青空に登っていく湯煙。

なんでもない狩人の昔話。そういえば、あの日もこんな晴天だった。

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青藍の狩人

 白い湯気が晴天の青空に向かっていく。

 

 

 ユクモ村のハンターズギルドにある温泉は、筋骨たくましい狩人達で賑わっていた。

 

 クエストに出掛ける前に英気を養っている者、狩りの疲れを癒している者。

 

 

 ここに居る者は()()()()ばかりである。

 青空の見える露天風呂。聞こえは良いが、ハンターズギルド施設内に直通であり外から丸見え、さらに混浴。

 

 こんな場所の温泉でゆっくりしていられるのは、彼等がハンターであるからに違いない。

 

 

 

「本当だ、ハンターさんが沢山居る!!」

 しかしそんな場所に、鍛え抜かれた狩人達の身体に混じるとどうも痩せ細って見えてしまう小柄な少年が混ざってきた。

 

 少年は目を輝かせながら、談笑するハンター達に臆さず輪の中に入っていく。

 

 

「お、なんだ坊主」

「俺! ハンターになりたくってさ! そしたら母ちゃんが、ギルドの温泉にハンターさん沢山居るから話を聞いてきなって!」

「へぇ! ハンターになりたいのか。そんじゃ、同業者になるって事だな!」

 ガハハ、と笑う狩人。

 

 入浴しながら酒を飲んでいたその狩人は、酒瓶を少年に向けて隣にいた同僚に頭を叩かれた。

 

 

「話を聞いてきなって? どうしてだい?」

 狩人の頭を叩いたもう一人の狩人が、少年にそう問い掛ける。

 

 

「俺の家、雑貨屋やってんだ。で、格好良いハンターさんがお客さんで来る度に憧れてさ! そんで、俺がハンターになりたいって言ったら母ちゃんが……お前が思ってるよりモンスターは怖いんだぞって。俺がそんな事ないって言っても、母ちゃんうるさくてさ! んで、母ちゃんが本当のハンターさんに話聞いて来いって!」

 必死に早口でそう語る少年の話を、狩人達は「うんうん」首を縦に振って聞いていた。

 

 

 どうやら少年はこの村の子供らしい。

 

 

「だってよ。お前さん、この少年に話を聞かせてやりなよ」

 外から仕事でこのユクモ村に来ていた狩人二人は、少年の話を聞き終えると、近くにいたもう一人のハンターに声を掛ける。

 

 

「──ん、俺のか」

 そう言って立ち上がる屈強な身体の男性。

 

 身体中に残された傷が、その狩人が歴戦のハンターである事を窺わせた。少年はそんな男性を見て目を輝かせる。

 

 

「おじさん、凄いハンターだろ! 俺には分かる!」

「凄い、か。どうだろうな」

 男は少年を優しい表情で見下ろしながら近寄り、もう一度座って視線を合わせた。

 

 近付けばもっと分かる身体中の傷跡。左肩に残る一番大きな古傷は、完治していると分かっていても見ているだけで少年の方が痛くなる。

 

 

「だって、身体の傷は沢山戦った男の勲章だろ!」

「なるほど、そうかもしれないな」

「そうだ! おじさん達はクエストの後だろ? どんなクエストだったの!?」

 食い付いてコロコロと話題を変える少年。

 

 先程から酒を飲んでいた狩人が、そんな少年に「ジンオウガだよ。強敵だったぜ」と答えた。

 

 

「ジンオウガ!! すげぇ!!」

 ジンオウガは雷光虫と共生し、強力な電気の力を使う──無双の狩人とも呼ばれる牙竜種の強力なモンスターである。

 

 強力なモンスターという知名度でいえば、かの火竜──リオレウスにも匹敵するモンスターの名前に、少年は興奮を抑えきれずに両手を上げた。

 

 

「倒したの!?」

「勿論」

 隣の酒飲みから酒を奪いながら、もう一人の狩人がそう答える。

 

 少年は三人の狩人が、少年の言う()()()()()()なのだと確信して目を輝かせた。

 

 

 

「ジンオウガ、怖かった? 怖くなかったよね! ハンターさん達、凄いハンターだもんね!」

 そして続く少年の言葉に、酒を飲んでいた二人の狩人は目を見合わせる。

 

 そんな少年の方に手を伸ばしながら、もう一人の身体に傷が多く残る狩人がこう口を開いた。

 

 

