トドロキとザンキさんの出会いとか、トドロキが弟子になるまでのあれこれを妄想した作品

ザンキさんに大人な余裕を持たせたかったけれど、表現力がゴミムシだからそうはならず…。


作者はボーイズラブを想定して書いてはいませんが、見ようによってはそう捉えられる?かもしれない為のタグ付けです。
普通に健全な話にしたつもり。

1 / 1
交差する、運命

 

 久々に有給をとり、人里離れた山の中。戸田山登巳蔵は絶賛山中で遭難中だった。濃い霧中を慎重に道に沿って散策していたはずだったが、何処かで道から逸れてしまったらしい。

 

「んもぉぉぉぉっ!何なんだよぉぉっ!」

 

遭難したと分かってから直ぐに谷側に向かい歩を進めたのだが……。

 

2時間位の距離ならすぐ里に戻れるだろうと判断した、この時の戸田山に、この霧が自然に発生した霧とそうでないものとは判断のしようが無かった。

 

「…………さっきから、同じ場所を歩いてる……」

 

もしやと思って、木に巻き付けておいたハンドタオルが風に揺れている。どうにも、様子がおかしい事に今更ながら気付いた。

 

 誰かがこちらの様子を伺っている。誰かに見られている気がするのだ。

周囲に意識を向け、神経を研ぎ澄ます。

 

「気付いたな」

「ここだよ~」

 

 見慣れない服と言うべきか、布を巻き付けた様な服装の男女が木陰から現れた。男も女も顔に赤いペイントを施し、女は指をチョキの形に口許へ置き、指先を舌で伝うように舐める。背筋に冷気がまとわり着く様なおぞましさを感じ、ジリジリと後退した。

 

「我が子が腹を空かせている」

「お前は餌になってもらおう」

 

 男女も距離を保ちながら近付いてくる。隙を見計らいながら逃げる為に、距離を取った。危険だと脳の細胞達が粟立ち、パチパチと火花を散らすように危険信号を全身に送り付けている。

 男が飛びかかってきたと同時に体が横飛びに男を避け、女は先に回り込み、着地点を狙ってきたが、それも、全力で体を丸めて前転を何度か繰り返し、女の攻撃も何とか交わすと、間髪いれずに立ち上がり、全速力で真っ直ぐ直進する。

 風のように、奴等は横の距離を保って追ってきた。険しい山道の全速フルマラソンなんてアスリートでもしないだろう。

息が上がるのも早い段階で上がりだしたが、気を弛めて速度を落とせば死だと全身が直感している。肉食動物に追い狩られる草食動物も同じ気持ちなのだろう。だが、俺は草食動物ではない。人間なのだ。狩られてたまるか。

 無我夢中に足を動かした。走る事以外に気を巡らせないよう努め、必死に山道を駆け抜け川原にたどり着いた。

 上流の方に向きを変えるとそこに女が待ち構えていた、すかさず踵を返すが、背後は男にしっかり道を塞がれた。逃げ道を塞がれ、自分の荒い息が耳元で煩く響く。考えろ登巳蔵。お前は此処で死にたいか?

 

「鬼ごっこは終わりだ」

「観念して、餌になれ」

 

 前後から迫られ、絶体絶命の恐怖の中、助かる道を模索する辺り、人間は諦めの悪い動物だな等と悠長に自分の分析をしだす。

隣を流れる川は、思いの外浅そうだ、威を決して川へ身を投じようと息を止め川面を見るのと同時に円盤形の何かが男の腕を掠めた。

 

 男女が動きを止める。

 カエルの様な形のものが女に飛びかかってきた。女は軽くそれをいなすと形が円盤に変わり、円盤を拾い上げ、女が藪の中へそれを放る。直ぐに放った先から、円盤は投げ返されてきた。藪の先から人影がゆっくりと近づいてくる。登山者にしては、軽装備だし、服装も半袖のジャケットにVネックの白いシャツ、少しゆったりめのズボン。何より、登山者らしくない持ち物としてギターの様なものを肩に担いでいる事だった。

 男の頭上に先程のカエルと同じ様な奇妙な鳴き声をあげるタカがくるりと弧を描いて、男の掌で円盤に変わった。

 

「御苦労さん」

 

