将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話 作:シグル
前編
天元を空屋敷に迎え入れて二日目の早朝。
俺は天元と屋敷の裏にある山を登っていた。
昨日は宇髄夫婦を日用品その他諸々の買い出しに行かせたため鍛練はしていない。そのため、今日が鍛練初日となる。
早朝と言っても、日が登り初めて半刻は過ぎており、奥方たちは美鶴殿と朝餉の支度をしている。紅葉は道場の掃除だ。後から俺も参加する。
「鬼殺隊は基本、刀を使用して鬼を狩る。…刀を使ったことは?」
「多少はある」
「そうか。なら素振りは後でいいかな」
山を登りながらいくつか確認のため質問していく。ちなみに天元の様子も観察中だ。
初対面時や屋根に上っていた時の様子から見て、身のこなしの軽さは既に判明している。こうして頂上を目指している間にも息が切れていないことから、ある程度の体力もあると見た。
(あとは反射と、判断力と回避能力か…?)
呼吸を教えてやれと言われたが、それだけで終わらせるつもりはない。仮にも継子として迎えたわけなのだから、必要な鍛練はしていく予定だ。
そのためにも今の段階でどこまで動けるのかを把握しておかなくてはならない。
よって。
「…よし、頂上に着いたな」
「低そうに見えたけど、結構あるのな」
「そうなんだよ。だから鍛練にはちょうど良くてな」
そう言う俺を何とも言えない顔で見てくるのは、きっと事前に何も伝えずに連れてきたからだろうな。
「さて、じゃあとりあえず。まずはここから屋敷まで下りてきなさい」
「?…それだけでいいのか?」
「ああ。普通に地面を歩いてもよし。木を使ってもよし。ただ、朝餉に間に合うよう下りてこいよ。お前がいなくても先に食べてるから」
大体あと半刻くらいか。
そう告げると自信満々に了承された。それを見届けて俺は一足先に下山する。
慣れているのに加えて呼吸も使ったからかなり早く屋敷に戻れた。そのままの足で道場の方へ向かう。
「お疲れ紅葉」
「あおい。お疲れ。…あれ、宇髄は?」
「山に置いてきた」
「容赦ないな」
掃き掃除は終わっているようなので雑巾を手に取る。そのまま水拭きしていく俺に、笑い混じりに紅葉が反応した。
「身軽だし、山にも慣れていたから大丈夫だろ。…まあ、多少の怪我はするかもしれないが、そういうものだ」
あの山にはいくつもの罠が仕掛けられている。丸太が降ってきたり槍が飛んできたり落とし穴があったりと飽きない仕様になっているから比較的楽しめるだろう。結構前に仕掛けたものもあるから、全てを把握しているわけではないが。
そうして一通り道場の掃除をして汚れを落とし、出来立ての朝餉を食べ始めた頃。
ドタドタと大股で近づいてくる足音に笑みが溢れる。あれはかなり怒ってるな。
スパンッと襖が開き天元が姿を現す。大きな怪我は無いようだが、所々服がほつれているし土も付いている。おそらく服の下には細かい擦り傷や痣が出来ているだろう。
奥方たちが目を丸くしている中、天元は額に青筋を浮かべながら大きな声で吠えた。
「なんっなんだ、あの山はぁ!地味に嫌なところから攻撃が飛んでくる!っていうか殺す気か!!」
「おかえり天元。早かったな」
「呑気に飯食ってんじゃねーよ!」
「先に食べてるぞって言っただろう」
「あっはははは!早く汗流してこいよ。折角の朝餉が冷めるぞ」
「~~っ!!くそっ!」
またドタドタと足音を立てながら風呂場に向かっていく可愛い継子に笑いが収まらない。紅葉も箸を置いて腹を抱えている。俺はお前がそんなに笑い上戸だったなんて知らなかったよ。
「あの、一宮様…天元様は一体何を…?」
「ん?ただの山下りさ」
「罠だらけですけどね」
「罠?!」
須磨殿の声が響く。
