転生しても戦争だった ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~ 作:ガンスリンガー中年
参加するのは、サンクトペテルブルグに所縁のある”戦車に関しては割といつもの面々”です。
ただし、上級大将はともかく元帥にはそれぞれ悩みがあるようで……
さて、1944年4月末日、”KSP-44/44”、”Kampfpanzer Sankt Petersburg-44/44(サンクトペテルブルグ44年式44t戦車)”……戦後、主に英語圏の戦車マニアたちから”クルス・スペシャル・ダブル44”となんか44マグナム弾を使う拳銃みたいなニックネームがつけられる事になる戦車のお披露目、野外プレゼンとデモンストレーションがサンクトペテルブルグ郊外に設営された装甲車両試験場において盛大に行われた。
無論、走行デモンストレーションに砲撃デモンストレーションも開催され、特に砲撃では2軸安定化された簡易測距儀機能を内蔵する合致式照準器と1軸ガンスタビライザーをオートスレイブ撃発装置を介して同調させた射撃システムは、2000m以内限定だが弾道計算機やレーザー測距儀登場以前の戦車砲の命中精度としては、ほぼ上限と言っていい数字を叩き出した。
また走行面では、確かに前進2速/後進1速という変速数は少々物足りなくもあるが、作動自体はスムーズであり、野外演習場でのオフロードランもそつなくこなした。
また、前話で述べた通り、この時代のパンターやティーガーのような「アウトレンジから長距離砲撃」を狙うドイツ戦車は、ステレオ式測距儀とステディアメトリック式(ミル目盛り単眼式)照準器の組み合わせで命中精度を向上させる方式を積極的に採用しており、実際に3000m以遠での命中弾を出した事例も報告されるが、これは高い砲撃精度を出すには距離を測る測距儀と実際に狙う照準器の二つの光学機器の操作に慣れが必要であった。
しかし、光像合致式は照準器その物に測距儀機能を内蔵し「手動でカメラレンズのピントを合わせる要領で距離を割り出しそのまま照準できる(ピントを合わせるように二重の像が合致した際のレンズの角度や機構の移動量から三角測量の原理で距離を算出し、照準を修正する)」という仕組みで、確かに現段階での「命中が期待できる照準上限は2500m。実質的な有効射程は2000m以内」というところだが、「熟練度が低くても誰でも照準が合わせやすく命中が期待できる事が特徴」という部分が、新兵の訓練時間が圧迫されがちな大戦後半では高評価な部分だろう。
おまけに2軸安定化された照準器の軸線に1軸(上下方向)安定化された主砲の砲口軸線が一致したときに撃発されるオートスレイブ同調射撃(撃発)装置の搭載により、照準さえちゃんとできてれば新人でもある程度の命中精度は期待できる。
確かに構造上、2500m以遠の射撃精度には難があり、高い命中率を出せるのは2000m以内という特性だが、戦後の統計で「第二次世界大戦の欧州戦線での対戦車戦のほとんどが1700m以内で発生した(中央値は400〜800mとされる)」とあるので実用上は問題ないだろう。
また、砲撃試験において興味深いのは、ドイツ陸軍でもメジャーで88㎜高射砲”FlaK18/36/37”時代から非常用の対装甲砲弾として製造/配布されていや普通徹甲弾扱いのAPCBC(仮帽・被帽付徹甲弾)、特殊徹甲弾扱いのAPCR(硬芯徹甲弾=高速徹甲弾)に加えて、サンクトペテルブルグで新規製造が始まったばかりのAPCBC-HE(仮帽・被帽付徹甲榴弾)、HEAT(成形炸薬弾)が初公開と実射、効果披露が行われた。
基本、HEATは発生するメタルジェットが直径に比例するので、88㎜弾相応の”焼けた穿孔”を示したが、新開発のAPCBC-HEは従来型のAPCBCと同等かそれ以上の貫通力を見せつけ、先のノブゴロド防衛戦で回収されたごく初期型T-34/85の砲塔正面を2000mで射抜き炸裂。
搭載していた砲弾や燃料を誘爆させ、砲塔を派手に中空へと吹き飛ばし、車体を激しく爆発炎上させた。
それと走行デモンストレーションにおいても、前進2速/後進1速という少ない変速段数は「前に進む時は通常と高速、後はバックのみで新人でも分かりやすい。またクラッチ操作不要なのも良い」という側面もあり、逆に戦車操縦経験が少ない者を中心に好評だった。
最高速度は高速というほどではないが、高トルクのハイパワーターボディーゼルとの相性も良く、ストロークの大きいトーションバーサスペンション、肉抜きされた軽量大口径転輪、パンター戦車のそれを流用した幅広の660㎜履帯との整地と不整地での速度差も小さく、粘り強いエンジン特性から登坂力や超壕能力も十分以上であることが証明された。
