真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます 作:アラッサム
『ブォォオオッ‼』
「フッ!」
霧の中から勢いよく迫ってくる戦斧を屈んで躱しながらカイルは得物の持ち主である精霊の懐に潜り込み、霊術を発動。水飛沫と共に霊術を腹部に浴びたミノタウロスがその巨体を仰け反らせる。
「っと」
そのまま追い討ちを掛けようとしたカイルは霧の中から顔に向かって飛来してきた石に気付き、咄嗟に手でキャッチする。
「投石か、古典的だな」
「むぅ」
言葉とは裏腹にカイルはリリーの対応を賞賛する。霊術を上手く扱えないが故に咄嗟に他の手段で精霊のサポートを行う。プライドの高い精霊師ではできない素晴らしい判断と言えるだろう。
「とはいえ——うぉッ⁉」
そしてそのタイミングに合わせるようにして今度は霧の中からヌルヌルと触手が蠢き、カイルに絡み付くべく迫ってくる。その光景にゾクリと背筋を震わせながらカイルは素早く跳躍。思わず距離を取って回避をしてしまう。
「き、気持ち悪りぃ」
「……失礼」
「あ、ごめん」
触手の気持ち悪さに顔を顰めながらカイルが思わずそう呟くとリリーから抗議の声が聞こえた為、すぐさま謝罪する。
確かに気持ち悪いは良くなかった。反省しよう。
とカイルが気を逸らしていると霧の中に雷鳴が響き渡る。視線を向ければ態勢を低くし、その立派な角に雷を帯びてあるミノタウロスの影が見えた。
「突進か」
それはミノタウロスの持つ大技の一つだった。鋭く強靭な角を突き立てた力任せの突進は単純ながらもミノタウロスの持つ強力な肉体と霊力を持ってすれば最上位精霊すらも脅かす、強力な一撃となる。
特にリリーの従えるミノタウロスは雷属性を宿す強力な個体だ。本調子では無いとはいえ、正面から喰らうのは避けるべきだろう。
「流石に回避を———あ?」
回避を試みるとしたカイルはけれども直後にぬるりとした感覚が足首に走り、動きを止める。素早く視線を足下に向けると地面から生えた触手が自身の足首に巻き付いていた。
「チャンス」
『シュコー』
「え、ちよっと、ま————」
『グォォオオオッ‼』
カイルの言葉を遮ってミノタウロスの咆哮が響き渡り、同時に彼に向かって砲弾の如き突進を仕掛けていく。
「ちッ」
迫って来るミノタウロスの速度から触手の拘束を外しての回避が合わないことを悟ったカイルは素早く地面に手を当て、ありったけの霊力を流し込む。
「獄沼」
『ブォオ⁉』
ミノタウロスが射程に迫って来たタイミングでカイルは霊術を発動。
カイルの眼前の地面が瞬く間に泥沼へと変化し、その領域に力強く踏み込んだミノタウロスはその速度と身体の重さも相まってあっという間に沼に身体を嵌めてしまう。
「ふぅ………って、うぉッ⁉」
危機を脱して安堵するのも束の間。一時的にミノタウロスを封じたカイルはその直後、全身の浮遊感を覚えたかと思えば視界が上下逆さまに変化する。
ミノタウロスの攻撃が失敗したことで蜃が代わりと言わんばかりにカイルの足に絡み付けた触手を思いっきり振り回し、そのままミノタウロスの嵌っている泥沼に叩き落そうとしていたのだ。
「ちょッ⁉」
流石に沼にダイブするのは嫌だったカイルは霊術により加圧した流水を剣の如く振るい、触手を切断。沼に落ちる前に離脱することに成功する。
「そらッ!」
「ぐっ」
地面に着地したカイルは蜃からの追撃が来る前に制限していた身体強化を最大にするとリリーとの距離を一瞬にして詰める。護衛であるミノタウロスを失ったリリーにカイルの攻撃を防ぎ切る術はなく、あっという間に水の霊術で拘束されてしまう。
「はぁ、結構焦ったぞ」
「はぁ、はぁ……」
そう呟くカイルに対して顔以外を水の中に拘束されているリリーは呼吸を乱しながら視線を向ける。
