イヤな予感がする。
チラリと、アル達が向かって行った自動扉の奥に視線を一瞬送りながら、ワカモは仮面の奥でらしくない焦りの表情を作った。
先程まで小さく聞こえていた銃撃音と爆発音が途絶えている。
これが何を意味しているのかは不明だが、良い報せでは無いだろうとワカモの勘が訴えていた。
(第一に考えられるのは戦闘が終了した可能性……、なら私が気にすべき問題はその結果ですが……)
小鳥遊ホシノの救出を妨げんとする番兵が待ち構えており、その何者かとの戦闘が彼女達の勝利で終わった。それが考えられる最善のパターン。
最悪は、彼女達が全員叩きのめされ、生き残っているのが自分一人だけというパターン。
想定して動くべきは最悪。
最善を考えていてはどこかで動きが鈍ってしまう以上、ワカモは戦えるのは自分一人であるという認識を持たざるを得なくなった。
(さっさと片付けるのが一番なのでしょうが……。…………ッッ!!)
思考の途中、空気が低く唸った感覚をワカモは覚えた。
舌打ちしつつ、意識を無理やり切り替える場面だとしたワカモは瞬時に身を低くし、足に力を入れて加速しながら真横に跳躍した。
──途端、先程までワカモが立っていた場所が破壊音と共に大きく凹む。
最初に見せた不意打ちと同じ破壊痕が出来上がっていた。
巻き込まれてしまえば、ただでは済まないであろう攻撃の痕が。
「ッッ!!」
だが、その破壊力に具体的な感想を抱く前にワカモの腹部に銃弾が突き刺さった。
当然、ただの銃弾一発から受けるダメージは無いに等しい。
ただ、この銃弾一発に対して違和感を覚えずにはいられなかった。
ワカモが避けなければならないと咄嗟に判断する攻撃手段を持っていて、その攻撃から逃げた場所を狙ったかのように撃ち込まれる一発の銃弾。
「そんなに扉の奥が気になるなら私に構わず走り抜けてはどうかね? あわよくば被弾の一発や二発で済むかもしれない」
彼女の戸惑いを一切気にせぬ声色で、保証はしないがね。と、無責任な言葉を吐き捨てながら先程からクレーターを作り上げている張本人、カイザーPMCが拳銃を構え、無数のマニュピレータを轟かせながらワカモに問う。
「チィ……ッ!」
対するワカモの返事は、舌打ちだった。
言葉を返す代わりに、カイザーPMCから、より詳細には扉から離れるように走りながら愛用するスナイパーライフル『真紅の災厄』を乱暴に放つ。
仮に想定している最悪が起きているとして、その状況から想定される最悪は仕事を終えて自動ドアから出て来た何かとカイザーPMCに己が挟撃されること。
それだけは阻止するべく廊下を駆け抜けつつ、傍らでカイザーPMCを射撃する。
ゴガガガッッ!! と、狭い廊下に反響する爆発に近い音を立てて放たれた銃弾は、彼女の的確な射撃技術を以て吸い込まれるようにカイザーPMCの胴体に的確に着弾し。
着弾した瞬間、弾丸がことごとく斜め方向へと弾かれた。
この現象を目視で確認して早数度目。
やはり。と、その着弾を以てワカモは確信する。
(何か特殊なコーティングを施してますね……銃弾が弾かれてる……)
銃弾対策は兵器運用する際に重要視される項目の一つだ。
ともすれば鋼鉄の装甲すら容易にぶち抜けてしまう銃弾威力に対抗する為、最新になればなる程兵器の防御力は高くなる。
その中でカイザーコーポレーションが編み出した対策が、銃弾を弾くコーティングを施すものらしい。
一体どんな技術を用いればそんな芸当が可能なのか気になるが、今はそれですら些事に過ぎない。
(時間に追われているこんな時に限って、中々に面倒な物と相手をさせられてますね……)
この男を相手取る時間が果たして自分に残されているのか。
仮に撃退せず、扉の奥へ救援へ向かったとしてもカイザー理事は確実にこちらを追いかけて来るだろう。
その場合、奥にいる何者かと多対一を強いられるのは明白、戦況が拮抗している相手を引き連れて自ら不利な戦場を持ち込むのはあまりに無謀。
結局、どの道ここでカイザー理事を無力化させるのは彼女の中で必須事項だった。
シロコ達を信頼する。それが一番簡単で手っ取り早い方法だが、自身の勘がそれではダメだと訴えている。
