終戦処理、そして再会
魔人族によるハイリヒ王国への大侵攻から翌日。戦争が終わっても、王国に一休みにする時間はなかった。
「おーい!此方の瓦礫を退けてくれ!」
「建物が倒壊している!魔導重機、此方だ!この建物の残骸を持ち上げてくれ!」
王国の人員が総動員で破壊された城下町の復興と捜索に尽力している。騎士団所属の騎士たちは立ち入りできる場所の捜索をして、生存者の救出や機体の回収を。それが不可能な場合、魔力炉心で動く大型重機『魔導重機』が瓦礫を押し上げ、騎士達の行動を援助する。
彼等だけではない、医療騎士団や警備隊、全ての人員が動いていた。戦争によって少なからずの被害を被った王国の復興に。
そんな王国を、城から見下ろすのは星王エリュシオンである。彼は壊れ果てる城下町から目を逸らし、少し離れた区画────広間に並べられた遺体の数々を目にした。
その数、合計1万弱。数百万の人工である王国にとって、これだけの犠牲で済んだのは奇跡と呼んでもいいかもしれない。だが、だからといって素直に喜べるほど、エリュシオンは達観もしてなければ、冷酷になりきれてはいなかった。
「────浮かない顔だ、エル」
「………シュトライゼか、防衛システムは?」
「徹夜で完成させたよ。今王国上空を『バルチャー』率いる『BARD.S』で索敵している。それに、急遽仕上げた魔導兵器『PIECE』に国境沿いを警護させている」
そう言う白衣の男性、シュトライゼが指し示す上空には複数の影が見える。シュトライゼが長くから開発していた魔導兵器、ハジメから得た別世界の知識や技術を要したソレは、紛れもなくハイリヒ王国以外は持ち得ない兵器群であった。
王国を防衛する兵器を余所に、エリュシオンの瞳が復興を続ける城下町へと向けられる。広場に集められた数万の遺体を前に、エリュシオンが柵を握り締め、自らの想いを吐露する。
「────オレが倒れていなければ」
「それは違う」
そんな王の弱音を、シュトライゼは厳しく否定した。
エリュシオンが動けなくなったのも、他ならぬ教会の、今は亡き教皇イシュタルが余計な真似をしなければ済んだ話である。
「私達『王の剣』は、君が動けない時の為、君の剣たる存在だ。君が倒れて休んでいる間、被害を減らせなかったのは私達のミスさ」
「だが、シュトライゼ。お前の魔導鉄騎『PIECE』が無ければ、大魔王率いる魔戦騎の侵攻は抑えられなかった」
「本来ならば、『PIECE』で全ての敵を制圧できたはずだ。それが出来なかったのは私の不得に変わりはない。お前に落ち度はない、そんなものがあっては王国は滅んでいるだろう」
今回ばかりは、誰の落ち度でもない。
イシュタルの策略でハメられたエリュシオンが倒れても尚、彼は王国を守護する結界を維持し続けた。そのお陰で、魔王二柱が王国内────城の中にまで攻め込む被害は抑えられた。
「さて、問題はこれからのことだが────」
「陛下!ご報告したいことが!」
そんなシュトライゼが慰めている間、兵士の一人がエリュシオンの元に駆け寄ってきた。シュトライゼが一瞥して追い払おうとするが、エリュシオンが片手で制した。他ならぬ、エリュシオン本人の命を受けていたからだ。
「構わない。それで、どうだった?」
「…………王国内に侵入したアンチノミーの動向の大半が把握出来ました。恐らく、死体の回収かと。少なくとも、魔物や魔人族の亡骸を回収して集めているようでした。此方側も、数人行方不明が出ており、警備隊が調べた限りだと────『檜山大介』も、同じように回収された可能性が高いと」
城下町の一角にある広場の一つ、そこにあった血痕はファウスト側の裏切り者であった檜山大介のものであると判明した。あったのは僅かに石床に染み込んだ血痕だけで、遺体らしきものは何一つ存在しなかった。
血の飛び散り方から、警備隊が結論付けたのは檜山大介は生きたまま殺されたであろうこと。辺りに飛び散った血の飛沫の距離や場所からして、周囲から飛び付かれ、全身を引き裂かれるという最悪の死に方をしたのだろう。
「それと、陛下…………その、第二結界の中にもアンチノミーが数体入り込んだようで………」
「何だと?」
「被害はありませんでした。少なくとも、行方不明もいません。ただ、調べた所によりますと────陛下しか立ち寄らない、城の片隅の庭が荒らされていたようで」