「怖かったよ、とてもね」

「そうなの!? でも、倒したんでしょ! 倒したんだから、もう怖くないよね?」

「いいや、怖いさ。君のお母さんの言う通り、モンスターは怖い生き物だからね」

 男性はそう言いながら少年の頭に手を置く。

 

 少年は少し不満そうだが、男性が「君はランポスってモンスターを知ってるか?」と問い掛けると表情を一変させて口を開いた。

 

 

「知ってる知ってる! 青い奴だよね。昔、家族で近くの里に行く時にソイツに襲われたんだ!」

「へぇ、そりゃ大変だったな。怪我しなかったか?」

「へっちゃらだよ! お父さんが追っ払ってくれたから! ハンターでもないお父さんでも追っ払えるんだから、弱いモンスターなんだよね! ランポス!」

 まるで自分の武勇伝を話すような口振りで少年がそう言うと、酒飲みの二人が不敵に笑う。

 

 それを見た男性は少し苦笑いして、少年にこう語り掛けた。

 

 

「いいや、ランポスは怖いモンスターだよ」

「えー! そんな事ないよ! 僕だってもう少し大きくなって、ハンターになったらランポスくらい簡単に倒せちゃうもんね! おじさんだって、ランポスなんかに負けないでしょ?」

 少年がそう言うと、酒飲み二人は遂に笑い始める。男性は困ったような表情をするが、少年は何がなんだか分からずに「なんで笑うの!?」と驚く事しか出来なかった。

 

 

「君、そいつの一番デカい傷あるだろ。何にやられたと思う?」

「え? うーん、やっぱりリオレウスとか! ティガレックス、ナルガクルガ……あと──」

「ランポスだよ」

 思い出せる少年にとっての()()()()()()()を指を曲げながら口にしていると、もう一人の酒飲みがそんな答えを口にする。

 

 

「え?」

 全く想像していなかったモンスターの名前に、少年は目を丸くして男性の身体を覗き込んだ。

 

 大小様々な古傷。

 そんな中でも一際大きな左肩の傷。それが、リオレウスでもティガレックスでもなくランポスにやられたというのである。

 

 

「ランポスだよ?」

「そうだ、ランポスだ。言っただろう? ランポスは怖いモンスターだって。勿論、リオレウスもジンオウガも怖いけどな」

 そう言って、男性は左肩の古傷を自分で触った。とうの昔に完治した傷だが、未だに思い出す事がある。

 

 

「少し、昔話をしようか。俺の武勇伝だ。聞いてくれるかい?」

「武勇伝!! 聞きたい聞きたい!!」

 男性の言葉に、少年は目を輝かせた。

 

 ハンターの武勇伝。

 ハンターになりたいと願う少年にとって、それ以上に心が弾む話もないだろう。

 

 

「じゃあ、聞いてくれ。これは……そうだな、俺が君より少し大きいだけの頃の話だ。俺は、君と同じでハンターになりたいと思ってた。自信もあったし、君と同じでランポスなんて怖くないと思ってたんだ」

 少年の目を見て、男性はゆっくりと語り始めた。

 

 

「俺は小さな頃から身体も丈夫だし大きくてな、周りからも頼りにされてた。俺に出来ない事なんてないと思ってたよ。そんで、ハンターになって……ランポスとか、イャンクックとか。色んなモンスターを討伐したな」

「ランポス倒してるじゃん!」

「まー、聞いてくれ。俺がそうやって、調子に乗り始めた頃の話だ」

 それは、彼がハンターを目指していた頃の話。少年の輝いている目が、その頃の自分と重なっていく。

 

 あの日も、こんな晴れの日だった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 青空に登っていく雲を見上げながら、何気なく時間が過ぎていく。

 

 

 小さな村に住んでいた青年はハンターという仕事の関係上、暇な時はこうして屋根の上で空を見上げるだけの日々を過ごしていた。

 

 ハンターが暇だという事は、村が平和だという事でもある。

 

 

 村の近くにモンスターが現れたりしたら追っ払うのだけが、小さな村付きのハンターの仕事だ。

 

 

「……暇だな」

 不満がない──訳ではない。

 

 青年は村一番の力持ちで、子供の頃から村の畑に迷い込んだブルファンゴなんかの相手をしていたような活気盛んな男である。

 

 

 いつか村に訪れたハンターに憧れて、自分もその道を志して数年。

 

 ついに街に出てハンターの心得を学び、村に戻ってきた彼に待っていたのは平和な日々。

 

 

「もう飽きたぞ、ランポス狩り。これじゃモンスターハンターじゃなくて、ランポスハンターになっちまう」

 来る日も来る日も、村長からの依頼はランポスという小型鳥竜種の間引きだけ。

 

