因習村と呼ばれる街がある。
人口数百人、働く成人の大半が一つの子会社に務めない以外は薄給となる程度の寂れた街である。住む住民も開き直って村と呼ぶ程度な、凝り固まった地域だ。
そんな場所ゆえ、出る人も、入る人も少ない其処は保守的な思考が好まれる。それでも因習とは無関係な世の理に法律を遵法精神が伴うだけこの地方はまともと言える。しなければならない義務はただ一つ、この地に住まわれる荒神を祭ることであった。
禁足地にて安置される神社への信仰。荒神が抑えられるとは即ち災害が来ないということ。逆説的に災害を封じ込める【絶単離様】への祈りは安全の形で彼らに振舞われていた。
しかし、そのマトモさも最近は揺らぎかねていた。
理由は数年前に会社見学として初心者マークを引っ提げて祠を鉄屑と一体化させたボンボン、金光の孫だ。祖父にどやされたのか包帯まみれで粗末な祠を置いた後は毎日の参拝もしない不信心者である。彼の蛮行により、この村の住民は被害を被っていた。
当然である。住処を壊された神は止まることが出来ない以上、外に出された神は働かざるを得ない。この度集まった街の中心人物達も、皆が何処かしら包帯を巻いた怪我人であった。十数人がひしめき合う部屋の中は、空調が効いているにも関わらずどこか生暖かい空気が流れていた。
「…どうだった、村長様」
「駄目だ。相場表を見せられた上で断られた」
村長はガジガジと頭を掻いた。最近左腕を失った懇意にしていた霊媒師は引退の土産とばかりに業界の相場を見せていた。被害者、推定災害、そして人材派遣と破魔に消費する経費。村長達のたかが不運程度は誤差と呼べる規模の不幸が日本中に蔓延していた。
「そんな…!田籠も峰内さんも小鳥遊叔父も骨折ってまともに歩けやしないんだぞ!?」
「分かっとる。しかしわしも人じゃ。人喰い山や洗脳羽根が蔓延る界隈に彼らにとって端金の依頼を横推しすることは出来ん」
良い悪いではなく、出来ない。
たとえ村長が相場の三十倍を依頼料として出したとしても相手は首を振ることはない。純粋に優先事項が異なるためだ。死人が出るまでは正式な霊能者は派遣できないと言われたと村長は頭を叩いた。
「…まて、正式な、とは何だ。他にも人材がいるのか?」
「…道警の密葬課にいた
「密葬…?」
「公的の手に負えない
ごくり、と皆が唾を飲んだ。ニュースで流される犯罪には何十人殺した極悪非道の殺人鬼も存在する。たとえテロリストでも警察が捕えるなり失敗するなり報告を行うだろう。そんな公権力が手を離すとは、つまりヒトには扱うのが不可能な─災害を相手に対するものを相手取る形なのだ。
「皆には悪いが、独断でその方と交渉した。絶単離様への慰撫はそのお方にやっていただく」
そのような存在と合間見えた村長に皆が尊敬の目を向けた。しかし、それは彼が請け負うことを依頼した者の写真を見せるまでだった。140にも満たない身長、美しい灰色の長髪。神秘的だが、霊能者としては未熟にしか見えない少女がそこに写されていた。
「こ、子供ではないか!コレが絶単離様を慰撫できるとでも…!?」
「最近は
「何故!」
「彼女は治癒の神通力がある」
村長が徐に自身の靴下を脱ぎ、右足を主張するように伸ばす。幼少期にコンバインに巻き込まれて失われたはずの指がそこには存在した。