だが彼女達の応援に行くには、目先の相手が邪魔過ぎる。
(厄介ですね)
全部の状況をひっくるめて、ワカモは評する。
らしくない焦りが自分の中にあるのが分かる。
それ故か十全なパフォーマンスを発揮出来ていない感覚がある。
「苦戦している君に朗報だ。この機構、ある場所で量産化計画が進んでいるとのことらしい」
この機構とは、銃弾を弾くコーティングのことだろうか。はたまたその無数のマニュピレータのことだろうか。
両方か。と、ワカモは推察する。
「つまりあなたは改造された訳ですか」
引き返しながらいくつかの曲がり角を曲がり、ひとまず挟撃される状況を可能な限り回避したワカモは立ち止まり、
その説明で合点がいったと頷く。
おかしいとは思っていた。
ここまで戦闘用に改造された人型のロボは見たことが無い。
だがその謎は解き明かされた。
この男は、自身の機構を弄らせ、戦闘用に改造させた。もしくはそれに協力したのだ。
どこかで。
誰かに。
キヴォトスの、ミレニアムの技術でも届かない力を持つ何者かに。
「一定の水準を超えたサイボーグ技術は戦力を大幅に押し上げる。近々生徒での実験も行われるそうだ。アレは中々に使えるおと──」
何か仰々しいことを語っている瞬間だった。
轟ッ!! と、巨大な衝撃がカイザーを真横から襲い、その衝撃によって理事の声が強制的に掻き消されたのと、力に巻き込まれて大きく吹き飛ばされてその姿を消したのは。
「っっ!?」
目の前にいたカイザーが突然吹き飛んだ事態に、珍しくワカモが目を強く見開く。
そのまま、半ば反射的にカイザーが吹き飛んだ方向と反対に目線を動かし……。
煌びやかな銀髪を靡かせ、所々破けたタイツや汚れた衣服をむしろ美徳とするかの如く、銃を構えて僅かに微笑んでいる、ゲヘナの制服に身を包んだ少女を見つけた。
「あら、何かお話し中でした?」
それなら失礼致しましたわ。と、聞こえて来たその声に、ワカモは僅かに硬直し……、同時に、口元をやや緩ませた。
思わず嫉妬してしまうぐらいに鮮やかで透き通った銀髪。
悔しくも認めるしかない程にスラリと伸びる綺麗な手足。
同性である自分ですら、まじまじと見てしまえば僅かに息を詰まらせてしまう、それ程に整った容姿。
ここまで来た際に潜り抜けたであろう戦闘の影響か、それらの要素は傷やら煤やらで多少なりとも鳴りを潜めてしまっているが、それは彼女の本質を歪める要素には一切足り得ない。
ワカモ個人としては、あまり認めたい物ではなかった。
しかし、丁度良い所に、丁度良いタイミングで、よりにもよって彼女が現れた以上、もう認めるしか無かった。
この状況を打開する切り札が。
戦場を任せられる数少ない存在が。
「一体全体、どういう状況なのか全く分かりませんが、とりあえず手を貸した方がよろしいのでしょう?」
頼りになる奴が、やって来た。と。
※※※
「ハ……ッ……! ハッ…………!」
うだる暑さが身体を着実に蝕んでいく砂漠環境を少女、黒舘ハルナは数十分もの間、一人進んでいた。
戦闘能力はゲヘナの中でも抜きん出ている側に属するハルナだが、とかく身体能力については下から数えた方が早い。
長時間の運動、及び作戦行動は彼女が大の苦手としている部分だった。
現に、ハルナの表情は普段の余裕がウソのように険しい。
自身の銃を杖のように支えながら歩く姿はとても見ていられない。
一刻も早く休憩するべきな風貌を晒しているハルナだが、そのことを一番良く分かっている彼女自身が、休むことを是としていなかった。
今は、休んでいる場合では無い。
少しでも早く、前に進んで行かないと。
「さっそく……、車を駄目……に、してしまいましたわ……後で先生に怒られるかもしれませんわね……」
ここまで自分を、自分達を連れて来てくれた車は砂漠に潜っていた戦車の襲撃によって瞬く間に破壊されてしまった。
残りのメンバーも不意をつかれて戦車十両の戦闘を強いられた結果、全車両の破壊と引き換えにハルナを除いた三人が仲良く気絶し、戦線離脱の事態に陥った。
唯一立っていたハルナに向けてサムズアップしながらにこやかに気絶していた所から、それなりに余裕そうではあった物の、気絶したことには変わらない。
