そこから始まって、物語は進んでいく。
振り返ったときに笑いあえるように、力一杯駆け抜けよう。
その一瞬一瞬が、輝くから。
日頃からひとつ屋根の下にいるのに、何処か特別な感じがする。距離的にはむしろ離れているのに、不思議なものだ。
昨夜の事があったせいか私はどうも落ち着かず、練習が終わっても一人で走っている。
去年は何とも思わなかったのにな、合宿なんて。
今年はでも、特別なんだ。大喜くんがいてくれる、好きな人――恋人が一緒にいる合宿だから。
灯りもまばらな山道を、にやけた顔で駆け抜けながら。私はそんな事を考えていた。
夏が終わり、一ヶ月ほど猪股家を離れる事になった私。今生の別れでもあるまいし、感傷に浸るような趣味もない。なのに、寂しくて堪らない。大喜くんが側にいない、それだけなのに。
そしてその間に蝶野さんが告白したことを知り、舞台での事故でキスしかけたのを目の当たりにして、寂しさは痛みへと変わっていく。
大喜くんと蝶野さんの距離が近付いていくのを、どれほど悩みながら見ていただろう。割って入りたい、そう歯噛みしながら。
その感情の正体が、恋なのだと気付いたのは同居再開の夜。
たった一ヶ月、そんな短い間離れていただけなのに。私はもう、限界を迎えてしまっていた。
「私は大喜くんが、好きです」
抑えきれない感情をただ爆発させ、そう言いはなった私を大喜くんは咎めなかった。こんなの許されない筈だ、私は良い同居人良い先輩でいなければならないのに。それに大喜くんの気持ちなんか、一つも考えていない。そういう所が嫌いだと、夢佳に言われたのを思い出す。曲がれない、止まれない、一直線に突き進むことしか出来ない。
こんな私を大喜くんは、……受け止めてくれた。
ありがとうございます、俺も千夏先輩が好きです、と言ってくれた。
それが何よりも嬉しくて、幸せで。私は大喜くんに抱きついてただ、泣き続けた――。
あれから少し経ったけど、表向き私たちは今まで通りの関係を維持している。付き合いだした事は誰にも言わないし、恋人同士でするような……
ああ、なのに昨日は出来なかったな。そりゃみんなで集まって遊ぶのも悪くないけど、二人きりにはさせてもらえなかった。さすがに合宿中はお預けかな
、バレても厄介だ。
明後日の夜お休みなさいを言う前に、四日分のキスをしよう。それくらいは許してくれるだろう、多分。大喜くんだってしたいはずだし、させてあげないとね。
……なんだろうな、こんな風に言うと何処か艶っぽい感じがしてしまう。
いけないいけない、自制自制。欲望を汗にしろ、私。
まったく油断するとすぐこれだ、もしかして欲求不満なんだろうか。
まあ仕方ないよね、大喜くん可愛いし。うん、仕方ない。
山道一周の行程も、もうすぐ半分。夕飯には間に合うだろう、特に何もなければ。……あーでもさっき、熊注意の看板があったかも。まさか出やしないだろうけど、素手で熊相手となると、さしもの私も分が悪い。スマホ持ってくれば良かったかな、やっぱり。
大喜くんは今ごろ、何をしているだろうか。渚たちから私が一人で走りに行ったと聞いて、呆れてたりするかも。心配して探しに、なんてのは無いかな。でももし来たら、誰もいない山道で二人きりか。……うーん、自制できるかなぁ。頑張れ私、歳上なんだから堪えろ私。
にしても、だ。
どうも菖蒲ちゃん、余計なことをしているっぽいな。蝶野さんと仲が良いみたいだし、もしかしたら大喜くんと蝶野さんをくっ付ける気だったりして。さすがにそうなると、私も黙ってはいられないか。
「あ、……そう言えば。キャンプファイヤーのジンクス、とか聞いたな」
ふと立ち止まり、私は合宿前の事を思い返す。確かキャンプファイヤーの最中に告白するとうまくいくとか、そんな話。
多分蝶野さんも、それは知っているはず。そうなると、そうなると。
少しだけ、困ったことになるかも知れないな。そりゃまあ大喜くんは私の、――
押して押して押し切られたら、万が一があるかも。
蝶野さんには負けられない、負けたくない。こっちからも攻めていくべきか、いっそ付き合いだしたと言ってしまっても良いかも。
なんにせよ、戻ってからだ。大喜くんに釘を刺すなり蝶野さんを牽制するなり、考えないとね。
「……よぉし、――行こう」
再び駆け出す脚は、幾つもの想いを乗せて加速していく。
胸に激しく燃える未来を掴むために、全力で。