迷っていても、再び繋がれる。

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星の在処

 春は別れの季節だと、香澄は思っている。

 巡り巡って、漸く暖かくなってくる頃に、 煌びやかに色彩が無限に開く。みんな集まったのに、沢山の仲間ができたのに。一つ、また一つと。大きく育った花弁がひらひらと。無限に続く青空へと旅立っていってしまう。そんな季節だと、香澄は思ってていた。

 

 自然と、窓の外に舞う桜の花びらを香澄は目で追っていた。ゴールである地面との距離を縮めているが、右往左往しながらひらひらと落ちていく。まるで、宛の無い道を歩いてるみたいだった。

 

 ──そんな、随分ポエミーな発想であり、妄想だが、今は卒業式の真っ只中。感動的な台詞と、想像は許される舞台である。

 現に今も、体育館の台に立った卒業生が似たような事を言っている。

 

「ここで学んできたこと、青春の思い出を、私は忘れません。友達とはお別れだけど、私は、私達の道を歩んでいきます」

 

 ちくり。香澄の胸を刺す、小さな針のような、言葉があった。

 

 この学校で過ごした思い出とか、放課後皆で遊んだ思い出。所謂、青春というもの。それらと、お別れをするということ。共有している所から、分離してしまうということ。

 そう遠くない未来で、香澄達もそうなるということ。この卒業生たちと同じ境遇になることは、避けられない。

 どうしようもない、逃れられない運命。これから自分は、どうなってしまうのかという先行きのない不安。行き場のない不安。全て過ぎ去ってしまった後には、一体私には何が残るんだろうか。みんなと泣き合ったあの春の日も。夢を目指したあの夏も。全て、全て過去のものになってしまうのだろうか。砂時計みたいに、さらさらと零れ落ちてしまうのだろうか──。

 

 ……そんな思考が、頭いっぱい占めている。ぐるぐる、ぐるぐると考えていると、香澄は気がついたら蔵に居た。いつの間にか卒業式を終え、いつものルーティンで蔵に来ていたらしい。

 随分重症だな、と香澄は思った。

 

 とりあえず、ソファに座り込む。香澄以外、まだ誰も来ていない蔵は、がらんとしていてしんと静かだった。

 もそもそと、ソファにバルが乗っかってくる。フンフンと鼻を鳴らしながらソファの上をグルグルと周ったが、結局香澄の膝の上に乗っかってくる。

 くわぁ──、と大きな欠伸をして、その場で丸くなるバル。香澄の膝の上で、見事な円を描いているこの呑気で気ままな家猫を、香澄は羨ましくも思った。

 猫みたいになりたいなとは思うけど、猫にはなりたくなかった。猫みたいな生活は憧れるけど、何も考えなさそうなのは嫌だった。

 

 ……一人でいると、モヤモヤと思考が香澄の邪魔をしてくる。何か、別の気をそらすものを見つけないと、つい先程まであった不安が過って仕方がなかった。

 

 だから、香澄はランダムスターへ手を伸ばした。膝のバルは静かにソファに置き、紅く煌めくランダムスターを首にかける。

 マーシャルの電源を入れて、シールドを差した。エフェクターを音にして、1番慣れた指の形をとる。

 

「……っ!」

 

 吐く息とともに、轟音が蔵に響き渡った。迷いなんて消し飛ばしてしまうような快い音が、ランダムスターを通じて香澄の身体へと伝播する。

 覚えているコードを、頭からめちゃくちゃに弾きまくっている。指先から、悩みそのものがツルツルと抜け出し、ギターを唸らせる。答えのない、届く筈のない遠い星に手を伸ばすが如く、ギターがギャンギャンと永遠に唸りをあげる。

 ただギターを弾いている間だけ、香澄は何も考えなくて済むようになっていた。

 

 突然みまわれた騒音に、ソファで寝ていたバルと蔵のどこかにいたザンジが驚いて逃げ出していた。……数秒後。2匹と入れ替わるように、ドタバタと慌てて有咲が飛び込んでくる。

 

「ちょっとかすみん!! ドア全開で外まで丸聞こえよ! どんだけ大きな音出してんの!」

 

 焦った様子の有咲。肩で息をしながら声を上げた。どうやら走ってきたようで、荒々しさを残したまま蔵の扉をバタンと閉めて、階段を下り、荷物をその辺に放り投げて、ソファにどかっと座り込む。

 

「ご、ごめんね、有咲ちゃん。……ちょっと、音量調整間違っちゃって」

「間違っちゃったって、なにを今更やってんのよ。あー、びっくりした」

 

 ふぅ、と息を着く。有咲は、ソファに深く座ったまま言った。

 

「で、何かあったの?」

「え?」

「ギター、なんかいつもより荒々しかったよ」

 

