【完結】走れないTS転生ウマ娘は養護教諭としてほんのり関わりたい   作:藤沢大典

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主人公視点


Bonus05_保健医とモブウマ娘

 どうも、こんにちは。

 可愛いウマ娘ちゃん様かと思った? 残念、メルテッドスノウちゃんでした!

 

 『白衣を着たやべーやつ2号』なんて呼ばれるようになってからそれなりに月日も経ちまして。気が付けば、あの時に学園門で涙ぐんでいたキタちゃんも、それと一緒にいたダイヤちゃんも、とっくにデビューして一人前のレースウマ娘として活躍し始めている今日この頃でございます。彼女らが入学して、もう1年が経とうとしてるんだなぁ……早いもんだ。子供の成長とウマ娘ちゃん様たちの進化は、本当にあっという間ですね。

 

 そんなこんなで、すっかり落ち着いた春先の保健室。

 窓を開け放てば、心地よい春の風がグラウンドの土の匂いと一緒に吹き込んできます。まだ見ぬ初々しい新入生たちに思いを馳せながら、いつものようにデスクでコーヒーを啜っておりますと。

 コンコンコン、と控えめなノック音が室内に響きました。

 ちなみにこのコーヒーはドリップバック用に調製してくれたマンハッタンカフェちゃん特製のブレンドです。春の柔らかな陽射しの中、ほのかに苦く、そしてどこか心を落ち着かせてくれるコーヒーの香りが保健室に漂う、この最高のシチュエーション。薬品の匂いよりも先にこの香りが届くのが、この保健室の特別なところだなんて言ってもらえたりもします。ふふん。

 

「失礼します、先生」

 

 カラリとドアを開けて入ってきたのは、一人のウマ娘ちゃん様。ここ最近、毎週のようにこの曜日に訪れてくる子です。

 シャワーを浴びてきたんでしょうか、まだ艷やかな黒鹿毛がしっとり濡れております。おや、よく見れば頬にちょっぴり泥がこびりついてますね。

 左耳に緑色のリボンをつけ、普段はお団子頭に結い上げている後ろ髪をはらりとほどいている、小柄なウマ娘ちゃん様です。

 以前お見かけした、きっちりと二つのお団子にまとめている真面目そうな姿も実用的で素晴らしいですが、こうして水に濡れて落ちた髪の毛から滴る水滴……ギャップ萌えというやつですね、分かります。スノウちゃんズの一部が、すでにその尊さのあまり天を仰いで昇天しそうになっていますが、そこは大人としてぐっとこらえます。

 

「ん、いらっしゃい、■■ー■■■さん」

 

 わたくしが穏やかな声で迎えると、彼女は少しだけ申し訳なさそうに眉尻を下げました。

 

 彼女を最初に見かけたのは先々週のこと。

 保健室の窓からグラウンドを眺めていたら、なんか外の水道で豪快に、それもジャージのままバシャバシャと身体洗ってる子がおりまして。ワイルドな子がいたもんじゃなぁ、と微笑ましく見ておりましたが、ふと気になってよく見てみれば、そんな泥まみれの彼女の脚に無数の痛々しい切り傷がついているではありませんか。

 そりゃあもう、いてもたってもいられず保健室に引っ張り込んで、あんな事(しょうどく)こんな事(ちりょう)をしたのが始まりです。

 先週にも同じように見事な傷を作ってきていたので、そうなった時は必ずここに来るように言っておき、本日で堂々の3度目のご来訪となる、ここ最近の保健室の常連さんなのです。

 

「すみません先生。また傷をみてもらいに来ちゃいました」

「構わない。処置するから、こっちおいで」

 

 彼女をちょいちょいと手招きします。パイプ椅子に座ってもらい、ジャージの裾を膝の上までまくり上げてもらいます。

 近くの棚から処置用の道具一式を取り出し、キャスター付きの丸椅子を滑らせて彼女の前に移動し、その脚をじっくりと診察していきます。

 

 ふむふむ……やはり今回も、無数の小さな切創が見て取れますね。出血はもう止まっているようですが、このままにしておくのは養護教諭として、そしてウマ娘ちゃん様を愛する一人のオタクとしていただけません。

 

「いつもみたいに消毒してくね」

 

 そう言ってピンセットで摘んだガーゼに消毒液をたっぷりと含ませます。

 以前ウララんにも力説した通り、わたくしは本来『傷口は消毒しない方が良い』という現代の湿潤療法を推奨する立場です。かさぶたを作らせず常に湿った状態で、体内の常在菌と免疫力に任せて傷を治す方が、痛くないし治りも早く、跡も残りづらいですからね。

 しかし! どうやら彼女の場合は、ただのグラウンドの泥んこ遊びではなく、何やらよろしくない環境の泥と水に戯れた上で怪我をしてきている模様。得体の知れない泥水や雑草に触れた傷となれば話は変わってきます。どんな雑菌やアメーバが潜んでいるか分かったものではありません。ばい菌の温床になっている可能性大ですので、流石にここはどうしてもアルコールでお清めしていく必要があります。

