風が
ただ今は情け容赦ない寒冷が混乱する脳内に正確な現実を突きつけていることを、美竹蘭は運転手の身体に必死にしがみつきながら認識していた。いや現実に呼び戻す手がかりと言うべきか。とにかく現在の彼女は、自分が目にしているものに対して正しく受け入れられない。
どうして冬風を切っているのか、学校の帰り道にバイクに乗った青年にナンパされたのが発端だったはずと記憶を辿る。バンド練習もない放課後、他のメンバーは部活や委員会、バイトなどで予定が埋まっていて一人だけの帰路。厚手の上着を
ヘルメットのバイザーを上げた青年が「ねえ今から乗っていかない?」という直球すぎる口説き文句を口にし、即座に断るもしつこく迫られたのだ。もちろん根負けすることなく拒み続け、結果的には彼の意気を折ることに成功する。しかし、青年を避けようとしたあまりに普段とは違う道を通ったからか、何かに導かれたかの如く心霊スポットである廃墟前へと辿り着く。
方向音痴による迷子ということでもなく、幼い頃からそれなりに通った道ではあるものの、心霊スポットの周辺に相応しいほど人気がない。日があっという間に沈む時季と相まって薄暗く何が出てきてもおかしくはない雰囲気からあまり通りたくないと思っていたが、背に腹は代えられない――家がある方向へと足を踏み出した瞬間、廃墟の中から物騒な物音が聞こえた。一瞬固まった後、恐る恐る建物の方に顔を向けた直後、血で上塗りされたバットを手にした大柄な男の姿が寸秒だけ目に映る。
当然、命の危機だと頭のてっぺんから爪先まで共通の伝令を下し、速やかに走り出す。まさか心霊現象ではなく、物理的に危ないものが見えるとは思わないだろう。
幸いにも、向こうは彼女の存在を気づくことなかったため、息を切らした頃に蘭は安心して足を止める。周囲を見渡せば、見知らぬ住宅が建ち並ぶ住宅街というのを認め、頭を抱えた。どうやら家の方向に逃げていたつもりが、気が動転して違う道を通ってきたらしい。
だが彼女はすぐにスマートフォンを取り出し、地図アプリを起動する。見慣れない道だとしても家路に繋がっていないわけではないため、合流地点さえ分かれば問題ない。
現在地と家の方角を確かめながら地図と
何故、彼がいるのか――詳しく自問する余裕もなく、蘭はまた走る羽目に。けれどバイクと人間の速力では勝負になるはずもなく、瞬く間に青年が隣に並ぶ。
「道迷ったでしょ?」蘭の状況を言い当てる青年は、路肩にバイクを止めて降りるとリュックからヘルメットを出して彼女に投げ渡す。図星を悟られまいと
断ろうとしたが、もう断れる状況ではないと諦めるしかなく、蘭は彼の後ろに座ってしがみつくことに。家の近くにあるコンビニまでを教えて、今に至る――。
正直、ヘルメットを投げ返せば良かったのではと今になって後悔するばかり。確かに逃げれる状況ではなかったし、他人の物を投げ捨てるほどの勇気もない。けれど見ず知らずの人間のバイクに乗るのはあまりにも馬鹿らしいの一言に尽きる。
心霊スポットで目撃した一幕による気の動転や逃走による疲労が原因でまともな判断ができなくなっていたのだと決めつけ、もう原因を突き詰めることを止めた。代わりに少しだけ周りへ
程なくしてコンビニに到着し、蘭は降りてヘルメットを突き返す。青年は嬉しそうに受け取って、彼女に礼を言って爽やかに走り去る。彼の後ろ姿を見て、蘭は「本当になんだったの……?」と眉をひそめて困惑するだけだった。