転生しても戦争だった ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~ 作:ガンスリンガー中年
ほら、何となくミリシャっていつの間にかフワッとできた印象あるしw
不敵に微笑む銀髪の女性? 少女?……その名は”クリスティアーナ・フォン・ホーエンツォレルン(あるいは、クリスティアーナ・フォン・プロイセン)”。
何となく察してもらえたかもしれないが……先のプロイセン皇帝、”ヴィルフリートⅡ世”の正真正銘の孫娘の一人だ。
つまり、ホーエンツォレルン家の末裔、旧プロイセン皇帝家の混じりっ気なしの直系、”
さて、彼女がどうしてこんなところにいるかと言えば、まあこれには”サンクトペテルブルグ
基本的には徴兵ではなく志願兵ばかりで、扱い的には本来は「ドイツ国防軍正規兵」ではなく、あくまで「ドイツ政府公認の大公領付公的軍事組織(※民間軍事企業でないことに注意)」、つまり「州兵に近い準国軍ないし国防軍の外郭団体」であると同時に”大公の私兵”という側面もある。
ぶっちゃけ、戦時だからこそ許される法的曖昧さを上手く利用して成立していた。
何しろ”
つまり、ドイツ国防軍と全く異なる採用基準を提示できるのだ。
まさに「サンクトペテルブルグという特別自治領という看板を掲げた”準国家”の国軍」という処遇で、そうなると市民軍というより大公軍、「大公の私兵扱い」という意味が変わってくる。
まあ、政治的意味より先に現実的な部分に話を戻すと、これほどの権限をフォン・クルス大公に与えているのは、根本的にはドイツの都合だ。
もっと言えば、「捕虜になった物のドイツに寝返った大量のソ連人(※必ずしもロシア人ではない)」の処遇だ。
何度も出てきたが、そもそも転生者であるこの世界線のヒトラーは無駄を嫌う。むしろどちらかと言えば、徹底的な合理主義者だ。
そうであるが故に「ソ連人の捕虜に価値を見出していない」。
捕虜として国際赤十字を通じて返還しようとしても「裏切り(寝返り)者として粛清」されることが珍しくない。
最近は、流石に兵員不足が著しいのか強制再徴用で懲罰部隊じみた再配置になるらしいが……
基本的に、ドイツ軍がソ連の都市攻略・占領しても住民に家財持ち出しの時間的猶予を与えて退去を促し、兵士も高級将校以下は基本的に武器と装備とを取り上げて捕虜とせずに放逐するという行為を比較的多く行っていたのは、「わざわざ手間暇かけるより、さっさと放り出した方が結果としてマシ」というヒトラーの合理主義の反映でもあった。
『ソ連人の為に国費を使って収容所を作り、戦時下において食糧を用意しろと? ”処分”にしても弾丸とてタダじゃない。そもそも弾丸は戦場で使うために血税で作られたものであり、無抵抗な敵国人に使うのは浪費でしかない』
とまあこんな感じだ。
アウグスト・ヒトラー氏は、ある部分においてはとても一般人的な感覚の持ち主である事がわかるエピソードだ。
何しろ「ちゃんとソ連人をジュネーブ条約やハーグ条約に基づく捕虜として扱う」事を前提として考えているのだから。
だからこそ、国内に抱え込みたくないのが透けて見える。
捕虜としなく放逐した兵が、昨今は粛清を免れ再徴兵され再び兵士として前線投入されることは無論把握していたが、それでも「ソ連の国力を削る」事にはなるので、「ドイツが自ら手を汚して国際的非難を招くよりはマシ」という判断だった。
その手の評価の面倒さや厄介さを知ってるが故の判断と言えるだろう。
ちなみに捕虜として捉えたはいいが、特に”
無論、先の事情が分かった上でだ。
ドイツとしては、厄介払いできる上に「ドイツはハーグ条約やジュネーブ条約を遵守する善良で人道的な国家」の国際アピールできるので一石二鳥という訳だ。
日本人の杉浦千景特使が、”その事実”を公表したが、国際赤十字が公的に認めない以上は、「国交がない交戦中の国に対する戦争捕虜の返還」はこの方法が最も公的なそれであり、人道的方法であるのも事実だ。
「祖国へ無事に戻った捕虜が、戻った後も無事でいられるか」はドイツが関知する事でもなければ、赤十字が関与できるものでもない。
少なくとも世の中はそういう風にできていた。
蛇足ではあるが、各戦線で強制武装解除で入手したソ連軍装備は、非常に皮肉ではあるがソ連に長年蹂躙されていた故にソ連式装備に扱い慣れた最前線のウクライナ国軍や再独立・再建途中のポーランド(ドイツに編入されなかったカーゾン線より東のポーランド)を中心に配布されている。
合理的かつエコでリサイクルな武器活用である。
