将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話   作:シグル

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鬼殺隊の最古参の柱はご友人から人探しを依頼される
前編


 

 天元が柱となったことで、宇髄夫婦は空屋敷を出ていくことになった。耀哉から正式に屋敷を賜ったこともあるし、そもそも柱がいつまでも他の柱の屋敷に居候しているわけにもいかない。

 

「うわーん!美鶴さぁーん!!さびしいですー!」

「よしよし、またいつでも遊びに来ていいからね」

「こら須磨!いつまでもびーびー泣いてんじゃない!!」

「…本当、最後まですみません。こんなに騒がしくて」

「いやいや、逆にむしろ"らしい"というか」

 

 今日は天元たちの引っ越しの日だ。先程から涙が止まらず美鶴殿に抱きついている須磨殿は、そろそろ身体中の水分が無くなるんじゃないだろうか。

 

「おーおー、予想通り泣いてんなぁ」

「天元」

 

 引っ越し作業の手伝いで来ていた隠に粗方指示を出し終えた天元がやって来た。そろそろ出発か。

 

「ほらお前ら、そろそろ行くぞ」

「うぅ~」

 

 未だ泣いている須磨殿の首根っこを掴んでいる姿はやはり親猫のようで、つい笑ってしまう。

 

「じゃあ世話になったな、あおいさん」

「ああ。次に会うとしたら任務か柱合会議だな」

「だな。ま、たまには顔見せにくるよ。嫁たちも寂しがるし」

「是非そうしてくれ」

 

 じゃあなと背中を向ける天元と、大きく手を振る須磨殿。片手を振るまきを殿に一礼する雛鶴殿。別れの挨拶でこんなにも個性が出るのは面白いな。…それにしても。

 

「須磨殿じゃないが、やっぱり寂しいものだな」

「ですねぇ」

「まあこの二年間、かなり賑やかだったからな」

 

 なんとなくその背中が見えなくなるまで見送っていると、ふと先日耀哉から聞いた話を思い出した。

 

「そういえば、あともう二人ほど柱候補がいるとこの間産屋敷邸に行った際に言われたよ。二月もすれば柱となる条件を満たすだろうとも」

「へぇ!凄いな。ということは計五名の柱になるのか…」

「ああ。ちなみに花柱と水柱らしい。名前は確か…胡蝶カナエと鱗滝錆兎、だったか」

「錆兎が?」

 

 俺が柱候補の隊士たちの名前を告げたらその内の一人に紅葉が反応した。

 

「錆兎って確か紅葉の弟弟子の名前よね?」

「ああ」

 

 若干眉間に皺が寄っているがどうした。名字から察してはいたがお前の弟弟子なんだろう?鱗滝一門は総じて仲が良いと聞いていたんだが、その錆兎とやらとは不仲なのか。

 俺の疑問を察したのだろう。首を横に振りながら仲は良いよ、と言ってきた。

 

「仲は良い。手紙のやり取りもする。けどあいつ、手紙に真菰と義勇のことばかり書いて自分のことは"特に問題ない"しか書かないんだよ…」

 

 あ、真菰と義勇も妹弟弟子なんだけど。二人とも可愛くて優秀でなぁ。いい子たちなんだよ。

 先程までしかめっ面だったのに瞬きのうちに目尻を下げた紅葉は流れるように妹弟弟子たちについて話し出す。

「錆兎は面倒見が良くてな。義勇がやって来た時は鍛練も食事も風呂もずっと一緒だったんだよ。義勇が魘されてるときは同じ布団で寝たっていう話も聞いたな。最近では年々口下手になっていく義勇の世話をよく焼いているんだ。真菰も気遣いが凄くてな。義勇が落ち込んでたらいち早く気づいて励ましたり、錆兎が無茶しないよう目を光らせてるんだよ」

 

 水を得た魚のように話す紅葉は止まらない。最早右から左で半分ほどしか聞いていないが、何はともあれ相変わらず仲が良くて安心したよ。

 最後に、いい子たちだから出来れば気に掛けてやってくれ、と頼んできた紅葉にこちらも了承を返した。紅葉の弟弟子ということもあるが、後輩を守るのも仕事の内だ。錆兎に関しては同じ柱だから過度な干渉はしないが、多少気に掛けるくらいは許されるだろう。

