誤字報告ありがてえなあ!
「「「カンパーイ!!」」」
私は今、結束バンドのメンバーとスターリーの皆さんで居酒屋に来ている。
紆余曲折ありながらも無事に終わった初めてのライブ。その打ち上げを行うことになったのだ。
「ライブよく頑張った。今日は私の奢りだから飲め」
「お姉ちゃんありがと〜! まだ私たち飲めないけど」
「先輩好き〜」
「お前は自腹だよ! くっつくな!」
何故かついてきたお姉さんが早速暴れている。席離れてて良かった……。
「ていうかこの方誰ですか?」
そう尋ねるのは喜多さん。考えてみれば、私と店長さん以外お姉さんとは初対面なんじゃないかな……。それで打ち上げ参加するメンタルすごい……。
「誰よりもベースを愛するベーシスト、廣井きくりで〜す! ベースは昨日飲み屋に忘れました〜どこの飲み屋かも分かんな〜い!」
「一瞬で矛盾したんですけど……」
……ちゃんとしてる時はかっこいい人なんだけどなぁ……私はお姉さんの言葉に勇気をもらったんだし……。
「私、よくライブ行ってました」
「えー? 君見る目あるね〜!」
リョウさんはお姉さんのこと知ってるみたいだ。お姉さんのバンド……どんな感じなんだろう……?
……そんなみんなの会話を聞いているだけでもすごく楽しい……あの時そのまま逃げ出してたらこんな光景見れなかったんだよなぁ……としみじみ思う。
二度も私を見つけてくれた虹夏ちゃんには本当に感謝しなくちゃ……。それと……逃げ出さなかった私も……褒めてあげよう……偉い……私。
「いや〜それにしても今日のライブ盛り上がって良かったね〜!」
「観客10人ぐらいでしたけど」
「でもその人たちは全員満足してくれたじゃ〜ん?」
「ですかねっ」
「ま、続けてればどんどんファン増えてくよ。次のライブでも頑張れよ。ちゃんとノルマ代は払ってな」
「最後の台詞がなかったら感動したのに……」
「ぼっちちゃんも今日はすごい頑張った……」
そんな会話を聞いていた時、私に話を振られた。そこでふと思い出す。私もこの幸せな空間にいたことに。
「……ぼっちちゃん?」
「あっ、はい! 頑張りました!!」
……永遠はないと分かっていても、この楽しい時間がずっと続けばいいなと思う。
きっと……私が逃げ出さない限り、この光景は何度だって見れる。
なら私にできることは一つしかない。どんなに自分のことが嫌いになっても、どんなに明日が怖くても、私は進み続けよう。
ただそれだけ、そんな簡単なことなら私にもできる……絶対に……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
よく分からない呪文のような注文をする喜多さんに対抗意識を燃やして、存在しない料理を言ってみて笑われたり……。
『お姉ちゃん、ぼっちちゃんの記憶が治った日、自分の部屋でずっと泣いてたんだよ!』なんて暴露をする虹夏ちゃんに怒る店長さんを見てみんなで笑ったり……。
下の名前で呼ばれてダメージを受けるという喜多さんの意外な一面を見ることができたり……。
大人の皆さんから色んなありがたい話を聞くことができたり……。
ふふふ……楽しい……。
忘れることはもうない。明日に行くことに恐怖なんてない。だから私はこの楽しい時間を心置きなく噛み締められるはず……
なんだけど……。
私には一つだけ心残りがある。それだけは解決しなくちゃいけない、ハッキリさせないといけない。
それを解決して、私はようやく進み始められる気がする。
私は外の空気を吸いに店を出る。最後にそこで心の準備をして……全てを終わらせよう……。
「あれ? ぼっちちゃんじゃん。どうしたの?」
「あっ、虹夏ちゃん……」
精神統一をしている最中、同じように店を出てきた虹夏ちゃんが話しかけてきた。
「外の空気を吸いに……虹夏ちゃんは?」
「私はちょっと涼みにね」
……しばしの沈黙。虹夏ちゃんと一対一で話すのは今日二回目なのになんかすごく緊張するなぁ……。なんか話さないと……。
「あ、あの……」
「あのさ!」
何か世間話でも切り出そう……と思ったら、虹夏ちゃんの方から切り出してきた。
「私の本当の夢、まだ言ってなかったよね」
「あ……そういえばそうですね……」
前に聞いた虹夏ちゃんの夢。記憶が戻ってから考えてみたりしたけど、全然思いつかなかったのを覚えてる。
「私ね、小さい頃に母親が亡くなって、父親はいつも家にいないしお姉ちゃんだけが家族だったんだ」
……確かに虹夏ちゃんの家族は店長さん以外見たことない……。
「お姉ちゃんがバンド始めてからはさ、寂しがる私をライブハウスに連れてってくれるようになったの。あの頃の私には全部がキラキラして見えて、凄く幸せな空間で……そんな私を見てたから、お姉ちゃんはバンドを辞めてライブハウスを始めた。
スターリーはね、お姉ちゃんが私のために作ってくれた場所なんだよ。お姉ちゃんは絶対そんなこと言わないけどね」
そうだったんだ……店長さんはさっき飽きたからバンド辞めたとか言ってたのに……。虹夏ちゃんがスターリーにこだわる理由が分かった気がする。
「だから私の本当の夢はね、お姉ちゃんの分まで人気のあるバンドになること! スターリーをもっと有名にすること!」
これが虹夏ちゃんの本当の夢……。
「でもバンド始めてみたらさ、私の夢って無謀なんじゃないかって思う時もあって。今日だってみんな自信無くしちゃったし……でもとんでもない状況をいつもぶち壊すのはいつもぼっちちゃんだったよね!
