転生しても戦争だった ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~ 作:ガンスリンガー中年
災厄というのは大抵がいつ訪れるかわからないものだが、人災となれば話は別だった。
ノブゴロド攻防戦は、やはりどう考えても人災の側面こそ強いように思えてならない。
ソ連の公式発表では、”スチームローラー作戦”失敗とは言わないが、「戦死者・行方不明者数30万人台」とボソッと呟くような発表があった。
うん? おかしいな? だって死者数は……と思ったあなたは鋭い。
そう、この戦死者・行方不明者数はあくまで「作戦に参加したソ連正規軍(赤農軍)の戦死者・行方不明者」だ。
まあ、厳密に言えば戦死者・行方不明者数は”40万人弱”と表記すべきだと思うが、それでも40万人にはギリ届かず30万人台なのは確かなので珍しく噓は言っていない。噓は。
しかし、当然のように各国から公式・非公式を問わず外交チャンネルを通じて問い合わせが殺到した。
曰く、
”大々的に集めて参戦させた『赤衛国際革命旅団』とやらはどうした?”
と。だが、ソ連の公式見解は……
『何故、我らがソ連以外の国籍の者、外国人死者の統計をわざわざ集計して発表しなければならんのだ?』
にべもない物だった。流石は粛清の犠牲者を統計学で語る国、面構えが違う。
そして、各国は察した。
『ああっ、数字ヤバすぎて発表できないんだなコリャ』
☆☆☆
だが、被害集計は思わぬ所から明らかになる。
ドイツ総統アウグスト・ヒトラーからドイツ国連大使を通じて、急遽公表せねばならない事ができたので国際連盟臨時総会の開催要請が齎されたのだ。
内容は「ノブゴロド防衛戦の顛末」、特別臨時国連特命大使はなんと……
”サンクトペテルブルグ大公ニンゼブラウ・フォン・クルス”
今や時の人、国際的に話題の中心をかっさらっているご本尊の登場に、各国は色めきだった。
無論、ノブゴロド防衛戦の概要は、諜報活動や情報収集をサボっていない国は概要くらいは最低でも把握していた。
だが、ある意味当事者本人から直接聞けるとなれば、話は変わってくる。
というか、単純にコネを繋いでおきたい面々多すぎ問題。
戦々恐々としたのは、国際連盟本部があるスイスのお偉いさんだ。
欧州における物騒な話題の大半に登場する渦中の人物、いやむしろ”
万が一にもクルスがテロ被害などにあったら、ジュネーブどころかスイスごと歴史用語にされかねない。
ならば恥も外聞もなく、戒厳令を敷くと同時に対テロ・対ゲリコマに最も実績があるドイツとイギリスに警備協力の依頼を出したのだ。
もう依頼相手からしてなりふり構っていない。
二国の国連大使はお互いに顔を見合わせながら苦笑しつつ了承。
ドイツにせよイギリスにせよ、「今、クルスに死なれると色々台無しになる」という利害は一致していた。
そして始まる、スイス全土の”大掃除”。
『怪しきは(人知れず)処せよ』の精神で、世間の裏側では随分と血が流れたらしいが……これの詳細が明らかになる事はおそらくは無いだろう。
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「先ずは大公位を賜ったとはいえ、ドイツの一介の自治領主に過ぎない私のような者を迎えていただいたことに感謝を」
タキシードに身を包み、いつもよりフォーマルな装いでジュネーブの国連本会議場に登場したクルスは、そう切り出した。
ちなみに謙遜を美徳とする日本人的な発想ではなく、素での上記の発言だったが、一部の会議参加者たちは「この男、一体何を言いだすつもりなんだ!?」と身構えたという。
いや、それ以前に格好が駄目だ。
どんな「恐ろし気な血塗れ大公」が出てくるかと一部は畏怖ないし期待していたのに、出てきたのは公式な場なので気を使ったのか小粋なタキシードを着こなし、見ようによっては今は滅んでしまった”東欧の貴公子”を思わせる優男だ。
東洋人、特に日本人は年齢より若く見られがちな事が更にその印象に拍車をかけている。
誰のコーディネートなのか知らないが、纏う空気まで知的で柔らかい印象に変わっていた。
もし、この会議場が妙齢のご婦人たちの社交場なら、きっと溜息を漏らした面々もいるかもしれない。