 有咲は、真剣な表情で香澄を見る。透き通るような翠色の双眸に見つめられると、香澄はつい、本音が漏れてしまいそうになる。

 

「え、えっと。……昨日、"メタリカ"の曲を聞いたからかなー、なんて」

「……ふーん」

 

 実際、昨日自宅で"メタリカ"の曲を聞いていたので影響は受けてはいそうだった。が、香澄の音の変化は、間違いなく先行きのない不安のせいだった。

 そして、それを話すのが怖かった。話してしまうとそれが現実になってしまう気がして。それに、なにかが終わっちゃう気がした。

 まだ全然1年以上先の話なのに、何となく共有するのが怖かった。

 

 怪訝そうな顔をして、香澄を見る有咲。数秒の間、じーっと香澄を見つめていたが、溜息とともに視線を逸らした。

 

「ま、いいわ。何かあったのなら、ちゃんと言ってね」

 

 そう言って、テーブルに置かれたノートPCを開き、カタカタと何かを打ち込み始めた。

 チラッと横から覗くと、どこかの動画サイトのようだ。右から左に文字が流れていて、その後ろにミュージックビデオのようなものが流れている。

 

「有咲ちゃん、これは?」

「これね、音声合成ソフトで作ってある曲なの。……ほら、かすみんも聞いてみて」

 

 ヘッドホンを渡される。香澄は、流れている曲に耳傾けた。

 

 それは、和風チックな曲だった。歌っているのは、碧髪のツインテールの女の子。三味線と、ドラムと、ギターとこぶしの聞いた歌声と。和と洋が入り交じった、センセーショナルな楽曲だ。

 

「いい曲だね!」

「タイトルは……ね。なかなかの再生数みたいよ」

 

 画面右上を見ると、数字のゼロが6個くらい付いている。かなり有名な曲のようだった。

 曲を聴きながら、香澄は段々とテンションが上がっていくのを感じた。普段あまり聞かないジャンルの音楽を聞き、インスピレーションとモチベーションが上がっていく。

 

「こういうのもありかもね!私達、"ロック"って感じの曲ばっかりだし」

「そうねぇ。キーボードの音いじればそれっぽい音出せるかな……」

 

 有咲は自らのキーボード、RolandのJunoのよく分からないボタンをいじる。ぷぺー、ぱぴー、ひょろろーとか、時折妙な音を鳴らしながら音を試していく。

 

「……あ、コレ良さげじゃない?」

 

 気に入った音があるようだった。有咲は1番左の白鍵を押すと、儚いながらも低く響く、ぼーん、と言う音が鳴った。

 鳴った瞬間から消滅に向かっていく。音は薄く、ゆっくり霧散していく。

 有咲は、音を確かめるように左から鍵盤を押していった。

 

 ぼーん♪

 

 香澄はなんだか昔のことを思い出していた。

 流星堂に迷い込み、この子(ランダムスター)と出会ったこと。有咲と出会い、ミッションをクリアした事。トゥインクルスターダスト(きらきら星)を歌って、"歌が大好きだ"って、思い出したこと。

 

 ぽーん♪

 

 りみりんと出会って、バンドが始まったこと。たえちゃんと出会って、"Yes! BanG_Dream!"が完成して、初めてライブをした事。

 

 ぽーん♪

 

 "サアヤ"ちゃんと出会って、沙綾ちゃんと出会ったこと。初めてのライブで、私達の絆を奏でる事ができた。

 

 ぴん♪

 

 なにかに惹かれるようにして集まった私たちは、こうして5人になることが出来た。でも、でも。その5人での物語はいつか終わってしまうのだろうか……。

 有咲が押した1番右の白鍵は、硬い木を叩いたような音がした。

 1番早く減衰し、消滅する。1番儚く、1番寂しい音だ。88の鍵盤の音は、香澄に今までのことを思い出させた。

 急に寂しくなった香澄は、キーボードに向かっている有咲に吐露した。

 

「ねぇ、有咲ちゃん」

「なあに、かすみん」

「有咲ちゃんって、卒業したらどうするかって考えてたりする?」

「何よ、突然。……あー、そっか今日卒業式だったもんね。私サボってたから気がつかなかったわ」

 

 サボって何をしていたんだろう……? 