開拓三神の派生として誕生したとされる絶単離様は縁切り、災害を統べる荒神である。信心深い村長が恩賞を与えられたとしても物理的に再生は行われないはずだ。即物的な実証にその場の全員が畏れを抱いた。
「わしには絶単離様の考えは分からん。だが、治療されて怒る荒神はおらんと思う。いざとなれば
「「「……」」」
「払う金額には見合った考えだと思わんかな?」
全員が無言となった。反対意見は存在しない。決を取るまでもない結果に、村長の鼻が興奮で開いた。
「なら、決行は祭りの日だ。皆のもの、よろしく頼む」
➖➖神は、理不尽に理由を求める➖➖
岩永琴子は怪異と人との摩擦を解消する調停者である。
幼き頃に怪異、今ではガイアによって『悪魔』と定義されたソレらと契約し、片目片足を証として『怪異達の知恵の神』となる道を歩んでいる女性である。
とはいえ、彼女は貧弱な人間である。三大欲求は満たさなければ死ぬし、多少人外気味であるが桜川九郎という恋人も存在する。今回訪れた寂れた街に関しても、依頼人である金光からの要望に応えての訪問だった。
「ま、彼の依頼は『祀られる神の怒りの原因の特定』。
「…その通りですが、些か詐欺じみてないか?」
「技能職に薄給を求めるのは酷、というものですよ」
「それは…そうだな」
金光の家はこの街の重鎮、通称村長の斜向かいの家だ。携帯で地図を見ながらたどり着いた家には、広めの道路をはみ出して占領している一台の車があった。岩永の知識では『世界が壊れても大丈夫』とアピールされたガイア製の高級車と回答している。村長の玄関口を塞いだ億単位の車の側には、運転手らしきスーツを着た紅髪の背の高い女性がタバコを吸っていた。
それをみた瞬間、桜川の全身が活性した。体温は上がり、息は乱れ,じんわりとシャツに汗が染み出した。彼女は龍を人型に押し込んだ存在だった。桜川の特異体質を鼻で踏み潰せる格の差がそこには存在した。
「…あん?覚醒者が何の用っすか?」
「金光様からの依頼で調査を。岩永琴子と申します。以後よしなに」
岩永は桜川を気持ち盾にして優雅に頭を下げた。
悪魔が見え、接触を可能とする人間を覚醒者と称すのは怪異からの教えだ。ガイア式でレベル1でしかない岩永に桜川のような
たとえ、それが無意味だと知っているとしても。
「其方も荒神様の調査ですか?バッティングしているようなら我々は帰りますが」
「はは。アタイは姐さんの
タバコを吹かしながら車に体重を預けている姿は隙そのものにも関わらず、桜川は警戒を緩めることができない。未来視の悪魔【クダン】の血を引く彼の実力は見た目のレベルよりも遥かに強い。それでも敵わないと直感してしまうのが目の前にいる女性だった。
「…肝に銘じる」
「人魚だけにっすか。肉体に人魚を取り付けるのは悪くないっすけど
「えっ」
「あん?」
さらっと自身の秘密を開示された桜川が戸惑いを隠せない中、ガラリと村長宅の入り口が開いた。中から現れたのは小洒落た中性的な服を着た少女だった。村長を始めとした中にいる老人達が頭を下げるのを取り下げる姿は、岩永の目には医者のように写った。
「ルヒアさん、お待たせしました。…お話中でしたか?」
「ああ、姐さん。ただの雑談っすよ。病院勧めてたっす」
「──いやいや!
バシーン!