 円盤に向かってそう呟くと、腰にしたベルトに円盤を戻して、担いでいたギターを地面にそっと置く。

 地面から上げた視線は鋭く男女を見据えていた。視線で相手を殺せるんじゃないかという位、男の視線は強い闘争心に満ちていた。

 

「お前」

「鬼か」

 

 男女の姿が人から異形に変わり、腕がカニの鋏の様に変化した。皮膚も硬化し黒く変色して衣服も鎧の様なものに変わる。対峙する男も、左腕に付けた器具に手をやり、弦の様なものを弾くと、額にそれを近付け、天に突き上げる。男を中心に電流が走り、その電圧で男の衣服が弾け、稲光が男に落ちると、その男も異形に姿を変えていた。

 

 

「鬼だよ」

 

 静かに男が告げる。

 男女が勢いよく飛び掛かる。女の方に倒され、地面を転がり組み合いになった。固めた右の拳を相手の腹に一撃。青白い電流が拳に走る。女は低く呻き、腹を押さえて後退し、威嚇しながら鬼との距離を取った。男の方は、大きな鋏を振り下ろす。それを鬼が受け止めると、両手で鋏を押し広げ、力任せに捻る。へし曲がった鋏の関節部位から白い体液が噴出し鬼の面を汚した。

 奇形はよろめき、傷部位をもう片方の手で押さえながら、鬼を睨み後退するが、鬼は奇形2体を追い詰めて、雷を纏った手刀を女の首筋に放ち、男には拳から突き出た爪で腹を抉り、奇形2体を倒した。

ほっと、戸田山は息を抜くと地面に下から何かが突き上がってくるような揺れを感じた。揺れはどんどん大きくなり、立って居られないほどの強さで轟く、よろめいてそのまま川原に手を着いた。川の中から大きなカニが姿を現した。耳障りな鉄が擦り合うような叫び声を上げ、陸に上がってくる。

 

「お前、そこから離れろ!」

 

 鬼がこちらに顔を向けて、離脱を命じるが、恥ずかしい事に、大きなカニの姿を見て、腰を抜かしてしまったのか、それとも死の恐怖が今更ながら身体を震わせていたのか、その場から動けなかった。それどころか、まともに声も上げられなかった。ただ口をパクパク動かす俺の様子を見て、鬼は分かったとでも言っている風に首をコクコクと縦に動かし、俺を力強くで立ち上がらせ、先程ギターを担いでいた様に今度は俺を担ぎ上げた。ギターをもう片方の手で抱え、後ろのカニの様子を伺いながら、茂みの方へ急ぐ、茂みに近付くと、そこで俺を下ろし隠れていろとだけ言い、カニの足元へと戻って行った。

 

カニの鋏を一閃。腹に一突きベルトのバックルのような部分に付けられていた物をギターにセットする。

 

「音撃斬・雷電激震!」

 

 戸田山は固唾を飲んでその様子を伺う。恐怖を感じるのが人の心理だったのかもしれないが、戸田山は鬼だと名乗るこの男の姿に目を奪われてしまった。

カニが爆散すると、鬼は顔だけを人の姿へと戻し、元来た方へと歩き出す。慌てて俺は鬼の元へと駆け出し行く先に回り込んだ。

 

「あ、あ、あのっ! あいつらはっ!?」

「……おっと。お前」

「何なんですか?アレ?あいつら……この辺にうようよしてるんですか?」

「……怪我は無いみたいだな」

「どうして……、あなたはあいつらと戦ってるんですか?大体、あんな化け物……初めて見ました……。これって……」

「元気みたいだし、一人で下りれそうだな。……じゃあな」

 

 ポンと肩に手を置き、横をスッと通りすぎていく。会話が一方通行だ。敢えて、話を聞かないようにしているような、そんな様子に思える。

 

「あ、あのっ!あのっ!待ってください!まだっ!何もっ!」

 

ヒラヒラと手だけを振って山道を下りていく鬼の後を、そそくさと着いていった。

 未整備の山道から、砂利を引いた整備されている山道に足下が移る、登山コースから急に脇に反れると、開けた湖畔に出た。一台のワゴン車とテントが張ってある。ワゴン車のトランクを開けて、脇に備え付けた蓋付きカラーボックスから布生地の何かを取りだし、テントに姿を消す。