 

 

 

 そんなやり取りの丁度二月後、柱となる条件を満たした両名は無事、花柱と水柱の名を賜ることとなった。

 

 

 

 花柱 胡蝶カナエ。

 それは、誰よりも鬼を哀れみ救おうとする者。

 

 水柱 鱗滝錆兎。

 それは、誰よりも男らしく、鬼を殲滅せんとする者。

 

 

*****

 

 

 怪我をした。右肩から背中にかけてざっくりだ。ここまで大きいのは久しぶりだが、これは縫わないと駄目かな…。

 柱になる前はそれなりの頻度で怪我はしていたが、ここ最近は擦り傷などの小さいものばかりだったから少し億劫になる。

 隠に簡易的な処置をしてもらいながら、先程まで当たっていた任務内容を思い出す。

 

 

 

 今日の任務は、鏡に潜む血鬼術を扱うようだと先に派遣された隊士からの情報で明らかになっているものだった。鬼殺隊士が向かっても姿を見せることなく背後から斬りつけられるとのことで、柱である俺が派遣されたのだが…。少々面倒なことになっていた。

 屋敷に入る直前、数人の子どもが屋敷の様子を伺っていたため話を聞いたのだが、どうやら友人の一人が度胸試しと称し屋敷に入って以降、数刻経っても出てこないのだという。

 鬼に連れ込まれたのではなく自主的に入ったのならまだ生存の可能性はある。とにかく子どもたちを保護すべく、暁に周囲に待機している隠を呼びに行かせて自分は屋敷に足を踏み入れた。

 鏡屋敷と呼び名のついたその建物は、元々鏡の収集癖を持つ御仁が住んでいたようで、その名の通り壁一面に大量の鏡が飾られていた。

 

(こうも鏡だらけだと視覚は使い物にならないな)

 

 早々に判断し、一旦目を瞑る。視覚からの情報を遮断したことで、それ以外の感覚が研ぎ澄まされた。…上から僅かに気配を感じる。鬼ではない、ということはおそらく話にあった子どもだろう。生きていることに安心しつつ、警戒しながら上階に向かう。

 そうして辿り着いた部屋を音を立てないよう静かに開け、中を確認する。…この部屋も鏡だらけだな。

 一見誰もいないように見えるが、戸棚の方から気配がする。中に隠れているのだろう。

 そう判断し扉を開けると、そこには泣きつかれたのか目元を赤く腫らしながら眠る子どもがいた。素早く怪我の有無を確認し、起こさないよう着ていた羽織に包む。

 そのまま子どもを抱えて部屋を出ようとしたところで、背後に鬼の気配を感じた。

 

ドガンッ

 

 大きな音を立てて扉が破壊される。横に飛び退いたため怪我はないが、今の音で子どもが起きた。

 

「ひっ」

 

 …口面をつけるようになってから、こうして怯えられることが増えた。仕方のないことだがちょっと傷つく。

 なるべく怖がらせないよう意識して目元を緩め、ゆっくりとした口調で声をかける。

 

「大丈夫。俺は君を助けに来たんだ。君の友人たちに頼まれてね」

「…ほんと…?」

「ああ。ここには悪い鬼がいる。急いで出ないといけないんだが、もう少しだけ、我慢できるか?」

「…うん」

 

 僅かに怯えを残してはいるが、確かに頷いたのを確認して周囲の気配を探る。追撃がないことからも分かってはいたが、どうやら移動したらしい。随分警戒心が強いな。

 とにかく、今は子どもを外に出すことが最優先だ。幸いここは二階で、この部屋には大きめの窓がある。…飛び降りるか。

 わざわざ行儀よく玄関から出入りする必要はない。

 そうと決まれば善は急げ。さっさと行動に移すとしようか。

 

「今から外に出る。絶対に守るから、目を固く閉じて俺にしがみついてて」

 

 一つ頷きぎゅっと俺の隊服を掴む子どもに小さく笑う。

 鬼の気配がまた強くなった。

 立ち上がって駆け出す。悠長に窓を開く余裕はない。子どもの頭を守るように手を回し、そのまま窓硝子に体当たりして宙に身を投げ出した。

 瞬間、背中に衝撃と一拍おいて熱を感じる。

 思わず子どもを抱いている腕に力が入り、慌てて元のように抱え直す。地面に着地し後ろを振り替えることなく少し離れた場所まで移動した。

 