「罠といっても命を奪うようなものじゃない。丸太や槍が飛んできたり落とし穴があったりするが、回避は可能だよ」
油断せず集中すれば、という注釈は付くが。
内心で付け足しつつ罠の内容を説明すれば、そこまで危険じゃないと思ったのだろう。目に見えてほっとしていた。須磨殿は表情に出やすいな。
「それにしても…鬼殺隊の方は常にそのような修行をしてるんですか?」
「…そうだな。育手による、としか言えないな」
「育手…」
「呼吸を教える、隊士たちの育成を担う者のことだ。基本的に鬼殺隊を引退した元隊士がなるな」
かつて、俺自身が父上殿に課せられた内容を思い出す。
「ただ只管山を走らされることもある。打ち込みや回避を中心として身体中青痣だらけになったりな。紅葉のところは罠が張り巡らされた山を駆け下りて最終的に岩を斬らされたらしい」
「え、岩を?!」
ドン引きしたような視線を受けた紅葉は真顔で大きく頷いた。
「最初は正直無理だろって思ったなぁ。でも斬れなきゃ最終選別には行かせないって言われちゃあ、やるしかないさ」
「修行内容は本当に育手によって異なる。けど、その根本にある思いは全て同じだ」
襖の向こうから気配がする。…そういえば、初日に比べて大分気配が読みやすくなった。
嬉しい事実に口元が緩みすぎないよう気をつけ、言葉を紡ぐ。
「生き残ってほしい。死なずに生きて、帰ってこい。…だから自ずと修行内容も厳しくなる」
油断すればそれが命取りになる。甘い修行は死を招く。誰も好き好んで己の弟子を、若い命を散らしたくはない。だから、だからこそ。
「食らいついてこいよ、天元。そう簡単に死ねない身体にしてやるよ」
どうか、これから課す数多の修行を耐えきって。鬼殺だけに生きるのではなく、この世界の綺麗なところを見つけていってほしい。
その願いを笑みに込めて、天元に向ける。
「…上等だ」
好戦的な瞳と視線があった。
朝餉を終えて、傷の手当てを終えた天元を道場に連れていく。
ドンッと天元の目の前に、身の丈半分程の瓢箪を置いた。
「これに息を吹き掛けて破裂させる。それが当分の目標だ」
「…は?」
何言ってんだ?という目で見るな。無視するからそこまで気にはしないが。
「そのためにもまずは、全集中の呼吸を取得しなければならない」
「全集中の呼吸…お館様に言っていたあれか」
「そう。全集中の呼吸とは、人間が鬼と対抗するために会得した呼吸法で、基礎体力が飛躍的に向上する効果がある」
「へぇ」
「沢山息を吸って肺を大きくするんだ。そうして血液に酸素を取り込んで、身体中の血管一本一本を通って筋肉に辿り着く。指の先まで意識して、酸素が血液に乗って全身を巡っていることを認識しなさい」
どこか既視感があると思ったらあれだ。俺が全集中の呼吸を父上殿に教えてもらった際のやり取りに似てるんだ。
思い出せたことにすっきりとしつつ、かつて父上殿に言われたことを記憶の隅から引きずり出す。
こうして親から子へ、子から弟子へと呼吸法が受け継がれていくと思うと人の、というか、鬼殺への執念を感じるな。
「まあ、とにかくやってみろ」
そう促すと素直に目を閉じて大きく息を吸った。
「っはぁ──っ!!!」
そうして数瞬後にはげほごほと咳き込む。
この流れも懐かしいな。俺もやった。
「うん。できてるな。それを四六時中継続できるようにしろ」
げっほごっほと咳き込む天元から返事はない。
「24時間。起きている間はもちろん寝ている間も欠かさず呼吸し続けなさい。そうすればいずれこの瓢箪も割れる」
「…正気かよ…っ」
「当たり前だ」
精々頑張れといつもより低い位置にある頭を撫でる。
「さっきはあんなにやる気だったじゃないか。…まさか、出来ないのか?」
「…はっ!これくらい、すぐに出来るようになってやらぁ!」
うん、いい感じに挑発できたな。