 一年前に怪鳥──イャンクックが村の近くに現れてそれを討伐。

 青年の予定ではそこから鰻登りに恐ろしいモンスターを討伐し、街でパーティにスカウトされ、立派なハンターになる──筈だった。

 

 

「ここ一年ランポスの相手しかしてない。せめてもう一度イャンクックと戦って、手柄を出せば色んな人が認めてくれると思うんだけどなぁ」

 しかし、現実はここ数日。毎日ランポスを狩るだけの日々である。

 

 

 繁殖期なのか、ここ最近はランポスを狩るというクエストが増えてきたが、それでも相手は小型鳥竜種のランポスだ。

 ある程度ハンターとして成長した青年にとって、それは特に難しいクエストではない。

 

 

 

「おーい!」

 そんな青年を、村の大人が呼びにくる。

 

 どうせランポスだ。そうでなければ、村での力仕事かもしれない。

 

 

 自分の成長を楽しみにしていた青年にとって、今の生活は物足りないものになっていたのである。

 

 

「すぐ行きます」

 それでも、それが青年の仕事だ。

 

 片手を上げて、サッと屋根の上から降りる。

 

 

「ランポスですか?」

「おう」

 やっぱりか。

 

 そう思いながら、青年は村の酒場まで歩いた。

 

 

 小さな村で、集会所のような場所はない。テーブルが四つくらいしかない村唯一の酒場が、青年や外から来たハンターがクエストを受付する場所にもなっている。

 

 最近は外からハンターが来る事もないが、それは村が平和な証だ。

 

 

「で、何匹ですか」

 酒場に着くと同時に、青年は()()()()()()()そう問い掛ける。

 

 ランポスの討伐には良い意味でも慣れてきた。

 

 

 依頼が出るという事は、村の近くに現れたとか村の外に出ていた誰かが襲われたとか、そんな所である。

 

 前者の場合間引きを兼ねて数匹。後者の場合は、人間の匂いを覚えて村の近くに寄ってきたランポス全部。

 

 

 もう何年も続けてきたやり取りだ。

 

 

「分からん」

「は?」

 しかし、これまで聞いたことのない返事に青年は首を傾げる。

 

「なんで?」

「全滅したんだよ。だから、何匹いたか分からないんだ」

 青年にそう説明する酒場の店員。

 

 

 

 彼の話によると概要はこうだ。

 

 

 近くの村に向かって、遅くても一週間前には帰ってくる筈だった商人が今日になっても帰ってこない。

 

 そして昨日、旅でこの村に辿り着いた商人の話だと、村の近くで商人の竜車が襲われた跡があったという。

 

 

 商人は何かに襲われても対処出来るようにする為、五人で村の外に出ていた。

 

 大人が五人いて何かしら武器やアイテムがあれば、ランポス数頭くらいなら撃退する事は可能である。しかし、全滅と聞いて青年は目を細めた。

 

 

「……本当に、ランポスなんですか? イャンクックとかババコンガとか、それこそリオレウスみたいなのとか」

「竜車の傷を見た感じ、デカいモンスターじゃなかったよ。アレは多分ランポスだ。酷い有様だったしね」

 酒場の店員の後ろから、旅の商人である女性がそう言う。

 

 

「じゃあなんで全滅なんて。おかしいだろ、ランポスだぞ?」

「あんたランポスの事舐め過ぎじゃないかい? いや、あんただけじゃないね。この村の奴がランポスの事舐め過ぎだ。ランポスが出るってのにハンターも連れずに村を出るなんて」

「ランポスなんて、大人が二人いればなんとかなるだろ! それに、あんたこそ一人で来たんじゃないのか?」

 バカにされた。そう感じて、青年は女性に食ってかかった。

 

 

「私はハンターも兼業なんだ。なんなら、このランポス討伐……私も手伝ってやろうか?」

「結構だ。ランポスくらい、俺一人でなんとかなる!」

「へぇ、自信満々だね。おじさん、やっぱり私とこの子でクエスト受けるよ」

「勝手に決めるなよ!」

「そう言わないで、さ。ほらほら、準備するよ」

 歯向かう青年の首を脇に抱えながら、女性は酒場の店員からクエストの受注書を受け取って勝手に記入を始める。

 

 

 

「あんた、武器は何使うんだい?」

「片手剣……」

「奇遇だね、私も片手剣だ」

 勝手に話が進んでいき、青年は女性と共にランポスの討伐を行うことになった。

 