途端、槍がその手から滑り落ちた。「陛下っ!?」と戸惑う兵士を余所に、シュトライゼは息を呑んで振り向く。当のエリュシオンは唖然としたような顔をしたかと思えば、シュトライゼの制止も振り切った上で駆け出した。
◇◆◇
「……………」
呼吸が、荒くなる。
周りも見ずに闇雲に走り抜けたエリュシオンは城の片隅にある庭に辿り着いて、肩を揺らしながら息を整える。彼の見覚えのある美しい景色は、変わり果てていた。
「…………めあ」
エリュシオンにとって最も輝かしく、隣を歩んでいた光に等しい存在。そんな彼女の眠る墓標は、何者かに暴かれたように荒れ果てていた。ハウリア族の許可を得て樹海からここに移転した大木。彼女が好き好んでいた紫の花、それに包まれた庭園は露骨に踏み潰され、墓石とも呼べる石標は砕かれ────木の根元の地面がポッカリと空いていた。
その穴に、少女の亡骸はない。
穴から続いていく引き摺るような跡を見れば、どうなったかは想像に安くない。膝をつき、崩れ落ちたエリュシオンは潰れた花を拾い上げた。
────まただ、自分は何も間に合わない。あの時、戦場で分かたれて、失ってしまった大切な片割れとの最後。冷たくなる彼女を救えず、約束を果たすことしか出来なかった思い出が、脳裏に過る。
『────エリュシオン様。どうかメアは貴方の国で眠らせて上げてください』
『カム、さん………でも、それでは』
『メアは、娘は貴方と共に生きると誓っておりました。ならばせめて、貴方のお作りになる国で弔ってあげて欲しい。この娘も、それが望みのはずです』
「…………そう言われたのに、顔向けのしようがない」
思わず自嘲の笑いが漏れ出す。
自分達の家族を死なせたエリュシオンを、ハウリア族は赦すどころか感謝を述べた。そうして託された彼女の亡骸すらも、ロクに守れなかった。そんな自分に、自己嫌悪と絶望が広がっていく。
「────折れるな、星王」
そんなエリュシオンに、声が囁く。
厳しく、冷徹に、残酷なまでに険しいその声は、他ならぬエリュシオン本人のものであった。膝をつき、折れそうになる自らを奮い立たせるように、彼は告げる。
「揺らぐな、星王────根源を、原点を思い出せ。オレは、お前は、何の為に立った。何の為に、ここにいる」
誰もが笑える世界を望んだ。誰もが苦しむことのない平和を願った。その為に、まだ幼かったエリュシオンはこのトータスを旅して、世界の真理を知ったはずだ。たとえ、どれだけの絶望を前にしても、止まることは許されない。
『────エル、世界を守れるくらい強くて、優しい王様になって』
「────メアの愛した世界の為に、オレの愛した世界を守り抜いてから死ぬ────それがお前の、オレの生まれた理由だ」
星王エリュシオンは、亡き相棒の墓標と共に決意を深める。
全てを、世界の命運を背負わされたその王は、その全てを背負い、この世界を救い導くことを宣言した────たとえその先の未来に、己がいなくとも。
◇◆◇
そして、王国内の病院。
戦争の怪我人を治療するその病院の、集中治療室にてある一人の青年が治療を受けていた。
「────う、ぐゥうううううううッッ!!?」
「止痛剤を!急いで!────静因石を用意してください!彼は、岸上咲夜は王国の守護者です!彼を死なせることは、医療騎士団として、ハイリヒ王国としてあってはならぬことと知りなさい!!」
「「「はいッ!!」」」
複数人の治癒氏と共に団長のヒナが治療するのは、純白のベッドの上に寝かされる咲夜である。布を口に噛ませ、手足を押さえられた咲夜、彼は抉られた顔の半分を結晶化させた状態で悶え苦しんでいた。
────エルヴァルガンドゥの方舟と共に巻き込まれたと思われていた咲夜達であったが、彼等は生き延びた。それは、意外な救いの手があったからだ。
『………助けたなどと、我等の仕出かした事の尻拭いをさせてしまった』
『賢者に伝えてくれ。君のお陰で私達は、罪を晒さずに済んだ』
爆発するエルヴァルガンドゥから咲夜達を助け出したのは、艦長ガレオンに反発した部下の魔人族だった。彼等は緊急脱出用のワープ装置を使って、その場から咲夜たち全員を救い出したのだ。
同行していた園部たちも大した怪我ではなく、五体満足であれた────唯一、炉心の攻撃を受けて片目や全身の一部を抉られた咲夜を除いて。
「────咲夜、くん」