本来ならばその場で留まり、三人の護衛をするべき状況。
いくら待ち伏せしていた戦車を破壊したと言っても、それで脅威が完全に去ったと断言するのはあまりにも浅はか。
第二次、第三次の戦闘に備え、気絶した彼女達を守るのが本来の筋。
だがそれはこと美食研究会においては当て嵌まる事項では無かった。
「皆様なら……どうにか、なるでしょう……。割といつものことのような気も……しますし……」
美食研究会。
美味しい物を追及する為ならば、どんないざこざだろうと躊躇わず起こす四人組の問題集団。
彼女達の特徴の一つとして、信頼関係の高さから来る救助意識の低さがある。
アカリなら、
ジュンコなら、
イズミなら、
ハルナなら。
何が起きても最終的には対処するだろう。
誰もがそう思ってるからこそ、状況によっては見捨てるし、囮にする。
今回も、それだった。
ハルナにはどうしても先に進まなければならない必要があった。
だから倒れている仲間を見捨てた。
何が起きても三人ならば、最終的にどうにかなるだろうと言う信頼をしているから。
しているからこそ、ハルナは後ろ髪を引かれない。
むしろ、心配なのはどちらかというと砂漠を徒歩で移動している自分の身体。
止まらない汗で背中がベトベト。
さらに砂の足場が必要以上に体力を奪う。
それ以前の問題として。
「そも、そも……方向はこっちで合っているのかも……不明、ですわ……」
進んでいる方向が正解なのか確証が無いのが余計に最悪感を煽った。
本当にこの先にカイザーコーポレーションが所有している施設があるのだろうか。少なくとも現状は建物らしき物は確認出来ない。
「残骸も、増えてきて……いますし、誤った道を歩いていないとは思いますが……!」
ただ、行き当たりばったりな道を進んでいるとは思っていない。
歩んで来た道中では、見知らぬオートマタの残骸がそこかしこに散らばっていた。
煙を吹いていた個体もいたことから、破壊されてから時間はそれほど経っていないと推測出来る。
以上のことから残骸は間違いなく戦闘痕であり、じゃあ誰が戦ったのかと言えば、先生と先生率いる少女達以外に他ならない。
「目印……ではありませんし、確証も無いですが……これを頼るしか他に道はありませんしね……」
これが実際にゴールに繋がっているのかは知らない。
的外れな場所に歩みを進めている可能性は十分ある。
それでも唯一頼れる道標がこれしか無い以上、残骸がある方向に進んでいくしかない。
そうして歩いて、歩いて。
何度か砂に足場を取られて躓いて、起き上がって。
また歩いて、歩いてを繰り返していた時。
『止まって下さい! 黒舘ハルナさん!!』
上空から、少女の声が聞こえた。
顔を上げた先にいたのは、見慣れない一体のドローン。
敵か。
瞬時に判断し、ハルナは今まで浮かべていた疲れ切った表情を一気に険しい物に変え、銃を構える。
だが。
『待ってください! 私はカイザーの者じゃありません。アビドスの者です! 奥空アヤネと言います!!』
引き鉄に指を置いた直後、ドローンが慌てた風に自分は敵では無いことを告げて来た。
その言葉に、銃を構えたままハルナは放たれた言葉を噛み砕き始める。
奥空アヤネ。
その名前に聞き覚えは無いが、アビドスと言う名前には聞き覚えがある。
もっと言えば、道中でゲヘナの風紀委員長から聞いた。
このドローンが放った言葉が真実ならば、ドローンから発されている声の主は先生が守ろうとしている少女の一人。ということになる。
味方であるという言葉で警戒を解かせ、近場に潜ませている機械軍団で袋叩きにするカイザーの罠。そんな可能性も否定こそ出来ないが、流石にその線は薄すぎますわねと、ハルナは己の考えが流石に行き過ぎている物であるとして切り捨てる。
もっと言えば、あのドローンが敵にせよ味方にせよ、貴重な情報であることは揺るがない。
よって、一旦味方であると仮定しつつ、ハルナは構えていた銃を下ろした。
『ありがとうございます。早速ですが黒舘ハルナさんの目的地は先生や空崎ヒナさんと同じカイザーコーポレーションの施設で合ってますか?』
聞こえて来た言葉に僅かに眉を潜める。