 

 形式上はランポスの討伐だが、それが本当にランポスなのか。ランポスだとして何匹居るのか。

 

 大きなギルドと関わりのない村では、そういうことを調べながらクエストに挑む事も少なくはない。

 

 

 

「静かな村だね」

「静か過ぎるけど」

 準備をしながら、女性の言葉に返事をする。

 

「ランポスなんて、俺一人でも充分だ」

「あんたランポスは何匹狩ったんだい?」

「覚えてないよ。沢山だ、沢山。だからなんだよ」

「ドスランポスって知ってる?」

「ドスランポス? あー、えーと、ランポスの群れのボスって奴だろ。俺が倒したランポスの中に居たかな? 分かんないけど」

「あんた、多分ドスランポスと戦った事がないんだ。いや……この村の近くにドスランポスが出た事がないってのが正しいかな」

 目を細めてそんな言葉を漏らす女性に、青年は訝しげな表情で「出た事がない? ボスだろうがランポスはランポスだろ?」と問い掛けた。

 

 

「ドスランポスは厳密に言えば確かにランポスだ。別の種類の生き物でもなければ亜種でもない。けど、群れのボスとして成り上がったドスランポスは高い戦闘能力と知能を持ってる。普通のランポスなんかと一緒にするのは不味い」

「なんだそれ……。でも、ランポスなんだろ?」

「そうだよ、ランポスだ。だからって、油断して良い相手じゃない」

 脅すような口調に、青年は「ふん」と鼻息を漏らして村の出口を見る。

 

 被害に遭った商人達は、青年も見知った顔の者達だ。

 

 

 それを襲った奴がランポスだという。未だに信じられなくて、どこか気持ちも焦っていった。

 

 

「準備出来たかい?」

「とっくに出来てる。そういうあんたは?」

「おっけー。そんじゃ、一狩り行こうか」

 青年の肩を叩きながら、女性はそう言って青年を抜いて歩き始める。青年はそんな彼女を追い抜くようにして村を出た。

 

 

 

 

 木々に覆われた密林。

 

 村から少し離れると、そんな自然だけが広がっている。

 

 

「視界が悪いね」

「そら視界が悪い方に歩いたからだろ。商人が使う道を歩いた方が良いって俺が言ったのに聞かないから」

「その道は奴等にバレてる。相手の事があまり分かってないのに襲われにいくのは、自殺行為だよ」

「ランポスだろ」

「ランポスだよ」

 本来ならもう少し視界の開けた場所があるが、女性はそこを避けて密林を歩いた。

 

 

「静かに」

 そうしていると、遠くの木々の裏に一匹のモンスターが歩いているのが見える。

 

 

 青と黒のまだら模様。鳥のような黄色い嘴に牙の生えた、小型の鳥竜種──ランポス。

 

 

「居た。とっととやろう」

「いや、まだだ。おかしい」

「何が」

「こっちに気が付いてない」

「確かに……だけど、むしろチャンスだろ」

「おかしいと思うなら待つ」

 おかしい──というのには理由があった。

 

 

 ランポスは感覚が鋭く、殆どの人間より目と鼻が良い。

 

 ある程度離れてはいるが、こちらが見付けたというのにランポスがこちらを見付けてないのはおかしく感じる。

 

 

「村の人達をやった奴だぞ。逃すかよ!」

「あんた!!」

 しかし、少年は女性の言う事を聞かずに剣を抜いて走った。

 

 一気に距離を詰め、まだこちらに気が付いてないランポスの首元を狙う。

 

 

「これで一匹──」

「馬鹿!! 囮だ!!」

「──何!?」

 刹那の瞬間。

 

 木陰から現れた二匹のランポスが、青年を挟み込むように襲い掛かった。

 少年は地面を転がってそれを避けるが、バランスを崩してランポスに死に体を晒す。

 

 

「三匹!?」

 連携。

 

 青年を囲うようにして二匹と、()()()()()()()()()()()()()()一匹がその眼光を光らせた。

 

 

「だから言った!」

 言いながら、女性はランポスに背後から斬りかかろうとする。しかし、そんな女性を()()が突き飛ばす。

 

 

「他にも!?」

 更に二匹。そして、女性を突き飛ばした()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がもう一匹。

 

 合計六匹のランポスが二人を囲うように陣取った。まるで訓練されたガルクのような連携。

 

 

 そしてその内の一匹、一回り大きな姿のランポスが脚の鋭い鉤爪で地面を叩きながら少年に向かってゆっくりと歩いてきた。

 