さてその装いはともかく、その後のクルスの口から語られたのは驚くべき事実だった。
まず、ノブゴロドに攻め寄せたのは推定300万人の大軍勢だったこと。
そして、参加軍勢の内訳は、”赤衛国際革命旅団”を僭称するソ連が公募した赤色外人部隊が230万、ソ連正規軍が70万人だったということ。
「それをサンクトペテルブルグ
実はソ連が考えているほど、ノブゴロド防衛兵力との人数差は無かったのが実情だった。
ミリシャも増援があり最終的には18万人ほどになっていたし、”
最終的にはノブゴロドの防衛側の総兵力は60万規模となり、ソ連側の1/5程度にはなっていたのだ。
これに兵器の差や練度、防御の絶対優位などの戦力倍加要素を考慮すれば、むしろこの結果は必然と言って良いのかもしれない。
だが、問題の本質はそこでは無かった。
「ソ連の公式発表通り、赤軍の被害は30万以上……おそらくは35万人から多くても40万人というところでしょう。だが、彼らは肝心の赤衛国際革命旅団の損害を計上していない」
そしてクルスは苦虫を嚙み潰したような顔で、
「我々が把握できている戦死者・死体の確認できない行方不明者は、ソ連側全体でざっと200万人。そして、ソ連側に撤退できた赤衛国際革命旅団は、20万人以上とは推察されるがどんなに多く見積もっても50万人には届かなない……」
なんとなく、会議の参加者はクルスが言わんとすることが理解できてしまった。
ちなみに死体処理は、本当に大変だった……いや、現在進行形で大変だ。
特に川で感電死した水死体が下流に流れて、ヴォルホフ川を伝ってラドガ湖直前にある水力発電所のダムを目詰まりでもさせたら目も当てられない。
そこでクルス、というかリガ・ミリティアの紳士淑女はヴォルホフ川の流れが緩く川幅の狭いところに鉄柵を張って水死体を濾すように回収。
網とウインチで掬い上げて、重機で掘った穴に放り込んで衛生面を考慮し安い燃料油をかけて纏めて荼毘にした。
いくら北国と言っても今は夏、腐敗して病原菌の温床にでもなったら泣くに泣けない。
雑な扱いに思えるが赤軍の正規兵ならともかく、赤衛国際革命旅団の面々は身元が分かるような認識票など上等な物を持ってる筈もなく、纏めて無縁仏にするぐらいしか手はないのだ。
無論、遺品回収をする手間なんて誰も考えてはいないし、できる状況でもない。
また、主戦場となったノブゴロド東部では細切れやら挽肉やら断片やらになった元は人間も一応原型を維持してる遺体も重機で纏めて同じく加熱処理での処分となった。
リガ・ミリティアとミリシャの防疫部隊には本当に頭が下がる思いであり、同時にボーナスを弾まんととクルスは心に決めた。
だが……実はクルスが思うほど肉体的疲労はともかく精神的摩耗はしていない。
拝火教的解釈というか……雷と火は密接な関係があるものだ。
詳しくは書かないが、とりあえず「信仰は強い」。
リガ・ミリティアやミリシャの防疫部隊にとり、「背教者の骸」など”そうなって当然の廃棄物”と同じであり、そこに特に思うところはなかった。
基本、ノブゴロドから一定以上の距離にある死体は放置だが、兵器類や車両類は回収できる物は回収させた。
ソ連に再利用されるのも面白くはないからだ。
前述のD-1/152㎜榴弾砲など赤軍最新装備が相応の数を回収できた事が僥倖と言えばそうだが、労力に見合っていたかと問われるとクルスも渋い顔をするだろう。
戦車の中には、かなり初期型の……もしかしたらテストモデルか先行量産型かもしれない本家T-34/85も混じっていたようだが、だからどうしたという程の話でもない。
まあ、ドイツ軍とフィンランド軍は「良いサンプルが手に入った」と43年式のT-34/76共々喜んで回収していったようだが。
「これに赤軍の残存を加えても、生存している可能性がある100万人には届かない……つまり、最低でも10万人、最悪ならば45万人の”統制を失った武装した、言葉の通じない外国人民兵”が、ノブゴロドやその周辺に潜伏している可能性があります」
それは決して無視してよい話では無かった。
無論、多数の負傷者も混じっているし、満足な治療も受けられない馴染みのない土地での生存率は高いものじゃないはずだ。