 こっちの話も聞かずに、自分の事ばかりな相手に少し苛立ちを感じた。もっと説明があって然るべきだと思い、威を決してテントの入口の布を引っ掴み、捲り上げ、中を見ると中では着替えの真っ最中でパンツにランニングシャツ姿の相手が訝しそうに此方を見ている。

 

「覗きなんて、良い趣味だな」

「……ぁ、すんません……」

「……ちょっと待ってろ」

「……ぁ、……ハイ」

 

縮み反って外に出る。近くにキャンプ用簡易テーブルとチェアがあったので、そこに腰を落ち着けた。暫くして、鬼がテントから出てくる。耳に携帯電話を添え、何やら話をしている。

 

「あぁ。……今、一緒だ。……うん。……うん。外傷は無い。……説明?……まだだ。あぁ……。分かった。おやっさんは?……じゃあ、まぁ。報告しに戻らなきゃだし、その辺はおやっさんに……。うん」

 

 電話が終った様で、携帯電話を閉じてジーンズのポケットに入れると、鬼は此方に向かって歩いてきた。

 

「……で。待たせたな……」

「あのっ!助けてくれて、ありがとうございますっ!」

「やつらの事は……こうな」

 

 人差し指を口許にあて微笑を浮かべる。鬼と名乗るその人が、こんな表情を見せるなんて事が、彼のイメージから考えられなかったのもそうだが、手の仕種もイメージと違い柔らかな印象を与えた為に、すっかり気を許して口許が弛んだ。

 

「……何だ?何か可笑しいか?」

「……っあ、いえっ!そうじゃなくて、えっと、鬼だって言うから、怖い人なのかな?って思ってたのに、可愛らしい人だなって……」

「可愛いって……。お前。男に可愛いって何だよ?」

「いや、だって……。変かもしれないッスけど、可愛らしい人だなって思ったんで……」

 

 男は黙って眉を少し持ち上げ、口許を尖らした。腑に落ちないという様な表情を浮かべている。そんな様子も可愛らしかった。

 

「それより、この後の事なんだが……。時間あるか?

その……。今日の事を報告しに東京へ戻るんだが、お前も連れて行かんとならなくてだな……」

「俺は大丈夫ッスよ?地元が俺、葛飾ッスから」

「……何だ。同じ行先じゃないか」

 

 大体の事を道中で説明された。

  まとめると、自分が遭遇した化け物は魔化魍と言って、俗に言う妖怪の事だそうだ。そいつらは人間を餌としている。餌の人間を誘き寄せ、魔化魍に与えるのが童子と姫と呼ばれる男女一組のあやかしだそうだ。

 

「お前は、後少しの所でバケガニの腹の中だったわけだ」

そこで言葉を切る相手に、視線をやり、続きを促すと、ちらりとこちらに視線を向け、直ぐに前方に視線を戻し、やんわりした微笑で言う。

「で。魔化魍や童子達を退治したり、人を魔化魍から守るのが鬼だ」

「……鬼」

 

 そんな自然発生したものを退治するのに鬼達は単独で動いてるのだろうか?それはちょっと効率が悪い気がした。

 もう外は都内に入り、柴又の市街地に車は進んでいる。とある店の前で車が止まった。"甘味処 たちばな"とある。

やはり"可愛らしい"の形容詞は彼に最適な気がした。この見かけで甘党なんて普通は思わない。

此方の事など気に留める事もなく、彼は片眉を上げて横に首をしゃくり、

 

「着いたぞ」

 

と、静かに口にする。

 

 え?ここが目的地?と無数の疑問符を散りばめて外に降り立ち、相手に続いて"甘味処 たちばな"に入った。

 

「おっ帰りなさ──い、ザンキさあぁぁん!!」

「ザンキさん、お疲れさまです」

 

従業服姿の女性が口々に前を行く鬼に挨拶を交わす。それも、当たり前に。この人達……。いったい何者?疑問符が増える。

 

「っあ、それで今回のは随分とイレギュラーな場所でしたが、どうでした?」

「ん?あぁ。見立ててた"ヤマアラシ"じゃなくて、"バケガニ"だった。……まぁ、弦の俺が出向いてたから、問題なく終ったよ」

「そうでしたか……。"バケガニ"でしたか……」

 

