そんなときにも思ってしまう、僅かな瑕疵。
裏側にあった想いは少しずつ洩れだして、傷を広げていく。
それでも取り繕って、歩いていこう。
道はまだ、続くから。
これは、不味いな。正直言って私、受かれている。
声が上ずってしまったかも、歩くの早くなっているかも、意識せず鼻唄が出てしまっているかも。控えめに言っても、テンションが上がりすぎて大変だ。
ええい落ち着け私、これは――
それに勝手に受かれてたら、大喜くんに悪い。きっと大喜くんは、これがデートだなんて思っていないんだから。仲の良い先輩後輩なら、こういう「お出掛け」はよくある事だろう。それだけ、それだけ。
ああ、それでも。楽しい、な。
そう言えば。大喜くんが私を誘ったのは、これが初めてかもしれない。水族館の時は笠原くんに頼まれて私からメッセしたし、こないだ海へ行ったのも私が「どこかへ行きたい」と言ったのが切っ掛けだった。
大喜くんに何か、心境の変化があったんだろうか。もしそうなら、その理由はきっと。きっと――蝶野さん、なんだろう。
二人は付き合ってはいない、でもそうなるかもしれない。合宿でやったキャンプファイアーの時も、二人で別の場所にいたようだし。それは二人の間での事で、私が干渉して良い事じゃない。本当なら私は、大喜くんと二人きりにならない方がいいんだろう。
でも、だけど。こうやって一緒にいるのは、何気ない話が出来るのは、とても楽しい。蝶野さんには悪いけど、ね。
そんな事を考えながら大喜くんのジャージを選んであげていて、ふと思った。どうせだし、私もなにか一着買おうかな。こうして出掛けた記念として、それを新しい部屋着にしよう。大喜くんは気が付くかな、どうだろうな。
どうせ見るのは大喜くんだけ、……いやまあ由紀子さんたちもいるか。まあ揃って身内みたいなものなんだし、気を張ったものでなくて良い。
Tシャツ辺りにしておこうか、予算の都合もあるし。
試着室で着替えていると、外の物音が妙に気になる。これって私だけなんだろうか、どうなんだろう。まあ、良いんだけど。
足音が離れる気配がないから、大喜くんはすぐ側にいる。私を待っている、ということ。
なんだか良いな、こういうの。待っててとは言わないし、隣にいますとも言われなかった。それでもちゃんと、いてくれる。大喜くんの存在は、安心に繋がってくれるんだ。
、っと。ニヤニヤしているわけにもいかないな。早めに着替えて、大喜くんに感想を聞こうか。
いそいそと着終えて大喜くんに声をかけようとした、その時だった。
『あれ、猪股じゃん』
近づいてきた足音と知らない男子の声に、身体が一瞬縮こまる。知らない人は苦手だし、試着室というのは無防備過ぎる。カーテン一枚だけの空間は、逃げ場がない。やっぱり不安だから、耳をそばだててしまうんだろうな。
しかし大喜くんに話しかけているようだけど、友達かなにかだろうか。早く何処かへ行って欲しい、せっかく着替えたのに。
その想いが通じたのかそれとも妙な勘繰りをしたのか、たった一言を残して気配は遠ざかっていった。
だけど、それは――私には重すぎる一言。
結局そのTシャツは棚に戻し、大喜くんのジャージだけ買って私たちはカフェへの道を歩いている。
楽しいはずの街歩きは、僅かに色を失ってしまっていた。あそこで大喜くんにかけられた言葉が、胸に刺さって離れてくれない。
『――蝶野さん?』
あの男子は何故、そう言ったのか。大喜くんの隣には蝶野さんがいる、それが当然だと思っていたんだろうか。あの二人は仲が良くて、周りからも祝福されていて。私がどう動こうと、絶対にああはなれない。そもそも表立って一緒にいることさえ、難しいのだ。私は学校の誰かに見つかったら、そこでバッタリ会ったとか言い訳しなければいけない立場。
蝶野さんなら、そんな事を気にしなくても良い。好きだから、とか一緒にいたいから、とかその程度で寄り添える。
それが羨ましい、あんな風になりたい。
もしそうなれたなら、どんなに良いか。でも――。
……ダメだな、やっぱり考えすぎてしまう。
気分を切り替える為にも、あのカフェでアップルパイを食べよう。あれは私史上最高の逸品だ、大喜くんにも是非食べてもらわないと。
そうすればきっと、気持ちも晴れる。良い気分になったら、途中までで良いから並んで帰ろう。
大丈夫、私は大丈夫。そう心に念じながら、私は顔を上げて歩みを早めた。
松岡くんの事は書きませんでした、揉めたくないし。