十二月二十四日、商店街はクリスマスで――いや、正確にはクリスマス・イブだから当日ではないんだけど、聖夜を楽しもうと盛大に盛り上がってる。かく言う私も去年はポピパのみんなと一緒にクリスマスを楽しんでいたんだけど……今年は、誰ともイブには予定が合わなかった。それぞれがそれぞれの用事で噛み合わなかったってだけなんだけど、クリスマス当日でパーティーをしようとなってすり合わせはできたから大丈夫。
ただパン屋も一大イベントを休むわけにはいかなくて――香澄たちの代わりに来たのは、いつの間にか山吹家に居座って手伝いをしていた変わった男の子だった。出会ったのは今年の春ぐらいなんだけど、お腹が減ったから働かせてくださいと頼み込んできたのがきっかけ。最初は断ったんだけど、お父さんが丁度男手が欲しかったんだって力仕事を頼んでから、正式にアルバイトとして受け入れられたって感じかな。
真面目に仕事をこなすし、接客も丁寧だから特におかしな点はないし、むしろ頼りになる。あと香澄たちと顔を合わせてもすぐ馴染んだから、正直初対面の時の飛び込みがなければ結構普通の子……見た目もちょっとボサボサな髪と少し眠たそうな瞼以外は特に目立った特徴はないし。ただやっぱり初見の言動も含めて、彼の素行はちょっとおかしいかな。
何というか、真面目だけどズレているというか自分に正直すぎるというか。パン屋にバイト志望した時もやっぱりお腹が減ってたからって言うし、パン屋以外の飲食店は考えなかったのって聞いたら、お腹減ってたから何も考えてなかったって。
本当に不思議な子だなーって今日も観察してが一日が終わる。「いやー、今日も人多かったっすね」お店を閉める準備を進める中、彼が狭い店内を忙しなく動きながら喋り出す。
「まあ、クリスマスだもんね」売上の確認をしながら、チラッと盗み見。手際よく売り場の整理整頓をしたり、丁寧に隅まで掃除をしたりと彼のそつない仕事ぶりについ見惚れちゃう。いやいや、私も仕事しないと……!
「沙綾さんはクリスマスの予定決まってるんすか?」何気なく彼が訊ねる。「明日のこと?」今度は顔を向けて訊き返し、彼が「そうっす」と頷いたのを確認してから明日の賑やかな予定を伝えた。「それはいいっすね」彼は楽しそうに笑っているのを見て、私もつられて笑っちゃう。
そういえば彼はどんなクリスマスを過ごすんだろう? 興味本位で同じ質問を返したら、彼は首を傾げて考え始める。「明日もバイトの予定入ってた気がするんすよね……」働く意欲があるのは嬉しいけど、「明日はうち休みだよ」流石に休日までは働かなくても大丈夫かな。
「あれ、そうでしたっけ?」って言う彼にチャットで渡したシフト表のことを教えると、ようやく思い出しては「どうっすかな」また首を傾げちゃった。バイトのつもりだったから予定がないのかな、多分。
「なら、明日一緒に来る?」
香澄たちとも顔見知りだし、十分馴染めているから大丈夫かなって誘ってみたけど――「いや、遠慮しておくっす」生真面目に遠慮される。「流石に沙綾さんとそのお友達の大事な時間をお邪魔するわけにはいかないんで」気遣いはありがたいんだけど、大真面目な顔で言わなくてもいいんだけどなぁ……でも、その誠実さが芯にあるから安心するんだよね。バイトの子としても、人としても。
「じゃ、ごちそうがいっぱい出てくるって言っても?」だから、ちょっとだけからかってみたくなって意地悪な質問をする。すると彼は分かりやすいほど頭を抱えて呻き出しちゃった。うんうんと悩んだ末、「やっぱりお断りします」って答えは変わらず。ブレないなーって思いながら、頷いたら彼が何かを忘れてたらしく「あ、いっけね」って声をあげる。どうしたんだろ? 何かやり忘れたことでもあったのかな?
