転生しても戦争だった  ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~   作:ガンスリンガー中年

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という訳で、火力祭りの地上戦ステージ開幕です。
そして、ノブゴロド防衛隊にも赤衛国際革命旅団にも、それぞれ新装備がお目見えするみたいですよ?





第345話 先ずは祝砲にて到来を歓迎するのが礼儀というものでは無いかね?

 

 

 

 さて、視点を再びノブゴロドに戻そう。

 

 Ju187、ないしJu87D/Eやその他の航空機による航空阻止攻撃や近接航空支援を除き、ノブゴロドから”赤衛国際革命旅団”に対する最初の攻撃となったのは、30㎞近い最大射程を誇る”Br17/210mm重カノン要塞砲”だった。

 

 当然、発砲される砲弾は、対人/対軽装甲用の”拡散榴散弾”だ。

 ただし厳密には”拡散榴散弾”も二種類あり、時限信管で空中爆発し上空から地表に円錐状に散弾を放射するタイプ。

 もう一つは地表に弾着すると同時に水平方向放射状に散弾をまき散らすタイプだ。

 仮に不発であっても、『不発弾処理の手間を減らす』という名目で遅延式予備信管が入っているので、それなりの被害は期待できる。

 射程30㎞の砲は、どちらかというと航空機による空対地攻撃と相互補完するような形だ。

 前線航空統制官と砲撃統制官の連携の見せ所という訳だ。

 

 ご存知の通り、近接航空支援も含めて航空攻撃はあまりにも敵味方が近いと敢行できない類の攻撃だ。

 特に精密誘導兵器やヘリコプターが無いこの時代では、現代よりも誤射・誤爆の危険が高い。

 

 そして、その長距離砲撃をしのぎ切ったとしても相対距離が20㎞を割る頃には、更に苛烈な重砲隊の歓迎が始まる。

 やはりいの一番は、二昔ほど前の戦艦の主砲に匹敵する大口径要塞砲、Br18/305㎜重榴弾要塞砲(最大射程:16,580m)の砲撃だろう。

 これにサンクトペテルブルグの主力牽引式重砲ともいえる”ML-20/152mm重榴弾砲(最大射程:17,230m)”、”M-60/107mm野砲(最大射程:18,300m)”が組み合わされる。

 そして、

 

「まさか、”コレ”の再生産が始まっていたとはな……」

 

 ステレオタイプのロシアン軍人のご多分に漏れず、防衛司令官のヴァトゥーチンも大砲が大好きだった。

 そして、彼を小さく喜ばせていたのは、

 

”B-4bis/203mm機動榴弾砲”……何とか間に合いましたね」

 

 そう。この世界での呼び方は”B-4bis”だが史実では”B-4M/203mm榴弾砲”、1950年代のソ連で開発された無限軌道式だった”B-4/203mm榴弾砲”の車輪架を片側2組、計4輪の大口径車輪を備える方式に変更した軽量化改良型だった

 

 さて、以前クルスが『成り行きで、”サンクトペテルブルグ版M110A2/203㎜自走砲”みたいなのを作る羽目になった』なんて言っていたのを覚えているだろうか?

 実はこの”B-4bis/203mm機動榴弾砲”、その開発過程……車載用にB-4/203㎜榴弾砲を軽量化する過程で生まれた、言わば『スピンオフ火砲』なのだ。

 だが、いくらクルスでも「203㎜なんて巨大砲を乗っけられる車体」を簡単に製作できる訳もなく、

 

『とりあえず、形にできる物から作っていくか』

 

 という方針になり、そのような経緯で生まれたのが”B-4bis”だった。

 とりあえず、欲張らずに手堅く手っ取り早くまとめられる技術だけで作ったので、まだ試作砲とは言わないまでも、先行量産砲レベルではあるがこうしてノブゴロド防衛戦に50門ほど投入できたのは僥倖と言えた。

 まあ、これは再稼働優先度が低かっただけでB-4榴弾砲の製造設備自体はサンクトペテルブルグに残っていたことも大きいだろう。

 

 ついで自走砲の話題をもう一つ。

 ソ連が意気揚々と持ち込み、ノブゴロドに向けて火を噴く前に大半が空爆で壊されてしまった”D-1/152mm榴弾砲”だが、使われた武器が”レイジードッグ”などの非爆発系の空対地兵器が多かったせいか、後々”バルト三国義勇兵団(リガ・ミリティア)”により回収された砲は牽引不可・使用不可という物は多かったが、完全破壊された物は逆に少なく、5~10門分くらいをつぎはぎすれば、1門くらいはレストアできることが判明した。