 そんな疑問はスルーして、有咲は香澄の問いに答える。

 

「卒業したらかー。今が楽しくって、全然考えた事なかったわ」

「……そっか、そうだよね」

 

 将来を見据えてしまったが故に、こんな悩みを持ってしまった。香澄は自らの感受性を少しだけ恨んだ。

 

「けど、皆で一緒に。いつまでも音楽を出来たらって思うわよ」

 

 その目は確かに真っ直ぐで。香澄の双眸を、見つめてくる。確かな決意とか、決心みたいなものを感じる。

 

「───でも、卒業したら進路とかバラバラかもしれないんだよ? 違う県に行っちゃうかもしれないし……。ライブもポピパも、出来なくなっちゃうかも」

 

 あからさまに萎れていく。俯き、"ポピパ"を始める前のかすみんみたいに退行していっている。言葉に覇気がなく、意思が弱く、悩みを抱えていて、モヤモヤとした黒い何かがあるように見える。

 そんな香澄に対して、有咲ははっきりと言い切った。

 

「だったら、またここで集まればいいじゃない」

「……え?」

「卒業して、バラバラになっちゃったら、またここで音楽しようよ。練習して、ライブに出て、私たちの絆を奏でようよ」

 

 有咲は香澄の手を握る。

 

「かすみん。確かに、あたし達は卒業したらバラバラになっちゃうかもしれない。卒業までに楽しい事をしようってなっても、その時間は儚いくらいに、あっという間に過ぎていって、卒業していくかもしれない」

 

 有咲は、近くにあった"成り上がりノート"を手に取る。それは、香澄達のすぐ側にあって、常に近くにあったものだ。

 

「でも、あたし達にはこの"歌"がある。ポピパがある。世界中が真っ暗になったって、この歌があたし達を導いてくれる。あたし達は、ずっと一緒だと思うよ」

 

 ノートを置いて、香澄の手を両手で握った。

 

「かすみんは、かすみんらしく届けたい事を歌っていればいいのよ。歌いたいだけ歌っていればいいの。あたし達は、それについて行くんだから」

 

 きゅっと、軽く手を握る。有咲の想いが心を、手をつたって香澄の心に流れ込んでくる。

 それは暖かく、確かで。香澄の恐怖心を解いていった。

 

「というか、よく不安な事を話してくれたね、かすみん。えらいえらい」

 

 香澄の手から離れ、有咲は香澄の頭を撫でる。猫耳みたいになっている間の所を、優しく撫でてくれる。

 

「不安だったら、私達に共有していいのよ。1人で抱え込むだなんて、そんな辛いこと、もうしなくていいんだから」

 

 ───先行きの見えない、未来への不安。そんな恐怖心は、ポピパ1番の古株が、あっという間に霧散させてくれていた。

 

「……そうだよね。そうだったよね。ありがとう、有咲ちゃん。私、また間違えそうになって……」

「いいのよ。何度だって間違えたって。その度に乗り越えればいいんだから」

 

 歌は、再び歌われる時を待っている。どんな歌だって、何年も後にもう一度思い出して、口ずさむ。

 香澄も、音楽に救われてきた身だった。

 

「うん、ありがとう……!」

 

 ちょっとだけ涙を漏らした香澄。手で涙を拭いながら、香澄は有咲に心からの笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

──────数年後。

 

 流星堂の2階に人があった。

 皆と過ごしていた()()()より、背が伸びていて。背中に背負っているギターケースは、より相応しくあるように見えた。

 大人のように見えつつも、少しだけ学生のような面影を残し、その人物は懐かしそうにして、蔵を見回している。

 

 ……ふと、人物はギターを掻き鳴らしたくなった。もの寂しげに置かれたマーシャル三段積みに懐かしさを覚えたのだ。

 考えたと同時に手が動き、ジャックをマーシャルに繋ぐ。勝手にやってしまったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ベンベンベンとかき鳴らす。ジャーンと言う音が鳴る度に、魂が震える。パワーオブミュージックとは、まさにこの事だ。

 

 そんな事をしていると、蔵の下からドタバタと足音が聞こえてくる。ギターから手を離し、かけてある梯子階段を注視する。

 

 

 少し経つと、3人の女性が梯子から顔を出した。

 

 

「あいやまたせた!」

「遅れて申し訳ないっす!」

「みんな久しぶり! "オジー・オズ・ベーグル"持ってきたよ!」

 

 みんな変わらない、けどちょっとだけ大人っぽくなっている。りみりんとたえちゃん、沙綾ちゃん。あの頃と何ら変わらないゴキゲンさだった。

 そして……。

 

「久しぶり、()()()()

 

 少し遅れて、有咲ちゃんが顔を出す。なんにも変わらない、けれど久しぶりに、"Poppin’Party"が揃った瞬間だった。

 

「───みんな、久しぶり!」

 

 

 離れ離れになっても、この歌が私達を結んでくれている。迷路のような真っ暗な夜でも、その歌が私達を導いてくれる。

 

 あの頃の夢の続きみたいに、遠い音楽が彼女には聞こえていた。




お久しぶりです。小説版バンドリ、ベタドリの投稿となります。

最近は仕事やプライベートもなかなか忙しくなってきており、更新が難しくなってきております。

最後に一作品だけ……との思いで執筆致しました。恐らく、これが最後の作品となります。

今まで、ありがとうございました!

この作品が、誰かの目に届きますように───。
どうか、キミの夜空に優しい星が流れますように───。

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