 

 

「な、なんだよ!! なんだよコイツら!?」

 ランポスなんて──そうたかをくくっていた青年の前でソレが立ち止まる。

 

 

 ランポスなんて、たかがちょっとデカいだけのトカゲだ。

 

 少し捻ってやれば簡単に死ぬ。それが生き物だし、当たり前の事。

 普段多くても三匹とかだけで、それでも、それらがこうして頭を使って連携してくる事なんてなかった。

 

 

 なんでこんな事に。

 

 

 目の前の鋭い眼光に映る自分の顔が歪んでいくのが分かる。

 

 

 

 鉤爪が、振り下ろされた。

 

 

 

「馬鹿!! 立て──」

 激痛が身体中を走り、木々の間を絶叫が木霊する。

 

 青年が言葉にもならない悲鳴を漏らした直後、女性は懐から取り出した球体を地面に叩き付けた。

 

 

 刹那、森が光に焼かれる。

 

 視界を包み込む閃光。

 文字通りの閃光玉というアイテムは、光蟲という光を発する虫を使ったハンターのアイテムだ。

 

 光蟲が放った閃光は、青年の瞳ごと辺りにいたランポス達の視界を焼く。

 

 

 短い悲鳴と共に仰け反った()()()()()()を蹴飛ばしながら、女性は青年を連れ去るように引き摺った。

 

 

「……っ、い……痛……痛い」

「良いから立て!! 走れ!! 死にたいのか!!」

 女性の言葉に青年は目を見開く。

 

 閃光が焼いたのはランポス達の瞳だけではない。

 

 

 少年は真っ白な光に焼かれた瞳の激痛に耐えながら、左肩を右手で抑えてうめき声を漏らした。

 

 鉤爪に引き裂かれた肩から、防具を真っ赤に塗りたくる程に出血している。

 自分の目が見えていなくても激痛と流れ出る血液の感触で、自分に何が起きたのかは分かった。

 

 

 反射的に、言われた通りに女性と共に走る。

 

 必死に走って、出血で朦朧とする意識。一瞬気を失って、視力と意識が戻った時に視界に入ったのは洞窟の天井だった。

 

 

 

「──助かったのか」

「全然助かってないね。とりあえず、応急措置はしたけどコイツは後で辛いよ?」

 そう言って女性は青年の左肩に視線を向ける。

 

 回復薬をありったけ塗りたくった布を巻きつけた左肩。閃光玉が間に合い、広く浅い傷といった具合だが、切り傷というにはあまりにも酷い有様だ。

 

 

「俺の腕、くっついてるか?」

「うん。くっついてるよ。大丈夫」

「ごめん……俺──」

「謝られても困るね。今はあのランポスをどうやって相手して、どう生き残るかを考えなきゃいけない」

 女性はそう言って、青年に「立てる? いや、立て」と続ける。

 

 狩りは──クエストは終わっていない。

 

 

「……っぅ、くそ。なんでランポスがあんな、賢い真似するんだ」

 こちらに気が付いていないフリ、なんて事をされたのは初めてだ。

 

 稀に二匹で追い詰めてくる──なんての事は経験したが、まるで人間が頭を捻ったような()()を取ってくるランポスがいるなんて青年は思っても見なかったのである。

 

 

「ドスランポス、だよ。言っただろ? 群れのボス」

「群れのボスがなんだってんだよ。図体と鶏冠がちょっとデカいだけだろ?」

「そんな事言ったら、あんたの村の村長は図体はあんたよりヘナヘナだし鶏冠ってか髪の毛は劣化してるじゃないか」

「そこまで言われるのは村長が可哀想だろ!?」

 青年は村長の顔を思い出して声を上げた。ちょっと左肩の傷が疼く。

 

 

「でも、村長は凄いだろ? 村の皆を纏めてる。村長が何も言わなかったり決めなかったら、村人は自由に生きて勝手にやったらいけない事をして死ぬ。今回の商人やあんたみたいにね」

「村を出る時にモンスターに襲われたら良くないから、大人複数人を連れて行く……。村長が決めた事だ」

「そうだろ。まぁ、それでも足りないけど。懸命な判断だ。……その賢明な判断に助けられた村人は多い筈。それじゃ、ドスランポスに話を戻そうか」

 青年が立ち上がったのを見届けて、女性は青年の武器を手渡した。

 

 左手で剣を持つのが片手剣だが、今すぐに満足に剣を振る事は出来ないだろう。

 盾だけはしっかりと受け取り、剣は腰に戻した。

 