教え子の苦しむ声を聞いた愛子は、不意に自らの掌を見つめる。少し前に、治癒師の一人から聞いた岸上咲夜の容態を。
『「魔瘴核」……?』
『アンカジ公国でも確認された、大魔王の濃い魔力による症例です。血中に流れた魔神の魔力が体内の血液や細胞、魔力を結晶化させて魔戦騎化させるもの………彼の場合、アンカジ公国の症例よりも甚大です』
感染させて、滅ぼす為の魔力とは違い、王国を消し飛ばすレベルの濃厚な魔神の力を受けた咲夜は、魔神の力による侵蝕によって死の狭間を彷徨っていた。常に聞こえてくる絶叫は耳を防ぎたくなるが、愛子はそれが出来なかった。
咲夜があんなに苦しんでいるのは、他ならぬ自分のせいだと、自分が彼等の行動を許したせいだと、自責の念が、それを留めた。
「私の、せいで………岸上くんが」
「────エルといい、貴方といい。責任感が強いようで何よりなことだ」
そう言って、椅子に座る愛子の隣に誰かが腰掛けた。妙に馴れ馴れしいその男性の顔を見て、愛子は知らないわけではなかった。
「貴方は………」
「やぁ、先生。始めましてと呼ぶべきかな?私はシュトライゼ・ラグダ・ゼーレ。エリュシオンに仕える王の剣の一人で、君の生徒の南雲ハジメの師匠だよ」
軽薄そうに微笑む男に、愛子は何とか笑って応じた。あまりにも苦々しい、力の無い笑いに肩を竦めたシュトライゼはやれやれと呟きながら、唐突に話を切り出した。
「彼等を送り出した事でも、後悔してるのかな?」
「…………!」
「後悔するのは勝手だけど、敢えて言わせてもらうよ。確かに貴方が彼を留めていれば、きっと彼はああならずに済んだ。でもそうしなきゃ、少なくとも王国は壊滅してただろうね。私やエリュシオンも、数百万の民も」
「じゃあ、彼があんな目に遭ってるのは、仕方ないって!割り切れば良いんですか!?」
涙を堪らえようとも堪えきれず、遂に思いの丈を零す愛子。だがシュトライゼはそんな愛子の叫びに静かに指を立てながら、声が大きすぎないように宥める。座席に腰掛けながら、シュトライゼは淡々と話を続けていく。
「誰だって、傷付かない平和なんてあるわけがない。彼等の元いた世界はそうだったんだろうけど、今は違う。少なくとも、この世界では戦わなければ誰かを助けることはおろか、自分の命も守れない────それに、貴方が後悔するのは門違いじゃないかな?」
厳しい言い方をしているが、少なくともシュトライゼなりには────他の面子と比べても、充分優しい言葉であった。厳し過ぎず、逆に優し過ぎない中途半端ではあるが、少なくとも今の愛子の心に響くものではあった。
「貴方が認めたにしろ、彼は自らの意思で戦場に出た。守る為に戦い、守る為に命を捨てる覚悟を取った。そんな彼が、先生の後悔する姿を見たいかな?」
「………」
「それに自責というのは、あまりにも非効率的とは思わないかい?」
常に疑問形で語り掛けるのは、元々シュトライゼという人物の在り方を意味する。常に理知的ではあるが、かつては人との交流もせず、ただ造ることに明け暮れていた青年であった彼だが、今では一人の王に惚れ込み────というよりも、彼の王道の先に興味が湧いた、一癖のある天才であった。
「貴方自身が後悔し、生徒を、それ以外の他者も死なせさせたくないのなら、貴方自身が彼等を死なせないように君の出来ることを果たせばいいだろう?」
「私に、出来ること」
「私とて同じさ。いくら神代も羨み、あのエヒトすらも嫉妬する天才と言えど、可憐な少女にすら拳では負けるほど繊細かつ脆弱だ。だからこそ、私は私のできる技術で兵器を作り、王国を────エルを勝利させる。ついでに、貴方達も救おう。
────だからこそ、エルのことも助けて欲しい」
「エリュシオン、陛下のことですか?」
「エルは、背負ってばかりだ。きっとこの先も、無茶をするだろうし。君の生徒にも、戦ってもらうだろうけど────そこは覚悟して欲しいね。そうしないと、エルの方が危ないから」
全く誰に似たんだか、と自身の王への呆れを零すシュトライゼに、愛子はクスリと笑った。いつの間にか笑っていた自分に戸惑う愛子だったが、そんな彼女の顔を見たシュトライゼはふぅんと目を細めた。
「やっぱり、可愛いじゃないか。そうそう、女性は笑顔が大事。暗い顔なんて似合わないしね」
「か、かわ────ッ!?」
「おっと失礼!私の弟子から呼び出しのようだ!それでは、元気出して頑張っておくれよ!先生さん!」
