【最難関】ぼっち・ざ・ろっく!のギャルゲーで喜多ちゃんを攻略してみた【一年目攻略】 作:くじょう
「――まず、俺は俺のことが好きな人間が好きだ」
そう切り出すと、喜多は少し戸惑ったような反応を見せた。言外に『……これって必要な情報でした?』と言いたそうな彼女をよそに話を続ける。
「そう考えるようになったきっかけは三年前に父さんが死んだことだと思う。俺が今抱えてる不幸は、全部ここから始まったから」
言いながら、視界の端で父さんのギターを捉える。透き通る海のようなエメラルドグリーンが、どうしてか今は目に痛かった。
「とりあえず、今から俺の過去を掻い摘んで三つだけ話す。少しでも聞くのが辛かったら言ってくれ」
そう断って瞑目する。
喜多は何も言わない。俺はそれを彼女なりの覚悟と受け取って口を開く。
「父さんが死んで、最初に変わったのは母さんだった。昔は鬱陶しいくらいに溺愛されていたんだけど、精神を病んでヒステリーを起こすようになったんだ」
息をのむ音が電話越しに聞こえた。
その顔を見ずとも、喜多の表情に緊張が走っていることが感じられる。
俺は“異変があればすぐに話をやめよう”と胸に決め、彼女の息遣いに注意しながら再び口を開いた。
「ネグレクトは当たり前。機嫌が悪けりゃ殴られたし、酷い日は階段から突き落とされた。その上外傷が目立つ時には軟禁だ。もちろんその間は学校にも行けなかったから、一週間欠席なんてことはザラだった」
『それって、学校の先生や他の大人は……?』
喜多の声は珍しく尻すぼみになっていた。
普段と調子が違うことに配慮し、努めて穏やかな声と口調で返事をする。
「止めなかった……いや、止められなかったってのが正しい。問題を抱えていることには気付いていただろうけど、母さんは証拠を隠すのが上手かったから。虐待までされているとは考えなかったんだと思う」
実際、当時の担任は『何か悩んでいることはあるか』としきりに聞いてくれていた。
あの時首を横に振らずに助けを求めていれば違った未来があったのかもしれないが、当時の俺はどうもそんな気分にはならなかった。
きっとその時点ではまだ母への情が残っていて、見るからに憔悴している彼女をこれ以上苦しめたくなかったんだろう。
まぁ、結果として誰よりも自分が苦しんでいるのは笑い種だけど。
「それから少し時間が経って、友達がいなくなった。どこからか父親が死んだって噂が流れて、学校の中で何となく俺を避ける空気が蔓延しはじめたんだ。大方、保護者から“保浦寛和に関わるな”とでも言われた奴らがいたんじゃないかな」
『そんな、どうして……!』
「片親ってだけで家庭環境、ひいては子どもの人格に問題があるって考える親は少なくないんだ。それが本当かどうかはともかく、自分の子がそんな人間と関わってほしくないって考えるのは普通だろ」
憤る喜多を宥めながら、淡々と事実だけを述べた。
こんな風に冷静でいられたのは、辛くても納得する余地があったからだ。現に家庭環境は崩壊していたし、俺の人格だってとても優れているとは言えない。
何より虹夏とリョウはずっと一緒にいてくれたから、この件で受けた痛みは他の二つよりもはるかにマシだった。
「んで、最後。母さんが新しい男を作った。これをきっかけに母さんの精神状態は改善されていったから、最初は悪い気はしなかったんだが……」
言いながら在りし日の記憶を呼び起こす。真っ暗な部屋に安置された一枚の紙切れが脳裏に浮かんだ。
「結局、それで救われたのは母さんだけだった」
小綺麗な便せんに認められたようなものではなく、適当に千切ったメモ用紙の上に汚い走り書きで記されたメッセージ。
誰かから逃げるように書いたであろう手紙の要旨は『私は普通の幸せの中でしか生きられない』『貴方は強いから一人でも大丈夫』『成人するまで必要な金は出す』という書き置きにしたって勝手極まりないものだった。
「再婚したのと同時に、母さんは俺を置いて家を出て行ったんだ。それからずっと一人暮らしをしてる。かれこれもう一年半近くになるかな」
だから俺は母親と孤独が嫌いなんだ、と。
口にすると握った拳の内側に熱を感じた。その正体は爪が食い込んで出来た四つの細い傷口だった。