 前述の”ML-20/152mm重榴弾砲”に比べると射程は5㎞ほど短いが重量は逆に半分以下であり……

 

『これ、(開発中の)152㎜自走砲に丁度良くないか?』

 

 と鶴の一声。

 基本的な設計は、『M-30/122㎜榴弾砲の砲架にM-10/152㎜榴弾砲の砲身を装着させた』ニコイチ的な構造で、ML-30はノブゴロドにも配備されているサンクトペテルブルグの主力榴弾砲の一つであり、M-10/152mm榴弾砲は(コストの問題もあり)製造してないだけで製造設備自体はサンクトペテルブルグでもあったので、比較的早期に製造可能という評価が出たのだ。

 つまり、ノブゴロドに20㎞以内まで近寄った赤衛国際革命旅団は、

 

 ・Br18/305㎜重榴弾要塞砲

 ・B-4bis/203mm機動榴弾砲 → New!

 ・ML-20/152mm重榴弾砲

 ・M-60/107mm野砲

 

 の4種重砲からのつるべ撃ちを食らう羽目になっていた。

 無論、装填されるのは”拡散榴散弾”である。

 とにかくノブゴロド、いやヴァトゥーチン司令の方策は、装甲戦力は二の次で「徹底的に尖兵たる赤衛国際革命旅団兵員を削る」であった。

 ちなみにこのサンクトペテルブルグで開発・製造された”対人/対軽装甲用拡散榴散弾”は中々に興味深い。

 弾殻自体はMG151の薄殻榴弾の応用だが、現在世界主流の榴弾は破片型、つまり内部からの爆発で割れる(破片となり飛び散る)ように調整された重い弾殻に炸薬を詰め込んだものだ。

 本来、榴弾の中に詰め込める炸薬の純粋な爆風だけでの殺傷能力はかなり限定的で、実際には爆発と同時に飛び散る”重い弾殻破片”により対象を切り刻むというのが一般的だ。

 だが、薄殻弾殻だと重さが足りず本当なら殺傷力は低くなるはずだが……そこにクルスは史実大日本帝国海軍の”三式弾”の発想を盛り込んだ。

 要するに薄くて軽い容積の大きな弾殻に炸薬だけではなく、無数ベアリング球サイズの鉄球、鉛球、焼夷球を仕込んだのだ。

 しかも史実でも第二次世界大戦でハンガリーとドイツの科学者により発見された最新の”ミスナイ・シャルディン効果”を構造に織り込んで。

 つまりこれ、空中散布型はまんま指向性を持たせて、地表爆発型は着弾と同時に全方位に弾子をばら撒く”砲弾サイズのクレイモア地雷”のような物なのだ。

 

 その結果は……まあ、”あちこちに血が滴るほど新鮮な挽肉の山が出来た”とでも言っておこう。

 しかし、驚くべきはそれでも”赤衛国際革命旅団”の進軍は止まらなかったのだ。

 どうやら、”特性戦闘薬”の服用指示が出たようだ。

 

 また射程距離15㎞以上の重砲隊もそう雑兵たちにばかりにかまけていられなくなった。

 そう、それでも生き残ったソ連正規軍重砲隊が、果敢に砲撃を挑んできたのだ。

 ならば受けて立つのが道理というものであろう。

 赤衛国際革命旅団より赤軍重砲の方が遥かに破壊する価値があるとか言ってはいけない。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 やがて赤衛国際革命旅団の先端は射程距離約12㎞の”M-30/122mm榴弾砲”と”ZiS-3/76mm野砲のエリアだ。

 ZiS-3は対戦車砲としての方が有名だが、直射照準でな曲射砲撃をすれば、榴弾ならば射程距離約13.3㎞を誇る。

 そして瞬間最大火力が大きな多連装ロケット弾(カチューシャ)の……あれ? 何かおかしい。

 ノブゴロドのカチューシャ・ロケット、なんかレール式じゃなくてドイツ軍の”ネーベルヴェルファー”みたいに再装填しやすい筒状の集束多連装発射機になっている。微妙に射程も10㎞近辺まで伸びてるようだし。