負けず嫌いかはともかく、努力は怠らない性格だろう。きっと二月もしないでものにするだろうと予測し、今後の予定を伝えていく。
「一先ず全集中の呼吸・常中を出来るようになれ。それと同時進行で山も走ってくること。とにかく肺を鍛えて大きくすることを身体に叩き込むんだ」
「わかった」
「よし。場所は別に道場でなくてもいい。庭でも自室でも、とにかく落ち着いて鍛練できる場所でやれ。いいな?」
「ああ」
そこまで言うと外から暁が飛んできた。
「カア。アオイ任務!西ニアル町デ女ノ人ガ消エテル。隊士ヲ数名派遣済ミ。合流シテ任務ニ当タレ」
「承知した。伝達ご苦労様」
「問題ナシ!」
腕にとまって胸を張る仕草をする暁を撫でる。
「…というわけだから、俺はこれから任務に向かう。そう遅くならないだろうが、何かあったら烏を飛ばせ。それと紅葉を置いていくから、呼吸のことで聞きたいことがあれば遠慮なく聞くといい。あいつも最終選別は突破してる」
「ああ…わかった」
そこで少し視線を彷徨かせた天元だったが、すぐにまっすぐ俺を見上げてきた。
「…無事に帰ってこいよ、あおいさん」
まっすぐ見上げてはいるが、いつもより声に覇気がない。加えてどこか不安そうな様子を見せる天元に、出来るだけ優しく微笑んでやる。
「ああ…行ってくる」
任務に行って三日後、俺は空屋敷に帰って来た。
今回は鬼自体は特に大したことなかったんだが、町の住民が面倒極まりなかった。いや、正確にはその町の一番の権力者だな。鬼と結託して若い娘を嫁入りという名目で鬼に捧げていたらしい。斬った後に罵詈雑言を向けられたがどうにかこうにか収めて帰って来たのだ。
着替えて風呂に入って美鶴殿が淹れてくれたお茶を飲みほっと息をついたところで、"おかえり"を告げたままどこかに消えていた天元が戻ってきた。
「あおいさん見てくれ!これ!」
「…ねずみ…?」
ヂュウ!
天元の手にはねずみが乗せられていた。…いや、ねずみ…?…ムキムキ過ぎじゃないか?
「あー…それは?」
「ムキムキねずみだ!」
「むきむきねずみ」
「あおいさんが任務に行った日に庭で見つけてよ、試しに鍛えてみたんだが中々忍耐強くてな!」
忍獣にする!と少年のように笑う天元に、庭にねずみがいたのかとか、お前呼吸の習得はどうしたとか、そもそも忍獣ってなんだとかいろいろ思ったが、なんかもう全部どうでも良くなってきた。
いいじゃないかねずみくらい。たとえあり得ないほどムキムキになっていようが、二足歩行していようが、可愛い継子がこんなにも喜んでいるんだ。それを受け入れずして何が師範か。
もはや悟りの境地だが知ったことか。
満面の笑みを浮かべる天元の頭に手を伸ばし、二度ほど弾ませる。
「そうか忍獣か。いいんじゃないか、派手で」
「そうだよな?!」
さっすがあおいさん!分かってるぜ!とこれまた嬉しそうにしてくれる。
…うん、もういいや。
「とりあえず、厨には入らないよう躾ておけよ」
「ああ、もちろん。抜かりはないぜ!」
「それはそうとお前、呼吸はどうした?」
「あっ」
しまった!という顔をする天元につい笑顔が深まる。それを見て更にわたわたする天元。
「い、いや、ちゃんとやったぞ!数刻なら続けて出来るようになった!」
「そうか、偉いな。とりあえず山五週くらいしてこい」
くいっと親指で山を指し示しつつ指示を出した。それに諦めたように素直に応じた天元を呼び止めて更に続ける。
「たった三日で数刻でも出来るようになるなんて凄いよ。その調子で励め」
「!」
ぱっと顔が華やぐ。そのまま機嫌良さげに出ていった天元を見て、任務の疲れが吹き飛ぶのを感じた。
天元を継子として迎えて二月が過ぎようとしていた。全集中の呼吸・常中も問題なく出来るようになり、今では型の習得に躍起になっている。