一度は逃げ出しても、泥だらけになっても、最後はみんなを助けてくれる……やっぱりぼっちちゃんはヒーローなんだよ!」
……この人の言葉はどうしてこんなに心強いんだろう。私は虹夏ちゃんの言葉に何回救われてきたんだろう……。
私に助けてもらってばかりと虹夏ちゃんは言うが、私からすれば虹夏ちゃんに助けられてばかりだ。
「リョウは今度こそこのバンドで自分達の音楽をやる事。喜多ちゃんはみんなで何かをする事に憧れてる。みんな大事な想いをバンドに託してるんだ」
大事な……想い……。
「そういえばぼっちちゃんが今何のためにバンドやってるのか、結局聞いてなかったよね」
「あっ……私は……」
記憶を失う前の私だったら、バンドで有名になってメジャーデビューからの高校中退……。
でも今は毎日が楽しくて、最近はただこの日々が続けば良いなとしか考えられなくて……。
やっぱり私は怖いんだ。いつかこの忘れない幸せが当たり前のものと気づける日まで、私は夢を見つけることが出来ない気がする。
「今は……夢とか考えられなくて……」
「……そっか!」
「……でも……漠然としたものですけど……」
具体的な夢なんて思いつくことは出来ないが、最終的にこうなればいいなという理想像なら今日思いついた。
「……私の人生は……漫画とか……映画に描かれるような壮大な人生でなくてもいいですけど……ただ……最後は笑って死ねるような……後悔のない人生……『後藤ひとりの人生は楽しかった!』って胸を張って言えるようになりたいんです……それが今の私の考えで……みんなみたいに大層な夢や信念なんてないですけど……」
言うなれば今は足元もおぼつかない状態。今は目の前のことにしか集中出来ないから、夢を見つけることは難しい。でもいつかは見つけたい……私だけの夢を……。
「うん! 夢なんて無理に探していくものじゃない! ふと思いついたりするからね!」
そうだ、虹夏ちゃんの言う通り。夢は気長に探していこう……。
「でも私……確信したんだ! ぼっちちゃんがいれば夢を叶えられるって!」
「だからこれからもたくさん見せてね! ぼっちちゃんのロック……
ぼっちざろっくを!」
「……はい!」
そう言って笑う虹夏ちゃんは、月明かりも相まって輝いて見えたんだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「じゃあそろそろ戻ろっか」
「あっ……先に戻っておいてください……」
「お? なんか用事?」
「どうしても会わないといけない人がいるんです」
意味分からないことを口走っているのは分かってる。
「……うん、頑張ってね」
それでも虹夏ちゃんは分かってくれる気がしていた。
私はすぐそこの公園まで向かう。待ち合わせをしているわけじゃない。その人は現れないかもしれない。けれど私はお礼を言わなきゃいけないんだ。
全ての始まりの地。私が虹夏ちゃんに出会った公園。私はそこのベンチに腰掛けた。
そして私は目を瞑る……。
気がつくとそこは私の部屋。
あの日聞こえたギターの音色は聞こえない。けれど私は押し入れの向こうに彼女がいることを信じて、私は閉まっている押し入れに手をかける。
「……あれで最後にしたかったんですけどね」
押し入れの中には体育座りをしている私がいた。あのオーディションの日に出会ったもう一人の私。
「早く戻ったらどうですか? 時間は有限ですから、私なんかに構ってないでみんなといた方が良いですよ」
いや……どうしても……もう一人の私に今の私の音楽が届いたか気になって……。
「……ちゃんと聞こえてましたよ? いやーこれで心置き無く消えることができます……」
……。
「なんでそんな顔してるんですか? 私はもう用済みでしょう? 貴方の記憶は治り、辛い記憶も乗り越えた。私の存在意義はもうないですよ」
……もう一人の私はさ。
私が忘れたかった部分の私なの?