 ロケット弾自体は BM-13(132㎜ロケット弾)の改良型っぽいのだが……だが、まるでそのランチャーのデザインは史実では戦後に登場した”BM-14”のように見えるのだが……まあ、使い勝手が良くなってそうで何よりだ。

 なお、サンクトペテルブルグでは単純に”新カチューシャ”などと呼ばれているらしい。

 もっとも、その程度の差異などノブゴロドの持つ包括火力の前では誤差の範囲だろうが。

 そして、ノブゴロドまで残り10㎞……それは赤衛国際革命旅団にとりあまりに長い道のりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 射程6㎞の120㎜重迫撃砲の攻撃範囲の内側に赤衛国際革命旅団が入り始める頃、それは彼ら彼女らが『二つの川を干上がらせて作った、長さ7㎞の多重化された防御線』に到達した事を意味していた。

 

 そう”チェコの針鼠”、有刺鉄線の鉄条網、対戦車/対人地雷の地雷原で構築された、あの防衛線だ。

 誤解の無いように言っておくが、赤衛国際革命旅団にもちゃんと戦車をはじめとしたデサント移動用も兼ねた装甲車両はしっかり配備されている。

 基本的には一昔前のBT快速戦車シリーズや装甲の薄さゆえに一線級として使うのは厳しいとされたレンドリースのM2軽戦車やM3中戦車だ。

 

 そして、それらの車両には須らく俄作りのドーザーブレードが装着されていた。

 つまり、これらの車両は対装甲戦を意図したものでは無く、人員移動と障害物の除去、それだけをアテにされた事を意味する。

 つまり、突破口を開き、進撃路を確保するための人員だ。

 だから見よ!

 戦車から降り立った赤衛国際革命旅団の紳士淑女の多くは、小銃ではなく手に手に巨大な金切りバサミ、鉄条網切除用のワイヤーカッターを主兵装としているのだ!

 まさに有刺鉄線特効の秘密兵器!

 

 そして、鉄条網やチェコの針鼠が設置された最外縁は、外側の川こと干拓されたマーリ・ヴォルホヴェッツ川の東岸。

 対してサンクトペテルブルグ市民軍(ミリシャ)ノブゴロド防衛隊が陣取るのは同じく干拓された内側の川、レヴォシュニャ川の西岸。

 そこに長さ7㎞/高さ数mの絶壁のような防塁線を築き、見晴らしの良くされた対岸に『撃ちおろして』いるという状況だ。

 

 陸戦に詳しい方ならすぐに想像がつくだろうが……視界の開けた場所で上からの射撃というのは、下からより圧倒的に有利だ。

 敵からはこっちから見えにくいのに、こちらからはやって来る敵が丸見え。

 上からの撃ちおろしなので射界を遮るものはなく、存分に火力を投射できる。

 しかも防塁線の壁面には、鼠返しのような鉄杭と有刺鉄線が張られ、無数の”ツヴァイヘンダー指向性対人地雷”がびっしりと最終防衛線のように仕掛けられているのだ。

 これでは容易に近づけるはずもない。

 

 まずは目立つ戦車から真っ先に、ダグインやハルダウンで旋回砲塔トーチカ化されたKSP-34/42戦車の85㎜戦車砲、ZiS-3/76.2mm野砲とZiS-5/85㎜対戦車砲の徹甲榴弾&直射砲撃の餌食にされていった。

 ドーザーブレードがついていようがついていまいが、この距離と敵の装甲の薄さなら関係なかった。

 

 しかし、それでも……凶悪な”突撃支援薬(・・・・・)”に浸された”赤い濁流”は止まらなかった……いや、止まれなかったのだった。

 止まるという選択肢が、最初から用意されていなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鉄条網と地雷原突破用にドーザーブレード付き戦車とワイヤーカッターは、時代を考えれば割と全うな装備だったりw

サンクトペテルブルグ市民軍(ミリシャ)に関しては、やっぱり『ちょっと未来のソ連軍』っぽさが常に付きまとうという。

「火力的な意味での数 vs 人員的な意味での数(薬物ブースト付与)」という風体の会戦ですが、”東部戦線らしい湿った血腥さ”が出てればな~と。
でも、砲弾型クレイモア地雷浴びながらひるまず進軍してくる兵の濁流ってのは、そうぞうしてみるとやっぱり中々クるものがありますね~。

次回、ヴァトさんはいよいよ切り札を使う事態になるかも?

それでは次回もどうかよろしくお願いいたします。

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