昨夜、三年間付き合ったカレと別れた。
特別に大きな理由はなかった。でも、冷たく電話を切られた。
想いを断ち切れない私は失意のなか。やり直せるならやり直したい⋯⋯。

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ポニーテールは小気味よく揺れる

 昨夜、私はカレとお別れをした。

 私たちは幼馴染で、中学二年生のときに恋愛関係となり、今まで三年間、うまくやってきたはずだった。

 家が隣同士だし、お互いの親もよく知っている。常に間近にいたぶん、キスはいっぱいしたけど、その先は……と聞かれると、未経験としか言えない……。

 カレだって男の子だし、そういうことをしたいだろうことは察しがつく。

でもそれが直接の原因だなんて思えなくて、所詮私たちは恋愛こっこをしていただけなのかなって考え出すと、 止まらない。

 カレは 楽人は優しいから、私を傷つけないようにしたんだろう。

「じゃあ、またな」

 なんて言葉、聞きたくなかったよ。

「じゃあ、また明日な」

 って言ってほしかったよ。

『また』っていつなの? その『また』はちゃんとくるの?

 楽人は女子に人気があるから、私と別れたなんて知られたらすぐに狙われちゃう。

 私が防波提になって、ほかの子たちから守ってあげなきゃいけなかったのに、もうそれもできない……。

 

 

 夏の朝の風が、部屋のレースを揺らしている。

 今日も暑くなりそうだなって考えると、それよりもっと私たちは熱かったよねって考え出してしまう。

 ベッドに金色のような色をつける朝陽。いつかここで 眠ってしまった楽人を思い出す。あのときの楽人はちょっと熱があって、私が介抱してあげたんだ。

 新妻みたいな感じに、雑炊を作って冷ましてあげながら、私もちょこっと食べたりして、風邪が伝染ることもかまわずに、「間接キスだね」って笑ったりして。

 あのころは幸せだった。ニ人が別れるなんて、思いもしなかった。

 今日から学校で顔を合わせたらなんて声をかけたらいいの? ぎこちなく笑えば泣いてしまうかもしれない。

 この部屋にも、楽人との想い出はたくさんある。誕生日にもらったぬいぐるみ。二人でお揃いのマグカップ。幸せな夫婦の象徴·アクアマリンのベンダント。

 二人で撮った写真も、二人で選んだ置き物も。朝陽に照らされるたくさんのものが、楽人を思い出させて仕方ない。

 別れられるわけないよ。まだ、こんなに好きなのに……。

 それでも現実は容放なく、脳内で繰り返される昨夜のやりとり。

 私が嫉妬したからいけなかったの? だって他の子からクッキーをもらう顔が嬉しそうでいやだったんだもん。

 窓の外には、楽人の部屋が見える。カーテンを開け放して、部屋にいないようだとわかる。

 カレのなかでは、もう終わった恋になっちゃったのかな。私は過去に好きだった女になっちゃったのかな。

 そう考えると、ものすごく悲しくなって、寂しさのあまり、ぬいぐるみを抱きしめてしまう。

 

 楽人、すき

 私はまだ、この恋を終わらせきれてないよ…。

 

 トーストの香りと、卵が焼ける旬いがする。油がバチパチ弾けていて、ベーコンもいっしょに焼かれているのかなって思う。

 傷心の私をあざ笑うかのような、少し音程が外れた鼻唄。二階から降りていけば、「早く朝ごはんを食べて学校行きなさい」って言われるんだろう。

 私は失恋したのに、もう学校に居場所なんてなくなっちゃったのに。気だるさが、肩を重くする。

 食欲ないなんて言ったら心配されるから、しぶしぶ制服に着替えて、髪を梳く。

 今日はさすがに髪型なんてどうでもいいや。かわいくしたって意味ないし、さっとポニーテールに結って終わり。

 ふと、じんわり涙がにじむ。楽人はポニーテールが好きだった。手抜きのつもりなのに手慣れてしまっている。

 ああ、どうしようもなく、楽人に会いたい。会って、 もう一度やり直すチャンスがほしい……。

 スクールバッグに、昨夜書いた手紙を入れる。どれだけ想いをこめたかわからないカレへの手紙。ちゃんと渡せたらいいな……。

 

 失恋したばかりでふらつく足を踏ん張り、階段を下りていく。歯みがきをしているあいだに、音程外れの唄は止んだみたいだ。

 かわりにコーヒーの香りがする。手芸が趣味のママが作ったビーズの暖簾を手で除けて、ダイニングに入る。

 テーブルの上には、ベーコンエッグトーストと、レタ スのサラダ、そこに置いてあるカップに、カフェオレが 注がれていく。

「早く食べて学校行きなさい」

 予定調和のような台詞。私は傷ついているのに、学校なんか行ったって楽しくないのに。

「どうしたの?」

 まるで無遠慮にも聞こえる声。私はたまらず、この寂しさをぶつけたくなった。

「昨夜、楽人に振られた」

 この言葉を言うのがどれだけつらいかなんて、本人じゃないとわからないよ。

「そう。それは悲しいね」

 私はぎゅっと胸元を握る。つらいときにアクアマリンのベンダントを握りしめるのは、もはや癖だ。

 カフェオレの香りが鼻につくほど、気持ちが乱れていた。

「そう。でもそんなこと、楽人くんもちゃんと知ってると思うよ?」

 たまらず、涙があふれる。知っているなら、なんで、私たちは別れなければならないの。『じゃあ、またな』なんて言葉、とっても残酷だよ……

 食べたくない。楽人と仲直りできないなら、生きてる意味もないんだから。

「そんなこと言わずに食べなさい。食べなきゃ思考が暗くなるから」

 ママからはずっとそう言われてきたから、それは本当なんだろうとわかる。でも今は、正論より、ただ楽人に 抱きしめてほしいんだ…。

 

 

「て言うか、優菜?」

「なに」

「毎朝これやんなきゃ気が済まないの? そもそも優菜と喧嘩した覚えも別れたつもりもないんだけど」

「だって」

 私はカレを見つけ、いの一番に声をかけた。返事を返してくれる。よかった。

「夜は寝るもんなんだから、電話切るの当たり前だ 「それだったら、『じゃあ、またな』なんて言わない。 すごく冷たく感じた。『じゃあ、また明日な』って言ってほしかった」

「このやりとり、昨日もしたよな。一昨日 『じゃ あ、また明日な』って言ったら、『明日がこないかもし れない言い方だ』って言われたけど?」

「まったく、優菜は。おれしか面倒見れねーぞ」

 そんなこと、言われるまでもなくわかってるよ。だって私は、楽人の優しさに甘えまくっているから。楽人じゃなきゃ、私みたいなやつを受け止めてくれないんだから。

「優菜。 とっとと食って学校行くぞ」

「ほーい」

「なんだよ、その顔。いたずらを考えてそうだな」

「ううん。ちがうの。ただ、ちょこっとキスしたいだけ。わがまま、聞いて?」

「まったく、本当、かわいいよ、優菜は」

 

 そして、 そっと唇が重なり合う。

 ポニーテール、揺れた。




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