最初は使い手が多い水の呼吸を紅葉も交えて教えていたんだが、根本的に合わなかったらしい。加えて天元曰く"なんか地味"なんだそうで、別の、もっと派手な呼吸法がいいと要望を出された。派手な呼吸ってなんだ。
とりあえず本人の特性を活かせるよう雷の呼吸を教えていくことにした。身軽だし足も早いし、その上身体も鍛えている。それに型を出す度に雷鳴のような音が出るんだから多分派手だろう。
そう思って一通り型を見せてやった。残念ながら俺がやってもちょっと強い静電気くらいにしかならないが、それでも十分気に入ったらしい。が、ここで問題が発生した。天元も型が身体に合わなかったらしい。一通り出来るようにはなったが、どうにも違和感が抜けない。本人もそれは感じているらしく、珍しくしかめっ面だ。
「これはあれだな。自分で新しく作るしかない」
「あおいさんみたいに?」
「そう。雷の呼吸に適正があることは確かなんだ。だったらそこから自分に合った形に変化させればいい」
無理に基本の呼吸を使わなくてもいい。呼吸を使うようになって何百年も経っているが、全員が全員、その呼吸のみを使ってきたわけじゃない。でなければ"派生"なんてもの、出来ないだろう。
「出来ないのなら、出来るように工夫すればいい。元になったものとかけ離れていようと何の問題もない。むしろ、自分だけの呼吸法なんだ。…格好いいだろう?」
そういう経緯を経て、今天元は新しく型を作るのに必死だ。奥方たちとああでもないこうでもないと楽しげに話し合っているのは、見ていて楽しい。息抜きなのか、着々と忍獣であるムキムキねずみを増やしているのはちょっと気になるが。
…天元が来て一月経った頃、二人で屋根に上り話しをする機会があった。初日のようにどこか硬い雰囲気を醸しながら切り出された話は、彼の過去についてだった。俺は何も言わずに最後まで話を聞いた。なんとなく、天元は自分自身の気持ちと折り合いをつけようとしているのが分かったから。
長い話だった。長くて、そして重い話だった。俺に話すのは、決して簡単なことではなかっただろう。事実、天元はあの夜、ずっと緊張していた。
全ての話が終わった後、ようやっと俺は口を開いた。
「天元」
何を言えばいいのだろう。この可愛い継子に、どこか寂しそうな男に。…どこか怯えている、ひとりの少年に。
考えても分からない。何が正しいのかも分からない。だからもう、俺が思ったままの言葉を伝えることにした。
「過去を振り返るなとは言わない。けど、囚われすぎるな。お前が生きているのは今だ。過去じゃない。お前が奪ってきた命に責任を感じているなら、それを全て抱えて生きなさい。…だけどな、別に一人で背負わなくていい。自分だけで背負って、地獄に逝くなんて言わなくていい。きっとな、奥方たちはそんなお前を支えたいと思ってるよ。その重すぎる荷物を、少しでも共に背負いたいと、そう思ってるよ」
天元は何も言わなかった。だから俺も、そのまま話続けた。
「俺はな。今話を聞いただけだから、本当の意味でお前のことを分かってやれたわけじゃない。その苦しみは、実際に経験しなければ分からないものだ。だから、俺じゃお前の荷物を背負ってやることはできない。…でも、後ろから支えることはできる。お前が荷物が重くて動けないと言うなら、手を引いてやることだってできる」
どうか伝わって欲しかった。この想いを、奥方たちのひたむきな想いを。見ているだけで伝わってくる、あの純粋な想いを。どうか。
「いいか天元。一人で抱え込むな。周りを頼れ。お前に手を差し伸べる奴は必ずいる。これまでいなかったんなら、その分これから大勢現れる。だから、独りにはなるな」
そう言ったときの、笑っているのにどこか泣きそうな天元の顔が、今でも忘れられずに残っている。