将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話   作:シグル

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産屋敷耀哉の初めての友人は歴代最年少の柱になる
前編


 

 

 初めてあおいが“それ”を目にしたのは、齢10の時だった。

 

 幼い頃から朝早く起きる習慣がついていたあおいはその日、いつもより一刻程早く目を覚ましていた。二度寝する気にもなれず、かといってまだ夜も明けていないのに日課の掃除を始める訳にもいかない。どうしようかと悩んでいたあおいだったが、ふと外の様子が気になった。僅かではあったが誰かの声が聞こえたのだ。聞き間違いかもしれないと思ったが、どこか切羽詰まった様子だったのが気にかかる。前々から両親に夜に外を出歩いてはいけないと言い含められていたが、どうしても気になって仕方がなかった。両親からの注意と己の好奇心を天秤にかけ、ちょっと様子を見てすぐに戻ってくれば問題ないと判断し、あおいは普段から身につけている藤の花の香り袋と羽織を手にして寝室を抜け出した。

 

 外に出てすぐ、異様な雰囲気が漂っているのをあおいは感じ取っていた。

彼の生家は代々神職を務めており、境内にある屋敷を住居としている。いつも鳥居周辺に植えられている藤の花の香りと神聖ながら心地よい空気で満ちている境内だったが、今日はどことなく張りつめている。

 警戒心を強めながら鳥居に向かっていたあおいは次の瞬間、全速力で走りだしていた。

 

「──!!」

 

 子どもの己にできることなどたかが知れている。けれど行かなければならないと自身の直感が告げていた。

 そうして辿り着いた先に見たのは、月明かりに照らされた異形の“ナニカ”と怪我をしているのだろう左腕を押さえる男の姿だった。

 そこからはとにかく必死の一言だ。

 異形の意識を男から逸らすために握りしめていた香り袋を投げ付けつつ、呆然とこちらを見ていた男の手を掴み只管走った。

 後ろから形容しがたい叫び声が聞こえたが、振り返ることはしない。

 

 

『いいかい、あおい。異形の者は日の光と藤の花をとかく嫌うんだ。もし出くわしたのなら藤の花が植わっている鳥居を目指しなさい。鳥居をくぐってしまえば、大抵のやつらは近づいて来れないからね』

 

 

 かつて祖母に言われた言葉が脳裏に浮かぶ。その言葉を信じてあおいは襲われていた男と共に鳥居を目指した。

 しかしそう簡単に逃がしてくれるほど、ソレ──鬼は甘い存在ではない。

 鬼は藤の花を投げつけられたことに関して激怒するも、獲物が増えたことには歓喜した。鬼となってまだ日が浅く、狩りも下手で空腹だったのだ。そこに固そうではあるが食べごたえのある大きさの男と、柔らかくてうまそうな子どもがやって来た。

 絶対に逃がすか二人まとめて食ってやる!

 そう意気込んだ鬼が大きく腕を振りかぶったところで──。

 

ザンッ

 獲物を写した視界が、どんどん下に下がっていく。そのまま地面にどしゃっと叩きつけられて初めて、鬼は己の首を斬られたことに気づいた。

 鬼の狩りが下手な所以はそこにある。

 鬼は気配を読むのが壊滅的に下手くそだった。それこそ、気配を消した鬼狩りが刀を抜いて真後ろに迫っていることにも気づけない程度には、下手くそだった。

 一方、襲われていた男と逃げていたあおいだったが、聞きなれない音と共に静かになった背後が気になり後ろを振り向いていた。

 月明かりに反射し、キラリと光る日本刀。

 それを手に持つ、黒い衣服に羽織の男。

 そのすぐ近くにもうくっつくことのない首と分かたれた胴体が転がっているのだが、刀と男に気をとられていたあおいは気づかない。

 鬼殺隊と出会った、初めての夜だった。

 

 

*****

 

 

 どうも、あおいです。

 あの後一緒に逃げていた桜木どの(あとから聞いた)と彼の怪我に気づいた命の恩人を連れて神社に帰った俺は、鬼という存在とそれを滅する組織である鬼殺隊について教えてもらった。

 そこでかつてばあさまに教えてもらった"異形の者"と、彼らの言う"鬼"が同一であることも教えてもらった。

 起きだしていた両親も交えてその話を聞いて、俺は薄情にも"もう夜に出歩くのは止めよう"としか思わなかった。

 だってそうだろう。

 俺はただの子どもで、戦う術を持っていない。ならばなるべく夜は出歩かず、藤の花の香りを身につけて自衛することが一番安全だ。両親と二人の兄上と、可愛い双子の妹と共にこれからもこの神社で暮らすなら、それが最善だろう。

 その日の夜、あの夢を見るまで、俺は確かにそう思っていた。

 

 

 

 何処かの立派なお屋敷の庭で、童女が二人、わらべうたを歌っている。

 大人は三人。一人は洋装の男で瞳孔が縦長に伸びている。もう二人は和装の男女だ。一人は床に伏しており、怪我でもしているのか顔中を包帯で覆っている。もう一人は、白髪の美しい女だった。

 何事か話しているが内容は聞き取れない。そうして特に何が起こるわけでもなく時間が過ぎ、刹那。

 

ドンッ!!!