「空柱様!」

「この子どもを頼む」

「はい!」

 

 待機していた隠が数名駆け寄ってきたので、その内の一人に子どもを託した。あ、紅葉もいる。

 

「一宮様、鬼は…」

「まだ狩れていない。…姿が確認出来ないというのは厄介だな。鏡の中を移動してるのか視線の外から攻撃してくる」

「応援を呼びますか」

 

 それも一つの手だが、下手に増員すると混乱を招きかねない。この任務は一人で対処した方がいい類いのものだ。特にあの鏡が厄介だから何とかしないと…あ。

 

「夜明けまで、あとどれくらいだ」

「四半刻程です」

「そうか…」

 

 それだけあれば十分だ。

 

「応援は必要ない。このままいく」

「しかし空柱様。背中が…」

 

 おっと気づかれたか。さすが紅葉。

 

「しー…」

「…はぁ」

 

 人差し指を立てて口元に持っていくと盛大にため息を吐かれた。これは了承の意だと判断する。

 仕込みもあるためさっさと行こう…と、その前に確認するのを忘れていた。

 

「この屋敷、多少破壊しても構わないな?」

「ええ。鬼の出現がなければとうの昔に取り壊されていた建物ですから」

「なるほど」

 

 ならば好都合。

 

 

 

 正面から堂々と中に入る。同時に目に飛び込んでくる鏡の数々に思わず口角が上がった。

 ここの鬼は鏡の中に入り移動することで、姿を見せることなくこちらに攻撃を加えていた。厄介な血鬼術だが、それ故に己が優位であると油断しているのだろう。ならばむしろ、逆に鏡を利用してやればいい。

 一階の東側の窓は全て窓掛けが閉じられていた。それは先程子どもを保護した部屋も同様だ。しかし、その他の方角に誂えられた窓はそうじゃない。

 それは何故か。もし、鏡の中にも日の光が入ると仮定すれば。利用しない手はない。

 東向きの部屋の窓掛けを引きちぎり、扉を破壊して回る。少しでも日の光が屋敷内に入るように。壁に掛けられた鏡に反射して、鬼に届くように。そのまま消滅するならばよし。耐えきれず出てくるならそこを斬れば問題ない。

 俺がやろうとしている事が分かったのだろう。先程から絶えず攻撃を加えられているが、ついでだからその攻撃も利用させてもらおうか。

 死角から与えられる攻撃を躱し、背後の壁に当てていく。

 結果、俺が破壊した分に加え鬼の攻撃によって屋敷内部は大分開放的な造りになった。…そろそろ夜が明ける。さて、どうなるか。

 空が白み、太陽が顔を出す。屋敷を照らし、室内に光が射し込んだ。其処彼処そこかしこに置かれた鏡が少しずつ光を反射し輝き出す。

 そして。

 

「ぎゃあぁ!!!」

 

 屋敷中に鬼の絶叫が響いた。どこかで鏡が割れる音がする。そのまま暫く様子を見るが、鬼の気配は完全に消えていた。

 

「どうやら上手くいったみたいだな」

 

 念のため一通り屋敷内を歩き、鬼が消滅したことを確認する。ついでに鏡も割っておこう。売ればそれなりに金になるだろうが、何があるか分からないものをそう簡単に市井(しせい)に放つわけにもいかないからな。

 屋敷内にある鏡を全て破壊し外に出る。隠たちが待機している所まで歩き、後始末を頼もうとした──ことまで思い出したところで背中の処置が終了したと後ろから声がかかった。

 

「ありがとう」

「いえ。しかしこの傷ですと縫った方がいいでしょうね。蝶屋敷に運びましょう」

「蝶屋敷…確か花柱が治療所として解放しているという…」

「ええ、貴方は怪我らしい怪我をしないので運び込んだことはありませんでしたが、もう既に結構な数の隊士が利用していますよ」

「そうなのか」

 

 というわけで、紅葉に背負われて蝶屋敷に運び込まれた。といっても屋敷の近くで下ろしてもらったんだが。歩けないわけでも付き添いが必要なわけでもないし、紅葉もそこまで暇ではないからな。