そう言って、シュトライゼは蜘蛛の子を散らすようにその場から離れていく。残されたのは、顔真っ赤にして唖然とした愛子ただ一人であった。
すぐにその場から離れたシュトライゼは、自らの弟子が壁際に隠れていたことに気づく。
「あれ、君達見てたのかい。声掛けてくれてもいいのに」
「あんな空気で声掛けれる度胸なんてないですよ………にしても、またですか先生」
「え?何が?」
「キヒヒ!マスターったら忘れちゃってー!ああ言って姫様も口説いてたのに、別の女の人も口説いちゃうなんてー!マスターは女誑しなんだからー!」
「………えー?」
シュトライゼ・ラグダ・ゼーレ。
『王の剣』の一員であり、王国の中枢とも呼べる天才は、色恋沙汰には無自覚────というより極めて無知であった。今回の件も初めてではなく、一国────亡国の姫も堕としたこともある。当のシュトライゼが困惑している様子に、弟子2人の片方は溜息を零し、もう片方は愉快そうに笑うのだった。
◇◆◇
一方、数日後の訓練場にて。
手の空いた騎士達の何人かも自主訓練を行う中、光輝たちはハヤテが主導する訓練という名の、一方的な蹂躙を受けていた。
「────特訓はここまで、十分休憩しろ」
「………団長っ!俺は、まだ、やれます………!」
「休めと俺は言っている。それとも、力尽くで寝かされるか」
ボロボロに打ちのめされながらも、光輝は休憩をせずに続けようとして、ハヤテに圧をかけられる。光輝自身は不服そうにその場に座り込んで、一息つく。剣を振ってる間ならば、少しは忘れられる気がした────自らの内にある、後悔。
「………あの小僧の事を考えているのか」
「小僧って、ランデル殿下のことですか?流石に不敬じゃないんですか?」
「オレが仕えるのはエリュシオンであって、ハイリヒ王国の王家ではない。それにオレにとっては、温室育ちの世間知らずのクソガキに過ぎん」
事は少し前、運び込まれた沢山の遺体を見つめていた光輝が自責の念に駆られていたその時、周囲の遺体を探し回っていたランデルを見かけたのだ。涙目で誰かを探していたであろう幼い王子は光輝達を見るや否や目の色を変えて噛み付いた。
『貴様、聞いたぞ!香織が殺されたという話を!そんな筈はないだろう!?香織は無事だろう?』
『そ、それは………』
『────何が香織は俺が守る、だ!何も守れてはおらぬではないか!?全部お前のせいだ!お前のせいで、香織は────!余が誘った通り、余の元にいれば香織を危険な目に合わせなかったというのに!!』
香織が致命傷を受けたという話を聞き、泣きながら飛び出してきたであろうランデルから光輝は咎められた。香織を守ると声高らかに宣言したにも関わらず、何も出来なかったと。光輝にそれを否定することは出来ず、悔しさを飲み込んでランデルからの言葉を受け止めるしかなかった。
だが、そんな光輝を助けたのは意外にも厳しく振る舞っていたハヤテだった。
『ゴチャゴチャ抜かすんじゃねぇぞ、クソガキ』
『お止めください団長!ランデル殿下ですよ!?』
『知るか────よく聞けクソガキ。この勇者は確かに甘っちょろくてクソ弱いし、自惚れてるとこはあるが、それでもコイツは最善を果たした。覚悟を以て、王国の為に戦った。温室で震えて何もしてねぇ腑抜けが、戦場に出たヤツを馬鹿にしてんじゃねぇぞ』
突然割って入ったハヤテは片手でランデルの襟を掴み上げると、壁に叩き付けた。慌てて止めようとする兵士やメイドを威圧して、ハヤテはランデルのソレを筋違いの八つ当たりだと吐き捨てる。
「────そもそも、エリュシオンの奴があのガキを甘やかすのが悪ぃんだ。この際張り倒してやりゃあ良かったか」
「ホントに止めて下さいよ、まだ子供なんですから」
「子供が何だ。俺があの頃には大人共と殺し合ってた────それに、子供なのはお前等も同じだろ」
「…………意外ですね。団長、俺には厳しいと思ってたんですけど」
「俺は戦士を正しく評価する、それだけの話だ。少なくとも、お前には戦場に立ち、皆を守る覚悟はあった。その深層心理は知らんがな」
ハヤテからすれば、光輝の覚悟を含めたある程度の部分は評価し、少なからず期待はしている。だからこそ、その覚悟を知るからこそ戦場に立たない者の批判は許さないのだろう。そもそも、戦士としての在り方を理解降るからこそか。