 ううむ。とショートカットの方の女性が口許に手をやり考え込む。長い髪を後ろで1つにまとめている方の女性は、俺の方にちらりと視線を送ってから、"ザンキ"と呼ばれた鬼に話し掛けた。

 

「……それで、この人が例の……?」

「……そう。例の」

「どこまで?」

「"鬼"と"魔化魍"の事以外は話してない。後、変身をだな……」

 

 人差し指を立てて、くるくると回している。言葉は無いが、女性にはそれで伝わったみたいで、また疑問符が増えた。

 

「……しちゃったの?」

「急を要してたから、な」

「はぁ~……」

「……おやっさんは?」

「うん。ちょっと前に帰ってきたわ。今、下に居る」

「じゃあ、ちょっと下に行ってくるよ。……おい。……あ、名前」

「ぁ、と、戸田山登巳蔵ッス。ええと……」

「ん? ……あ、俺? ザンキだ」

「ザンキさん……」

 

  ホラ、来い。とザンキに視線で促され、店の奥へ移動する。暖簾をくぐり、奥の間に続く廊下の角でコツコツ壁を叩いているザンキを不思議そうに眺めていると、次の瞬間壁が音を立てて、回った。

 

「戸田山……くん、こっち」

 

 回った壁の中からザンキが手招きをしながら、呆けていた俺を呼ぶ。慌てて、後に続いていくと、下に通ずる階段が待っていた。下へ下へと降りて行くと、引戸が現れ、ザンキが俺の方をチラッと確認するように振り向いた。

 

「ここの戸、背が低いから、気を付けろよ?」

 

引戸がスススと音を立てる。あまり滑りがよくないのか、途中でカコッと音を立てては止まった。

 ザンキは普通に通り抜け出きる様子だったが、俺は体を傾けつつ、距離感を確認しながら首を低くして通る。まるで鶏の様……。

 中は地下で窓がないから薄暗いのが気味悪いが、案外広く、6人掛け程のテーブルが部屋の中央に設置され、壁際には所狭しと本棚がズラーと並べられ、棚にはぎっしりと書物が詰まっている。引戸の横にはパソコンラックがあり、パソコンの画面に向かってる、初老の男性が一人。

 

「おやっさん。帰りました」

「あぁ。ザンキくん。お疲れ様。で。後ろの子が、被害者?」

「はい。後少しでバケガニの胃袋の中でした」

「ふーん。……それは、大変だったねぇ。恐かったんじゃないの?」

「っえ?えっとぉ……。なんだか無我夢中で、必死だったので……」

「そうだよねぇ……」

 

 うんうん。と頷きながら、男性は俺の話を聞いていた。

 

「君、色々とザンキくんに聞かされたかと思うけれど、僕らの組織って言うのが、水面下で活動してるのね。……だから、魔化魍とか鬼とかってのは、他言無用でお願いしたいなって言う事なんですよ」

 

 やんわりとした口調で、自分がどうしなきゃいけないかを促され、まぁ、そうだろうな。と納得出来た。

いきなり、魔化魍だとか、鬼だと話をされても、一般的には、それが何を意味するのか理解しがたいだろう事は、俺にでも容易に想像が出来る。

 

「分かりました……。でも、なんか、俺にも出来る事とかありませんか?俺、これでも一応、警察官で、何か皆さんの力になれたらって……思ってて……」

「お前が?」

 

 余程、意外だったのか、ザンキが目を丸くさせて訪ねてくる。

その横で、初老の男性も驚いた様子でまじまじと俺を見ていた。

 

「何か、おかしな事、俺、言いました?」

「いや、人を見た目で判断しちゃならんな。俺もまだまだ……」

「君みたいな、一生懸命な警察官が増えると、この国はもっと良くなるだろうねぇ……」

「は、はぁ……。……それで、自分に出来る事、ありませんか?」

「もう、君は警察官として立派にやってる訳じゃない。今まで通り、お願いしますよ?」

「え……。そんなんで、良いんですか?」

 

 初老の男性はにっこり表情を崩してうんうん頷いている。

なんだか、拍子抜けだなと思っていると、ザンキが肩にポンッと

 

「今、ある日常をこなす。大切な事だ」

 

 あのホッとする笑顔と共に、言葉が胸にストンと落ちてきた。

この人に惹かれたのは、きっとこの人が自分に厳しくて相手を相当に思いやる事が出来るからだ。

 