鉄骨が落ちたのかと錯覚するレベルの拳骨がルヒアの頭部に炸裂した。彼女の足が数センチ地面へ埋まり、口に咥えたタバコは
「彼女持ちが性欲減退してるのに口を出さないのは雄としてだめっすよ。精通前の姐さんには分からないことっすが」
「はったおすよ!?」
「…どうりでいつもエンジンがかかるのが遅いと。言ってくださいよ」
「生まれつきだったから…そんなものだと…」
とぼけた、というより本当に知らなかった桜川にため息をついて岩永は姐さんと呼ばれる彼女に近寄った。身近に潜む怪異達の囁き声が更に多くなる。普段は千差万別なはずのその言葉は、今回ばかりは一様に
北海道の怪異が重犯罪を犯せなくなった、理不尽な筈の化け物に従属を選ばせた規格外。弱者である岩永に怪異が下手にでて契約を結ばせた元凶。噂話だけ聞いた存在の伝手に彼女は初めて出会った。
「(と、いうより。
『(駄目だ。
普段から親身である彼らの中でも特段に頭が良い存在が付きっきりで岩永に常駐している。本来なら警戒すべき実在する神の脅威を放り出しての警告。岩永は恋人の桜川を見て、桜川は軽く首を振った。
「僕の身体を慮って言われたのは分かるよ。ただ、オカルトに被れた愚かな祖母が図った実験だ。専門医の伝手もない貧乏人にはどうしようもなくてね」
「
「………」
「(九郎さんが見たこともない顔をしている…)」
慈愛に溢れた少女は特段気にした様子もなく車のドアを開けて小物入れを取り出す。その中から手際よく名刺を取り出した彼女は岩永の周りに漂う悪魔の取り巻きを無視してそれを手渡した。
子安総合興行会社 秘書兼ハウスキーパー 石弓あきら
「…就職されているんですね」
「非合法の仕事でも看板の有無で違いますから。貴女の活躍も耳にしてますよ、岩永琴子さん。岩永家の才女と」
「シェルターも買えずに足で伝手を探す馬鹿者ですよ。そちらと比較したら私程度の家など成金にすぎません」
「貴女の、です。フリー、それも一般人を相手に報酬を得るのは並大抵のものではありません」
自虐する岩永の言葉は事実である。今や世界を斡旋するガイアコーポレーションの管理下にない会社はその他扱いだ。柔かに握手するために差し出された彼女の手を岩永は受け入れた。触れた手は堅く、厚みのある印象を覚える鍛えられたモノだった。
「だからこそ申し訳ないのですが」
「…はい?」
「その仕事は貴女の恋人の姉である桜川六花の推薦になります」
岩永の掌から不快な汗が滲み出した。
「未来予知を有していたようですが、ガイアの財布に手をつけたのは失敗でしたね。彼女は現在こちらにて服役中ですが、保証人として貴方達を指名しました」
「…ガイアに股をひらけと?」
「
軽やかに笑う彼女に対して、岩永が出せる手はひとつだけだった。
➖➖差別に、人は神を利用する➖➖
「…想像以上に優遇措置がありました」
適当なファミレスで契約させられた岩永は渡された社員証を掲げて桜川にもたれかかった。甘える風景に視線を注力する者はいない。日中帯の祭りで恋人とイチャつくことに違和感を覚える者など存在する筈もない。
「武器、防具、回復などアイテムの供給。定期的な健康診断に
「だが
「そん
なに」
「若い男は猿だという喩えを心から実感している」
背中に当たる硬いナニに岩永は少し興奮した。周囲からちんちくりん呼ばわりされる彼女にとって、桜川の欲情は割と喜ばしいものだった。無論そこらの男なら唾を吐きかけるが。
「あむ」
情欲を振り切るべく岩永は購入したりんご飴を食べた。昨今の不景気に合わせた痩せた
「まあ、現金な方達が多いのは当然ですが」
岩永が祭りの会場を見た。わいわい、がやがや。音が聞こえる、会話がわからない。田舎にも関わらず、数百人の観光客が存在した。辺りにいる観光客をよく見据えればラフな服が高級な仕立てによるものだと気がつくだろう。死を忌避する
その矛先がここにいる神ではないことは失笑すべき事柄だろうか。
『─只今より、石弓様による禊の舞を始めます』