カイザーコーポレーションの施設に殴り込みにいくのが目的かと言えば、否だ。
「そうですわ。そこに先生がいらっしゃるのでしょう?」
なので、暗に訂正した。
間違えないで欲しい。わざわざこんな辺鄙な場所までやってきたのは先生がいるからに他ならない。
殴り込みに来たのも結果論だ。
自分がカイザーと敵対する意思を固めている理由は、自分が絶対的先生サイドに付いているからであって、先生がアビドスを救出する意思を持っているからであって、アビドスその物の為ではない。
その旨を奥空アヤネとやらに伝えつつ同時に、確認も促す。
先生はちゃんとここにいるのかと。
だが。
『…………いいえ。先生は今ヒナさんと共に別行動を取って後から合流する手筈になりました』
返って来た返事は、ハルナにとって少々聞き捨てならない物だった。
「……二手に分かれた理由をお聞きしても?」
『…………追手です。追手が現れ、先生とヒナさんが殿を務め私達を先に進めました』
ウソですね。と、瞬時にハルナは見抜く。
肉声を変換して届けているドローン機械音声に、明らかに逡巡している時間があったからだ。
言葉を選び、考え、言い澱んだ。
つまり、奥空アヤネは何かを隠した。
恐らく、突っつかれたら困るであろう何かを。
「………………。分かりました。その言葉を今は信じますわ」
しかし。自分が抱いた疑念とは裏腹に、ハルナは放たれた嘘を呑み込む判断を下した。
普通に考えれば殿という危険な役回りを先生が務めるのはあまりに不適当だ。
適任なんて彼以外にもいくらでもいるだろう。
ゲヘナの風紀委員長まで一緒に残っているのも尚更変だ。その采配をするならヒナだけに任せてしまう方が良い。
いくら考えても変な話にしかならない以上、考えられるのは一つだけ。
二人が残らなければならない何かが起きてしまったのだ。
それはきっと……ヒナがこのアビドスに踏み入るに至った理由。
それ以外に、説明の付く事象は無い。
彼女が敢えて騙される道を選んだ理由は、正にそれである。
自分がその場に赴いても、邪魔にしかならない。
「ヒナさんのことは先生に任せましょう。私は先生の障害を先に取り除く方向に注視させて頂きますわ」
言いながら、ハルナは僅かながら笑みを浮かべてドローンに、奥空アヤネに問いかける。
「実は私、絶賛道に迷っている真っ最中でして、どこか適当に涼める場所を知ってまして?」
彼女が投げたあからさまな質問に、くすりと、笑ったような声がドローンから聞こえた。
『はい。案内させて頂きます。カイザーコーポレーションの施設がある場所まで』
※※※
「奥空アヤネさんから目的等の状況は共有しましたが、現状の説明をして頂きたいですわ。何を優先するべきなのか」
そもそも、適当に吹き飛ばしましたけどあれ敵という認識で良いんですわよねと、派手にぶっ放した後で確認を取り始めるハルナに、ワカモは緊迫した場面にもかかわらず、一瞬ばかり日常の延長線かのように嘆息した後。
「はぁ……あなたは先に進んで他生徒の応援に向かって下さい」
端的に要求を突きつけた。
「戦闘痕を辿って奥へと進めばある自動ドアに辿り着きます。そこで小鳥遊ホシノ……桃色髪が特徴の生徒を奪い返す為に恐らく戦闘が発生しています。状況はあまり芳しくなさそうなので、手遅れになる前に対処をお願いします」
ただし、そこで何が起きているのかについての詳細は把握していない。
心して進んで下さいと、ワカモは追加で警告を添える。
「あの方の相手は? どうやらこちらも苦戦しているご様子ですし、二人で一気に叩いてから進むのも悪くないと思いましたが」
そう話すハルナの視点は、先程彼女が吹き飛ばしたカイザーPMCの方へと向けられていた。
どうやら先の一撃でも大したダメージには至らなかったらしい。既に起き上がり、こちらの方を見据えている。
破壊力という枠組みに関してはゲヘナ……否、シャーレ内においても屈指の実力を持つハルナの一撃を不意打ちと言う形でまともに受けたのに、いとも簡単に立ち上がるカイザーの耐久力は、驚愕に値するレベルを超えている。
……作戦会議に興じる時間はあまり残されていないと、直感がワカモに伝えた。
