ホグワーツの図書館にて。
1939年春 止まない雨はない
あの男との出会いは雨の日だった。
厚く垂れ込む灰色の空、雨粒の落ちる音。苔むした臭いが鼻につく、大嫌いな雨。
孤児院という地獄に閉じ込められた僕を嘲笑う曇天。冷たい水滴。
冷たい世界。
『雨か。憎たらしい。嫌なものを思い出す』
スルスルと袖から顔を出した白蛇が囁く。赤い目を輝かせて舌をチロチロと出し、動くたびに光を妖しく反射する白い鱗が波打つ。
この白蛇と出会ったのも、同じ日。
「僕も……惨めな気分になる。孤児院を思い出す」
『ハッ! 孤児院! あの肥溜めには過ぎた名だ』
白蛇が吐き捨て、床を這い本の森を縫う。
「あんな場所戻りたくない」
『夏季休暇中はホグワーツにおれんぞ? お前は孤児院にとんぼ返りよ。いくら嘆こうと変わらん』
大嫌いな孤児院、大嫌いな孤児達、大嫌いな大人共。
大嫌い。
いつか世界一偉大な魔法使いになって、魔法界、いいや、全世界が恐れる日が来るだろう。
僕をゴミ同然に扱うこんな世界を変える日が。
外の荒れた豪雨など露知らず、人気のない早朝の図書館は静かで冷たい。
図書館の一角。本に囲まれた暗い隙間に潜んで窓を見上げる。
曇り空。
『戻りたくないなら無くしてしまえばいい。あのような場所、燃やしてしまえ。虫けら共にピッタリの末路よ』
「あの男の目と鼻の先でそんなことをしたら、ホグワーツにいれなくなる」
読んでいた魔法界の歴史書を膝に置き、ポケットからくしゃくしゃの紙を取り出す。
偶然見つけた敵の本拠地へのチケット。
救いかもしれない。
そんな吐き気がする考えを押しつぶして紙を広げる。
『夏季休暇限定特別合宿 応募用紙』
手に入れたのは昨日の昼。ひらひら飛び回り、読書の邪魔をし続けたから握りつぶした。
奇妙な色と質感をした蝶だと思っていたが、手を開くとただの紙。
広げれば何らかの応募用紙。
用紙の最後を飾る流麗な署名。アルバス・ダンブルドア。
さらに紙を握りつぶし、皴塗れにする。
奇妙な気分にさせるあの男が嫌いだ。
『このようなことが起きた覚えがない。あの男は小さな少年を地獄へ送り返し、見て見ぬ振りをしただけだ。おかしい。妙だ』
孤児院か敵か、比べるまでもない。
『しかし、僥倖。あれを消し去れば我らが支配を阻む者は誰もおらぬ。静かに忍び寄れ。気付いた時には手遅れよ。そうして―――』
曙光が厚い雲間を照らして雨雲を散らした。
雨上がりの金の光が降り注ぎ、手の中の紙切れを暖かく包み込む。
焼いた木の実とまろやかなミルクの優しい甘さ。その幻の匂いを確かに嗅いだ。
光か幻にか。何にせよ不快に感じ、より暗がりへ身を隠す。
「―――世界は僕たちの手の中に。そうだね?」
「ヴォルデモート卿」