それでも顔色が優れない光輝に、ハヤテは興味なさそうに顔を背けながらも、淡々と告げた。
「────メルドの件も白崎香織の件も。光輝、お前には非はない。お前はお前のやれることをやった。自分が強ければなどと、自惚れるな」
「そうですけど………俺は、ファウストを斬れなかった」
「奴のように、無関係の人間を人質に取られれば躊躇もする。アレに関しては仕方あるまい」
ハヤテなりのフォローであった。
逆に言えば、それほどまでに相手が悪かった。ハジメですら不意をついてようやく一矢を報いるレベルの相手なのだ。あの傲岸不遜なハヤテですら手に負えないと明言するほど悪辣で狡猾な相手に、よくやった方ではある。
それでも未だ納得しきれない光輝に、ハヤテは「まだまだガキだな」と肩を竦める。そうしていると訓練に参加していなかった二人が広場に戻ってきた。
「お疲れ様です、団長」
「雨音に剣城か。他の奴等の調子はどうだ?」
「ほぼ全員、立ち直るには時間がかかりそうです。あの件があった以上、すぐには難しいと思います」
「チッ、分かっていたことだが………全員動かせんとなると、戦力増強訓練も厳しいか。そもそも、戦場に立てるかどうかの話だな」
雨音と剣城が訓練に参加していなかったのは、他のクラスメイトたちの様子を確認して回っていたからである。遠藤や佐竹はファウストとの戦いで怪我をした為、その治療を受けている最中である。
それ以外のクラスメイト、愛子の親衛隊一同は未だ意識不明の咲夜の身を案じているが、少なくとも訓練に参加できる余力と余裕はあった。問題は、それ以外の────光輝たちと同行していた他のクラスメイト達である。
『
そして、精神的にも動揺しているのは光輝と共に訓練を受けていた雫も同じだった。いつものように気丈に振る舞っているが、少なくとも無理はしているのは明白だ。心配そうにする雨音や剣城を余所に、不意にハヤテが耳に手を添えた。
「ああ、俺だ────何?もう終わったのか?分かった、コイツらを連れてすぐ行く────光輝、雫、龍太郎、雨音、剣城。急用だ、全員集まれ」
「急用って、何なんですか?」
「行ってからすぐ分かる。舌は噛むなよ────跳ぶぞ」
「え?跳ぶって何処に………というか、どうやって────」
光輝達が自分の元に集まった瞬間、疑問の声を遮り、ハヤテは背中から引き抜いた剣の一振りで周囲の空間を切り裂いた。空間に残った斬撃の軌跡が彼らを覆う結界のように展開されたかと思えば、一瞬にして彼等を広場から────建物の前の上空へと転移させた。
「おわあ────ぐふッ!?」
悲鳴を上げる一同だったが、すぐに短い呻き声が響いた。何とか先に着地した光輝と龍太郎だったが、すぐに落下してきたハヤテや、剣城や雨音が上に落ちてきたことで地面に叩き伏せられることになる。
厳密には龍太郎は雨音と剣城によって押し潰され、雫を受け止めようと構えた光輝はいつの間にか雫を担いでいたハヤテによって踏み潰されたわけだが。
「悪いな、坂上。流石に空中では避け切れなかった」
「龍太郎さん、ご無事ですか?」
「へ、平気だ、ぜ………ぐふッ」
「団、長………何で、俺の上に………そもそも、雫だけ………」
「馬鹿か、これくらい背負って耐え切らんか。それに、精神的に弱っている雫に無理をさせると思うか?」
横暴ではあるが、それにしても正論ではある。
雫に対して甘い印象のあるハヤテだが、他の面子に比べて弱っていると判断したからこそであった。ハヤテに礼を述べた雫は目の前にある建物を見て、疑問を顕にした。
「ここは………?」
「お前達は知らんだろうな。元々ここは、重要な作業をする上でしか使わん場所だ。もう終わってる筈だが…………来たな」
「菊菜………に、天之河たちか」
「しず────八重樫か。無事そうで良かったぜ」
「刃に、南雲くん!?どうして二人が」
建物の中から出てきたハジメが一番に見知った少女に反応し、すぐ近くにいる光輝を見るや否や露骨に嫌そうに顔を歪める。その隣にいた刃は雫のことを案じようとしたが、すぐにいつものようにぶっきらぼうで素直ではない態度に戻る。
困惑する雫の疑問に、ハヤテは平然と答え始める。
「この二人には色々と仕事をしてもらってた。特に刃に関しては、白崎香織の蘇生に必要だったんでな」
「香織の────!?刃!お願い、香織は無事なの!?無事なのよね!?」
「無事だけど…………あれ、無事っつーことでいいのか?」