「明日山登るって約束したの忘れてた」いやそれは忘れちゃダメじゃん。それでいてバイトの予定があるって思っていたらしいから、危ないところだった。やっぱりしっかりしているようで、抜けているよね。「だから結局行けねっす。申し訳ない」本当に気まずそうに言うし、私は私で気にしてなかったから「平気だよ」って返して一区切り。
「それよりも山登るんだ、凄いね」次の話題は彼の趣味について。「明日は日帰りっすけど、写真も撮ってくるんで楽しみにしてて欲しいっす」にこにこと子どものように満面の笑みを浮かべる彼、感情豊かに話すからついつい弟がもう一人できたみたいに思っちゃう――本当は同い年なんだけどね。
「うん、楽しみにしてる」彼の撮る絶景に期待を寄せた数秒後、「……ん? 日帰りってことは泊りのときもあるの?」疑問が浮かんだのですぐに訊ねた。彼は幼い笑顔を崩さないまま返答する。
「のんびり山を登れるスケジュールにして、山小屋やテントに泊るんすよ」本当に楽しそうに話すし、重たそうな瞼が持ち上がって瞳がキラキラと輝く。「ただそういうのって連休じゃないとできないんで、今度の大晦日辺りにしようかなって思ってるっす」勢い自体は落ち着いてるけど、明らかにテンションが上がっている彼の姿を見て、私も仕事を忘れて話し込んじゃった。
いつもより遅くになっちゃった閉店作業も終わって、ようやくひと段落。彼を見送るために外に出てみると、まだクリスマスらしい賑わいが残っていた。うーん、商店街の夜もやっぱり長くなるねー。
「じゃあ、俺帰るっす」
エプロンを脱いだ代わりに、アウトドアパーカーを羽織った彼はリュックを背負ってお辞儀する。「うん、お疲れ様」いつも通りに挨拶するけど、外の様子を見て「あ、暗いから送っていこっか?」とまた冗談を言ってみた。
「いや、平気っす」変わらず真面目な調子で断られちゃったし、「家近いんで」理由も至って普通。だよねー、としか言えないくて苦笑いがこぼれていく。うん、まあ、予想できたけど。
冗談も流れたところで解散……って流れだったはずだったんだけど、帰り道を三歩歩いた彼が足を止めて振り返った。「ちょっとだけ時間大丈夫っすか?」私よりも君の方が大丈夫なの? って一瞬思ったけど呑み込んで首を縦に振って「どうしたの?」と理由を訊ねる。普段ならさっさと帰ってるし、何なら明日山登るって聞いたから早く帰ると思ってたから、ちょっと気になっちゃうかな。
「いや良かったら、商店街一緒に歩きたいなって思いまして」
ちょっぴりだけ照れくさそうに頬を掻きながら彼が淡々と話す。「クリスマスのイルミネーションも明日までっすから」あ、そういえば商店街のクリスマスは明後日の朝には撤収作業が始まるんだった。明日はきっと二人ともゆっくりと見てる暇はないから、今しかないんだ。
「いいけど、君、明日早いんじゃないの?」でも、やっぱり自分のことを優先にして欲しい、かな。多分、来年も同じような景色はあると思うし、体調を整えないと山で何かあったら怖いし……。
「大丈夫っす」彼はあっけらかんと言ってのける。「若さで乗り切るんで」いや、それじゃダメでしょ。でも自信満々な笑顔を見せる彼にそこまで強くは言えないし、私も今年のイルミネーションは見て回りたい。うーん、でもわがまますぎる気がするよね。朝早い人に遅くまで一緒にいさせちゃうのは。
さっき誘った時とは逆に私がうんうんと悩む。「んー、じゃちょっとだけなら」色々と考えてみたけど、少しの間だけなら大丈夫かなって、お誘いに乗ることに。「うっし、決まりっすね」嬉しそうに笑った彼の顔に、私もつられて笑みがほころぶ。素直に感情を表す君がちょっとだけ羨ましいな。
本当に子どものようにはしゃぐ彼の隣を歩きながら私もイルミネーションを楽しむ。昔から変わっていないけど、やっぱり綺麗で賑やかな光景を目の当たりにする度に心が弾んじゃう。彼の方が駆け出しちゃいそうだから、私は走り出すことはないと思うけど、ちょっとだけ歩くスピードは上がっちゃってる――その内、小さくスキップしているかも。