「このまま私が引き受けます。事態は一刻を争っているかもしれませんから」
ふむ。と、ワカモの言葉にハルナは一瞬だけ考える素振りを見せた。
だがそれも一瞬で、ハルナは即座に視線をワカモが指差す方へと移す。
彼女はちゃんと分かっている。
いきなり現れた自分よりも、この場で戦闘を続けているワカモが下す判断の方が正しいと。
「ワカモさんの判断に任せましょう。他の皆さんの安否は私が預かりましたわ!」
だから、彼女はいつもの調子のままワカモに話しかけた後、ワカモとカイザーPMCが残した破壊痕を目印に廊下を駆け抜けていった。
残されたのは、カイザーとワカモの二人。
「行かせてもあの程度の力しかない者が悲劇を止められるとは思わんな。大人しく二人で私を倒しに来た方が良かったんじゃないかね」
そうすれば、もう少しだけ夢を見られたかもしれない等と、寝言に近しい言葉をカイザーはゆっくりワカモへ近づきながら発現する。
その裏に隠れているのは、圧倒的な自信だ。
たとえ二人掛かりだろうとも己は負けない。
たとえハルナを助けに行かせても、状況を変える力を彼女は持ち得ていない。
だから余裕を保つ。
どう足掻いても戦況は覆らないから、カイザーPMCはハルナの行動を邪魔しないし、会話を投げかけて来る。
対し、ワカモが行うことはただ一つだけ。
銃口を向け、間髪入れずに戦闘を再開する手筈を追える。
「さて、続きといきましょうか」
この戦いを、自分達の勝ちで終わらせる為に。
ワカモは、己の役割を果たしていく。
※※※
狐坂ワカモによって指示された、自動扉の前。
あと一歩前に踏み出せば、勝手にハルナを内部へと招き入れるであろう状況を前に、辿り着いたハルナは踏み入れる足を止めた。
反射的に、もしくは本能的にと言っても差し支えない。
どうあれハルナはこの瞬間、踏み込むのを躊躇した。
原因は、音。
ワカモから聞いた話が正しいのならば、内部では戦闘が行われていたことになる。
なのに今、何の音もハルナの耳は拾わない。
音が聞こえてこないのは、決着が付いたのだろうとまでは容易に推測出来る。
そう、だから一刻も早く突入しなければならない。
味方側が勝っているならば、ここまで静寂な筈がないだろうから。
頭では分かっている。
分かっているが、全身がこの状況は不気味だと訴えて来ている。
踏み入れなければ、結果は分からない。
だと言うのに、ハルナは前へと進む力を迷わせた。
踏み込むかどうかを、躊躇した。
らしくなく。
黒舘ハルナらしくなく、焦りを表情に浮かべた。
心臓の鼓動が己の意思に応じるように跳ねたのを自覚する。
跳ねた原因が、言い知れない恐怖であることも、自覚する。
それが、今の状況から十秒前の出来事。
その間に、彼女は募る感情を踏み潰し、銃を握り締める力を僅かに強めると意を決して足を一歩前へと進ませ、己の身体を戦場へと誘わせた。
そして今、彼女は立ち尽くしている。
自動ドアを潜った直後から、一歩も動けず立ち尽くしてしまっている。
………………。
広がっていたのは、戦場なんかではなかった。
予想通り、戦闘は終わっていた。
だが。
だが。
「……っ」
身体が、硬直する。
どうしてか、全身が鉛のように重い。
彼女の視線がまず捉えたのは、倒れている
その女性は、ハルナの方をずっと見据えていた。
まるで彼女がやって来るのが分かっていたかのように。
ハルナが自動ドアを開ける前から、女性はハルナの方を見つめていた。
扉を開けた直後から、ハルナは彼女と目が合っていた。
「……やっぱり、来ると思った」
瞬間、唯一立っている女性が、ハルナの方を見つめ、言葉を零す。
その言葉は、まるでハルナを見知っているかのような発言だった。
「……出来れば、来ないで欲しかったけど」
……当然、ハルナはこんな女性と面識は無い。
黒のドレスに身を包み、ある種の悟りを開いたような雰囲気を纏っているような……、それとも何かについて諦めにも似た感情を曝け出しているような銀髪の美女と知り合った記憶は、ハルナには無い。
混乱が、ハルナを襲う。
逃げるように、視線を泳がす。
これは、一体どういう状況だ。
何が起きている。
否、ここで何が起きた?