「……はい?」
気づいたんだ。私が忘れたかったものは私自身……それを封印しようと作り出されたのがもう一人の私で……。
「ええ、そうですね」
でも私、そこから違う気がしてる。
私の方が作り出された側で、もう一人の私が今までの人生を歩んできた私なんじゃ……?
「……」
醜い部分の私を忘れるために貴方が生まれたんじゃなくて、
醜い部分の私を表に出さないように、私というもう一人の後藤ひとりを作り出したんじゃないの?
「……何を言って……」
私がみんなに出会った日のことを覚えていないのは、私が体験した出来事じゃなくて、もう一人の私が体験した出来事だったから。
みんなの隣に立てる後藤ひとりの理想像を作り出して、自分は置き去りのままただ傍観する……。
私らしいと思った。自分のことをどうしても大事に出来ないところ。
「……その仮説が正しいとして、私に何を言いたいんですか?」
……まだちゃんと言えてなかったから。
「何をです?」
お礼を……言いたかったから……。
「まさかその為だけに私に会いに来たんですか?」
紛れもなく、貴方は私で私は貴方。でも違うところがあるとすれば貴方には味方がいなかった。
ずっとずっと、一人で私を見守り続けてくれたんだよね?
「……私なのに……本当に鋭い……」
その喋り方も無理してる?
「……な、何でもお見通しですね……。
そう……みんなに出会った日の後藤ひとりは私……醜い私を塗り替えるために作ったのが貴方です」
やっと私らしさが見えた気がする!
だったらさ……消えるなんて言わないで、これからも……。
「残念ながら……もう決定事項なんです……」
……え?
「元々、貴方を作り出した時点で消えるはずだった私は……何の因果か今日という日まで貴方の成長を見守ることができた……。
ですが私というもう一つの存在は危険です。頭の中にもう一つの人格があるだけでもとてつもない負担になります。記憶が混濁する可能性だってあります。お医者さんが言っていたような……防衛本能……その機能によって役目を終えた私は消えます」
そ、そんな……それじゃ全く……報われない……だってまだ貴方は……。
「楽しいのは伝わってきましたよ。ですがあそこに立つのが私だったら……と思ったことはありません」
でも……もう一人の私がいたから……私は……。
「何泣いてるんですか。どうせ忘れてしまうんですよ……目を覚ませば私の事も覚えてないんだから……悲しまなくても……」
嫌だ嫌だ嫌だ……。忘れたくない……。
この感情は……忘れたくないという感情は……貴方が教えてくれたものだから……。
「……ふふ、忘れられる側も……辛いものですね……っておっとっと」
私はもう一人の私を強く強く、抱きしめる。
「ありがとう……ありがとう……!」
「……お礼を言いたいのは……こっちですよ……」
しばらく私たちはそうしていた。何秒、何分、そうしていたか分からない。
しばらく時間が経って、もう一人の私が口を開く。
「……貴方には戻るべき場所があるでしょう?」
……うん、行かなくちゃ……。
「前を向いてください。私は貴方の頭の中からは消えますが……ずっと貴方のことを見守っていますから。
そうですね……私が何かを遺すことは出来ませんけど……日記、日記を私だと思って下さい。
草葉の陰から……貴方の音楽が届くことを祈っています……。
私を忘れて……前に進め。そして響かせて……。
忘れることで生まれた貴方だけのロック……!
ぼうきゃく・ざ・ろっくを!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……あれ」
目を覚ますと星空が見えた。ベンチで横になっている体を起こす。
私は……なんでこの公園に……? 確か……今日はライブがあって……。
そうだ! 今打ち上げしてるんだ! 早く戻ろう……!
私はベンチを立ち上がる。そこで私は気づく。
ベンチにノートが置かれていることに。
「……ふふっ」
そのノートは私に勇気を与えてくれる魔法のノート。このノートを持っているだけで……すごいパワーを貰えて…なんでも出来る気がしてくるんだ。
寂しくなんてない。私には……これがあるから。
そのノートを大事に大事に抱えてみんなの元に戻った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
明日というものは待ってくれない。
時間というのは戻ってくれない。
時の歯車というものは時に非情で……時に私たちを助けてくれることもある。
だから私たちは進み続けるしかない。
たまには嫌なことがあるかもしれない。いつかは別れが訪れる。忘れたいと思う出来事に直面することだってある。
けれど緩んだらまた結べばいい。次は解けないと固く誓えばいい。私たちは結束バンドなんだから。
私はもう……絶対に逃げない。明日を信じてみたい……。
あの日、孤独だったヒーローが明日を信じたように。
別れは出会えた幸せに気づかせる。私はその別れに感謝したい。
たった一人で戦い続けた……本物のヒーローに……今度は私が……ヒーローになるために……。
あの日の残像を追い続けて……いつかその残像に追いつける時が来るまで……。
今日という日を、忘れぬように。
完結!後日談も書くかもしれないけどひとまずは完結!