主人公はあくまでベル君だぜ。
静謐な山奥の小さな村。麦の海に彩られた道を進んだ先にある一軒家の中では、目が覚めるような美しい女性が静かに本を読んでいた。
女の名はアルフィア。元最強の派閥【ヘラ・ファミリア】の幹部であり、『才能の権化』と恐れられた齢十六でLv.7に到達した冒険者であり、病さえなければLv.9に届いていた超人である。
現在三十一歳でとっくにくたばっていなければおかしいと自分自身でも思っているアルフィア。彼女がこんな辺鄙な山奥で生きながらえているのには理由があった。
「あ、お義母さん、ただいま」
「……おかえり、ベル」
バキィッ!! と盛大な音を立ててドアを毟り取りながら入ってきた白髪の少年。些細な物音でもキレるはずの彼女が何もせずに迎え入れているだけでこの少年の異常さが際立つ。
彼の名はベル・クラネル。アルフィアが唯一愛していた
きっかけは生後五か月のベルが作り上げた収納棚である。アルフィアが初めて死を覚悟したのは妹を怒らせた時だが、「いやおかしいだろ」とキャラも忘れて突っ込ませたのはベルが初めてであった。ベルのかんな捌きは見る者を唸らせ、ついうっかり放たれたアルフィアの『魔法』を慣性ドリフトで避ける身のこなしを披露し、壊れた建物を修理した。
アルフィアは思った……生後五か月の赤子が自立歩行して日曜大工をするとか、妹はどんだけベルが健康に生きられるよう願ったんだと……。
色んな意味で目が離せない甥っ子の様子を見ている内にいつの間にか一緒に暮らしていた。何故かザルドも巻き込まれていた。びっくりし過ぎてどちらも病状が緩やかになった。病は気からって本当だね!
七年前にベルがアルフィアを悲しませないために『英雄』になると宣言し、胸キュンしたアルフィアが赤ん坊の後方二回宙返りを目撃して虚無顔を披露したザルドと一緒に限界を三百は超えさせる意気込みで鍛えてやった結果、ベルは『恩恵』もないのにザルドやアルフィアと戦えるほど強くなってしまった。先日はエロ爺の肩を揉んでやろうとして肩の骨を砕く始末だ。
なんだかんだ生きてるし、七年前に『次代の英雄』の踏み台にならなくて良かったなー……とアルフィアはドアをガンガンぶつけて直そうとするベルの背中を遠い目で見つめていた。
ヘスティアは神である。ン億年という人間には想像もつかない長い年月を生きており、蓄えた知識は全知を名乗っても許されるほど膨大である。
そんな彼女が下界に訪れて出くわした最大の『未知』は目の前で「おいしーおいしー」と無表情でジャガ丸くんの山を貪る男の子だろう。
出会ったのはヘスティアのバイト先。ジャガ丸くんが楽しみでつい力んでしまったベルに歪んだヴァリス金貨を差し出され、それを目の前で力任せに元通りにする工程を見せつけられてヘスティアが絹を裂くような悲鳴を上げてしまい、それで悪評が流れたベルをお詫びとして眷属に迎え入れた。
マッチポンプみたいで罪悪感を覚えたヘスティアだったが、そんなものは三日と経たず消えた。ベルはとにかくストレスを与えまくって来るのである。最初のストレスは『恩恵』なしの素のパワーだ。
教会の隠し部屋の扉を押し戸か引き戸かわからなくなって壊すのは日常茶飯事。家事は何でもかんでも力尽くでこなし、出てくる料理は全てジャガ丸くんになる。ヘスティアは初めて「ルァアアアアアッ!」と雄叫びを上げながらキレた。
何よりもショックだったのは
ヘスティアが最も恐れているのは思春期を迎えているベルが女に飢えて自分を襲わないかどうかである。
(男の子はおっぺーが大好きだからな……! ベル君に押し倒されたらボクはOPPAIを握り潰されるか千切られるかして「OPYAAAAA!?」と叫ぶ予感しかしない……!)
何でもありだなコイツ。狂気と妄執によって築かれた迷宮『クノッソス』に飛び込んだ少年に置いてけぼりにされた肉と皮を失った『賢者』は状況も忘れてそんなことを考えた。
協力関係にあるヘルメスから齎された『【静寂】の息子がオラリオにやって来る』という情報により、フェルズはずっとベルを監視していた。そして嫌というほどの脳筋っぷりや後先考えない猪突猛進っぷりを見た。
ギルドで冒険者登録をする際に『英雄になります。気持ちは人一倍強いです』と謎の自己紹介をする。
【ロキ・ファミリア】の不手際によって『上層』に出現したミノタウロスをリバーブローで悶絶させる。
ダンジョンは道が覚えられないから床を殴って穴を開ける。
仲間になったサポーターを助けるために【ソーマ・ファミリア】を主神含めて地面に埋める。
ゴライアスを壁打ちで倒す。
喧嘩を売った【アポロン・ファミリア】との
【イシュタル・ファミリア】に主神含めてジャーマンスープレックスを決める。
現場をリアルタイムで見ていたフェルズも理解できなかった。男女平等を自称してるからって美の神にジャーマンスープレックスかけるか普通? 何故かプロレス技やゴスペル・パンチを魔法と言い張るのも訳が分からないし、『
今なんか『オリハルコン』の扉を開ける為の物だと誰が見てもわかる球状の
キャラを忘れて現実逃避していたフェルズが『クノッソス』に突入するのはベルが入って五分後のことであった。辛うじて原型を留めていた『ダイダロス・オーブ』はフェルズがちゃんと使った。
♦♦♦
オラリオが静寂に包まれている。少し前に人類共通の敵であるモンスターが現れたことで上がった悲鳴が、都市最強の冒険者の登場によって大歓声に代わったというのに、だ。
民衆も、神々も、都市最強の冒険者達も、全員が一人の少年の行動に時を止めていた。
「大丈夫だよウィーネ。君がどんなにこの世界で望まれていない存在でも、それが理由で周りから何を言われようとも、僕の君に対する態度は変わらないよ」
黄金の槍によって縫い留められていた竜の怪物を介抱し、更には怪我を
自分に突き刺さっていた奇異の視線が非難の眼差しに激変し、凄まじい『嫌悪』と『敵意』が膨れ上がった。そのことにとても傷付きながらも、ベルはどこからか聞こえてきた『何のつもりだ』という問いに堂々と答える。
「寂しくて泣いているだけの女の子が笑えない世界なら、ぶっ壊すしかないでしょ――グーパンで」
竜の
このベル君は初対面のアイズに食べかけのジャガ丸くんを渡し、名前をアイス・バレンタインと間違える奴です。