雫の必死な問い掛けに、刃は微妙な反応を示した。隣にいる親友に助けを求めるが、当の親友は「俺に聞くな」と面倒くさそうにする。そんな二人の反応に凍り付いた雫は両目からハイライトを消し去り、刀を握りながら詰め寄る。
「なに?どういうこと?香織が無事じゃないってこと?あなたたち何かしたの?場合によっては、あなたから貰ったこの『月光』で────」
「待て待て待てぇ!香織は無事だけど、身体の方がちょっと変わったつーか!少なくとも俺のせいじゃねぇし、相棒のせいでもねぇよ!!だから仕舞えよ、その刀と殺気!マジで斬られそう────」
「────雫ちゃん!!!」
そう言って、建物から飛び出してきたその人影の姿を認識した全員が、一瞬身構えた。何故なら、その人影────神秘的なオーラを隠さぬ威容、足元まで伸びた銀髪と純白のドレスを思わせる装束は────彼女達が対峙した、ファウストの使っていた女神の神体である。
咄嗟に弓矢をつがえ、聖剣を構える剣城と光輝だったが、そんな二人にハヤテは拳骨を叩き込んで黙らせる。何を、と困惑する二人にハヤテは黙って見ていろと促す。
二人と同じく思わず身構えた雫だったが、不意にその手を止め────突如現れた女神を見つめ、ポツリと呟く。
「……………香織、なの?」
「うん。訳あって変わっちゃったけど、私は雫ちゃんの親友 白崎香織だよ!」
いつものような明るい笑顔に、雫は本当に親友であると確信し、泣きながら彼女を抱き締めた。死んでしまったかもしれない、守れなかったかもしれない彼女の無事にようやく安心できた彼女は、改めて心の底から泣いていた。
その様子を見つめていた一同だったが、ただ一人疑問を隠せない剣城が事情を知るであろう二人に問い掛ける。
「南雲………黒鉄、どういうことだ?何故香織が、あの姿になっている?」
「…………まぁ説明がいるよな」
時は、大魔王が姿を消したあの時へと遡る。
◇◆◇
「────スピリアス、魂の固定化は?」
「問題ありません。白崎香織の魂の波長は安定化しています」
「良いだろう────ヒナ、治癒魔法の準備を。白崎香織の蘇生を開始する」
クラスメイト達を避難させた後、王国の施設内に香織を運んだエリュシオン達は彼女の蘇生を始めようとしていた。致命傷を受けていたことで死に瀕していた彼女の魂は、到着したその時からスピリアスによって固定化されている。
後は肉体を治癒するだけであった。同行するハジメはエリュシオン達に任せる方が最善と判断し、不服だが仕方なく彼等に任せていた。しかしいざ治癒を始めようとしたその瞬間────ハヤテの意識に声が響いた。
『────待って!エリュシオン陛下!』
「────待て!ヒナ!」
「陛下?何か問題が…………成程、そういう事で」
「おい?何だよ、一体何が────っ!?」
香織の魂の声を聞いたエリュシオンの一喝により、手を止めたヒナはすぐに彼女の身体に魔力探知を使い、すぐに表情を険しくする。当惑したハジメだったが、その疑問は埋め込んだ義眼の魔力探知ですぐに分かった。
香織の肉体────その臓器の裏側に、小さな魔力の残滓が揺らいでいる。彼女の心臓や脳など、重要な部分で蠢くソレに、エリュシオンは苦々しい顔を隠せない。
「やられたな、ファウストめ。こうなる事を予期して白崎香織の肉体に罠を仕込んだか」
「取り除けないのか」
「可能だが、位置が位置だ。簡単には取り除けん────奴め、根強く因子を植え込んでいる。これでは臓器そのものを取り替えねば………いや、それでは時間が掛かる」
恐らく、ファウストによって香織が致命傷を受けた際に流し込まれた魔神の因子である。ヒナの魔法によって大半は浄化したが、深くまで寄生しているソレは完全に浄化しきれない。浄化自体は可能だが、少なくとも半年で終わるようなものでもない。
明確に、絶対に簡単に取り除けないように施されたファウストによる悪意ある仕込み。またしてもか、とハジメはこの場にいない魔神への殺意を煮え滾らせていた。
明確な問題が、発生した。
白崎香織の肉体を蘇生させるには時間がかかりすぎる。かと言っても、エリュシオン達の取得する魂魄魔法では数カ月も魂の保持は可能だが、その分香織の魂そのものへの負荷が多少残ってしまう。
答えが見えぬ彼等に────ある男が、答えを出した。
「────白崎香織の魂を入れられる肉体ならばある。ここにな」
