカイルのいる方向へ視線を向ける。
濃霧に遮られている為、その姿は視認できないがそれでも蜃の主人であるリリーは感覚的にカイルの位置を把握することができていた。
「ミノタウロス」
『ブォオ!』
リリーが名を呼ぶと倒れていたミノタウロスが勢いよく立ち上がり、彼女の側へと戻って来る。
「やるよ」
短いながらも決意の籠った言葉に彼女の契約精霊たちも闘志を漲らせるのだった。
******
「今のところ動く気配はないが………」
四方八方を蜃の生み出した霧に覆われている中でカイルはリリーたちの動きを観察する。
視界がまともに機能していないこの状況で相手の動きを認識できるのは背後で待機しているカイルの使役する精霊、蛟と感覚共有を行っている為だった。
ピット器官を有する蛟は熱で視認することが可能であり、カイルはこの視界を奪われた状況において一時的に蛟と感覚を共有することでリリーたちの動きを認識することに成功していた。
「……お?ロークが後方に下がってリリーが前に出るのか」
暫らくの間、自分から仕掛けず学生たちの動きをジッと観察していたカイルは想定していなかった動きをする二人を確認し、興味深げに声を漏らす。
この状況、互いに万全ではない状態にも関わらず、頭数を減らすのは得策とは思えないが一体何が目的なのか。
訝しげに観察するカイルはロークが微精霊を呼び出して簡易契約を結び、手元で術式の構築を始めるのを見て———————その目的を何となくながら察する。
「なるほど………」
どうやらロークはこの環境下で普段通り霊術を扱う為に感覚を掴もうとしているらしい。
「さて、どうするか?」
カイル個人としては見守りたい気持ちもある。
実際、ロークならば不調の正確な原因を突き止め、この環境下に適応することもできるだろう。
「……けど、それだとあんまり特訓にはならないか」
大人しくロークの準備を待つのも悪くは無いが、それでは特訓と言うには少しばかり物足りないだろう。
「よし、邪魔するか」
そうと決まれば早速妨害してやろう。
カイルは術式を組み込むと霊力を流し込みながら術式を起動、周囲の水溜まりから幾つもの水球を生み出すとその全てをロークに向かって差し向ける。
勢いよく霧の中を駆け抜けていく水球は案の定と言うべきか間に割って入って来たミノタウロスの強靭な肉体に阻まれてしまう。
「させない」
『ブォオ!』
「ま、そうくるよな」
ロークを守るべく立ちはだかるリリーにカイルはそう言って笑う。
「しっかりロークを守れるのか?」
「絶対に守る」
「心意気は立派だが………」
リリーの力強い発言にカイルはそう返しながら再び霊術を発動。今度は辺りの水を蛇のように変化させるとミノタウロスに差し向ける。
「薙ぎ払って」
『グォオオオッ!』
絡み付こうと細長い水の身体をくねらせながら迫って来る蛇を主人の指示の下、ミノタウロスは戦斧を振るいその胴体を真っ二つに斬り裂く。水飛沫が宙を舞い、崩れていく蛇の身体が突如として大きく広がりそのまま眼前に立っていたミノタウロスの巨体を飲み込む。
「ッ!」
「そら、突破されるぞ?」
水の中に一時的に閉じ込められたミノタウロスの横を駆け抜けながらカイルは淡々と告げる。
使用した封印術は決して強力なものでは無い。けれども今のミノタウロスならば十秒程度の拘束は十分に可能だった。
そして十秒もあれば本調子では無いリリーを突破することなど容易であり、そうすれば後は無防備なロークを取り押さえて詰みである。
そうして勝利を確信したカイルは視界一杯に迫ってきた巨大な貝の殻に思わず思考を停止させてしまう。
「ぐぉッ!?」
『シュコー』
リリーの横をすり抜けた直後、勢いよく跳ねて正面から突撃してきた蜃の動きを全く予想していなかったカイルは対応が遅れ、体当たりをモロに受けてそのまま弾き飛ばされてしまう。
「……ッ!あの貝、あんなアクロバティックな動きできたのかよ!」
「ふっ」
『シュコー』
地面に転がったカイルがジンジンと痛む顔を抑えながら文句を口にするとリリーがどこか得意げに笑う。
「……ったく、学位戦でもあんな動き見たことないぞ」
「隠してたから当然」
「なら、隠し玉を見られて光栄だよ」
リリーの言葉にカイルはそう本心からの言葉を口にしてゆっくりと立ち上がる。既にミノタウロスは拘束を解いてリリーの側へと戻っており、体当たりをかました蜃も地中に潜ったのか、いつの間にか姿を消している。
既に次の手を打っていると見て良いだろう。
「良いぞ、リリー。その調子で俺を抑えてみろ」
「もちろん」
カイルの言葉に頷きながらリリーはミノタウロスを嗾けた。
一年の頃のロークは精神的余裕ゼロを超えてマイナスなので割と高頻度で目が血走ります。