総評するなら、「カタログスペックはそこまで飛び抜けたものでは無いが、全体の性能パラメータを高い水準で過不足なく備えた”バランス型戦車”」であり、肝心なのは「シャーマン戦車並みかそれ以上の機械的信頼性、故障率の低さ」であり「性能を容易に引き出せる操作性の良さ」である。”KSP-44/44”にはそれが強みだった。
あとこれは野戦兵器にとり「カタログに現れない重要要素」なのだが……KSP-44/44に限らずサンクトペテルブルグで設計・製造される空陸問わず兵器全般に言える事でもあるのだが、メンテナンスフリー部品が可能な限り使われ、故障率を下げることもさることながら整備性を重視している。
例えば、ハッチ個所や数も考えられているだけでなく航空機や戦車のメンテハッチを開けるとそれが足場になるような小技もよく見られる。
性能の割にはシンプルな構造と製造のしやすさがユニットコストを引き下げ、新人にも優しい扱いやすさが個だけでなく全の戦闘力を底上げし、故障の少なさと整備のしやすさが戦力維持のしやすさに繋がる……絶対性能よりも、「誰でもいつでも必要な時に力を引き出しやすい」ことが”KSP-44/44”の”本当の強さ”なのかもしれない。
☆☆☆
それにしても、今回”も”催しに集まった面子が中々に”凄い”。
まず、当然のように居るハイドリヒは良いとして……ドイツ北方軍集団麾下ロンメル独立増強装甲擲弾兵軍団長”エドヴィン・ロンメル”上級大将、ドイツ陸軍機甲総監”ハーラルト・グデーリアン”元帥、そして、『魁! スオミ塾!!』塾長……じゃなかった。フィンランド国防軍最高司令官”カールハインツ・エミール・マンネルハイム”元帥……
(なんで、ドイツとフィンランドの元帥×2と上級大将が揃ってるんですかねぇ~)
ああ、なんか久しぶりだな?
サンクトペテルブルグで大公なんぞをやってるニンゼブラウ・フォン・クルスだ。
そういえば、前、ああKSP-34/42の時な?も同じような面子が集まってたっけか……
(コイツら、軍の重鎮中の重鎮なのに存外に暇なのか?)
いくらなんでもフットワーク軽すぎだろ?
いや、そういやロンメル軍団の主要兵站補給地がサンクトペテルブルグになってるせいで、割と足を運んでるってシュタウフェンベルク君から聞いたことあるな。
マンネルハイムの爺様も現在司令部構えてるのカレリア、ラドガ湖南端のシャシストロイだし。
いやさ、本人が『下手にヘルシンキに帰ると政治的面倒事に巻き込まれそう』って理由で、前線に近いカレリアから動きたがらないらしいんだ。
”戦後”っていう時代の道筋がある程度見えてきたから、スオミでもどうやら戦争の推移よりも政争の準備に興味が出てきた輩が居るらしい。
(いや、あれは政争とは呼ばんか……)
どうやら、「マンネルハイム爺様に王冠をかぶせたい」輩が暗躍してるっぽいんだ。
いやさ、第一次世界大戦の末期、フィンランドはごく短い間、”フィンランド王国”になった時期があるんよ。
厳密には1917年のロシア革命(2月革命の方な?)の直後に、ロシアから独立はしたんだけど……、1917年12月6日にロシア帝ニコライがフィンランド大公位の廃位とフィンランドの独立を宣言。
しかし、その後にフィンランドの右派(白軍)と左派(赤軍)に分かれて内戦がおっぱじまった。
この時、白軍を率いていたのがマンネルハイムだ。
んで内戦が白軍の勝利で終結。正式に1918年10月9日、ドイツ帝のヴィルヘルム……要するにクリスティアーナの祖父だな。その義弟の当時のヘッセン=カッセル方伯がフィンランド国王に即位した。マンネルハイムはその王国の摂政になったのさ。
だが結局、王政は無理筋って話になって、同年12月14日にヘッセン=カッセル方伯は即位を辞退した。
最終的には、1919年にフィンランドは王政じゃなくて共和制になるんだが……
(今更になって、フィンランドの肩身がちょい政治的に狭くなってんだよなぁ~)
いやさ、前世と違ってドイツがノルウェー王国を攻めてないし、デンマーク王国は制圧してもすぐに国家主権回復させるしで、むしろヒトラーはノルウェー王国、スウェーデン王国、デンマーク王国のバルト海沿岸君主連合を厚遇してる。
貿易は戦前よりむしろ活性化してるし、国家間の関係もむしろ前より友好的だ。
”バルト海条約機構(Baltische Vertrags Organisation:BVO)”なんて物も生まれてるしな。