「それじゃあ、俺、今まで通り職務を全うするッス!……でも……、たまに此処に来ちゃダメッスかね?団子……好物なんスよ~」

 

 上を指差して、一階の店を指し示す。初老の男性は、満面の笑みで頷いている。

 

「そりゃあ、もちろん歓迎しますよ」

「へへへっ!」

「じゃあ、おやっさん。俺はこれで失礼します」

「……っあ、ザンキくん。お疲れ様でした。これ、持っていきなさい」

「ありがとうございます。頂きます」

 

 "たちばな"と包装紙に印刷された、お土産用の小包みを、ザンキにそっと手渡される。

もう一つ同じ包みを出してきて、俺にもお土産にと渡された。

 一階に戻ると、もうお店は閉店したのか、片付けを終えていた。さっきの女性たちは奥の座敷の席で残りものでお茶をしている。ショートヘアの子と目が合う。すかさず立ち上がって、ザンキの元へ駆け出して来て、ズイと顔を近付ける。物凄く近い。羨ましい。

 

「ザンキさん帰るんですか?明日もシフト入っていましたっけ?」

「明日から四、五日続いているけど?何か、用事でも?」

「いえいえ、ここの所"バケガニ"続きなので、体調崩してないかと」

「まぁ、上々だな」

「ゆっくり休んでくださいね!」

 

わたわたと腕が動いている。なんだか可愛らしい人だな。なんて思いながら、ザンキとその子の様子を見ていたら、奥に居た筈の纏め髪の女性もいつの間にか傍らに佇んでいる。

 

「ザンキさん。その人、私が送りましょうか?」

「ん?コイツ、この辺みたいだし、帰りがけに置いていくからいいよ」

「そうですか?……じゃあ、すいません。お願いします」

「ああ」

 

 ちょいちょいとザンキが手招きをする。こっちへ来い。ということだろう。この人は基本こういう人なんだろう。ちょっと言葉足らずでぶっきらぼう。そんな形容詞がしっくりきた。そんなことを考えながら、後について車まで移動する。先に着いていたザンキは運転席側のドアに寄りかかり、左右に首を倒したり、回したり、腰骨辺りを擦っていたり……。口では大丈夫と言いながら、疲れはある様子だった。

 

「あ、あの。ザンキさん……。自分、別にタクシーとかでもいいッスよ?」

「……ん?あぁ。別に大丈夫だって。ホラ、……乗れ」

 

助手席の方に回って、扉を開くと、まるで女性をエスコートする時みたく手を広げてシートの方へ促された。こうまでされては、頑なに拒むのも憚れ、促されるままシートに尻を落ち着け相手が運転席に回り扉を閉める気配を横で感じながら、シートベルトを装着した。

 

 その後、時は流れて半年が経っていた。魔化魍とか猛士とかまるで嘘だったみたいに今は普通の日常生活に戻っている。"たちばな"にしても、ちょっと団子を食べに……。と思っていても中々行けずに結局疎遠となってしまっていた。

 何気無い日常。変わり栄えの無い生活。そんな時間がずっと続くんじゃないかという錯覚。それは、突然起こった。

貴重な休みを同僚の渓流釣りに付き合わなければならなくなったのは、6月の梅雨の時期だった。男二人で暑苦しい。

 どうせなら……。と大きな溜め息と共に考える、可愛い女の子と一緒にハイキングとかそう言うことだったら喜んで付き合ったのに……。

 

「戸田山!ちょっと小便!戻るまで仕掛け見とけよ?」

「へいへい……」

 

 暫くして、何か釣れた。多分ヤマメだろうと思うが、はっきりは昨日今日で付けた知識じゃ分からない。慣れない手付きで魚の口から針を取り、川のなかに突っ込んでいる網の中へ放してやる。

同僚の奴、小便とか言っていたが、大の方か?等帰りが遅いのを気にかけたが、自分で釣り上げてみると、途端に楽しくなって釣りも中々見ごたえのあるアウトドアだなと思った。さっきよりうまい具合に針にエサを付けて川に流し込む。位置もまずまずといった所に投げ込めた。

 後ろの方で物音がして、やっと同僚が帰ったと思い、後ろに向かって声をかける。

 

