特別に大きな理由はなかった。でも、冷たく電話を切られた。
想いを断ち切れない私は失意のなか。やり直せるならやり直したい⋯⋯。
昨夜、私はカレとお別れをした。
私たちは幼馴染で、中学二年生のときに恋愛関係となり、今まで三年間、うまくやってきたはずだった。
家が隣同士だし、お互いの親もよく知っている。常に間近にいたぶん、キスはいっぱいしたけど、その先は……と聞かれると、未経験としか言えない……。
カレだって男の子だし、そういうことをしたいだろうことは察しがつく。
でもそれが直接の原因だなんて思えなくて、所詮私たちは恋愛こっこをしていただけなのかなって考え出すと、 止まらない。
カレは 楽人は優しいから、私を傷つけないようにしたんだろう。
「じゃあ、またな」
なんて言葉、聞きたくなかったよ。
「じゃあ、また明日な」
って言ってほしかったよ。
『また』っていつなの? その『また』はちゃんとくるの?
楽人は女子に人気があるから、私と別れたなんて知られたらすぐに狙われちゃう。
私が防波提になって、ほかの子たちから守ってあげなきゃいけなかったのに、もうそれもできない……。
◇
夏の朝の風が、部屋のレースを揺らしている。
今日も暑くなりそうだなって考えると、それよりもっと私たちは熱かったよねって考え出してしまう。
ベッドに金色のような色をつける朝陽。いつかここで 眠ってしまった楽人を思い出す。あのときの楽人はちょっと熱があって、私が介抱してあげたんだ。
新妻みたいな感じに、雑炊を作って冷ましてあげながら、私もちょこっと食べたりして、風邪が伝染ることもかまわずに、「間接キスだね」って笑ったりして。
あのころは幸せだった。ニ人が別れるなんて、思いもしなかった。
今日から学校で顔を合わせたらなんて声をかけたらいいの? ぎこちなく笑えば泣いてしまうかもしれない。
この部屋にも、楽人との想い出はたくさんある。誕生日にもらったぬいぐるみ。二人でお揃いのマグカップ。幸せな夫婦の象徴·アクアマリンのベンダント。
二人で撮った写真も、二人で選んだ置き物も。朝陽に照らされるたくさんのものが、楽人を思い出させて仕方ない。
別れられるわけないよ。まだ、こんなに好きなのに……。
それでも現実は容放なく、脳内で繰り返される昨夜のやりとり。
私が嫉妬したからいけなかったの? だって他の子からクッキーをもらう顔が嬉しそうでいやだったんだもん。
窓の外には、楽人の部屋が見える。カーテンを開け放して、部屋にいないようだとわかる。
カレのなかでは、もう終わった恋になっちゃったのかな。私は過去に好きだった女になっちゃったのかな。
そう考えると、ものすごく悲しくなって、寂しさのあまり、ぬいぐるみを抱きしめてしまう。
楽人、すき
私はまだ、この恋を終わらせきれてないよ…。
トーストの香りと、卵が焼ける旬いがする。油がバチパチ弾けていて、ベーコンもいっしょに焼かれているのかなって思う。
傷心の私をあざ笑うかのような、少し音程が外れた鼻唄。二階から降りていけば、「早く朝ごはんを食べて学校行きなさい」って言われるんだろう。
私は失恋したのに、もう学校に居場所なんてなくなっちゃったのに。気だるさが、肩を重くする。
食欲ないなんて言ったら心配されるから、しぶしぶ制服に着替えて、髪を梳く。
今日はさすがに髪型なんてどうでもいいや。かわいくしたって意味ないし、さっとポニーテールに結って終わり。
ふと、じんわり涙がにじむ。楽人はポニーテールが好きだった。手抜きのつもりなのに手慣れてしまっている。
ああ、どうしようもなく、楽人に会いたい。会って、 もう一度やり直すチャンスがほしい……。
スクールバッグに、昨夜書いた手紙を入れる。どれだけ想いをこめたかわからないカレへの手紙。ちゃんと渡せたらいいな……。
失恋したばかりでふらつく足を踏ん張り、階段を下りていく。歯みがきをしているあいだに、音程外れの唄は止んだみたいだ。
かわりにコーヒーの香りがする。手芸が趣味のママが作ったビーズの暖簾を手で除けて、ダイニングに入る。
テーブルの上には、ベーコンエッグトーストと、レタ スのサラダ、そこに置いてあるカップに、カフェオレが 注がれていく。
「早く食べて学校行きなさい」
予定調和のような台詞。私は傷ついているのに、学校なんか行ったって楽しくないのに。
「どうしたの?」
まるで無遠慮にも聞こえる声。私はたまらず、この寂しさをぶつけたくなった。
「昨夜、楽人に振られた」
この言葉を言うのがどれだけつらいかなんて、本人じゃないとわからないよ。
「そう。それは悲しいね」
私はぎゅっと胸元を握る。つらいときにアクアマリンのベンダントを握りしめるのは、もはや癖だ。
カフェオレの香りが鼻につくほど、気持ちが乱れていた。
「そう。でもそんなこと、楽人くんもちゃんと知ってると思うよ?」
たまらず、涙があふれる。知っているなら、なんで、私たちは別れなければならないの。『じゃあ、またな』なんて言葉、とっても残酷だよ……
食べたくない。楽人と仲直りできないなら、生きてる意味もないんだから。
「そんなこと言わずに食べなさい。食べなきゃ思考が暗くなるから」
ママからはずっとそう言われてきたから、それは本当なんだろうとわかる。でも今は、正論より、ただ楽人に 抱きしめてほしいんだ…。
◇
「て言うか、優菜?」
「なに」
「毎朝これやんなきゃ気が済まないの? そもそも優菜と喧嘩した覚えも別れたつもりもないんだけど」
「だって」
私はカレを見つけ、いの一番に声をかけた。返事を返してくれる。よかった。
「夜は寝るもんなんだから、電話切るの当たり前だ 「それだったら、『じゃあ、またな』なんて言わない。 すごく冷たく感じた。『じゃあ、また明日な』って言ってほしかった」
「このやりとり、昨日もしたよな。一昨日 『じゃ あ、また明日な』って言ったら、『明日がこないかもし れない言い方だ』って言われたけど?」
「まったく、優菜は。おれしか面倒見れねーぞ」
そんなこと、言われるまでもなくわかってるよ。だって私は、楽人の優しさに甘えまくっているから。楽人じゃなきゃ、私みたいなやつを受け止めてくれないんだから。
「優菜。 とっとと食って学校行くぞ」
「ほーい」
「なんだよ、その顔。いたずらを考えてそうだな」
「ううん。ちがうの。ただ、ちょこっとキスしたいだけ。わがまま、聞いて?」
「まったく、本当、かわいいよ、優菜は」
そして、 そっと唇が重なり合う。
ポニーテール、揺れた。
いかがだったでしょうか。