ボロボロになって倒れている八人の少女。
その中の四人については面識がある。
便利屋の四人。
彼女達が全員意識を奪われ、地面に転がされている。
しかし問題なのは、便利屋と同じく戦闘不能に陥っている残り四人の方……正確には、その内の一人だ。
四人共が同じ制服を着込んでいることから、彼女達が恐らくアビドスの生徒なのだろう。
ワカモから聞いた救出対象である桃色髪の少女も同様に倒れていることから間違いない。
その中に一人、立っている少女と雰囲気が酷似している少女がいる。
姉妹、なのかもしれない。
だが、ハルナが問題視しているのはそこではなかった。
たった一人だけ、その雰囲気が酷似している銀髪の少女たった一人だけ、怪我の量が違い過ぎていた。
衣服が全て赤に染まっている程に夥しい出血だった。
生きているのかも怪しい程に床が血で塗れていた。
一体、一体何がどうなれば、ここまでの怪我をするのか。
どうして一人だけそんな重傷を負っているのか。
動揺と整理がハルナの胸中で始まる中で。
カツ……と、靴音が一つ響いた。
「っ!!」
音に引き寄せられるように、ハルナが改めて正面を向き……。
美女の銃口が、自身に向けられていることを目撃した。
「どんな道筋を辿ろうとも、あなたはここに辿り着く。きっと、これが運命」
けど……。と、冷たい声が部屋内に轟き、紡がれていく声にハルナの全身が恐怖と言う名の威圧に凍り付く。
「運命は……ここで変わる」
それは有り体に言ってしまえば。
簡潔に、言ってしまえば。
「ここが分岐点。ここであなたを倒して……私は…………!!」
彼女の目的は、彼女が倒したであろうアビドス、便利屋の面々ではなく、黒舘ハルナの討伐であることを言い放っているのと同義だった。
「…………。あなたに、ホシノ先輩は救わせない」
僅かに表情を苦くし、呟く。
声を震わせ、俯き、呟く。
だが、それも一瞬。
次の瞬間、妖艶な女性は冷徹な視線でハルナを射抜き……。
「今日この場所で、
彼女の知らない言葉を言い放った直後、容赦なくハルナ目掛けて銃弾が放たれ始めた。
めっっっっっちゃくちゃお久しぶりです。
何と一年以上振りの更新になります。
R18方面で活動し続けた結果ここまで長引きました。
今回の教訓は、二足の草鞋はスプライターさんには不向きだったということですね。
当初はPIXIVリクエストこなしながらこっちも書けるじゃろ~~。とか甘いこと言ってたら、こっちが追い付かないぐらいにリクエストに追われました。
そうして足掻いている間にまたイベントが始まってそっちの原稿に追われ……等というエンドレスだったが為に中々戻れませんでした。
が、とりあえず3か月程の時間は確保しました。この間にアビドス編までは書き切りたい所。
久しぶりの全年齢だったのでまだ筆が乗り切れていない感がありますね。何とか次の話でブランクを埋めたい。
さて、本編ですが唐突に出て来たテラーさん。
何やら色々と知っているようですし、ホシノ含めたメンバーを単騎で撃破しちゃってますが、一体どういう経緯でこの場に現れたのか…………????
次回は色々その辺が掘り下げられると…………良いなぁ。