隻腕の狼、ダートに駆ける。【SEKIRO×ウマ娘】   作:hynobius

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終幕:人、帰り

 歓声と拍手。ゴール板を駆け抜けてからようやく耳に雪崩れ込んだその音が、セキロの総身を驟雨の如く叩いていた。ゆっくりと、脚の動きを緩める。すぐ隣で、アグネスデジタルも全く同じように脚を緩め、そして立ち止まった。

 どちらともなく視線を交わす。アグネスデジタルが、小さく呟いた。

「終わっちゃいましたね」

「……ああ」

「ありがとうございます。あたしと走ってくれて」

 デジタルの顔が、微かに俯く。その瞳が潤むのを、セキロの目は捉えていた。

「すっごく、楽しかった、けど。……あたし、すっごく悔しいです」

 セキロは視線を外して、ただ口を噤んだ。掛けるべき言葉など、セキロの乏しい語彙からは出てくるはずもない。……否、例え如何な口上手であったとしても、勝者から敗者へと贈る言葉など、思いつけはしないだろう。

「っほら、ウイニングランですよ!行かないと」

 そう言って、デジタルの手が背中に添えられる。その小さな掌が、力なく震えているのを感じて、セキロは僅かに逡巡してから手を伸ばした。アグネスデジタルの、頭へと。

 頭頂部を、ぎこちない手つきながらも、優しく撫でる。自分が何をされているのか一拍遅れて理解して、デジタルの顔が朱色に染まった。

「また、走ろう」

 セキロの顔に浮かんだ柔らかな笑みに、アグネスデジタルは目を丸くして、それから破顔した。

「――はいっ!」

 ゆっくりと、セキロは走りだす。スタンドから一層の歓声が沸き上がるのに合わせて、高く右掌を掲げた。

 

 ウイニングランを終えて、東京レース場の大きな地下バ道へと引き上げる。セキロが辿り着いた時、既に先に引き上げたらしい他のウマ娘たちの姿はなかった。出迎えたのは、レース場の職員と報道関係者たち、プレビュー席を埋める熱心なファンたち。そして、弦一郎だった。

 その顔には、外向けに貼り付けられた笑み。この二年ほどで随分と見慣れたその表情にどこか可笑さを感じながら、セキロは弦一郎にゆっくりと近づき、並んだ。

 前世の仇敵は、今生にあっても九郎の心を苦しめた。だが。九郎を拾い、セキロと引き合わせたのもまた、弦一郎だ。この男がいなければ、自分の生はどうなっていただろうか。梟のもとにあって、生の意味を失くしたままでいたのだろうか。

「――感謝する」

 不意に零れた、弦一郎にのみ届く、低く小さな呟き。それを耳にして、弦一郎の笑顔が崩れた。殆どは困惑で、残りにどこか後ろめたいような、そんな感情を露わにした奇妙な表情。それを一呼吸の後に取り繕って、弦一郎は同じく低い呟きを返した。

「感謝するのは俺のほうだ。……よく、勝ってくれた」

 

 地下バ道を抜け、検量を終えて出た廊下に、二人の人が待っていた。少年と、そのやや後ろに控えるように立つ、壮年のウマ娘。九郎と、猩々だ。猩々が、入れるように取り計らったのだろう。九郎の微かに潤んだ眼が、セキロをじっと見上げている。弦一郎はなにも言わず、すぐ近くにいた報道陣を散らした。

 九郎の一歩前で、セキロが跪くようにして、視線を合わせる。口元を幾度も躊躇いがちに動かしてから、少年はようやく言葉を絞り出した。

「……狼よ」

「はい」

「済まぬ。……永きにわたる任。大儀であった」

 九郎の表情に、狼は僅かに眉を曇らせた。その顔は、忍びの主としての顔。人を従え、命ずるものとしての責を自覚した、歳に見合わぬ決意を湛えたものだ。紛れもなく敬愛すべき美徳であるはずのそれであるが、今のセキロには堪らなく厭わしかった。

「詫びる必要など、ありませぬ」

「だが、私は」

 言いさした九郎の頭に、手をかける。はっとして言葉を止めた彼の頭を、セキロは小さくなったウマ娘の手で優しく撫でた。

「忍びならば、とうに死にました」

 掟に従って出会った主だった。だが、主従の契りは生の終わりをもって、とうに切れている。もう一度結び直したのは、己の意思に相違なかった。……そう考えるなら、或いはもっと前。父の掟に背き、己で定めるとそう決めた時から。狼は、既に忍びでは無かったのかもしれない。

「今は。一人の人として、九郎様と共に歩みたい。そう、思っております」

 九郎の瞳から、はらりと雫が落ちる。それを拭うことも目を瞑ることもせず、九郎は引き結んでいた口を開いた。

「いや。ならばやはり、一度だけ謝らせてほしい。……済まなかった。本当に、苦労を掛けた」

 セキロは、黙ってそれを受け入れた。

「私からも言おう。……()()()よ。もう一度、私とともに生きてくれぬか」

 御意、と口になじんだ答えを返しかけて。セキロは口を止めた。もっと、相応しい言葉があるはずだ。

「喜んで」

 

 はっと、九郎が振り返った。視線の先にいるのは、現在の彼の身元引受人である。

「……猩々殿」

「ふん。それがいい。丁度、子守にも飽いていたところじゃ」

 一連の流れを目前で見守っていた彼女は、ついと視線を逸らして素直でない言葉を吐く。

「儂にも仕事がある。一人で、上手くもならん仏さんを掘るよりも、余程甲斐のある仕事がな」

「……弦一郎殿は」

「約定のとおりだ。好きにするといい。……ああ、あの親莫迦が『気に食わねばいつでも家に来い』とも言っていたな」

 僅かに眉を顰めた九郎に、弦一郎はやや慌てたように付け足した。その様に、可笑しそうに口元を綻ばせて。

「行くか、セキロ」

「はい」

 二人は手を重ねて、固く握った。

 主でなく、従者でなく。血の繋がりも契りもなく。前世の宿縁を結び直した、その奇妙な繋がりに名をつけるとするならば。

 きっと、家族と言うのだろう。

 




3か月間、最後までお付き合い頂きありがとうございました。
SEKIROのみんな幸せになってくれ、の一心で書き始め、こうして書ききることができました。
当初思っていたよりもはるかに多くの人に見ていただき、評価や感想、ここ好きなどの反応を頂きました。原作、そして本作を愛していただいたこと、心より感謝します。
今後、後日談や閑話のようなものを投稿する可能性もありますが、本編はこれにて完結となります。
本当に、ありがとうございました。
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