ようこそ科学至上主義の少年よ 作:54
入学してから一日が経った。初回の授業ということで、大抵の授業は勉強方針の説明だけだった。
千空も真面目に聞いていたが、正直あくびが出そうになっていたのは仕方がない。彼が大好きなのは科学だ。この学校でいうところの理科科目に該当されるのだが、それが午前中には無かった。
そうやって授業は終わりを告げ、今は昼休み。
「ありがとうございます、石神くん」
千空は坂柳と二人だけで学食に来ていた。
「……単純に人誘うだけなら他も居たはずだろ。テメーのこと気遣ってたクラスメイトとか」
「フフ。私は石神くんと食べたかっただけです。他意はありませんよ」
「あ”ぁー、そういうの面倒だからいいわ。要件あんならさっさと言え」
単刀直入に。率直に。直截簡明に。
ジト目の千空は二つのランチプレートをテーブルの上に置き、そう問うた。
そもそもの始まりは昼休み開始直後まで遡る。自身の身体を気遣ってくれたクラスメイトを無視して、坂柳は千空を昼食に誘ってきたのだ。
千空からしてみれば、誰と昼飯を食べるなんてこと至極どうでも良い。
しかし、周りの人間は違ったようで、読まなくていい空気を読んでしまった。その結果、坂柳と千空だけが今こうして対面で座り食堂の椅子に腰掛けている。
そんな千空を見て、彼女は愉快そうにくすくすと笑う。淑やかな令嬢と言えば聞こえはいいが、千空から見れば少女はキツネだ。恋愛脳という非合理的な考え方から最も遠い千空だからこそ、坂柳の美麗さに心を奪われない。
だからと言って、嫌悪するでも、遠ざけるわけでも、煩わしく振る舞ったりするのでもないのだが。
「フフ。石神くんはあまり歯に衣着せぬ物言いをするのですね」
「根っからの科学大好き少年だからな。だらだらと寝技で時間浪費すんのは、お互い非合理的だろ」
「なるほど。最後の部分だけは私でも共感できるところです」
得心がいったという様子で、坂柳はランチプレートに置かれた四等分のサンドウィッチを手にとる。
食べながら話を続けましょう。
どうやら、それが彼女なりの意思表示なのかもしれない。育ちのいい少女らしからぬ言動だ。
「今回は私からお話ししたいことがあり、石神くんをお誘いしました。先日説明されたSシステムについてです。入学と同時、私たちは皆平等に10万ものプライベートポイントが振り込まれましたね。この学校内であれば大抵のものと
「概念的なもんも買えるのは、確定だろうな」
「ええ。そこまで効力を発揮するプライベートポイントですが、説明の通り日本円に換算すると1ポイント1円。学食でも確認しましたが、物価も内外で大差がありませんでした。なのに、各学年160人もいるこの学校では些か大盤振る舞いが過ぎると思いませんか?」
「あ”ー、概算だが1年につき5億6000万はとんでるわ」
優秀な頭脳で瞬時に弾き出した値を、千空は堂々と笑ってのける。
たかだか5億だ。一般人の生涯年収は軽く超えているため、たかだかと言うにはあまりに高すぎるのだが。それでも、ロケット打ち上げ費用の十分の一くらいである。
「学校には何のメリットがあるのでしょうね。これだけの大金を持たせて」
すぅーと。石神千空の一挙一動を楽しむように、坂柳が目を細めたように見えた。
あまりに綺麗だから誰も気づかないのかもしれない。何もかもを見通しているような、されど何も知らない無垢な少女を演じている彼女の本性を。
千空は味噌汁を音も出さず啜り、お椀をトレーの上に置く。
そして。
「んなこと、俺が知るか」
体裁も気にしない様子で、そう言い切った。
「そもそも、ポイントについては”増やすこと以外”興味ねぇ。ククク、千空先生のロケット作りにはポイントがいくらあっても足んねーかんな。ありがたーく使わせていただくだけだ」
「その先に関心はないと?」
「あぁ、今のところな」
Sシステムが如何様なシステムであろうと、千空にとって物怖じする理由にはならなかった。
現況は至ってシンプルだ。
生徒にはプライベートポイントが学校から振り込まれる。
振り込む日時は毎月一日。
来月以降も10万が振り込まれるかどうかは不明。また、ポイントが変動する場合、何を基準とされるのかあやふやである。
たったこれだけのことだった。千空にとって、そのポイントが変動する理由も、変動した後に起こる事案も一旦はどうでもいいことだ。減りすぎたら流石に困るが、その困る理由もロケット作成のための用品が買い足せないからである。
つまり、あえて学校側が生徒のポイントを減らして発生させるペナルティは、どうでも良かった。
坂柳はそんな千空の内心を察したのか、サンドウィッチを食べるのをやめて軽く微笑む。
「では、石神くんはポイントが減らされる場合、どのような理由があると思いますか?」
まるで面接官が質問を糸口に何かを探ってくるような、そんな質問。
千空は唇を尖らせ、下顎に指の第二関節を当てる。
「普段の授業態度。あとは学校生活」
「ええ。私も同じ考えです。では、その査定を学校側がやっている場合、どのような教育方針がとられていると思いますか」
「ポイントそのものが成績になるつぅ訳だろ。何で金の役割を与えているのかは謎だが……まぁ、学校側はどっかで競争力を煽るつもりだぜ。先の話だろうがな」
「そこも私の見解と同じようですね」
千空から導き出される解答を楽しそうに聞く坂柳。
しかし、千空はそこまで質問されて気がついた。
「あ”ー、さっきから全っっ然話が見えてこねー。結論はなんだ」
Sシステムについて質問されるだけで、坂柳がなにを話したがっているのか見当もつかない。
千空に質問することによって、答え合わせをしようとしている? もしくは共感者を欲しているとか?