 

「歩ける?」

「一応」

「歩きながら聞いてくれ」

 そう言って女性は洞窟を歩き出す。どうにかして逃げ込んだは良いが、あまり長居するとこの場所がバレてランポス達に囲まれかねない。

 

 

「ドスランポスはいわば村長だ。ランポス達を纏めて、どうしたらこの世界で生き残れるか考える能力がある」

「ランポスがそんな……」

「モンスターは私達が思ってるより賢いんだよ。さっき見たんだから、分かるでしょ?」

「それは……」

 否定出来る要素はなかった。

 

 そう納得すると、途端に身体が震え出す。自分がこれまで相手して来た生き物の本当の強さに、その生き物を舐めて掛かっていた自らの甘さがどれだけ危険な物だったのか噛み締めた。

 

 

「私達人間の大人と一緒だ。長く生きて、力と知識を蓄えた群れの長。私は兼業とはいえ本業は商人だからね、イャンクックやリオレウスみたいな奴と正面からやりあった事はない。けれど、襲われた事があるモンスターでどれが一番怖いかって聞かれたら……私は真っ先にランポスの名前を出すね」

「ランポスがイャンクックやリオレウスよりも、怖い?」

「うん。怖いよ、あいつらは」

 そう言った所で、女性は洞窟の出入り口から外を覗き込む。

 

 

「……居ないな。よし」

「これからどうするつもりだ?」

「村に戻りたい……ところだけど、難しいだろうね。完全に目を付けられた筈だ。このまま村に戻ったら、村にアレを連れて行く事にもなるし」

 本来であればランポスの一匹や二匹が村に入ってきた所で大惨事になる事は少ない。

 

 しかし、()()は別格だ。

 

 

「だから、クエストは続行だ。ドスランポスを見付け出して、狩猟する。……確かにドスランポスは怖いモンスターだよ。けれど、あんたの言う通りただのランポスだ。リオレウスみたいな無尽蔵の体力や硬過ぎる甲殻とか、有り余る攻撃力があるモンスター(化け物)じゃない」

「それは……そうか」

「そう。だから、極論ドスランポスなんて首さえ刎ねれば?」

「死ぬ」

「だろう? だから、あっちが作戦を立ててくるならこっちも作戦を立てて構える。ここからは知恵比べだね」

 そう言って女性は青年に手を伸ばす。

 

 

「勿論、協力してくれるだろ? 村のハンターさんや」

「……あ、当たり前だ」

「商談成立だ」

 ニッと笑い、女性は青年の手を取った。

 

 

「それじゃ、作戦を伝えるよ。まずはね──」

 そうして女性は青年にドスランポスを倒す作戦を伝える。

 

 青年はその作戦を聞いて、目を丸くした。

 

 

 嫌だと叫びたかったが、特に反論出来る余地もなく。そして──

 

 

 

「──嫌だぁぁあああ!!!」

 ──青年は走った。

 

 青年の真横に、青い影が映る。黄色い嘴の端から漏れる鋭い牙を見て、身体の穴という穴から凄く情けない液体を漏らしそうになった。

 

 

 並走し、少年を追い詰めるのはランポス二匹。ドスランポスではない。

 

 群れのボスは青年の後方で、その様子を眺めている。鋭い眼光が何を見据えているのか、青年は怖かった。

 

 

「くそ!! 死ぬ!! 死ぬ!!」

 左肩の傷が疼く。今にも引き千切れるんじゃないかという感覚に内心でも悲鳴を上げながら、青年は女性との約束を果たす為に走った。

 

 

 

「──まずは数を減らす。奴らの前に出てから全力で逃げるよ。反撃せず逃げれば、多分子分に追い掛けさせる筈だ。そこで釣れた分を叩く」

 最初の作戦。出来るだけ楽に数を減らす。

 

 こうして逃げれば、追い掛けて来た数匹だけを群れから離す事が出来る筈だ。

 

 

 左肩の激痛を我慢しながら、青年は必死にランポス二匹から逃げ回る。

 

 今思えば、体付きも足の速さも力の強さも──全てが自分はランポスに劣っていた。

 それがどうして、ランポスなんてと思えていたのか。今では不思議でならない。

 

 

「だけど……!!」

 人間には知恵がある。

 

 何もかもで竜に劣る人が、この世界で生き延びているのは他でもない。

 

 

 知恵と勇気と──時々お金を振り絞り、自らの命や大切な人の命、村や里や町の人、生活とか尊厳とか、色々な物を背負って立つ為に。

 