ひたり、と裸足で石弓が台上に立った。始めてすらいない準備の段階で現れた彼女に、見学者が不思議と大人しくなる。安らぎ、安心、安堵。活動的な精神が
桜川も例外ではない。彼女がその気になれば安らぎに心が
どかり、と桜川達の隣にあるパイプ椅子に座った彼女は手を振って戯けた。
「よう、未来のご同僚。お熱いところ失礼するぜ」
「…ルヒアさん」
「さっきはうちの部下がすまなかったな。最近入社した一匹狼タイプだったんだがな。案の定ボスを見て心が折れやがった。治療がてらお前らの指導役やらせるから仲良くしてな」
「メンタルケアを新人にやらせないでいただけますかぁ!?」
ルヒアは知らぬ存ぜぬとばかりにタバコの煙で輪を作った。
「お前の雑魚使い魔の管理費用代だ。その内整理も兼ねて
『…!!』
「暗に蠱毒するって言ったのにすごい喜んでます…」
「悪魔はそんなもんだ」
百や二百ですまない数の怪異を集約して問題ないのか岩永達は思った。
「こちとら
「…いるんですか、人魚」
「仲介も請け負ってる」
大丈夫なんだろうなぁ…。
「……」
マグネタイトで煌めいた眼をした石弓は何かを迎え入れる姿勢で数分を費やした。傍目から観て無駄に思える挙動に、岩永の目線が鋭くなった。やがて背中にある六尺棒を軽く叩きつけた石弓は桜川達がふらつくほどの魅惑を放出し。
やおらに首を傾げた。
「どうなされましたか、巫女様」
「ええと、念のためですが…此処を鎮めれば良いのです、よね?」
素養の無い村長には彼女達の流れは理解できない。ただ純粋に神の身を案じて石弓に頭を下げた。
「はい。絶単離様はこちらにおられますため」
「は、はあ。なかなかの信心深さなんですね。
「…?」
村長の回答に脈絡のない呟きを桜川は聞いた。実力が及ばないとは到底思えないが、話を聞く限り絶単離様は強大な祟り神だ。霊感の強さ故に実力差を感じとっているのだろうか…?
「まあ思うところはありますが。…依頼なので」
石弓は手に持った棒をひゅるりと回転させ、風を起こした。岩永達が思わず目を閉じて、そして開けば彼女の足元の地面に幾何学的な紋様が浮かび上がっていた。トン、タンとリズムを作った石弓は澄んだ目でこの世にない何かを見据えて礼をした。
「本気でやります」
彼女が見えないほどの速度で棒を振るうと、パン!と弾ける音が響いた。桜川が目を見開いて見ようとも見切れない速度だった。音は段々と速くなる。右に左に上に下に。ある一定の場所で弾かれる音は次第に観客の目に人型を映し出した。
「(村の平均みたいな体格の…ヘドロの人形か。凄いな、素面でさえ見える)」
事前に聞いていたが、実際に見ると迫力が違う。神様が拵えた悪役を叩きのめすことで陰気を祓うのだったか。内心桜川も子供のような姿形で侮っていたらしい。アレほどの武術は彼には一生賭けても到達できないだろう。なるほど、ケチだと噂された村長が金を払う訳だと桜川は納得した。
振り回される棒は軌跡しか見えない。形作られた人型は苦悶の動きをして彼女から目を背けた。彼女の口から罵倒らしき何かが飛び出る。その声は彼女がどうあがいても出しようのない壮年あたりの男性の声だった。
「ヒッ…!」
本物の神の威光に村中の誰もが竦み上がる。桜川はふと目に入る風景に齟齬を感じる感覚に陥った。塗りつぶされた色に原色を残されたようなそれは、日焼けした金髪の軽薄な男だった。
彼の名は知っている。岩永が受けた依頼主の息子、金光だ。軽い、そんな単語が浮かぶ彼はこの光景でも金光はアホヅラを晒したままだった。その姿は明らかに場にそぐわないものだった。
「…?」
違和感が頭を擡げる。鎮魂祭として間違いのない作業に、何かが抜けていると実感する。桜川も、岩永も、両者は訝しげに互いの顔を見た。
「◼︎◼︎!!──。ありがとうございましたー」
舞が終わり、爽やかな空気が辺りを回った。歓声と共に広がる邪気の無さは
「めんでぇ。夜勤確定じゃねぇか」
「あの、これは…?」
「姐さんの舞で気は緩くなった…あー、こりゃ確定かあ」