だが、千空から見た坂柳はそんな弱い人間には思えなかった。坂柳は独力だけで正解に辿り着く優秀さがある。それはバスの時に話しただけで分かった、彼女の知性の高さが立証していた。
「それは失礼しました。では、本題に移る前に最後に少し確認をさせていただきます。ポイントで何を買えるのか、石神くんは昨日それを聞いていましたね」
「あぁ」
「私の推察だけで申し訳ありませんが、あなたが本当に買いたいモノ。
それは
「……」
坂柳の爆弾発言により千空の箸が止まる。坂柳を見てみれば、彼女は淑やかな表情を浮かべたまま千空を眺めていた。
そんな2人の間を割って入るように、スピーカーからは音楽が流れてくる。
『本日、午後5時より——』
可愛らしい女性の声とともにそんなアナウンスがされた。
一度スピーカーの方へ視線を移動させていた千空は、改めて坂柳へ戻す。
「ククク……確かにテメーの推察通りだ。手っ取り早くロケット作るには、どうしても
「フフ、やはりそうでしたか。実は私も石神くんと同じように考えていまして、本題もそこにありました」
「?」
坂柳はコーヒーカップを持ち、静かに目を細める。
「Aクラスの掌握、私もそれに便乗したいと思っています」
その顔は捕食者のように獰猛で、花のように可憐で、夜景のように美しかった。
「あ”ー、そういうことか」と千空も漸く理解が追いつく。
つまるところ、坂柳は千空がAクラスの人間を全て掌握するなら力を貸す。もしくは、千空に力を貸して欲しいと思っているのだろう。Sシステムについて質問を投げかけてきたのは、千空が自分と組む人間に値するかの値踏みだろうか。
まぁ、どちらにせよ千空の答えは昨日の時点で決まっているが。
「だったら、ちーとばっか誘うのが遅かったな」
千空はそう言って残しておいたエビフライに齧り付いた。
美味しそうに咀嚼をした後、ぐびっと飲み込む。
「どうせだ坂柳。暇だったらテメーも放課後に体育館へ来い。アホほど唆るもん、見せてやるよ」
***
放課後。坂柳は千空に誘われた通り、体育館の二階広場で椅子に腰掛けていた。普段であれば、吹奏楽部などが練習をしている場所である。しかし、本日にだけ限り坂柳以外の人間は誰一人として同じ場にはいなかった。
足が悪いのを気遣って、千空が場所取りとパイプ椅子をあらかじめ用意してくれたのだろう。どうせ合理的な彼のことだ。「あぁ、んなことしたな」くらいの適当な返事しか返ってこないに違いない。
坂柳もそれを理解しているからこそ、感謝することもなかった。
「石神くんは私を振って、どのようなことをしてるのでしょうか」
目下で集まり出した1年生を捉えながら、坂柳はひとり呟いた。
とは言っても、ここまで情報が出揃っていれば大方予想はつく。
放課後の体育館。そこでナニカを見せてやると意気揚々に言ったのだ。彼は今回、拝聴する側ではなく演説する側であろうことは、坂柳の優秀な頭脳でなくとも理解できること。
ただ、今回の誤算があったとするならば、石神千空の行動力だろう。
入学初日からこのような形で動くなど誰が予想できただろうか。さしもの坂柳であったとしても、そこまで彼を看破できなかった。
「所定の時刻が来ましたので、これより——部活動説明会を始めます」
考え事をしていると、いつの間にか午後5時が来ていたらしい。坂柳が演説台の方に目線をくれてやると、見慣れたダイコンがにょきっと生えた。
そんな光景が、横でおしゃべりしていたような1年生を少しばかり驚かせる。坂柳はそんな光景を見て、Aクラスでの自己紹介を思い出した。
「あ、あ”〜〜〜、こんくらいか」
演説台に生えたダイコン——もとい千空はマイクの高さを調整しながら声を出した。
もはや誰もが壇上へ目を向けている。まぁ、いきなり逆立った髪の毛に、見慣れない白衣の男が出てくれば、誰もが一目で彼が異端だとわかるだろう。
体育館に参上していたAクラスの何人かは、その見慣れたフォルムから「えっ」と驚きの声を漏らしている。
「1年A。石神千空」
突然の口上。観客に務めていた生徒たちは、自分と同じ学年の生徒が壇上へ上がっていることに驚愕を隠せない。
だって、まだ入学して二日目だ。
誰が部活動説明会に同学年の生徒が出てくると思う。
