「何時だ、今?」
椅子の上で体を伸ばしながら、数時間ずっと目を離さずにいたパソコンのディスプレイから視線を外す。机の上に置かれたデジタル時計は、そろそろ一年最後の日を迎えようとしていた。
「まぁ、関係無いよな」
どうせお正月には、ここ最近までログインだけで貯めた石を使ってガチャを引き、限定SSRを持ってる優越感に浸りながら、ダラダラとゲームするだけだ。
冬休みをいい事に最近ずっとゲームばかりしていた影響か、すっかり昼夜逆転の生活になってしまっていた。だがそこに後悔は感じない、どうせ社会に出たら荒波に揉まれ会社と家の往復を繰り返す毎日。
社会の歯車になることはどうせ確定しているのだから、楽しい事を現在やった方が良いに決まってる。椅子から立ち上がると、溜まっていた血流が正常に動き出す急な感覚に顔をしかめ、壁に手をついてしまう。
「ハハ、流石に寝ないと不味いかな」
自嘲の笑みを浮かべながら呟く。ここ近々の睡眠時間は三時間の仮眠程度。不意に襲ってくる眠気についてはエナジードリンクで無理やり誤魔化していた。そんな生活を冬休みに入ってからずっと続けてきたその結果、体に限界が来るのは必然だった。
「……飯食ったら寝るか」
本当はご飯を食べたら、そのままゲーム続行と行きたかったが予定変更。一日中、惰眠を貪る事を決める。幸い親は一安先に祖父の家へと帰省してる為、誰にも邪魔されない。最も自分の経験上、寝て起きた時には日が沈んでそうだが。
きっと両親や知人が今の姿を見たら、白い目で見られてしまうだろうが今の自分には関係なかった。
部屋着から外行きの服に着替え、財布の中身を確認する。冬休みに入ってからのご飯は殆どが、コンビニで買ってきた物だった。飯を買うお金については、親が帰省する前に困らない程度には置いてくれている。
「今日はカップラーメンにでもするか」
財布をポケットにしまい、厚手のコートを羽織ろうとしたその時だった。ベッドの上に無造作に置いていたスマホから電話の着信音が部屋に鳴り響く。
「こんな時間に…誰だ?」
深夜に掛かってきた非常識な電話に首を傾げる。自分の電話番号を知ってる人はごく僅かな人数、それこそ両親や親戚――そして小学生の頃からの腐れ縁のアイツだけだ。
ベッドに駆け寄りスマホを手に取ると連絡してきた人物を確認する。表示されていた名前は『奥沢美咲』。両親ではない腐れ縁の幼馴染だった。
「もしもし、どしたこんな時間に?」
『あ、出た。もう寝てるかと思ってた』
「ゲームしかする事が出来ない人間は、今からの時間帯が本番だよ」
『うーわ、それ大丈夫?』
自分の告げた言葉に引いてる彼女。そんな彼女の奥からは何かの音が聞こえてくる――例えるなら高速道路を走ってる時の車の走行音。こいつ何処にいるんだ。
「お前、今どこに居るの?」
『あー、高速道路。さっき日本に帰国したから、空港の帰り道』
「そっか、お疲れさん」
常人なら一言、二言突っ込みを入れたくなる会話だが別に突っ込まない。こいつが高校入学した時にお嬢様のアイツと絡み始めた時から、そんな突っ込みはした所で無駄だと悟り、そういう物なんだと受け入れている。本当に慣れというのは怖い。
「――それで、何の用事なんだ」
『あ、忘れてた。まあ大した話じゃないんだけど、後三十分でそっちに着くんだけどさ』
「……迎えに来いって事か?」
『惜しい、ちょっと違う』
自分が予想していた事と違う事に首を傾げる。じゃあなんでこいつは電話してきたのだろうか。そろそろ空腹が限界になってきた、やっぱり今日はカップラーメンじゃなくてレンジで温めるラーメンにでもしようか。
「じゃあ、何なんだよ。そろそろ、お腹空いてきた」