最近のバルト三国は地理的に近いドイツやサンクトペテルブルグ製の兵器に装備変更しての再訓練が進んでおり、フィンランド軍はフィンランド軍でコラ半島やカレリア地峡、ラドガ湖やオネガ湖を含むカレリアが安定したために自国の兵器製造が堅調で、また戦車などの重装備の一部に関してはサンクトペテルブルグ製を珍重する趣があるので、ソ連製兵器の需要はそこまでないというのもある。
ただ、降伏した赤軍兵士たちも、「捕虜になって帰ればどうなるか?」はある程度は知っているらしく、「積極的にドイツへの残留」を希望する者も少なくはなかったのだ。
例えば、「クルスクの一件」がその好例だろう。
いやホント、ドイツに反抗的な捕虜ならば喜んで最前線まで輸送してモスクワ方向へ国外退去処分(?)するところだが、捕虜→亡命ルートでドイツに友好的でドイツに気化する気満々、しかも労働力としてもアテにできるとなれば、そう粗雑に扱う訳にもいかない。
かと言って、ドイツ国内にあるロシアン・コミュニティの
それも仕方がない部分はある。
1922年12月30日のソビエト社会主義共和国連邦の成立をもってロシア革命の終結とするなら、まだ20年程度でしかない。
実体験としてボリシェヴィキの残虐を目の当たりにしていた世代が現役でピンピンしてるのだ、彼ら彼女らにとってはまだ生々しい記憶だろう。
そもそも、白ロシア系の望みは究極的には『モスクワ奪還と帝政ロシアの復活』であり、これじゃあ相容れる訳がないだろう。
例外的に、”帝政と共産主義の融和”なんて脳ミソお花畑の輩が要るが、アレはアレでアレ過ぎて受け皿としては使い物にならない。
この世界線/この時代のドイツは、共産主義運動・活動は普通に非合法だ。
であるならば、ドイツに亡命したソ連人は自動的に共産主義を捨てる事になるのだが……それで納得しろというのも、心情的に無理な話だろう。
そう言う訳で、そういう『共産主義を捨てたソ連人』の受け皿として非常に重宝されたのが、サンクトペテルブルグ。つまり今の大公領だ。
そう、サンクトペテルブルク市と大公領地に定められた周辺の土地に住まう人口が今にも400万人に迫ろうとしているのは、偶然でも奇跡でもない。
元共産主義ソ連人の受け入れだけでなく、共産主義という”支え”を失ったことによる亡命者の心の穴埋めをするように正教の復活、サンクトペテルブルグ正教を興したのも大きいだろう。
しかもその象徴としてサンクトペテルブルグ四大聖堂を再建し、その主導をとった大公本人(当時は総督だったが)が四大聖堂主教により、正教では本来なかった枢機卿に推挙されるという演出過剰なおまけ付きで。
元々は亡命者の為というより、自分が総督として統治することとなったサンクトペテルブルグに残った”ソ連人だったロシア人”の民心を慰撫する為に施行した「公共事業」のような物という認識だったようだが……世の中は結果が全てという側面もある。
それに関連して、ソチのケースでは、「信仰の自由が認められたサンクトペテルブルグ」の評判が広がり、31万人もの正教徒の一斉亡命があったほどだ。
そして、このサンクトペテルブルグの躍進は、別の側面でも大いにドイツに貢献していた。
そう、民間人の亡命者も問題とされたが、殊更問題視されたのは「元赤軍将兵の本人希望によるドイツ国防軍への入隊志願」だ。
本当に本人希望かどうかはさておくとしても、「退役希望では無い元赤軍職業軍人の再就職先」としては、確かにドイツ国防軍は鉄板で最良かもしれない。
だが、底に立ちはだかるのは司法の壁で、ドイツ国防法では「入隊資格があるのは、ドイツ国籍保有者並びに例外的に認められる対象者」で、この場合の対象者は「反共と認定できる活動をしていたドイツ勢力圏に住まう人々」の事であった。
例えば、今や旅団長のカミンスキーは元々は故郷のブリャンスクで
だが、元赤軍の亡命者はどう考えても上記の対象には入らない。
なんせついこの間まで戦っていた「共産主義者の軍人」だ。
史実のように少数ならまだ誤魔化しも効くが、数十万規模に膨れ上がる可能性を考えると国民からの反発は必須だろう。
ドイツ国籍を持つ白系ロシア人は勿論だが、”背後の一突き(Dolchstoẞ von hinten)”が未だに根深く信じられてる退役軍人会や、ソ連との一連の戦争で家族を無くした軍人遺族会とは流石のヒトラーももめたくはなかった。
何しろ、自分の重要な支持基盤だ。
☆☆☆
だが、「元赤軍の兵力」を有効利用できれば巨大な自国戦力となることを理解していたヒトラーやハイドリヒが白羽の矢を立てたのが、”困ったときの来栖大明神”こと現サンクトペテルブルグ大公フォン・クルスであった。
だからこそ、彼に「私兵組織としての建軍」に必要なあらゆる権限を総督時代からかこつけて付与した。
本物の義勇兵団であるリガ市で結成された”
ドイツ国内に留まれば、なにしろ何かと火種になりやすい元赤軍亡命ロシア人がドイツ国防軍から分離できる上に最友好国の戦力となるのだ!