そう言って現れたのは、イクスであった。彼は先ほどの戦いで取り返したはずの自らの主、女神アストレアの神体を抱えながらそう告げる。
突如現れたイクスに、スピリアスがサーベルを引き抜く。無理もない、彼は元々王国を襲撃した指名手配だった。その場で実力で無力化しようとした彼女を、エリュシオンが制した。
「…………イクス、アンタ」
「アストレア様の神体ならば、魂がなくとも在り続けられる。ファウストは自らのスペアとして肉体を操るだけだったが、香織の魂を入れて数日もすれば、適合するはずだ」
『でも、イクスさん!やっと取り戻せた、イクスさんの大切な人の身体なのに………!』
「────アストレア様は、あの時に亡くなられている」
イクスは静かに、語った。
抱き抱えた女神の神体、ファウストからそれを取り戻せた時点で分かっていた。その身体は、あくまでも器でしかなく、かつて彼を導いた慈愛の女神の魂は、もう残されていなかった。
「最初から分かっていた話だ。あの方の魂は、もう消えている。ここにいる女神の神体、空虚な器に過ぎない。その身体が悪しき企みに使われるならまだしも、お前の為に使われるならまだ価値はある」
きっとあの方も、そうするはずだと。イクスは軽く笑いながら答える。寂しさの残るが、気丈に振る舞った笑みであった。その言葉を聞き、やはり戸惑う香織たちに────黙って聞いていたエリュシオンが口を開いた。
「良いだろう、貴様の言葉を受け止めよう」
「陛下!?しかしその男は────」
「王国を襲撃した指名手配、それに異論は相違はない。されどこの男が南雲ハジメを、黒鉄刃の旅を手伝ったのも事実。星王の名に於いて、その罪を清算しよう────だからこそ、貴様の提案を心から受け入れるとする」
「…………感謝する、星王よ」
イクスは自らの意を受け入れたエリュシオンへ改めて礼を述べた。そうして、エリュシオンの指示の元、女神アストレアの神体に香織の魂を適応、同期させたのだった。
◇◆◇
「では、香織の身体は?」
「エリュシオン陛下が凍結封印してるようだな。魔神の因子を取り除けられるが、それならいっそ肉体を保存しておいて因子の元であるファウストさえ滅ぼせば同じく消滅するって話だし」
「理解した………にしても女神の神体か。まさか香織が本物の女神になるとはな。これでは八重樫も女神となって双璧になるのも近いか?」
「洒落にならんから止めろ(マジ声)」
ハジメの話を聞いていた剣城が冗談交じりに言い軽く笑っていた二人だが、横から聞いていたであろう刃が真顔で詰め寄る。雫に対しては相変わらず過保護だなと思いながら、二人は静かに怒れる青年を宥めていた。
その一方で、ハヤテは話し合う一同を尻目に何らかの通信を取っていた。
「俺だ、今度は一体何だ────は?エリュシオンが倒れただと!?」
「「「「ッ!!?」」」」
「何が起きた!襲撃か!?過労か!?…………は?何だ、スピリアス。お前にしてはそのぎこちない様子は……………いいから来い?マジで何が────あのアマ、切りやがったな」
明らかに戸惑うハヤテだが、戸惑い方が可笑しい。
何か問題が起きたのかと思ったが、そういうわけではないらしい。では何故エリュシオンが倒れるようなことになったのか、言葉を濁す相手への愚痴を零していたハヤテに、光輝が思わず食い下がる。
「あの、団長!エリュシオン陛下が倒れたって、本当なんですか!?」
「…………そこまで問題じゃねえって話だが、よく分からん。あとお前等も来い。ハジメ、刃、お前らもだ」
「俺達もかよ………」
「仕方ねぇさ、行くぞ相棒」
◇◆◇
数時間前、ハイリヒ王国玉座の間にて。
「────遠方の観測部隊からの報告です。シュネー雪原の迷宮は完全に消失しておりました」
「迷宮そのものが、か…………大魔王め。やはり本気で神代魔法の取得を封じる気か」
王の剣が活動中である為か、エリュシオンは他の騎士たちから報告の知らせを聞きながら作業を続けていた。彼にとっての問題、大魔王が消し飛ばしたであろう迷宮の状態と、被害の把握である。
「問題はハルツィナ樹海の方だ。樹海の方に向かわせた騎士団の応答は?」
「バレス翁とリスティルからの報告はまだありません。いや、ここから樹海に行くのですから応答もすぐには難しいかと────」
「────樹海の大迷宮は、既に消失を確認しています。部隊を退かせて構わんでしょう」