 

 ちょんちょんと優しく傷口を拭き取っていきます。

 ツンとしたアルコールの匂いが鼻をくすぐり、開いた傷口に微かな染みが走るのでしょう、彼女の端正な顔がわずかにしかめられます。ごめんね、痛いよね。でも化膿して大惨事になったら大変だから、ここだけはぐっと我慢してね。

 両脚のふくらはぎ全体を念入りに消毒し、乾かした後は傷口に水絆創膏をぺたぺた塗り塗りしていきます。これだけ小さな傷が無数にあると、普通の絆創膏では脚がミイラみたいになっちゃいますからね。こういった塗るタイプで薄い皮膜を作り、処置をしていくのがベストです。これなら明日また泥にまみれても、傷口をしっかり水からコーティングして守ってくれますから。

 塗る瞬間はさらに強烈にアルコールが染みるはずですが、彼女は歯を食いしばってじっと耐えています。なんて健気な。えらいぞー、よく我慢した。

 

「いたいのいたいのとんでいけ。はい、おしまい」

 

 一通りすべての傷口に処置を終え、いつものおまじないを唱えて完了です。

 かつてのわたくしならここで例のチート能力を使って、傷そのものを完全に請け負ってあげることもできたのですが……今のわたくしにはもう、その不思議な魔法の力はありません。

 けれどだからこそ、この手でかけるおまじないには、わたくしのありったけの祈りと真心、あとちょっぴりの欲望を込めています。プラシーボ効果だろうとなんだろうと、彼女の痛みが少しでも和らいで、明日には元気になっていますようにと念じながら。

 

「あまり無茶をしすぎないでね」

「はい。ありがとうございます、先生」

 

 処置を終えると、ウマ娘ちゃん様はふわりと笑います。

 おーぅ、べりーきゅーと。その痛みを堪えた後の清々しい笑顔、SSRサポカのイラストに即採用したいレベルです。尊い。スノウちゃんのガチャ運は本日も絶好調でございます。

 

「それにしても、この傷。普通にターフやダートを走って出来るものと違うね。転んだ時の擦過傷とも違うし、なにか鋭いもので連続して引っ掻かれたような跡ばかり。まるで、ジャングルか沼地でも強引に切り開いてきたみたい」

 

 いや、マジで。背の高い藪で走り込むか、獣道でも走ってたりするんでしょうかこの子。しかも毎週ですよ。まさか何かの罰ゲーム的なやつだったりしないでしょうね? そぉれはいただけませんぞ。万が一にもイジメの温床になりそうなやつだったりするんなら、このスノウちゃんの右手が黙っちゃいませんぜ。スノウちゃん必殺の脳天唐竹割りチョップが炸裂しますぞ。今まで炸裂した試しはありませんが。

 

「あはは。実は、本当に沼地を走ってるんです。トレーナーの指示で」

「沼地?」

 

 ほう、沼地とな?

 ちょっと興味の湧いたスノウちゃん、彼女に労いの麦茶をコップに注いで差し出し、話の続きを促します。

 スポーツドリンクとかでも良かったのですが、なんとなく彼女には麦茶が似合う気がしまして、

 

 聞けばどうやら、担当トレーナーの指示の元で特訓を行なっているとのこと。少し離れた田園地帯の中にある、手付かずの自然が残る湿地帯。そこが今の彼女の主戦場だそうです。他のウマ娘ちゃん様たちのような軽やかな瞬発力を持っていないからこそ、逆にどんな環境でも速度を落とさない、最強の重バ場適性を作るために、底なしの泥と水草が茂った沼地で走り込みをしているんだとか。

 

 ……おーぅい、マジデスカ。ウマ娘ちゃん様の身体能力って、そんなことも可能なん?

 ウマ娘にとって、走るということは本能であり、誰もが美しく、軽やかに、風を切って速く走りたいと願うもののはず。それをあえて、自ら泥水に顔を突っ込んで、まるで重機のように重く力強く足掻く道を選ぶなんて。

 

「泥の重さも、水草の抵抗も、全部私のエンジンの出力でねじ伏せて、引きちぎって前に進むんです。そうやって地の底を這いずるような力を身につけないと、私はあの人たちの背中に届かないから」

 

 そう言い切った彼女の瞳には、燃えるような強い闘志が伺えました。水絆創膏が塗られた自分の太ももを両手でギュッと握りしめながら、真っ直ぐに前を見据えるその姿。己が持つ手札の少なさを理解し、嘆くのではなく、その唯一の手札を極限まで尖らせて勝利をもぎ取ろうとする、実にウマ娘ちゃん様らしい、貪欲な瞳です。

 

 熱盛ぃ! そういうのスノウちゃん大好物です!

 エンジンの出力でねじ伏せる!? 水草の鎖を引きちぎって進む!?