「蛟を封じているとはいえ、よくここまでやったもんだ」
「…………」
「何だよ、拗ねてんのか?」
どこか苦し気な呼吸を繰り返したまま全く反応を示さないリリーに対してカイルはそう揶揄うように尋ねる。この少女はドライそうに見えて何かと負けず嫌いなところがある。
故に拗ねて黙りを決め込んでいるのかと思い込んでいたカイルは口角を上げ、笑みを浮かべるリリーの姿を見て眉を顰める。
「私の勝ち」
「なに—————ッ⁉」
リリーの発言に疑問を抱くも一瞬。身体に突如として全身に衝撃が走り、カイルの身体はそのまま後方へと吹き飛ばされてしまう。
「こんな感じで合ってますか? 先生」
体勢を立て直したカイルの視線の先。
不自然に霧が晴れた空間に数体の微精霊を従え、剣精霊を片手に持っているロークがそ
う尋ねてくる。
「やれやれ……時間を与え過ぎたか」
カイルはそう言って苦笑混じりに答えるのだった。
*****
「ローク」
「時間稼いでくれてありがとうな。助かった」
カイル先生を風で吹き飛ばした俺は水浸しで倒れているリリーに手を伸ばしながら礼を述べる。
「もう大丈夫なの?」
「ああ、お陰様でな」
尋ねてくるリリーに俺は頷く。予想以上に時間は掛ったが、何とか適応できた……筈。
「なら先生に教えてくれないか? お前が元の調子で霊術を扱えるようになったカラクリを」
「……そもそも俺は前提を勘違いしてました」
カイル先生が服に付いた汚れを払いながらそう質問を投げ掛けてきたため、俺は答え合わせも兼ねて導き出した回答を口にする。
「俺は構築した術式が乱れたのは周囲の濃密な霊気から霊力が流れたことが原因だと思ってました。けど、実際はその逆、俺達は霊力を常に体外に垂れ流しにしていた。そうでしょう?」
「…………」
「垂れ流し?」
俺の推測をカイルは肯定も否定もせず、笑みを浮かべるだけだったが代わりにリリーが不思議そうに首を傾げて尋ねてくる。
「リリー、お前どうしてそんなに疲れてるんだ?」
「え……?」
「後ろで少しだけ見てたけど、霊術を使わず、精霊に攻撃を任せて指示に徹していたお前がそこまで疲労しているのは変じゃないか?」
「……それは」
リリーの呼吸は未だ乱れており、顔色も良くない。霊術を極力使わず激しく動いた訳でも無い、更に言えば高位精霊二体と契約しているリリーの霊力量を考慮するとこれは少し異常だ。
「そもそもここの霊気がやたら濃いのも俺や精霊たちから漏れた多量の霊力のせいだ。術式が崩れた原因も霊力が入り込んでいた訳じゃなく、実際のところは霊力不足。自分から多量の霊力が漏れたせいで霊力が過剰だったと勘違いしていたんだ」
「……なるほどな」
「ちなみに決め手はこの霧です」
「霧?」
俺は周囲に漂う霧を救うように手を動かしながら答える。そう、最後の決め手になったのはリリーの精霊である蜃が生み出したこの霧だ。
「風の霊術を行使しようとした時、俺の構築した術式とは別の風の流れがあったことに霧で気付けたんです」
「………!」
構築しては崩壊する術式に苛立っていた俺は霧によって可視化された不自然な風の流れによってようやくその原因に気付くことができた。というか、霧が無かったら気付く前にカイルに制圧されていただろう。そう考えると霧を出してくれた蜃には感謝しても仕切れない。
「……よく見てるな」
「ってことは正解ですか?」
「さてな」
俺が答えを聞くとカイル先生はそう言って徐ろに術式を組み始める。どうやら答え合わせは終了らしい。
「原因を理解したなら後は純粋な精霊師としての技量勝負だが……俺に勝てるかな?」
「先生のことは尊敬してますけど、契約精霊無しなら……負ける気はしませんよ」
「生意気な餓鬼め、ならやってみろ」
「言われずとも」