クリスマスの雰囲気に合わせて賑やかに話を弾ませながら商店街の中心ぐらいまで辿り着くと、クリスマスツリーが道の端で佇んでいた。特別豪勢な飾りつけをしているわけじゃないけど、活気あふれる一夜の雰囲気の一因になるように煌びやかに飾りつけられていて、それらしい存在感がある。昔よりも派手になったのかな、幼い頃の記憶も引っ張り出してみるけど変化があったのかは私には分からない。
隣の彼はツリーだってはしゃいではスマホで写真を撮ってる。マジでツリーがツリーしているなんて本当によく分からないことも言っているけど、楽しんでくれたのなら私も満足。というか、全力で楽しむ彼を見てるとそれだけで満たされちゃうんだよね。きっとこれは彼の恐るべき才能だって言っていいかも。
「あのさ、ちょっといいかな」
未だにクリスマスツリーに夢中な彼に声をかける。撮影会を一旦中止した彼が私と目を合わせてくれたタイミングで、「少しだけわがままを言ってもいい?」少しだけ勇気を振り絞った。屈託のない笑顔で「いいっすよ」という彼――ちょっぴりだけ肩肘張る必要なんてないのに、何緊張してるんだろ、私。
「来年もさ、一緒にクリスマス過ごしてくれないかな?」
ほんのわずかだけ早くなる鼓動に押されて、吐き出された願い。別に告白でもないのに、何だか気恥ずかしく感じるのは、変だなって自分でも思う。あくまで友達としての約束をするだけなのに――あ、いや彼は香澄たちと違って一緒にいる時間が少ないから不安なんだ、楽しい時間がいつなくなるか分からなくて。
「全然いいっすよ」
私の未来に対する憂いなんて簡単に吹き飛ばすぐらいに彼の返事は早くて明るかった。「……ってか、それでいいっすんか?」でも、今度は彼が心配そうな顔で問いかける。「もっと何かこう、俺をこき使うようなことでもいいんすよ?」口調は朗らかなままだけど、瞳は真っ直ぐ私のことを映す。
「うーん、それは私が気が引けちゃうっていうか……」というより、今言ったことが物凄くわがまますぎるような気がするんだ。だって、来年も一緒に過ごそうだなんて、バイトでしか繋がりがない彼の未来を縛ってると思うし。「むしろ、こうして一緒にいるだけで落ち着くからいいかなって」でも、これは本当の気持ち、香澄たちとはまた違って君と一緒にいると私は何となく肩の力が抜けていくんだよ。
数秒だけ間が空いた後、彼はちょっとだけ寄っていた眉間を開いて「なら俺、ちゃんと来年のクリスマスは沙綾さんと一緒にいれるように予定空けとくっすね」さっきまで見てた快活な笑顔で答えてくれた。私も固くなった頬が緩んじゃって、「そのときはちゃんとシフト表に書き込んでおくから、忘れないでよね」声のトーンがほんの少し上がる。やっぱり元気に笑う姿を見てると、本当にこっちまで元気もらっちゃうなー。
「了解であります」ぴんと背筋を伸ばして、彼が仰々しく敬礼する。「山吹大佐の命、頭に叩きこんでおきますであります」
「なに、その言い方」思わず笑い出しちゃった。だって変な言い方するんだもん。
「え、真面目に答えただけっすよ」
格好よく決めた敬礼を解いて、彼が首を傾げる。「ほら、映画とかで兵士が上官にこう答えるシーンがあるじゃないっすか」何の映画見たんだろう、映画詳しいわけじゃないけど今まで見てきた記憶を遡っても全然それらしい演技なかったような……。
「そんな兵隊さん、私見たことないよ」って笑いながら言えば、「えー、おかしいなー確かにいたはずっすけど……」彼が頭を掻きながら元になった映画のことを説明してくれる。来た道を引き返しながら彼と話す一夜は、雪とか恋人とか目に見えて分かりやすいものじゃないけど、私にとって特別な前夜になった。