無間の剣製   作:全智一皆

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第十話「人として」

 

■  ■

 兵藤が死んだ。

 支取からそう教えてもらった時、頭が真っ白になったのを憶えている。

 兵藤が。あの兵藤が……死んだ。死んでしまった。

 発見したのはグレモリーだそうだ。そのまま、転生の『悪魔の駒』を用いて兵藤を悪魔として転生させたのだとも聞いた。

 今は生きている。悪魔として、何ら変わらず。兵藤は兵藤のままだった。

 だが……人としては、死んだ。人間としての生活は、あまりにも呆気なく、あまりにも速過ぎる終わりを迎えた。

 まだ高校2年生だったんだ。まだ子供だった。なのに、死んだ。それが何だか、無性に悲しかった。

 兵藤はしっかりと生きている。悪魔にはなったものの、兵藤は何も変わってはいなかった。兵藤は兵藤のままで、何一つ変わってはいなかった。

 いつもの様に、俺を先輩と呼んでくれた。グレモリーや姫島を見て、興奮した様に見入っていた。何も変わらない、いつもの兵藤だった。

 だが―――死んだ事に変わりはなかった。だから、悲しかった。

 

「……」

 帰り道。帰路。家への足取りが重たい。

 弱い。自分の心は、あまりにも弱い。そう思わずにはいられない。

 人の死。友人の死。今まで、それを経験した事はなかった。

 死よりも苦しい痛みを味わった事は、今でも憶えている。俺はあれを、俺自身の驕りを、決して忘れる事はない。この魂に、それを刻んだ。

 だが―――これは、それとは別だ。自分の死よりも、他人の死の方が酷く痛く、苦しく、悲しいものだったと再認識している。

 

「……此処は」

 

 気が付けば、公園で足を止めていた。

 あの時の公園。

 俺が悪魔と呼ばれる存在と初めて戦った場所。俺にとっての『運命』を決めたと言える場所だ。

 

「……ふ」

 

 ベンチに腰を下ろして、一気に力を抜けば小さな息が無意識に零れ落ちる。

 なんて弱い。なんて脆い。こんな事では、笑われてしまうだろうか。そう考えて、無いなと直ぐに自分で否定する。

 衛宮士郎は、笑わない。だが、泣きもしない。彼の心は歪ではあるが、しかし強く真っ直ぐだった。一つの道を決めたのならば、彼はその道だけを突き進む。

 ある道では、その手で友人を殺した。自らの妹を手に掛けた友人を。

 

 だが―――俺は、衛宮士郎ではない。エミヤでもない。ただ、彼等の力を貰っただけの贋物でしかない。

 心も体も、英霊ではない。正義の味方ですらない。俺はただ、貰っただけだ。そして、それを少しだけ使っているに過ぎない。

 ただの人間でしかない。大して心も強くない。戦場も碌に知らない。そんな俺には―――かなりキツイものだった。

 

「にゃー」

「お前か…。ごめんな、今日は餌を持っていないんだ」

 

 ベンチで黄昏ていると、聞き覚えのある声がした。その方に目をやると、やはり見慣れた黒猫が居た。

 少し前に足を怪我していた猫だ。その手当をした後に餌をやると、よくこの公園に現れては餌を強請ってくる様になった。

 いつもの様に餌を強請りに来たのだろうが、残念ながら今日は餌を持っていない。上げられるものは無い。

 餌が無いとすぐに帰る、都合の良い猫だ。だが、それが猫というものだろう。そういう所も可愛らしいのだと思う

 今は、その気分にもなれそうにないが。

 

「にゃあ」

「……どうした?」

「にゃ」

「…優しい奴だな、お前は」

 

 餌はないのに、猫はベンチまで上がって来て俺の隣に座った。慰めてくれているのだろうか。

 都合の良い猫なんて言った事に、少し罪悪感を憶える。この子は優しい猫だ。

 

「……俺の後輩がな、死んだんだ」

 

 気が付けば、色々と零していた。

 猫を相手に喋っても、何も分からないのに。慰めの言葉が、欲する言葉が出る訳もないのに。

 まぁ、この子ならば、言葉も理解してしまいそうな気もするが……。だが、喋ることはない。

 いや、喋らないからこそ、この子に話しているのかもしれない。ただ話を聞いてくれるだけだからこそ、無意識に零しているのだと思う。

 

「…薄情者だよ、俺は。酷く悲しい筈なのに……涙が出てこない」

「にゃあー……」

「現実を受け止め切れてないだけなのかもしれない。でも、怖くなるんだ。自分の何かが壊れてしまったんじゃないかって、不安になるんだ」

 

 俺が自ら望んで、手にしたもの。

 その代償を払う事無く利用するなど、虫が良い話だと理解している。

 後悔はない。だが、不安になる。自分の意思でこうなった筈なのに、何と都合の良い事か。我が事ながら醜く、情けない。

 兵藤は生きている。悪魔になりはしたものの、変わる事無く生きている。それを嬉しいと、思っていない訳ではない。どんな形であれ、生きていてくれて嬉しいと思う。

 だが……喜びよりも、悲しい。その死を、受け入れる事が出来ていない。兵藤一誠という一人の人間の死を、重く。

 気持ち悪い矛盾だ。あまりの醜さに、憤懣すらも抱けない。

 

「まったく、弱いよ。腹立たしさすら感じない程に……俺は弱い。人間としても、贋物としても。酷い有様だ」

「……」

「…………はは、猫に何を言ってるんだろうな。ごめんな、こんなつまらん一人語りをしてしまって。餌はまた今度」

 

 持ってくる。そう言い切ろうとして、それが止まる。

 ぺろ、と頬を生暖かい何かが舐めた。

 

「にゃー」

「慰めてくれてるのか?」

「にゃあ」

「はは…、まさか猫に慰められるとはな。ありがとう、やっぱり良い猫だな」

 

 少しだけ。

 ほんの少しだけ。

 重苦しかった胸の内が、軽くなった様な気がした。

 今度、良いご飯を上げよう。魚が良いだろうか。そんな事を考えた。

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