「説明は、していただけないのでしょうか」
「いや、お前らの方が頭良いだろ?」
ルヒアは岩永達の顔を見て、本心から言った。困惑した二人に対して彼女は首を傾げながら立ち上がって祭りの会場を背に手招きをした。立ち入り禁止のテープを乗り越え、親指で示すのは目下工事中である神の社だ。
「
岩永達は数分の歩いて御神体が祀られていた祠の前にやって来た。金光が自費で建てた祠の目と鼻の先にあるそれは、年季の入った一級品の代物だった。僅かに悪臭がするそれと新たな祠を見比べて、彼女達はようやく現在の状況を把握できた。
「…あー。
「馬鹿な連中の猿騒ぎって奴だ。…コトは今夜だ。参加するか?」
➖➖神は、その偉大さ故に雑となる➖➖
ばちばちと生木に火がくべられる音が響いた。
夜間、深夜の午前二時。明かりが消え去った暗い夜道を照らすように、村長宅の庭で幾人かの人がてずから作った松明へ焚き火から火を灯していた。
「神の怒りじゃ」
火の光を受けた村長が悲しみに溢れながら語った。
「あんの金光の家は神の目障りとなった。恩もあるが、金光の息子さんの命にゃ変えられん。今は無人だな、峰内」
「ああ。窓割って金目の物も移した。今は神様の目が光る
「そうか。…あとは頼む」
気が進まなくとも神の矛先を逸らすにはしょうがない。還暦を超えた身で今更臭い飯を食いたいとも思わない。だが、実害が出た以上村長の身として行動に行かないのはそれこそ不信心だ。
村長は目をつぶって手にある松明を全力で投げつけた。年若い頃から健康で知られた彼の腕力は十メートルもない距離へ投げつけることなど雑作もない。宙に投げられた松明はそのまま弧を描いて開けられた窓へ入る寸前に、それは風で舞い上がった。
「「「…!!」」」
風は火を伴って煙と化した。それは眉だった。眼だった。口だった。火の灯りが煙と混じり合って一つの老人の顔を作り上げた。神様だ、誰もがそれを信じざるを得なかった。
『─不敬なり』
祭りの時に聞いた深い声が響いた。煙の眼が光り輝き、村長の身体を焼き尽くそうとした。そう認識できたのは間に入った女性がそれを遮ったからだ。石弓様の部下としてタバコを吹かしていた女傑。彼女が何らかの神通力でその熱線を焼き尽くしていた。
「よう、爺さん。雇って正解だったろ?」
「ど、どうして…?」
祟り神は舌打ちをして熱線を連射した。その全てが燃え広がる炎の壁により消失した。祟り神は煙を歪ませてゆっくりと彼女をみた。
『龍の女よ。汝の献身、誠に素晴らしい。だが、我が天罰を理解しない者に容赦は出来ぬ』
「問題ないっすよ。そのまま怒り切れば良い。その程度なら受け止めるっすよ」
『かたじけない』
昼が顕現した。
台風が太陽と化して村長達に向けて光を放った。それら全てがタバコを吹かす女の作り出す火の壁に遮られた。突如訪れた異能バトルに彼らは慌てふためくことしかできない。かろうじて理性を保てた村長が訳がわからないと被りを振った。
「なぜだ…」
か細い掠れ声は実行者達全員の総意だった。
「何故我らが罰を受けねばならん!?」
罪を知り、尚も神の為に現世の誹りを受け入れて実行した村長は信じられないと涙を流した。
『汝の仕草を理解せぬ故に』
「足りねっす。通訳した方が良いっすよ」
神の言葉は端的だった。その格を省みれば寄り添っていると言える。そして柔軟でもあった。神は一筋の光線をあらぬ木の真下へ放った。小さな叫び声と共に現れたのは、岩永と桜川、そして金光であった。
「金光の倅…!?」
「あー。はい、
岩永が気まずげに手を挙げて口を開いた。何か言いたげな村長達の起点を制す為に、『信用の証』として義手を投げ渡す。美少女が渡した重要物に村長達はあたふたし、やがて周りの騒音に引き摺られるように岩永を見た。
「まず大前提ですが、この神様は
「…は?」
呆然とした村長に岩永は苦笑いした。霊感が欠片でもあれば気付いたであろう事実に、彼らの幸せぶりが分かったからだ。