 

「じゃあ俺は報告に戻りますけど、ちゃんと治療してもらってくださいよ」

「わかってるよ」

 

 念入りに釘を刺してくる紅葉は俺が治療を受けずにばっくれるとでも思っているのだろうか。確かに億劫にはなったが流石にここまで運ばれたら治療くらい受ける。

 それに、俺はまだ花柱と顔を合わせていないんだ。いい機会だから挨拶もしていこう。いるかは分からないが。

 柱に就任しても次の柱合会議まで正式に顔を合わす機会がないのも考えものだなと考えながら、蝶屋敷の門をくぐる。

 

「さて…」

 

 どうするかなと思案する前に前方から声がかかった。

 

「怪我人ですか?こちらにどうぞ」

 

 十を少し越した頃だろうか。少し眉間に皺がよった、蝶の髪飾りをつけた可愛らしい少女がいた。しかし隊服を来ているからこの子も隊士なのだろう。髪飾りからしてこの屋敷の関係者かもしれない。ならば素直に従っておいたほうがいい。

 そう結論付けて目の前の少女に返事をした。

 

「ああ、すまない。ありがとう」

 

 先を歩く少女の歩みは遅い。先程目視で怪我の程度を確認し歩くのに支障はないと悟っているだろうに、優しい子だ。

 その気遣いに甘え、普段あまり歩かない速度で少女を追っていく。

 辿り着いたのは恐らく処置室だ。棚には多くの薬品が、机上には名前も知らぬ器具がいくつも置かれていた。

 名を名乗り、治療のために上を脱いでいく。手伝ってくれようとした手はやんわりと断らせてもらった。そこまで手間を掛けたくはない。

 背中に回って傷の具合を診る様は手慣れていて、彼女は隊士であり看護師…いや、この場合は医者か。立派な医者なのだろうと理解する。

 さて、軽く処置をしてはいるが、やはり縫わないと駄目だろうな。

 

「…結構深いですね。縫うことになりますが、いいですか?」

「うん。お願いするよ」

 

 チクチクと手際よく縫っていく様子に声をかけても問題ないと判断し、話を振った。

 

「ところで君は…」

「胡蝶しのぶです。隊士ですが、ここで姉の手伝いをしています」

「ということは、花柱の妹か」

「ええ」

 

 ぱちん、と糸を切る音がする。もう終わったらしい。本当に手慣れているな。

 それにしても妹か。なら本人が在宅か把握しているだろうと思い尋ねようとしたその時、扉の外から声が聞こえた。

 

「しのぶ、今いいかしら?」

「姉さん」

 

 ちらとこちらに確認するように視線を向けるのに、頷くことで返事とする。

 開けて構わないと伝えるとゆっくりと扉が開かれた。

 

「あら、ごめんなさい。まだ終わってなかったかしら?」

「いいや、ちょうど終わったところだ。気にしなくていい」

 

 背中を向けたまま服を着る。その間に二人は話を進めていくが、どうやら備品の在庫についてらしい。

話が終わったのを見計らって立ち上がり、改めて二人に向き合う。

 視界に蝶が舞った気がした。

 姉妹揃いの髪飾りに、蝶の羽を象った羽織が僅かに開いた窓からの風によってふわりと舞っている。

 

「貴女が、花柱の胡蝶カナエさんかな」

「ええ、そうですよ」

「そうか。俺は空柱の一宮あおいだ。挨拶が遅くなって申し訳ない。これから同じ柱として、よろしく頼む」

「えっ」

 

 小さな驚きの声が聞こえる。どうやら気づいていなかったらしい。

 

「あらあら。改めまして、この度花柱の名を賜りました、胡蝶カナエです。こっちは妹のしのぶ。姉妹共々、よろしくお願いしますね」

「…あ、よろしくお願いします」

「ふふ、それにしても、宇髄さんに聞いてた通りの人ですね」

「もう天元とは会っていたのか。何を言われたのか気になるな」

 

 笑顔でそう言ってくる胡蝶(姉)に対し、俺は苦笑で返す。さて、あの元継子は何と言ったのやら。変なことではないだろうが、単純に気になる。

 

