「ぐんちゃん、こんな夜遅くにごめんね」
「そんな……高嶋さんなら、いつだって大歓迎よ」
「えへへ、ありがとう」
高嶋さんが私の部屋に来てくれることは、珍しいことじゃない。
基本的に用事がある日以外、高嶋さんは私の部屋に来てくれるしもちろん私も高嶋さんが会いに来てくれることがとても嬉しくて、待ち遠しいとすら感じている。
だけど、今は夜の九時過ぎ、こんな遅い時間に私の部屋を訪ねてくるのは、正直珍しかった。
「えっと高嶋さん、もしかして何かあった?」
「え……? どうして、そう思うの?」
「だって、わざわざこんな時間に部屋に訪ねてくるなんて……」
高嶋さんは私と違い、早寝早起きをしっかりとするタイプだ。九時ともなればもう寝る支度をし、布団に入っていてもおかしくない時間帯のため、私は何か用があってきたのだと推測した。
けど、高嶋さんは一瞬キョトンとした後、楽しそうに微笑みながら答える。
「それはね……ぐんちゃん会いたかったから……じゃあ、ダメかな?」
「ッ~~!!」
その言葉を聞いて、私は自分の顔が赤くなるのを感じた。
高嶋さんはいつもそうだ。
私が喜ぶ言葉を、叫びたくなる程に嬉しい言葉を、恥ずかし気もなく口にする。
それが私の心をどれ程揺さぶるのか、彼女は分かっていないのだろう。
「……ダメじゃ……ない、わ」
なんとか絞り出した声は小さく、それでも高嶋さんには聞こえてたようで、嬉しそうに微笑んでいた。
「ぐんちゃん、中に……入ってもいい?」
「え、えぇ、どうぞ」
私は高嶋さんを招き入れる。
すると、高嶋さんは迷うことなく私のベッドへと向かい、そこに座った。
そして、ポンポンと自分の隣を叩いている。
「ほら、ぐんちゃんも座って」
高嶋さんに促されて、私も隣に腰を下ろす。
ただ並んで座っただけなのに、今の私は酷く緊張していた。
こうして高嶋さんと二人の時間を過ごすことは、今までも何度もあったはずなのに……
チラリと横目で高嶋さんを見ると、高嶋さんも私の方へと視線を向けていたようで、バッチリ目が合う。
「……っ!」
私は顔が熱くなるのを感じながら、慌てて顔を逸らした。
(な、なんで、こんなことで……)
自分で自分が分からない。
高嶋さんの隣に座っただけで。
高嶋さんの手と目が合っただけで。
普段であれば慣れ親しんだはずの高嶋さんとの時間なのに、心臓は煩く鳴り響き、顔はどんどん熱を帯びていく。
一体自分はどうしてしまったのだろうか。
「ぐんちゃん」
ふいに、右手を温かい感触が包み込む。
驚いて視線を向けると、高嶋さんが私の手を掴んでいた。
そのまま指を絡められ、恋人繋ぎの形になり、ますます動揺してしまう。
「た、高嶋さん? これは一体……?」
そう尋ねると、高嶋さんは不思議そうに首を傾げた後、ニコッと微笑む。
「ぐんちゃん、どうしたの? いつも手……繋いでるでしょ?」
「そ、そうだけど……えっと」
これ以上はやばい。そう判断した私は、落ち着くために適当な話題を探す。
「その……この世界っていいわよね!」
「ぐんちゃん?」
少し強引な気もするけれど、とりあえず思いついたことを口にしてみた。
でも、やっぱり不自然すぎたようで、高嶋さんは不思議そうな顔をしている。
だけど少し思案した後、私の話題に付き合ってくれた。
「そうだね、元の世界は色々大変なことばかりだったし、バーテックスとの戦闘も命懸けだったから……」
その言葉に、私も元の世界のことを思い出す。
この世界と比べ、とても平和とはいえない日常や厳しい戦いの日々を。
「確かに、この世界には勇者部の皆もいるし、精霊バリアがあるから死ぬこともない。油断していいわけではないけれど、元の世界と比べたらずっと安心できるわよね」
「そう……勇者部の皆……いるもんね」
そう言って、高嶋さんはどこか寂しそうな笑顔を浮かべている。
どうしてそんな顔をするんだろう。
「あの、たかし」
「ねぇ、ぐんちゃん」
声をかけようとすると、それより早く高嶋さんに呼びかけられた。
どこか不安そうにも聞こえる声色に、私は思わず口を噤む。
「ぐんちゃんは、この世界に来て……良かったって思う?」
質問の意図がよくわからず、どう答えるべきか考える。
この世界での生活は充実していて、不満なんて一切ない。
だから結局、私の答えは一つしかなかった。
「えぇ……もちろんよ、この世界に来れてよかったと、皆に出会えて、そして仲良くなれて良かったと思っているわ」