 

 目を開けていられない程の爆音と爆風が辺りを襲った。

 あの場にいた人達は無事なのかと意味のない思考を回そうとして気づく。

 あの白髪の美しい女性。どことなく見覚えがある、あの女性は、まさかっ…。

 

 

 

「あまねっ!!!」

 

 暗い部屋に、荒い息遣いが響く。

 全身が汗に濡れていて気持ち悪い。

 震える手で顔を覆い、ひとつ大きく息を吐いた。

 

「ゆめ…」

 

 酷い夢を見たと、もう一度深呼吸をして立ち上がる。着替えようと寝間着を脱いで替えのものに手を伸ばしたところで、ふと思った。

 

「あれって、鬼、だよな…?」

 

 縦長の瞳孔を持つ洋装の男。明らかに人ではなかった。

 そしてあの女性。大きな瞳に綺麗な白髪。白樺の精を思わせるあの美しい女性はどう考えても己の可愛い双子の妹であるあまねに間違いない。

 

「いや。いやいやいやいやいや。え?あまね死ぬの?鬼のせいで?…は?」

 

 気づけば朝になっていた。

 

 

 

 顔色を無くし、クマをこさえた自分を家族は非常に心配してくれた。その中にはもちろん、妹のあまねも含まれている。…うん、成長したらあんな感じだろうなと思える程度には、あまねの顔は整っている。

 …俺たち神籬家の人間は、神のご加護とやらが強いらしい。事実、兄上たちもあまねも断片的な予知夢を見ることができる。俺もそうだ。ただ、いつもは夢ではなく額を合わせてでしか見ることは叶わないけれど。

 

(死なせたくないなぁ…)

 

 何故今回、夢という形だったのかは分からない。けれど、昨夜見た夢は予知夢である可能性が高い。

 俺は家族が大好きだ。優しく笑う母と、厳しくも凛とした父。しっかり者の長兄と、明るく人の機微に敏い次兄。そして、思いやりと責任感に溢れた妹。

 …身内の、それも己の片割れの行く末を知っていながら無視できるほど、俺は人でなしではない。

 

「──父上、母上。お話ししたいことがあります」

 

 

*****

 

 

 鬼殺隊に入りたいと、両親に伝えた。

 詳しい理由は話していない。昔、俺に先見の力が現れてから母上と約束したからだ。

 

 

『いいですか、あおい。貴方が見たものは未来と呼べるものです。けれど無闇矢鱈に口外してはいけませんよ。未来は無数の選択の先にあるもの。貴方が告げる内容で、吉とも凶ともなり得ます。…その人の本来の流れを変えるのなら、それ相応の覚悟と責任を持ちなさい』

 

 

 当時はあまり理解出来なかったし、正直今もぼんやりとしか分からない。

 けれど、その覚悟と責任とやらを背負うことになっても、守りたいと思ってしまったのだ。

 だから…。

 

 

『お前は、お前が見た未来を、本来の流れを変えたいんだね?』

『はい』

『貴方が行動したとて、善き方向に転ずるかはわかりませんよ』

『承知しています。けれど俺は、この先の未来を知っていて見て見ぬふりはできない。回避できる可能性が僅かでもあるのなら、おれは全力で抗います』

『命を失うかもしれなくても?』

『はい』

『…鬼狩りになるということは、血を纏うということ。神に仕える我々にとってそれは穢れだ。…神籬の姓を、名乗れなくなるよ』

『…全て、承知の上です』

 

『…わかったよ』

 

『お前が思う、最善を選ぼう』

 

『──ありがとうございます』

 

 

 話をしてからは早かった。

 その日の内に家を出ることを兄妹たちに伝えた俺は、両親と話す以上の労力を使うこととなった。特にあまねの説得は大変だった。これまでほとんどの時間を共に過ごしていたため、仕方がないと言えば仕方がないが。

 静かに泣きながら引き留めてくるものだから俺もうっかり泣きそうになった。というか、ほとんど泣いていた。

 それでも最後にはちゃんと納得してもらえた、と思う。家を出る当日までいつも以上に側にいたり、小さな我儘を言うようになったが俺自身も寂しかったので文句はない。

 俺の引き取り先は、両親が探してきてくれた。どんな伝を使ったのかは分からないが、一宮家という代々鬼殺隊と関わりを持つ家が養子を探していたらしい。

 話を聞く限りとても良いお人柄のご夫婦だそうだから、きっと上手くやっていけるだろう。

 桜木どのとも話をした。

 怪我の経過も良好で、もう問題なく動かせるとのことだ。そしてご家族を交えて改めて鬼殺隊の方から話があったようで、藤の花の家紋を掲げることに決めたらしい。俺が鬼殺隊に入ることを話したら驚いていたが、何かあったら力になるから遠慮なく頼ってくれとも言ってくれた。ありがたい限りだ。

 そうして日々を過ごして、家を出る前夜。

 俺とあまねは揃って屋根の上にいた。昔から何かあると二人で屋根に登ってぼんやりと空を見上げたものだ。…これも今日で最後かもしれないと思うと、途端に寂しくなるのだからどうしようもない。

 俺は俺の目的のために鬼殺隊に入ると決めたのだから、もっとしっかりしなくては。

 

「兄さま」

 

 小さく囁かれたその声音は、何者にも遮られることなく俺の耳に届いた。けれど、後に続く言葉はない。

 

「あまね」

 

 何か言いたくて、でも何を言えばいいのかわからない妹に、俺から言えることはたったひとつだ。

 

「俺は明日、神籬の家を出る」

「…はい」

「今後は一宮を名乗るから表面上お前とは赤の他人だ」

 

 口を開いて何か言おうとするあまねを遮って続ける。

 

「けれど俺がお前の、お前が俺の片割れであることは、変えようのない事実だ。だからあまね。姓が変わったからといって繋がりが断たれる訳ではない。大丈夫。俺たちの繋がりは、そう簡単に切れたりはしないよ」

 

 その日は久しぶりに一緒に布団に入って寝た。何の気なしに額を合わせてみたけれど、特に何かを見るわけでもなくそのまま朝を迎え、そして。

 

「では父上、母上。兄上方もあまねも。お元気で」

 

 俺は翌日、神籬家を出た。

 雲一つない快晴だった。

 

 

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