不意に、その場に見知らぬ声が響く。周囲の騎士たちが戸惑う中、エリュシオンは静かに一点を見据えた────彼等のすく背後に、膝をつく一人の獣人がいたからである。
恐らく、何か戦闘をした後であろう全身に返り血と傷跡を残した歴戦の戦士に、彼等が身構えるのは無理もなかった。
「貴様!いつの間に!」
「────止せ………その耳、兎人族か。ここに来たのは、それを伝える為か」
「えぇ、事態も事態。情報はいち早く把握するのが戦争の定石と分かっておりますので。それに、我等ハウリア族が貴方に受けた大恩の一つに報いたまでの話」
「ハウリア族だと?お前が、か?」
その獣人、ハウリア族の屈強な男の言葉にエリュシオンは耳を疑った。何故ならばハウリア族は極めて温厚な一族であり、戦いすらも好まぬ心優しき種族と呼んでも過言ではない。
少なくとも、目の前の男はハウリア族とは対極に位置するような存在であった。全身に浴びた返り血に、武器を向けられた瞬間に放たれた鋭く濃密な殺気。エリュシオンは怪訝そうに顔を顰めながらも、すぐに王として威厳らしく振る舞う。
「その強面と血の匂い、新たにハウリア族となった者か。名を名乗ることをここに許す」
「…………はははッ、陛下も冗談が上手ですね。数年ぶりで、私の顔を忘れられましたかな?」
「………何を言っている。お前のような血の匂いを漂わせるハウリア族など、会った、こと………も───────えっ」
ようやくその顔をよく見つめたエリュシオンの喉から、音が漏れる。見たことも会ったこともない、そう言い切ろうとしたエリュシオンには、辛うじて男の顔に見覚えがあった。
だが、脳がそれを否定する。理解したくないと、拒絶反応を示す自らの心を押し殺した上で、数秒後の沈黙を経たエリュシオンが、呟く。
「────カム、さん?」
「お久し振りですな、陛下。いつになく、凛々しくなられたようで」
────エリュシオンから、返事はなかった。
ただ立ち尽くした星王は時間が止まったかのようにピタリと停止して、全く動かない。その沈黙の様子は、電波が悪くなったPCのローディング最中を思わせるほどであった。
その数秒間、エリュシオンの脳裏には様々な記憶が過る。かつて教会の刺客に襲われ、怪我したところをハウリア族に保護されたこと。そして、そのときから出会った相棒との旅の記憶、そして彼女との約束────そして、記憶とは変わり果てた大切な相棒の父の姿に、数多の思考を加速させたエリュシオンは激増したストレスのあまり────口から血を流した。
「────────こふッ」
「「「「へ、陛下ァッ!!?」」」」
白目を剥いてエリュシオンが膝から崩れ落ち、玉座に崩れ落ちるようにして倒れ込む。そんな王の様子に他の騎士達が、カムすら慌てて駆け寄っていった。
介抱されるエリュシオンは気絶したらしいが、ずっと「すまない………メア………オレは………オレは………」と弱々しくうわ言を漏らしていた。
戦争の合間に大切な人の墓暴かれた挙句に、絶対に守り抜くと誓った大切な人の家族が立派な戦士(軽度の厨二病付き)になった星王エリュシオンの気持ちを述べよ(配点20点)
エリュシオン「ストレスで死ぬ」
原作よりも大人しくなったハウリア族でもこのダメージなんで、原作のハウリア族の有様みたら、もう首吊りそうな勢いになる。女性陣だけでもマトモに育て上げて、男性陣も少しマトモよりに矯正した刃がいなかったらマジで危なかった(比喩抜き)。
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清水の今後について
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生存その1(生き残るけど戦えない)
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生存その2(護衛組の一人として戦う)
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死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
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意識不明の重体として途中退場