だが、10万の武装した”ならず者”となれば、都市一つなら襲撃されれば根絶やしにされかねないし、小国ならば国が傾くほどの治安悪化につながりかねない。
「また、捕虜、いや確保した人員を診察した医師の診断書のコピーを配布しますが……赤衛国際革命旅団にはメタンフェタミンやアンフェタミンの重度の薬物依存の形跡がある」
驚くべきは赤衛国際革命旅団にも少数だが「生きたまま身柄を確保できた者」が居るということだ。
まあ、大部分は正気を失っていたが……それでも治療を施せば、尋問に耐えられる者は存在していた。
「薬物使用自体は何処の国でも多かれ少なかれやってることなので非難するつもりはないが……問題は、そのような者が武装したまま国内をうろついているという現状です。それも下手をすれば10万単位で」
これはある意味、大軍の侵攻を受けたよりも厄介で面倒な案件だった。
「確かにノブゴロド防衛戦までは戦争だったでしょう。だが、もはやそれは終了した。ソ連も赤衛国際革命旅団の損害を、いや存在自体を”無かった”ことにしている。公式発表で赤衛国際革命旅団の損害に一切触れないのはそう言う事だと解釈して問題ないでしょう」
クルスは視線を冷ややかな物にして、
「故にサンクトペテルブルグ大公領を預かる領主として宣言する。残存し、武装状態を維持したまま領内を徘徊していると思われる赤衛国際革命旅団の残存人員は、もはや統制を失いソ連が監督責任を投げた以上義勇兵などではなく、共産パルチザンないし便衣兵として”
早い話が国内に潜伏している共産ゲリコマと同じ扱い、テロリストとして見つけ次第即射殺という扱いにすると宣言したのだ。
「質問あるいは異議がある方はご起立を」
当然のように起立する者はいなかった。
当然である。
この場に米ソの席はなく、「同じ事をソ連にやられて国内に武装した麻薬中毒の外国人を散布される」事を容認できる国はいなかった。
こうしてサンクトペテルブルグ大公ニンゼブラウ・フォン・クルスの国連デビューは、厳粛な空気のまま終了したのだった。
さて蛇足を一つ。
確かに赤軍は半分かそれを少し下回るほど生き残ったし、赤衛国際革命旅団もクルスの発言程度は生きて帰ったのだろう。
だが、実は「生き残ってる可能性がある者」と発言しているが、”負傷者”に関しては言及していない。
平時では病院に担ぎ込めば簡単な処置で助かる命が容易く見捨てられるのが戦場の慣わしだ。
果たして、どの程度の数が「負傷者のままでいられたのかは謎」ということにしておこう。
また、この時点では”クルスの電撃川”が露呈することも無かったのだ。
何故なら、生き残った赤軍の大半は後方に居たからこそ脱出できたのであり、故に前線の状況は把握できておらず、また前線で奇跡的に生き残った赤衛国際革命旅団の紳士淑女は、誰も状況を把握できていなかった。
練兵も含め、教育というのが如何に大事かがわかるエピソードであった。
という訳で、よりによって国連デビューを果たしたクルスでしたw
さて、2話ほど前でで、クルスが国連に何度か来たことがるみたいな微妙なニュアンスを含ませましたが、栄えあるデビューが実はこの場だったんです。
まあ、まさか本人も何年も経ってから自分が始めて国連で発言した時の関連案件で呼び出されるとは思ってなかったでしょうがw
とりあえず”フォーマル&ドレッシー優男”モードのクルスは色々とアカンと思う今日この頃。
いや、ホントに誰の仕込みなんだかw
んで珍しくソ連は「噓は言っていなかった」んですが……
凄いよ! この状況で約100万も生き残ったんだっ!?
しかも赤軍の生存率は半分近くあったなんてっ!!
いや、まあ負傷者は数字に入って無いんですけどねw
そしてクルス、「やむなく共産ゲリコマや便衣兵として治安活動の一環で対処」と名言、いや明言。
そりゃあ武装している可能性が高い集団、それも言葉が通じないとくれば、本当に已む得ないなぁ~。
そもそもユーラシア大陸の西の果てで、同じ大陸ではありますが東の果ての言葉なんか喋れるのはそう多くはないでしょうし。
しかもどこぞの国家はまだ統一せず(できず)に共産党と国民党が小競り合い続けながら小康状態ですので、さぞ言語も混じり合ってるだろうな~と。
さて次回は、ノコノコとジュネーブなんかにやって来たものだから……
次回もどうかよろしくお願いいたします。