カイル先生がパンッと両手を合わせると同時に最初の時と同じく大量の水が波となって俺達に押し寄せてくる。確かに先程までなら充分に脅威となる技だが、万全となった今の俺ならば充分に対処は可能だ。
「隆起せよ」
土の微精霊を依代より召喚。そのまま素早く地面に手を当てて霊術を発動、眼前の地面が隆起して壁となり迫り来る波から俺とリリーを守る。
「リリー、時間が無い。よく聞け」
「……?」
「先生を突破するぞ」
本当はリリーに霊術の扱い方を教えたいが、戦闘中では時間が無い。故に俺はまずカイル先生を突破するべくリリーに作戦を伝えるべく声を掛けるのだった。
*****
「完全に適応してるな」
自分の霊術を防御したロークを見つめながらカイルはそう呟く。使用する霊術にも特に不安定さを感じられない。どうやら既に自分の霊力の流れを制御できていると見て良いだろう。
「となるとリリーにコツを教えられる前にロークを抑えた方がいいな」
ミーシャやローク、ケイと言った学生たちのせいで隠れがちだが、リリーも優等生だ。彼がコツを教えれば彼女もすぐに適応できるだろう。
そうなれば精霊を縛っている自分の勝ち目は一気に薄くなる。故に時間は与えない。
カイルは素早く手を鉄砲の形にするとその照準を二人が隠れている土壁へと向ける。
「水鉄砲」
指先から放たれた水の弾丸はロークの形成した土壁を貫き、そのまま背後にいるであろう二人の居場所に着弾する。着弾による水飛沫が上がる中、更に追撃の水鉄砲を放つ。
数度に渡って舞い上がった水飛沫が雨となって周囲に降り注ぐ中、カイルは崩壊した土壁に向かって駆け出すがその直後、前方から強風が吹き荒れ、崩れた土壁の一部が弾丸となってカイルに向かってくる。
「その程度じゃ止められんぞッ!」
カイルは腕を交差することで顔を守ると身体に直撃する土塊の弾丸に一切怯むことなく距離を詰めていく。
「雷伝」
「ッ!?」
そのままカイルが土壁に到達する前に霊術によって水浸しになった地面を雷が走り、そのまま身体へと流れ込んでくる。
「……ぐぅッ!」
全身に走る雷撃に思わず身体が硬直し、苦悶の声を上げるカイル。その隙を突くべく崩れた土壁の影から姿を現したロークが勢いよく突っ込んでくる。
「舐めるなッ!」
霊力による強化で痺れる肉体を無理矢理動かしたカイルは既に動けるようになった自分に目を見開くロークに対して逆に自分から突っ込んで距離を詰める。
まさかこんなに早く動けるようになるとは予測していなかったのか、ロークは迫ってくるカイルに対しての対応が遅れ、数度の駆け引きを繰り広げた末に組み伏せられてしまう。
「……ッ」
「詰めが甘いんじゃないか?」
カイルはそう言って先程リリーに使った拘束霊術を取り押さえたロークに掛け、その動きを制限する。
これで厄介な奴は捕らえられた。後はリリーを抑えれば—————。
「ゲット~」
「……なに?」
背後から聞こえて来たどこか気の抜けた声にカイルが振り返ると蛟の尻尾にぶら下がっているリリーがドヤ顔で通行証を掲げていた。
「いつの間に」
「風の霊術を放った時ですよ。先生が一時的に視界を自分で塞いだあの時に蛟に向ってリリーをぶん投げたんです」
「……最初から通行証狙いだった訳か」
ロークにしては攻撃が単調だとは思っていたが、そもそも最初から自分を倒すことが目的では無かったということらしい。
「ええ、そもそも武闘派の先生を相手に正面から押し切るのはキツいと思っていたので」
「やれやれ、まんまと騙された訳か」
どこか得意げに呟くロークにカイルはため息を漏らしながら水牢を解除すると主人の動きに習うように蛟がゆっくりと尻尾に掛かっているリリーを地面に下ろす。
「通行証を確認しました。どうぞ、お通り下さい」
カイルは最後に芝居がかった口調で勝者である二人にそう言うのだった。