いや、まあ俺も現在のバルト海情勢に関わっていないと言えば大噓だし、というかむしろ俺とサンクトペテルブルグが中核に近い位置(無論、中心にして発起人はドイツだ)にいるのは事実だが……
とにかく「一度せっかく内戦までして王国になったのに、無理ゲーと王位を放り出し共和制化したフィンランド」というのは、バルト海の君主連や王国民からから「そこはかとなく格下」に見られている。
露骨なそれではないのだが……そして、元皇国民として言わせてもらうなら、「フィンランドは皇室外交のリストには入っていない」。
それも当然の話で、皇国宮内省と外務省の取り決め、皇室典範と外交規範のすり合わせにより、
”皇室外交は儀礼外交(つまり権力外交ではなく権威外交)をその本質とし、各国君主間の名誉に基づくものを基本とする”
とある。
つまり実権のある政治家やら何やらとの実務的外交とは別口の、「君主同士のコミュニケーション」というのが”
これもまた当然で、現代に残る王国のほとんどが専制君主、つまり王様や一部貴族の独裁政ではなく、議会を備えて君主の存在が法的に定義された立憲君主制だ。
英国はちょい事情は違うが、あそこはあそこで階級制度が未だそこそこ厳しく、大きな視点から見れば王室外交も皇国のそれと大差ないと言える。
つまり、「皇室外交・王室外交のリストに入ってないフィンランドは何かと政治的マウントを取られやすい」立場にあった。
しかも現在、”
この情勢でハイソな外交力不足でマウント取られるのはフィンランドとしても業腹だった。
元々、戦前ドイツとスウェーデン王国は日本皇国と、武器を中心とした工業品取引が比較的活発で、この先、デンマーク王国は海運で関わってくる(まあ、それは俺も一枚嚙んでいるが……)だろうし、ノルウェー王国は水産物の取引が右肩上がりになるだろうし、
(サンクトペテルブルグは小野寺君のおかげでもう取引してるしなぁ……)
この時代、フィンランドの対日貿易は高くない……というかほとんどない。
木材や紙パルプ、非鉄金属(コバルトやニッケルなど)とか売れる物はあるんだが、その契約が未だって感じだ。
そんな訳で、フィンランドには「国王待望論」が再び燻ってるんだ。
そして、その国王の最有力候補が、先の王国の摂政であり”フィンランド内戦”や”冬戦争”、そして現在進行形でカレリア奪還の英雄であるマンネルハイムだ。
正直、俺もいきなり大公なんて役職投げられた人間だから、その心境もちょっとだけ理解できるんだが……
(今生でフィンランドが王国へ復帰するかは神のみぞ知るってところだな)
「やあ、フォン・クルス大公。想像以上に良い出来の戦車じゃないか?」
と早速、試験場で声をかけてきたのは案の定、ロンメルで……
「実は”KSP-44/44”を300両ほど都合し……」
「待つのである! 抜け駆けは感心せんぞ? ロンメル元帥」
そう割って入ってきたのは江田島、じゃなかった。マンネルハイムだった。
「マンネルハイム閣下、小官は元帥ではなく上級大将なのですが?」
「細かいことはどうでも良い! この新戦車を回すのなら、程なく
相変わらず魁ってるというか……覇気満々の爺様だな~。
「いや、そのVI号ティーガーの事なんだが……フォン・クルス大公、ちょっと相談に乗ってほしいのだ」
戦車トリオの〆は、何だか物憂げなグデーリアン機甲総監だった。
いや、マジで顔色よくないな……
【悲報?】マンネルハイム元帥は、ヘルシンキに帰りたくない件についてw【そりゃそうだ】
それはともかく、”KSP-44/44”、米ソにとって本当に嫌な相手だよなぁ~と。
クルスは確信犯でやってるんでしょうけど、VI号ティーガーほど物理的に強くないのは事実なんですが、「T-34/85やT-44、M4シャーマンやM26パーシングあたりまでボコボコにできる性能」を維持しながら、「戦時中にドイツ戦車に足りなかった要素=機械的信頼性と稼働率=戦力を維持するという強さ」を兼ね備えてるんですからw
これで量産性がそこそこ高く、資源充足状態の24時間工場操業状態のサンクトペテルブルグなら、ある程度まとまった数を量産できるんですから。
多分、量産開始の初月でも月産100両以上とか行けるかも?
そして、マンネルハイム元帥の帰国したくない理由がまたw
まあ、「バルト海周辺の君主国家から無自覚の政治的マウントとられまくったり」、「日英との貿易で実際に影響出ていたりする」せいで王政復古を狙うスオミ人の気持ちも分かるんですが……
少なくとも塾長(笑)、終戦まではカレリアに居付いてそうw
さて、最後にグデーリアンさんの顔色が悪い理由は……次回にて。
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