 

「俺はハンターだ!!」

 彼等ハンターは、どれだけ恐ろしいモンスターであっても立ち向かうのだ。

 

 

 

「着いた!!」

「待ってたよ!!」

 大きな岩陰。

 

 木々の間をすり抜け、ランポスの鋭い牙と爪を掻い潜りながら向かった先。

 

 

 岩陰から飛び出した女性が、ランポスの首元に片手剣を突き刺す。

 

 吹き出る鮮血。

 ランポスは悲鳴という悲鳴をあげる事も出来ずに、剣先を引き抜かれた箇所から血飛沫を上げて倒れた。

 

 

 突然の奇襲。

 驚いたランポスが振り向こうとした瞬間。その場で回転した青年は盾でランポスの頭を殴り付ける。

 

 大きく揺れる視界。その瞳に最後に映ったのは女性の顔と鋭い刃だった。

 

 

「二匹!」

「バレた!」

「分かってるよ!」

 それを黙って見守っているドスランポスではない。

 

 一匹目が倒れるよりも早く、ドスランポスは仲間を連れて地面を蹴る。

 思っていたよりも早く、三匹のランポスとボスのドスランポスに二人は囲まれてしまった。

 

 

「早いなぁ。さて、分かってる?」

「分かってる」

 女性は少年と背中合わせになって、姿勢を低く構える。

 

 ランポス達はボスからの命令を待つように、お互いの顔を見合わせていた。

 

 

 一瞬の間。

 しかし、それは気が遠くなる程の時間にも感じる。

 

 

 ドスランポスが吠えた、次の瞬間。

 

 

「今!!」

 二人は前転した。

 

 同時に、二人がさっきまで居た場所を三匹のランポスが踏み付ける。

 

 

「従順なのが仇だよ!」

 普段なら、いつ襲ってくるか分からないのがモンスターだ。

 

 しかし、群れのボスであるドスランポスが居るなら話は違う。

 ドスランポスは二人を観察し、隙を見せたその時を狙って仲間達に攻撃の指示を出す筈だ。

 

 

 分かっているなら、考えを巡らせて戦う()()()()にとってそれを交わすのは容易い。

 

 

「次!!」

 前転して直ぐに起き上がり、近場のランポスの横っ腹に片手剣を叩き付ける。

 

 そのまま怯んだランポスの腹部にもう一撃。

 切り上げるように肉を割いて、ランポスは地面に転がった。

 

 

「俺だって……!!」

 反対側で、青年はランポスの足に盾を構えながら突進する。

 

 バランスを崩し、地面に横たわったランポスの頭に振り下ろされる盾。

 嫌な音がドスランポスの耳に木霊した。

 

 

 

 勿論黙って見ているドスランポスではない。

 

 しかし、どうしてこんな──

 

 

 この世に生を享け、周りの仲間が次々と倒れて行く中で()は生き延びて来たのである。

 

 長く生き、生き延びる術を知った。力を得た。

 だからこうして、群れのボスとして立ち、仲間達を従えて、さらに生き永らえる為に縄張りを広げようとしたのである。

 

 

 ──その先に、己では手が付けられない生き物がいる事を知らなかったのが()の敗因だろうか。

 

 

 

「若いね。残念だけど」

 女性はそう言いながら、青年と二人でドスランポスと残りの一匹のランポスを挟むように立った。

 

 これがもう少し経験を積んだドスランポスなら、もっと苦戦したかもしれない。

 しかし、形勢は逆転している。

 

 

 

「もう一匹もらうよ……!!」

 次いで、ドスランポスが怯んでいる内に最後の仲間を削ろうとした。

 

 このまま流れに乗って、倒し切る。

 そう思っていた女性の眼前に──青い影が降り掛かった。

 

 

「……っ」

 反射的に盾を構える。

 

 振り抜かれる()()()()()()()()()。盾を構えようと、人間の腕より太いそれを叩き付けられて平然としていられる程に女性も体格が良い訳ではない。

 

 

「な!?」

 地面を転がっていく女性が視界に映って、青年は目を丸くした。

 

 この状況で反撃してくる。

 いや、当たり前だ。相手は生き物なのだから。

 

 

「くそ!!」

 片手剣を左手で握る。

 

 激痛に震える腕。血走ったドスランポスの眼光。怖くない訳がなかった。

 

 

 

「たかが、ランポス……か。改めるよ、お前は怖い」

 青年も、ドスランポスを睨む。

 

 その視界の端で、ゆっくりと女性が立ち上がった。

 