「あ!遅いって!釣れたぞ!何かよくわかんないけど!」

「あぁ。よく分からんが、さっさと片付けて山から降りておけよ」

「えっ?」

 

 見ると、物音の正体はザンキだった。半年前もこんな川原で出会った気がする。今回もやはりギターのようなものを担いでいる。

話を聞くと、この辺で魔化魍が出たと情報が入ったので、調べに来たらしい。同僚は童子達を追走している際に保護して、麓に降りてもらったみたいだ。無事で何より……。と言うべきか、置いてきぼりにされて怒るべきなのか……。

 

「上流の方に仲間が居るって言うから来てみたら……。まさか知り合いに会うと思わなかったよ」

 

あ、ちゃんと俺の事も気にかけてくれてたのか疑ってすまなかった。

 

「童子達に逃げられてるから……。戸田山……くんだったな?俺から離れず着いて来てもらえるか?」

「は、はいッス!」

 

背筋をキリリと伸ばして何故か敬礼までして答えた俺を見て、ザンキは笑った。半年前と全然変わらない。何故かこの人と居ると心地良いと感じる。

 ザンキの先導で麓に戻る山の中。あの時と同じ嫌な霧が辺りに立ち込んできた。邪気の様なものなのだろう。さっきまでじっとりと暑かったのに、首筋にヒヤリとした風が触った。

 

「ザンキさん……コレ……」

「あぁ。近いな。……離れるなよ?」

「は、ハイ……」

 

 さっきの和やかなザンキはない。もう前を行くザンキは戦士の背中だった。

すぐ横を空気が揺らぐ気配と同時に針のような物が頬を掠めた。ザンキがそれを素手で受け止め、パラパラと地面に落ちる。腰に付けていた銀盤を取ると、腕に付けたリストバンドに手をやり弦を引く。銀盤がタカの形に変わり、童子達に飛びついた。

 

「戸田山ぁ!走れ!」

「えっ!?ハイッ!」

 

茂みまで一気に走り、隠れてから川原の方を伺う。前後を童子達に阻まれたザンキの姿を見た。藪から固唾を呑んで見守るしか出来ない自分が情けない。まだ鬼にも変身する隙が無く、臨戦態勢を整えながら童子達の出方を見ていた。

 

 瞬間。

童子が動く。童子に向かってザンキが飛び出した。姫は後ろから針を発射させ、ザンキの肩に命中する。ザンキの食い縛った口許から低い声が漏れた。童子を姫の方へ凪ぎ払うと、弦を爪弾き、天に突き出すと同時に雷鳴が空気を斬った。

 

 変身し、たちまち持っていたギターを大剣の如く童子に向かって振り斬る。その姿を見ていたら、何故"ザンキ"と呼ばれているのか府に落ちた気がした。

 

「斬鬼さん……」

 

一閃。正確な斬撃が童子達に放たれ、あえなく童子達は爆散した。魔化魍の姿は見えない。

 

 安緒の溜め息と共に、藪から斬鬼の元へ出て行くと目の前に手の平を広げ、待てのジェスチャーが送られる。

 待てのジェスチャーではなかった。その手は俺を突き飛ばした。と、同時に斬鬼の身体が宙に舞う。獣の雄叫びが鼓膜を響かす。見上げるほどの大きさの猪の様なヤマアラシの様な奇妙な生き物が斬鬼を長い尾で射なしたのだ。空を斬るギターが地面に落下する。

 

「斬鬼さんッ!」

 

四つん這いに這いながら斬鬼の元に動こうとした、今度こそはっきりとした制止の仕草を斬鬼が俺に行う。

 

「隠れてろと言った!来るんじゃない!」

 

 声に怒気がこもり、恐ろしいほどの気迫だ。ヤマアラシの様な魔化魍は背中のトゲを放って攻撃してくる。それを斬鬼は交わしたり、いなしたりと、攻撃を受け流し、ギターの落下地点に向かおうとするのだが、中々近付けないでいた。

 

 俺からギターは100メートルと無い所に転がっている。直ぐに届くところに、斬鬼が必要としているものがある……!体は考えるより先にギターに向かって動き出していた。

 