その言葉を聞いた高嶋さんは、一瞬だけ寂しそうに目を見開いて、それからすぐに嬉しそうに笑う。
だけど、その笑顔には少しだけ影が見えた気がした。
「やっぱり……ぐんちゃん、優しくなったよね」
「そ、そう……?」
「うん……昔のぐんちゃんは、私の隣にいつもいてくれて、他の皆と仲良くしようなんて考え、持たなかったもん」
確かにそうだったかもしれない。
あの頃の私は、高嶋さん以外誰も信用できなくて、高嶋さんの傍にいないと不安で仕方がなかった。
だけど、今は違う。
この世界に来て、たくさんの友達ができた。
元々苦手意識を持っていた乃木さんや土井さんとも話せるようになって、街の人とも挨拶ができるようになった。
「そうね……昔の荒れていた頃が懐かしく感じるわ」
「やっぱり……変わっちゃったね」
「高嶋さん……?」
明らかな悲しみ、それを私は、確信した。
「あ、あの……高嶋さ──」
突然、高嶋さんは私の肩を掴んできた。
その力は強くて、少し痛い。
「やっぱり、私……悪い子だなぁ」
「たか、しま……さん?」
「ぐんちゃん、ごめんね」
視界が、回転した。
一瞬遅れて、自分が押し倒されたのだと理解した。
「た、高嶋さん!?」
一体何がどうなっているのか。
混乱している間に、私の大好きな温もりが身体全体を包み込んでいた。
高嶋さんの鼓動が、高嶋さんの熱が……そして、高嶋さんに抱きしめられているという事実が。
それら全ての要素が私を刺激し、気づけば落ち着き始めていた胸の高鳴りは、一気に激しさを増していた。
「た、たかしま、さん……ち、近いっ」
このままでは私の方がどうにかなってしまうのではないか。
そう思う程の密着具合に、なんとかして抜け出そうとするけど、本能が邪魔をする。
離れたいけど離れたくないという、自分でもよく分からない感情が渦巻いていた。
「ぐんちゃん……」
耳元で囁かれる声に、耳にかかる温かな吐息に、身体がゾクゾクするのを感じた。
身体が熱くなっていくのがわかる、心臓の音が煩くて仕方がない。
そんな私を、高嶋さんは満足そうに微笑みながら見つめた後、再び耳元に顔を近づけてきた。
「ぐんちゃん…………………………愛してる」
「ッ~~~~!?!!?」
『好き』という言葉は、高嶋さんから何度も言われたことがある。だけどそれはあくまで友達としてで、それ以上にはならない。そう、思っていた。
だけど今、高嶋さんは私に言ったのだ。
『愛している』と。
「たか……しま、さん……いまの……」
「好き、大好き……ぐんちゃんのことが好き……好き、好き好き」
混乱する私を他所に、高嶋さんは何度もその言葉を呟く。
好き、というのがどういう意味なのかわかってしまった今の私にとって、その言葉はとても甘く、脳を直接犯されてるような錯覚に陥ってしまう。
「うぁっ……やめ、やめて……」
高嶋さんにこんなにも愛を囁かれる、そのことがたまらなく嬉しい。
だけど、それも度が過ぎれば毒となってしまう。
許容量を超えた、幸福という名の毒が、私の身体を蝕んでしまっていた。
「ぐんちゃん、耳真っ赤だよ? 冷やしてあげるね…………ふぅっ、ふ~」
「んんっ! やめっ……んぁっ!?」
何度も何度も……終わることのない甘い刺激に私は悶える。
すでに私の思考回路はめちゃくちゃになってて、ただただ与えられる快楽を受け入れることしかできなかった。
「ぐんちゃん、今、幸せ?」
そんなの決まっている。高嶋さんにここまでされて、そう感じないはずがない。
「ひあ……わへぇ……」
だけど、私の呂律はもう、まともに回らなかった。
だけど高嶋さんにはそれで十分だったみたいで、今日一番の笑顔と共に、私の唇をなぞる。
くすぐったいような、でも気持ちいいような感覚に身をよじった。
「んっ……んっ」
「ぐんちゃん、本当に可愛い……もう我慢出来ないよ」
「ひゃあ……ひあ……はん」
高嶋さんの顔が、ゆっくりと近づいてくる。
大好きで愛おしい、高嶋さんの顔が。
『妖艶』
その言葉が似合う程、私は高嶋さんに魅了されてしまっていて、気づけば近づいてくるその唇へと、視線は杭付けになっていた。
一度も触れたことがない、想像するだけで頭が沸騰してしまう程、刺激の強い高嶋さんの唇。
桜色で、少しだけ濡れそぼった、魅惑的な唇。
それが今、殆どゼロ距離にまで迫っていて──
「──ぐんちゃん……私に、全て委ねて……ね♡」