そもそも、まだ部活解禁日すら来ていないと言うのに。この学校にスポーツ推薦は無かったはずだ。あったとしても、なんで白衣を着ているのかが分からない。
「……」
誰も彼もの視線を奪っておきながら、千空は台の上にあるマイクを見つめている。表情は面倒くさそうというのが正しく、視線は手元の白い紙へ落とされていた。
(そういうことですか)
観客の中で坂柳だけがいち早く察する。
おそらく千空が握らされているのは、学校側から渡されたカンペだろう。あのマッドサイエンティストを彷彿とさせる彼だ。きっと、この部活動説明会でとんでもないことをしようとしていたに違いない。
舞台脇で司会進行を務めている生徒会、および教師陣が何となしに疲れた表情をしていた。
「……ま、どう考えてもイミフだわな。用意してたヤツを見せた方がアホほど話が早いのによ。……あ”? んだよ、カンペまで出してきて。『真面目にやれ』? あ”ー、わかったよ。部活動説明ね……」
少年は何の衒いも飾りもなく、大きくため息をこぼした。
「あ”ー……今年はじめて出来た科学部だ。なぁに、やることはただ一つ。楽しい楽しい科学っつぅもんを見て、遊んで、知る」
台の上のマイクを取り、千空は体育館内をゆったりと見渡すとこう言い放った。
「宇宙に行く。すぐ行く。ソッコーで行く。これが俺の
自己紹介の時にも宣言した彼の根底。誰も汚せない、侵すことの出来ない石神千空のオリジン。
ただ知りたいと願った少年は、この特殊な学校に来ても変わることはなかった。
「だからと言って、お前らはお前らで好きにすればいい。問題ねえ。科学がつまんねえ訳がねえからなあ」
ニヤリと笑った千空は一本のペットボトル白衣の中から取り出す。彼は台の上に隠されていた糸を引っ張り、それを引っ掛けた。
あ、これまずいやつだ。と司会進行を務めていた女生徒が壇上に上がろうとするも、一足遅い。千空は何の躊躇いもなく、ペットボトルをひっくり返して手を離す。
「テメーらが一生でありえねえはずだったすげえもん、これでもかって見せてやる」
「唆るぜ、これは」
ペットボトルのキャップ口から噴出される白い煙。
シュッという音を置いて、その小さなロケットは体育館の2階目掛けて飛翔した。
誰もが目で追うのを諦めるくらいの速さ。まさしくロケット。もくもくと霧散する白煙から出てきた千空の顔は、これ以上ないほど輝いていた。
千空が壇上から下がった後も、新入生たちは続く説明会もそっちのけで、少年のことを知りたがった。
しかし、彼と同中の者は誰一人としていない。石神千空という人間を語るには、想像を膨らませる以外に方法がなかった。
だからこそ程なくして。新入生の間でまことしやかな噂が囁かれるようになる。
アイツは中学生ながらに自作のロケットを飛ばした宇宙少年。
アイツはマッドでクレイジーな不良博士。
アイツは入試の理科で100点満点中150点を取ったラララ科学の子。
その少年、名を、石神千空という。
体育館の2階でずっと眺めていた坂柳は立ち上がり、千空の飛ばした小さなロケットを拾い上げた。
ペットボトルの横部分には糸を通せる筒がある。見た限り、これで飛ぶ方向を強制したのだろう。用意周到と言わんばかりに、ロケットの終着点と思われる場所には、どこから引っ張り出してきたのかクッションが立てられていた。
(これが石神くんの見せたかったものですか)
賢すぎる頭脳で、優秀な脳細胞で、生まれながらの天才は思考を深める。
坂柳有栖から見た石神千空は頭がいい。
バスの時の会話でそれくらい理解できた。そうじゃなくても、自分と同じくSシステムを理解している人間だ。優秀に違いない。
坂柳有栖から見た石神千空は行動力がある。
科学という定義に限りはするが、彼の行動力は全学年で1、2を争うだろう。実際に初日から部活動を作り上げた人間は創立以来だれもいないはずだ。
だからこそ、坂柳有栖から見た石神千空は良い■■になる。そう思っていた。
「残念。やはり退屈ですね」
冷めた瞳の少女は、ただそう呟いた。
石神千空を盤上にあげるには、些か準備不足だったと後悔して。
私はずっと千空に「唆るぜ」と言わせたかった。
言わせたかったんだ……!!
でも、坂柳さん的には不服だったらしい。