『えっとね、今晩そっちの家に泊めてくれない?』
「お前正気か?」
到底、女子高校生とは思えない発言にノータイムで彼女に聞き返す。いくら幼馴染とはいえ、世間からは冷たい視線を受けて何とも思ってない男の家に普通そんな言葉を言うだろうか。何かの悪い冗談だと思いたかったが電話先の彼女からは『正気だよ』と返事が返ってくる。
「なんでだよ。第一お前の家は?」
『うちの親、実は昨日からおばあちゃんの家に帰省してるんだよね。それで、家にはあたし一人だよ』
「ほー、うちと同じか」
『そうそう。だから、流石に家に帰っても冷たい家で一人寝るより、こんな時間まで起きてる幼馴染の家で床暖房に暖まりながら寝た方が良いと思った訳』
図々しいにも程があるが強くは言いかえせない。夜寝るときに両親も居ない一人ぼっちで寝るのは、小さい頃の経験も関係しているがこの年になってもあまり慣れなかった。
『それにアンタなら襲われる心配ないからね』
「やかましいわ、ぶっとばすぞ」
『あーあー、聞こえない――と、冗談は置いといて泊めて頂く事は出来ないでしょうか』
抗議の言葉は無かった事にされ再度のお願いの言葉。まあ確かに、こいつは可愛いとは思うが、そんな邪な気持ちは抱けない。
浮ついた男女の関係になるより、ただこうして気ままに駄弁り合う遠慮のいらない関係の方が遥かに気が楽だ。それに万が一そんな関係になりそうなら、俺は黙ってこいつの前から離れる。
自分が居てもただこいつを不幸にするだけ。だったら俺はこいつの事を応援し続けるだけの立場になるだけだ、高校に入ってから変わった自分のやりたい事を見つけた、眩しい幼馴染のこいつを。
そう自分に言い聞かせながら向こうの彼女に「こんな、根暗な奴の家で泊まる事に抵抗感がないならどうぞ」と返事を返す。
『そっか、ありがと。すごく助かる』
「どういたしまして……晩飯を買いにコンビニ行くけどそこで待っててやるよ。ついでに何か要る物あるか?」
『うーん。カップラーメン食べたいかも、何故か海外に行くとあの味が恋しくなるんだよね』
「女子高校生が絶対に言う事がないセリフだぞ、それ」
コンビニで彼女を待つことを、伝え電話を切る。通話時間十分、そんなに話しただろうか。気がつけば左上に表示されている時刻は日を跨いでいた。
「……行くか」
コートを深く羽織直して部屋を出る。暗い廊下を歩き、サンダルを履いて玄関の外に出た瞬間、冷気が体を刺す。
「ようこそ、大晦日」
呟いた言葉は白い息と共に夜空へと消えていった。今年も変わらない、最後の日がやってくる。
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『じゃあ、待ってるぞ』
その言葉と共に通話が終了された。何気なしに通話時間を見てると十分を超えていた――そんなに話したっけ。
スマホを納めながらチラッと横の方を見ると、自分を除くメンバーは疲れ果てて眠っていた。そりゃ疲れもしますよね、と小声で呟くがかく言う自分も気を抜いたら寝そうになってしまう。
「奥沢様、そろそろ駅です」
「あ、はい、分かりました……出来れば、そこのコンビニに止めていただけますか。知り合いが来るそうなので」
「畏まりました」
黒服さんにお願いすると視線を外へと向ける。見知った街並みが横へと流れていく、思い出されるの先程の会話。
「……あいつって本当に鈍感だね。あたしも分かってるよ、こんな時間に男の家に行くのが非常識だってことをさ」
コンビニに着くまでの数分間。昔から変わらない街並みを見つめながら、だいぶ前から分かっていた幼馴染の唐変木っぷりを思い出していた。