「そんなワケで、俺は俺のことが好きな人間が好きなんだよ。一緒にいれば嫌なことを忘れられるし、そもそも俺のことを好いてるだけで希少価値がある」
最後は少し冗談っぽく笑ってみせたが、喜多はくすりともしない。
自分がこんな話をしたせいで重い空気になってしまったとはいえ、なんだかいたたまれない気分になって早口で捲し立てた。
「うん。なんかアレだな。三年くらい苦しんできたけど言葉にするとチープというかそこまで気にするほどのことでもないというか。いや~、まさか話しただけでここまで楽になるなんて思ってもみなかった。ホント喜多には感謝しかないし脱帽通り越して今すぐスキンヘッドにでもしたい気分だよ。それに比べて俺はこんな下らないことでずっと悩んでて――」
『……下らなくなんて、ないです』
「え」
思わず素っ頓狂な声が出た。
『確かに先輩の過去は三分もあれば簡単に話せるような内容かもしれませんけど、少なくとも当事者の先輩にとってはそうじゃないですよね?』
「……まぁ」
『だったら、
聞こえのいい言葉が諭すような声で囁かれる。
まるで俺がまだ何かを隠していると確信しているような、そんな口ぶりに聞こえた。
『私にはお友だちがいなくなった経験はありません。だから先輩の気持ちを全部理解してあげる、なんてことはできませんけど』
それでも、と喜多は笑った。
『カンナ先輩を一人にしないことはできますから。先輩から離れていってしまった人の分まで、先輩のことが好きだって言ってあげることはできますから!』
「それって、俺が過去を振り切れるまでずっと?」
『もちろんです! 辛い時はもっと
試すような意地の悪い問いは一蹴された。それどころか、彼女の言葉は俺の弱さすらも肯定するもので。
きっとそれは俺が一番欲していた言葉だった。
『先輩と先輩のことが好きな人たちのために、もっと周りに甘えてください』
「――――――」
喜多の声を聞いて、俺は精神が前後不覚に陥ったような思いがした。
俺は最初、トラウマを抱えているという事実だけを喜多に話すつもりだった。彼女との外出を潰してしまったのだから、それを隠したままでは不誠実だと思ったから。
でも、喜多はそれを看破した上でしっかりと内容まで話すように言った。
俺が懲りずに過去にあった出来事だけを話せば、今度は裏にある感情まで見透かされて、遠回しに『本音で話せ』とまで言われる始末だ。
喜多はコミュニケーションを通して、俺よりも深く俺を理解している。
何もかも看破されてしまっているから、何を話せばいいのか。何が正しくて、何が間違っているのかすら分からなくなってしまった。
だから俺は、この理性が壊れてしまっている内に全部吐露してしまおうと、そう考えた。
「じゃあ、ちょっとだけ」
『はい。どうぞ』
俺が呟くと、喜多は慈愛に満ちた声で言った。
「――本当は全部辛かった」
『……はい』
それを皮切りにして、三年間貯め込んだ感情が濁流のように押し寄せてくる。
「ちょっと冗談っぽく茶化した部分もあったけど、正直さっき話したことは全部キツかったんだ。自分でも『仕方ないことなんだ』って騙し騙しやってきた。でも、俺が悪いことなんて何にもなかったんだよ」
『はい』
「父さんが死んで、母さんが病んで、環境ばかりが勝手に変わっていった。大人ぶって平気なフリしたけど、ホントは殴られるのも友達がいなくなるのも嫌だった。……一人に、なるの、は、嫌、だった」
視界が滲む。呼吸すらもままならない。空いた手で目元を拭うと、その甲が濡れて熱くなった。
「……ごめん。いったんちょっと深呼吸させてくれ」
『ゆっくりでいいですよ。ずっと待ってますから』
▲▽▲▽▲▽
その言葉通り、喜多は俺がせき止めていた感情を吐き出し終わるまでずっと通話を繋いでくれていた。
それこそ寝る予定だった時間を過ぎてもなお、少しも文句を言うことなく付き合ってくれた。
通話が終わった後も、俺の頭の中には最後に交わした言葉が何度も行き交っている。
『おやすみなさい、カンナ先輩。――あ。一応最後にちゃんと言っておきますけど、私も先輩のこと大好きですからね』と。
保浦くんの怪文書じゃねえか! その割に本音ぶちまける部分が少ねえじゃねえか!と思ったそこの貴方。
全部WBCのせいです。