 

「けれど、俺は……俺達はハンターだ。負けてやるつもりはない!!」

 片手剣を振り上げる。大きな動きで、ドスランポスの視線を揺らした。

 

 同時に動いた女性の背後からの一撃。

 驚いたドスランポスの脇を通って、青年は振り向こうとした最後のランポスに片手剣を振り下ろす。

 

 

 血飛沫が地面を濡らした。

 

 ドスランポスは悲鳴と共に怒りの感情を乗せた鳴き声を漏らす。

 

 

 

 こんな所で──

 

 背後からの一撃は、腰への斬撃だった。激痛にドスランポスの表情が歪む。

 それでも、こんな所で死ぬつもりはない。

 

 尻尾を振り回し、大きく口を開いて敵を威嚇した。

 

 

 牙を立てろ、爪で引き裂け、仲間を指示して自分達が有利な状態を作る。

 

 そうしていれば、生き延びる事が出来る筈だ。

 

 

 

 こんな──()()()二本足の小さな獣に負ける訳がない。

 

 

 

「俺達の、勝ちだ」

 鮮血が狩り場を鳴らす。

 

 

 

 立っていたのは──狩人二人だった。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 少年が、温泉で立ち上がる。

 

 

「で!! どうなったの!?」

「どうもこうも、俺達はなんとかドスランポスを倒せたって話だ。どうだ? 怖かったろ、ドスランポス」

 話を終えて、男性は少年に向かってそう口にした。

 

 ランポス達の連携にしてやられて、大きな傷を負ったり生きるか死ぬかの戦いになった事。

 

 

 かなり若い頃の話だが、男にとっては一番記憶に残る狩猟だったのである。

 

 

「確かに怖かったけど!! 怖かったけど!!」

「分かってくれたらそれでいいんだ。この辺りだと、ジャギィ……とかも居るだろ? そういう、小型のモンスターもちゃんと怖いんだぞって。覚えておいてくれよ?」

「それはそうなんだけどー! 違うよ! 違うの!」

「え、何が違うって言うんだ?」

 バチャバチャと身体を震わせる少年に、男性は困惑した。

 

 

 次いで、真剣な表情になった少年が男性の目を真っ直ぐに見る。

 

 

「その!! 女の人とはどうなったの!?」

「このマセガキめ!!」

 どうやら思春期の少年は、ランポスが怖いだのどうのより、お話の中で出会った女性との事が気になるようだ。

 

 男性は苦笑いを零しながら、こう口を開く。

 

 

「ランポスの事、怖いって分かってくれたら話してあげようかな」

「分かったよ! だって、おじさんの肩凄く痛そうだし……」

「分かってくれたなら良いんだ。……そうさなぁ、んじゃ俺はそろそろ帰るよ」

「あー! 嘘ついた! 女の人とどうなったか聞きたかったのにー!」

「だって、家でその()()()が飯作って待ってくれてるからな。早く帰らないと」

 男性がそう言うと、少年は目を輝かせた。

 

 

「それは! 早く帰らないとね!」

 満面の笑みで手を振る少年。

 

 

「おう。そうだ、少年」

 温泉から出て、もう一度姿勢を低くする。

 

 

「ランポスが怖いってのもそうだけど、もう一つ言いたい事があったんだ」

「え? 何々?」

「こうして生きてるとな、色んな所で人に出会う。それまで関係なかった人の価値観……って言ったら難しいか。色んな人の、色んな考え方を聞いたり見たりする事もある。あの日、ランポスは怖いモンスターだって彼女に俺が教えてもらったようにな」

「うん。うんうん、そうだね」

「君は、今日こうして俺と出会って、俺の話を聞いた。そういう()()の積み重ねが、君を大きく、強くしていく」

 そう言って、男性は立ち上がった。

 

 

「色んな経験をするんだぞ、少年。色んな考え方や価値観を、その身に刻んで……君のソレを吐き出す時に役立てるんだ」

 手を振り、去っていく。少年も、目一杯に男性に手を振った。

 

 

 

 少年がその言葉の意味をちゃんと理解するのは、少し未来の話。

 

 

 ただ今は、この温泉で色々な話を聞こう。そうして、いつか自分も──こうやって誰かに何かを話せるようになりたい。そう思った。




モンハン文化祭2022
11月26日24時の部。皇我リキがお送りしました……!!

サンブレイク、ランポスはいるけどドスランポスが居ないのが寂しくてこの作品を書きました。また戦いたいですね……ドスランポス!!

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