「祠を壊されて怒りに駆られたのは事実です。ですがそれは最早数年前。新たな祠が建てられた以上、神が荒立てる理由は存在しません」
「だ、だが金光が祠を建てたのは数週間前だぞ!?今までの私達の被害は偶然だとでも言うのか!?」
「残念ながら」
「何故だ、あれほど放置していたのだぞ!?」
「そりゃあ、そうでしょう。何せ
村長達はその言葉に愕然とした目で金光を見た。それに満足した祟り神は光線を打ち出すのを取りやめ、然り、と深く頷いた。
『そこな若者は己の過ちを真摯に反省し、我が棲家を罪過として1人で成し遂げた。己が進路を違えようとも品質を上げるその歩み。我が怒りを鎮めるには十分な行動であった』
「さ、最初はようつべのDIYでやろうとしたんすよ。でも関連動画見たら材料1つに数年っしょ?俺のせいなのに金だけはだめかなーって」
金光は本心から反省していた。決めていた大学を取りやめ、浪人して建築系の大学へ入学。父の伝手をたどって木こりのバイトから木材を買取り、コンクリも自らの手で取り寄せた。そうして作り上げた祠は、指導していた元工務店の老人が太鼓判を推すような立派な建造物と化した。
『我が家となる故。少々手助けしたが…中々の拵えだ。善きなり』
「あんまり頭良くない俺が試験に一発合格したんは神様のおかげっすか!?マジあざっす!」
最新の科学技術を組み込んだ耐震・対物を基礎工事から入念に仕入れた祠はそこらの建物とは質が違う一級品であった。余りの真摯さに祟り神は金光に加護を授けるほど感動し、そしてふと、丁寧に集められた壊れた祠を見た。
古臭く、ぼろぼろで、なんの整備もされていない血の匂いが漂う祠を。
「経年劣化、不景気の管理費用。神社にすら費用をかけられない保守の滞納が溜まりに溜まった結果が貴方達の不幸でした」
「そんな…」
「神様に愛されていたのも原因です。どれほどの偶然に恵まれても
壊れて分断された橋がある。誰かが気付いて直せば怪我人は出ない。だが、直す金もなくただ放置された場合は別だ。どんなに幸運な者も渡れない橋を渡ろうとすれば災害は防ぎようがない。
「呼吸と同じっす。吐いたなら、吸わないと不自然が生まれてしまう」
「天罰ですからね。七代祟る─キリの良いところが無いと永遠に罰が終わらない。神の御技もよりけりということです」
言葉遊びに過ぎないペテンも力が実在すれば納得せざるを得ない。村長達はがっくりと肩を落ち込ませ、金光も身を縮こませて彼らに謝罪をした。
『善きなり』
己が禰宜の扱いに納得した荒神は一言呟いて煙を解いて消え去った。あたりは真っ暗となり、啜り泣く声が虫の音と合わせて静かに鳴いた。
「終わったか」
身を焼いている炎を消したルヒアは欠伸をしながら岩永の肩を叩いた。神の裁きを無傷で捌いた彼女は泰然としたまま存在していた。彼女は手にある携帯で何やらメッセージを送信した後、やる気無さげに手を振った。
「そんじゃ帰るわ。依頼料回収しとけよ」
「えっ。この空気で…!?」
困惑する岩永を無視してルヒアは車に乗り込んだ。メッセージにはメシア教がロシアンマフィアの伝手により密入国したと
北海道は恐山に住むイタコ達の諍いの道路として犯罪指数がメシア教により上げられた土地である。力こそ全て…まではいかないもののヤクザとマフィアと野良カルトが混ざり切った混沌の土地である。
皮肉にも悪を進めたメシア教が布教すら犯せないほど汚染された土地は、一人の暴力装置によって支配権をガイアへと平和的に移乗し始めていた。
血生臭いメシアの如く。
「休暇はなし。いつになりゃあ平和になるんすかねぇ」
警察から配布されたパトランプを大音量で奏でながら、ルヒアは後部座席で寝入る石弓を見て、アクセルを全開で踏んだ。
北海道
誰も北海道に侵入しない結果溢れ出る東北の犯罪に対してメシア犯罪が皆無という不思議な土地となった。メシア教がこの土地で布教した場合、一般市民(カルト)、犯罪者(ヤクザ・マフィア)、警察による物理的な排除により非合法に始末される。