 なんという無骨で、そして最高にロックでロマン溢れる覚悟でしょうか! 空を優雅に飛ぶツバメやジェット機のような華やかなウマ娘ちゃん様たちとは真逆を行く、泥まみれの四輪駆動車。泥濘の底から見上げる星空を掴もうとするそのひたむきさ。

 脳内のスノウちゃんズ総勢2048名が、総立ちで地鳴りのようなスタンディングオベーションを巻き起こしています。すでに彼女の私設応援団が結成され、法被を着てペンライトを振り回す始末。お祭り騒ぎです。

 

 いやほんとすげーよ。どういう思考のプロセスを経れば、ターフを走るために『沼地を爆走する』って発想に至れるのよ。そしてどうしてそれを実践するバイタリティが湧いてくるのよ。いやー、ウマ娘ちゃん様って本当に未知の魅力に溢れてますね。限界なんて言葉は彼女たちの辞書にはないのでしょう。

 

「なるほど。すごいね」

 

 レース理論に関しては大したことの言えないわたくし、もう簡潔に短い感想しか出て来ません。

 本当は大声で叫んでハグしたいところですが、そこは大人として、そして学園の保健室の先生として、静かに、けれどどこか眩しいものを見るような深い感銘を受けた眼差しで彼女を見つめます。

 

「不格好で、みっともないって笑いますか?」

 

 少しだけ自嘲気味に、ふっと小さく笑う彼女。

 ……今の特訓内容に、どこに自嘲要素が?

 誰も考えつきもしないであろう過酷な特訓方法、そしてそれを成し得ようとする身体能力と黄金の精神。誇りこそすれ嘲笑う要素なんて、これっぽっちも見当たらないのですけれども。みっともない? 不格好? そんなわけがないでしょう。その無数の傷だらけの脚は、勝利に向かって真っ直ぐに突き進んでいる何よりの証拠なのですから。

 もし彼女を笑う奴がいたら、わたくしがそいつの耳元で延々と般若心経を唱え続ける刑に処してやりますよ。

 

「まさか。とても泥臭くて、最高に格好いいウマ娘の走り方だと思う」

 

 ですので、漏れなく全肯定しちゃります。一切の迷いなく、真っ直ぐな言葉で。

 何度でも言いましょう。ウマ娘ちゃん様は存在しているだけでも尊い。そんな存在が己の存在意義を賭けて、泥水すすってひたすら頑張る姿はベリーベリー尊い。例え目指しているものにたどり着こうと着かなかろうと、それをただ真っ直ぐに見据え、ひたむきにはげむ姿こそが最重要なのでございます。もちろん、その努力の果てに栄光にたどり着けるのに越したことはありませんけどね。

 その真っ直ぐな言葉に、彼女は少し驚いたように目を丸くし、やがてその瞳の奥がじんわりと熱を帯びたように見えました。

 

「頑張る娘には、ご褒美」

 

 わたくしはデスクの引き出しを開けると悪戯っぽく笑い、可愛らしいラッピングが施された特製のにんじんクッキーの袋を取り出して彼女に差し出しました。もちろん、アスリートの身体に気を使って砂糖控えめのオーガニック仕様です。

 

「がんばれ。わたしにはそれしか言えないけど、あなたのその頑張りが報われるよう、ずっと祈ってる。でも、無茶しすぎて身体を壊しちゃったら、本気で怒るからね」

「はいっ! ありがとうございます、先生!」

 

 うむ、良い笑顔。クッキーの袋を両手で大切に抱え、深々と頭を下げるその姿に、わたくしの胸の奥までぽかぽかと温かくなっていくのを感じます。他のみんなもそうでしたが、本当にこの学園の生徒たちは素直で、ひたむきで、眩しすぎますね。この尊い光を浴び続けるだけで、わたくしの寿命は確実に延びている気がします。いや延びた。

 

 彼女が保健室を出ていき、ドアが静かに閉まりました。

 残されたわたくしは、マグカップのコーヒーを飲み干します。すっかり冷めてしまったそれを、一息に。

 チート能力は無くなっちゃったけど、こうして彼女たちの言葉に耳を傾け、背中を押し、普通のいちウマ娘として寄り添うことができる今のこの時間も、決して悪くないなーと思うのです。

 あの傷だらけの彼女が、いつか泥の底から這い上がり、最高峰の舞台でその重厚なエンジンを轟かせる日を、わたくしはこの保健室の窓から誰よりも楽しみに待つとしましょうか。

 

「こんちゃー、先生、いるー?」

 

 あら、また違うウマ娘ちゃん様がいらっしゃったようですね。扉の向こうから聞こえる元気な声に、わたくしは白衣の襟を正しました。

 さてさて、今度の子はどんなお悩みをお持ちですかな?

 




■モブウマ娘
別作品「祭りでも、怪物でもなく」のスピンオフ。
アニメSeason3でキタちゃんとドゥラちゃんをぶっ千切った割に扱いが酷かったモブウマ娘が主人公のお話です。
ギャグほぼ無しのスポ根風なので毛色が異なるとは思いますが、ちょっとでもご興味を持っていただけたら覗いてみたりしていただけると筆者がとても喜びます。
https://syosetu.org/novel/334109/

……ええテコ入れですが何か?(開き直り)
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