一応死ネタ注意。
ヴワル魔法図書館――いずれそう呼ばれることになるだろう旧紅魔館大図書館。その一角には一冊の古びた手記が存在する。かつてこの紅魔館を取り仕切ることになった一人の従者。その生い立ちから死までを自らの手で記したものだ。彼女はこの手記が自分以外の手に渡ることを憂いていた。自らのせいを、死を、そして忠義の裏に秘めたるものがなんなのか。それは知られることなく、ただ朽ちていけばよいはずだと。だと言うにも関わらずしっかりと自分の手で書き記し残しているのは、やはり心のどこかでは誰かに読んで、知って、覚えていて欲しかったからだろうか。それでも、末期の彼女が起こした行動を思えば、それは彼女自身がどうしようもない
思い出語りのついでに、この手記を紐解くとしよう。
その少女はとある小さな農村で生まれた。代々続く吸血鬼狩りの家に生まれ、妹と共に両親の愛情を一身にうけて育った彼女は、十の誕生日に父親から銀のナイフをプレゼントされた。少女は両親の期待と指導を受け、立派な吸血鬼狩りになる――はずだった。
その夜、悪魔が襲いくるまでは。
村は一夜にして焼き尽くされ、親しくしていた農家の老人も、銀のナイフを打ってくれた鍛冶屋の男性も、愛想のいいパン屋の女性も皆等しく灰となった。そして一流の吸血鬼狩りだった父親、その助手を務めていた母親、少女の後をついて回った内気な妹さえも。
残されたのは家族の形見となった銀のナイフと、燃え尽きゆく屋敷の中で父を手にかけた魔槍を携えた幼き悪魔の姿のみだった。
少女は復讐を誓った。必ずや差し違えてでも、悪魔の首級を上げることを。
わずかな痕跡からその足取りを掴み、少女はついに悪魔の棲む、赤い煉瓦造りの館へと辿り着いた。門番は少女の姿を見て只事ではないと把握したが、せめて傷付けるまいと手加減をした結果――なんと返り討ちにあった。
その時のことを彼女はこう評している。
「可愛いしちっちゃくて。それでいて殺意をむき出しにして襲いかかってくるもんだからちょっとどうしたらいいか分からなくなってしまったんですね。あの人に後々お説教とかされたけど、あれ以上にキレてたのは見たことないです」
わずかな隙を突かれて突破された門番。当然館のメイドたちが進路を塞ごうとするが、我武者羅に振り回されるナイフに怯えてそれどころではなかったそうだ。
ああ、彼女が部屋に飛び込んできた時のことをよく覚えている。
扉を乱暴に開けるや否や、親友の首を狙って腕ごとナイフを突き出し突っ込んできたのだ。あわてて私が防御しようとするのを手で制して、ニヤリと笑って魔槍を手にこっちも突っ込んでいった。
そこからは一方的で、無闇矢鱈と振り回すだけなものだから、少女の攻撃は簡単に弾かれ、いなされていった。そうして魔槍が首元に突きつけられた瞬間――
彼女は跪いていた。まるで忠誠を示すように、あるいは家族に守られ遺された自分の命だけはと思ったのか。兎にも角にも、その少女は館の一員となることを許された。
答えは手記の次のページにあった。
父親からの言葉が記されている。
獣を狩る狩人ではなく、狩人を狩る獣たれ。吸血鬼は獣ではなく、高貴な血を持ち狩りを楽しむ狩人である。獣はじっと雌伏し、その時を待つのみ。
少女は名を与えられ、どこかしらの古代遺物たる銀の懐中時計を与えられ、時を操る能力を得て、紅き悪魔の従者となった。それは悪魔の気まぐれだったのかもしれない。あるいはその時には、既に彼女らは自らの運命を定めていたのかもしれない。
従者になった頃、聞いたことがあった。従者になるのに吸血鬼にはならなかったのかと。眷属になった方がよっぽどそれらしいのに。
そうすると彼女は、不思議な笑みを浮かべてこう返したのだ。
わたしはあくまでも紅き悪魔の従者たる人間です。人間が吸血鬼に傅く姿こそ、ヒトの敗北を示すのに決定的でしょう?
その時は別に気にもしなかった。彼女の淹れた紅茶の味に気を逸らされたのかもしれない。ただ、敗北という言葉に主眼を置きすぎているような気もした。
またある時、私は友たる悪魔に聞いた。時間を操る能力などを与えて、果たして復讐を警戒しないのかと。
なんと彼女は従者と同じ笑みを浮かべて言ったのだ。
あの子は頑固者だからね。私が言っても聞かないだろうよ。けれど運命は決している。今のあの子に私は殺せやしないよ、親友。これは根比べでもあるのさ。あの子が人間である事を捨てられるか否か、のね。
彼女たちは自分達だけの秘密を、言葉にせずとも共有していたのだ。単純な力を求めるのか、それとも弱いままの人であるのか。いったい幾つの条件を示して、従者が答えを知らないままそれを選び取るのかを、到達点から見る最悪の娯楽だ。まさに悪魔と言うべきか。
そうしてその答えは、そのまま結実することになる。
従者が来てから幾度もの季節を経て、老いて朽ちゆく中でなお、彼女は人間であることを選んだのだ。
あの日。
竹林の医者が明日をもしれぬ命と言ったあの日。
その日付と共に手記にはただ一言だけ記されていた。彼女の愛読していた、外から持ち込んだ一冊の小説の一節だ。
時よ止まれ。君は誰よりも美しい。
誰も止めなかった。止められなかった。まるでそうすることが普通であるかのように。
誰もが分かっていた。この先何が起きるかも、全て。
そうして彼女たちは、永遠となった。
それが悪魔の贖罪だったのか、それとも従者の復讐だったのか。
今となっては誰にも分からない。ただ、満足げな表情を浮かべて息を引き取った従者と、床に広がる灰の中で煌めく一本の古びた銀のナイフだけが、結果だった。
私は本を閉じると、それを元あった本棚に戻した。
それは完璧で瀟洒
どちらが正しいのかはきっと後世の誰かが論ずるところで、今は誰も口出しする必要などないだろう。
これで物語は終わり。現実の時間だ。あの銀の懐中時計はその能力を失ったが、今も私の懐でカチコチと時を刻んでいる。
「でもまぁ、強いて欲を言うならば。もう一度だけ咲夜の淹れた紅茶、飲みたかったわね、レミィ?」