「口面を付けた白髪の美丈夫だって。ただ、隊服を着ているときは基本的に外すことはないから、初見では取っ付きにくいだろうとも言っていたわ」

「伊達男に美丈夫って言われてもな…」

「ふふふ」

 

 何となく微妙な気分になる。と、そこに戸惑いの色を多分に含んだ声が発せられた。胡蝶(妹)である。

 

「ね、ねえ姉さん」

「なあに?しのぶ」

「この人、柱って…」

「ええ。名前、聞かなかったの?」

「聞いたわよ!でも、だって、想像と違ったから!今一ピンと来なかったのよ…」

 

 なるほど想像。

 

「…ちなみに、どんな想像だったのか聞いても?」

 

 その問いかけに答えにくそうに口をもごつかせたが、やがて観念して教えてくれた。

 

「…鬼殺隊最古参だって聞いていたから、もっとがっしりしてて、歴戦の猛者みたいな見た目かと…」

「んふっ」

 

 その言葉に思わず吹き出す。

 

「れ、歴戦の、もさ…ははっ」

「そ、そんなに笑わなくたって…!」

「ああ、いや。すまない。こういったことを聞くのは、初めてだったものだから、面白くてつい…ふふふ」

 

 まずいな、笑いが収まらない。小さく笑い続ける俺と、顔を真っ赤にしわたわたする胡蝶(妹)。そしてそれをにこにこと見つめる胡蝶(姉)。

 

「うふふ。けれど、本当。てっきり悲鳴嶼さんみたくがっしりとした体格の方かと思ってたから、ちょっと驚いちゃったわ」

 

 悲鳴嶼か…。どう鍛えたらああなるんだろうな。俺はここ何年も変わらないんだが、あいつは会うたびに筋肉量が増えている気がする。

 今の柱は俺と悲鳴嶼、天元、そしてまだ見ぬ鱗滝と目の前の胡蝶。後者二人はひとまず置いておくとして、天元はまだまだ成長の余地がある。つまり今後筋肉達磨になる可能性を秘めているということ。それに加えて俺が悲鳴嶼の如く筋骨隆々だとしたら…。うん。

 想像して口から乾いた笑いが漏れる。

 

「はは。悲鳴嶼みたいなのが二人もいたらむさ苦しくて仕方ないだろう。だからこれくらいで釣り合いを取ってるんだよ」

 

 勿論冗談である。無意味な想像などただの空しい虚構に過ぎない。

 

「…なるほど」

 

 真面目な顔で俺の冗談を思案するその姿にまた笑い出しそうになるのを耐える。

 

「…さて、俺はそろそろ行くかな。治療ありがとう。助かった」

 

 他の患者の診察があるからと、妹のしのぶ嬢と別れ姉の胡蝶と共に玄関まで歩く。見送りはいいと言ったのだが、笑顔で黙殺された。

 ちなみに"胡蝶"と呼ぼうとしたら姉と区別がつかないと指摘されてしまったので、色々と代替え案を出した結果"しのぶ嬢"に落ち着いたのだ。滅多にしない呼び方だから少々落ち着かないが、まあ直に慣れるだろう。

 

「ふふ。お会いできて良かったわ。次の柱合会議までお預けかと思っていたから」

「俺も、挨拶が出来て良かったよ。…そうだ。今度何か差し入れでも持ってこようか」

「あら、いいんですか?」

「ああ」

 

 そこで一度言葉を切り、一拍置いてまた発する。

 

「…こういった鬼殺隊士専門の治療所は今までなかった。何度か議題には上がっていたんだが、そう簡単なものでもなくてな…。だから大抵の隊士は怪我をしたら藤の花の家で医者が来るのを待つしかなかった。けれどこれからは、この蝶屋敷という絶対の治療所がある。駆け込めば治療をしてもらえる。その安心感はきっと、隊士や隠の心の余裕にも繋がり、怪我をする頻度も減るかもしれない。だから、君たちが行ったことは本当に意義のあることなんだ。…空柱として、礼を言う。本当にありがとう」

 

 玄関まで来た。見送りはここまでだな。

 その意味を込めて胡蝶に顔を向ける。

 

「何かあったら遠慮なく言ってくれ。出来る限り力になろう」

「…ええ。何かあったら、遠慮なく頼らせて頂きます」

 

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