そして、人材を供出したドイツが言うのもなんだが……驚くべき早さで、クルスは受け皿を作り上げた。
これが、”サンクトペテルブルグ
これはたまたまサンクトペテルブルグの主に兵器産業を中核に据えた産業復興時期と重なったという幸運もあるが、特に大公殿下が元々”その資質”を持っていたというのも大きい。
ただ、それでもきちんと軍隊として体裁を成すなら、人材が思い切り偏っていた。
平たく言えば、陸は充足できても海と空の人材があまりに不足していたのだ。
いや、”タリン沖海戦(ワルプルギスの夜作戦)”でソ連バルト海艦隊を根こそぎ殲滅し、しかもその一端はサンクトペテルブルグ入城前(来栖任三郎時代の)クルスも関わっていたので、ある意味、自業自得ではあるのだが……
まあ、ソ連が海から攻めてくる可能性は低いし、アメリカが来るにしても、その時はドイツ海軍が壊滅していることを意味するから、とりあえず海軍の再建は早々に後回しにする事にした。
実際、フリゲートとコルベット、ミサイル艇を中心としたバルト海の小規模沿岸海軍としてバルチック艦隊が復権するのは、大公国成立後の話だ。
だが、空はそうも言ってられなかった。
そもそもフォン・クルス大公のドクトリン的には”
実は、大戦末期に間に合うように”遠心圧縮式エンジンのジェット戦闘機を作ろう”なんてトンデモネー事考えたのも、それが根本原因だったりするのだ。
モデルとしたのは、史実の”黎明期のソ連国土防空軍(Войска́ противовозду́шной оборо́ны страны́、Войска́ ПВО страны́)”。
戦闘機だけでなく、その地上管制や誘導、レーダー連動の高射砲のなどの対空火器の運用まで視野に入れたインターセプトの専門家空軍だ。
しかし、高射砲部隊と一番必要な戦闘機その物はまだ早期に目途が付いた。
整備員などの地上要員も、サンクトペテルブルグで航空機製造をやってる各企業に頼み、現場に送り込むことで技術教練を受けさせることで養成できることもできる目途が立った。
だが、問題なのはパイロット自体だったのだ。
☆☆☆
きっと皆さんも不思議に思ったのではないだろうか?
輸出仕様VG39×200機を動かすパイロットがどこから湧いて来たのかと。
いや実際、戦時下真っただ中の
ロスマンなどの優秀な教導隊は回してくれたが、それが限界だったのだ。
であれば、何とかサンクトペテルブルグが自前で用意するしかない。
生憎と他に手は無かった……なので、少々非常識と思われる手段をクルスはとったのだ。
もっとも今更、クルスに常識を求める人間も少なくとも欧州では根絶してるだろうが。
意外と背景は微妙にハードな感じがする”ミリシャ”でした。
まあ、クリスティアーナの受け皿になるくらいだしねw
そして、つくづくクルスの前世は「裏切られて非業の死を遂げたレッド・ナポレオン」なんだなぁ~と。
レッドパージならぬレッドデモリッションの為なら割と手段を選ばないあたりw
とは言え、そのせいで妙な娘が釣れたりしたんですが。
果たして彼女の存在は吉と出るか凶と出るか……それは神のみぞ知るってことでw
それにしても……ドイツ、というか総統閣下と長官、クルスを便利に(あるいは有益に)使いすぎじゃね?w
おそらくドイツ、”予備戦力(一応、サンクトペテルブルグ大公領はドイツの特別自治区デスヨ?)”まで入れたら戦力評価は……
さて、次回こそはクリスティアーナの人となりでも……
次回もどうかよろしくお願いいたします。