「動くんじゃない!」

「斬鬼さんッ!……うおおおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 ギターを引っ掴む。片手では持ち上がらない。両手でしっかりと抱えた。前を見据える。斬鬼は針と尾を避けている。今尚、近付けそうに無い。後は突っ込んだ。無我夢中に斬鬼までの距離を縮める。その距離、500メートル、400メートル、……200メートル、150メートル。魔化魍の足元付近まで近付いた。動きに細心の注意を働かせ、距離を縮める。100メートル……。

 

 魔化魍の尾が頭上を通る。

 

「戸田山っ!!」

 

 斬鬼が手を伸ばした。頭上を掠めた尾の風圧で前のめりになりながら、抱えていたギターを思いっきり相手へ向けて投げた。

 斬鬼が宙に弧を描くそれを受けとめ、魔化魍の尾をそのまま斬り堕とす。轟音にも近い叫びが辺りを騒がせ、魔化魍が斬鬼に突進していく。構えた切っ先を振りかざし、地面を踏み込み、魔化魍の頭上まで飛ぶと、相手の頭蓋に一打そのまま魔化魍を蹴倒し、切っ先を突き刺す。

 

 ベルトに装着された器具をギターに装着する。間髪入れずに構えを変えた。

 

「音撃斬!雷電激震!!」

 

掻き鳴らされるギターの弦。轟く旋律。震える鼓動。一層甲高く哭く弦。爆散する魔化魍。爆風で巻き上がる煙。

煙が晴れると、中から顔だけ変身を解いた斬鬼が姿を現した。俺の姿を黙認すると、少し歩調が早まったような気がした。傍らにまで斬鬼が寄ってきてから始めて自分が膝を地につけた体勢から、立てないでいることに気付いた。

 膝が震えている。恐怖ではない。これは、感動だった。言葉にならない程の鮮やかさ。 佳麗な姿。斬鬼の姿に魅了されていた。

 

「立てるか?」

 

差し伸ばされた手に視線を向ける。この手で何人もの人を守ってきたんだな。と感慨し、その手に憧れた。

 

「ありがとうございます」

 

 その手を取り、立ち上がると、肩をポンと叩かれ、相手の顔を不思議に見上げると、そこには俺の好きなあの笑顔。

 

「俺の方も、烈雷を投げてくれなかったら、危なかった。……ありがとう」

 

 自分の行為が、この人に役に立てたことが、何より嬉しかった。

 

 次の言葉を言いにくそうにしている相手に首を傾げてみせると、西に傾き、赤みが増した太陽の方を眩しそうに目を細めて見ながら、斬鬼はポツリと呟いた。

 

「お前は二度目だし、その……。この前、大方説明している事の繰返しで悪いが……。鬼についての事は……、こう……」

 

 最初に見た時も思ったが、この人からこの様な仕種を自然とされてしまうと、可愛らしく思えて仕方ない。人指し指を口許で立てて、少し口をすぼめている相手に大きく頷いて「分かってます」と答えると、直ぐにその手を口許から離し、腰の位置まで降ろされた。

 

「じゃあ、麓の友人の所まで行ってやれ。心配しているだろうからな」

 

 同僚は、猛士に協力をしている人の民家に居ると斬鬼に教えられ、斬鬼と別れた戸田山は、一人山道を軽い足取りで下りていく。

 別れ際、たちばなに戻るのか尋ねたら、報告に戻ると言うので、たちばなで会う約束を取り付けた。

教えられた民家の縁側で同僚の姿が見えた。それとなく斬鬼の事を聞いてみたら、同僚は「熊退治をしに来たと言う男に、ここでお前を待っていろ」と説明してくれた。取り敢えず、お前も怪我が無くて良かった。と満面の笑みを見せる同僚が、家の主に礼を言い、暇を告げると、主は皺の深い顔に一層深い皺を作って笑い、同僚が恐縮するのも気に止めず、同僚にビニール袋にすっぽり収まった大きなスイカを押し付けて送り出してくれた。

 

 東京へ近付いていく帰りの車中では、大した会話も無く、車が東京に入る前から話題は尽き、俺の方は運転に集中し、同僚は助手席のシートをフラットに倒し、大口開けて眠りこくってしまった。

東京に入ったのは、すっかり日が暮れてしまってからだったので、帰宅を急ぐラッシュに引っ掛からないように、慎重に道を選んで、目的地の同僚宅までを走らせる。

 私道にハンドルを切り、しばらく進むと大通りに沿った高いマンションアパート郡に隠れるように閑散とした住宅地に入る。壁に大小のヒビが見える古ぼけたアパートの前に車を滑らせた。

タイミングを見計らったかのように、隣でシートをギャッチアップさせ、盛大な大欠伸をして起き上がった同僚が「着いたな」と、アパートの出入口を見やりながら呟く。

 車からほぼ同時にお互い降りて、戸田山は何の気なしに助手席側に回り込んで、ドアに寄り掛かるような姿勢で同僚がトランクから自分の荷物を纏めているのを見ている。両手一杯に荷物を抱えて「じゃあな」と大声でアパートに入っていく同僚を見送った後、運転席に乗り込み、次なる行き先の方に意識を向けた。

 

 たちばなに出向くのは、あの時以来だ。

たちばなの前に到着した時には、もう暖簾は外に出ておらず、店も電気が付いていない様な時間になってしまった。斬鬼は待っていてくれているのだろうか?車から降り、店の引き戸の前に立ち、遠慮がちに中に声をかける。

 

「ご、ごめんくださー……い……」

 

 発した声の最後の方が尻込みしているのに自分でも情けなく感じながら、反応を待っていたが、一向に中からの物音は聞こえてこなかった。

 斬鬼は、きっと明日だって魔化魍退治で忙しい。きっと忘れて帰ってしまったんだと思い、踵を返す。

 

「あ、居たのか。すまんな。大通りから来るかと思って向こうにばかり気を留めてたよ」

 

 たちばな は丁度、十字路の角に位置していて、自分は脇道へ折れる狭い通りに横付けしていた為か、大通り側から横付けして俺を待っていた斬鬼は、俺の到着に気付かなかった様で、店先に居た俺の姿を見て慌てて車から降りてきたのだと想像に硬くない調子だった。ふうと一息ついて腰に両手をやる。

 

「ここじゃ何だし、何処か行くか?」

「あ、出来れば たちばな の親父さんにも話を通した方が良いんです」

「あぁ?おやっさんも?……何だ?猛士に関わる話なのか?」

 

射抜く様な斬鬼の視線に、圧され、ごくりと次の言葉を飲み込む。一度大きく深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。

 

「実は、俺。……なりたいんです。……鬼に……」

「はぁ?」

「斬鬼さんみたいな、鬼になりたいんです!」

「……いや。うーん……。お前には、警察官っていう立派な職務が……。鬼になりたいなんて、一時の迷いじゃあ……」

「迷いじゃ無いです!俺は!斬鬼さんに二回も助けられて。

……それで、誰かを一生懸命、守れる力が……。自分で誰かを、守れる力が欲しいんです!」

 

 じっと俺の瞳の中を見つめる斬鬼。俺も目を反らさずに、見つめ続けた。やがて斬鬼は足元に視線を落とし、何回か頷いて「分かった」とポツリと呟く。

 

「弟子になるんだったら、死ぬ気で着いてこいよ?戸田山」

 

 斬鬼が、俺の肩に手を置く。その手には力の他に期待も込められている風に感じて、気持ちが自然と高ぶった。

 

「はいっ!」

 

 これが、俺の鬼としてのスタートだった。

 今にして思うと……。

 

「……ねぇ、斬鬼さん……?」

「あぁ?何だよ?戸田山」

「……何で、俺を弟子にしようと思ったんですか?」

「……何だよ、急に……」

 

 急に話を振られて、動揺してるのか、微笑を漏らしながら、烈雷を両手でクルクルと弄びながら、言葉を選んでいる様子を浮かべている。

少しの間を取るくらい、弟子にする理由があったのだろうか?

 

「……お前なら。

弟子にしても良いと思ったからだ。……言わせるな」

 

 はにかむ。

 

 お互いに何か照れてしまって、口許を緩めた。

 今。俺は、俺の望むこと、やりたいと願ったことをしている。

 

 これは運命だった。この人に出会った事が。俺に鬼を目指させた。

心に、また闘志を燃やし、師匠の目を見る。

 

 相手は不意に見つめられたからか、また照れた笑顔を見せて、烈雷に指を走らせている。

この人に出会えて良かった。

そう心に響かせ、師の手伝いに戻った。

 

 

(完)


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。