将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話   作:シグル

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鬼殺隊の最古参の柱は仇に会い、探し人の手掛かりを得る
前編


 

 "珠世"という人を探してほしい。

 その依頼を達成すべく、俺は今浅草にいた。近くで任務があったのだが、予想していたよりも早く終わったため"他に鬼がいないか見てくる"と言って抜け出してきたのだ。

 とはいえ、闇雲に探しても意味はない。ある程度の当たりはつけておかなくては無駄に時間を使うだけだ。何せ相手は長い間鬼舞辻からも鬼殺隊からも逃げおおせているんだから。

 身を隠すなら、逆に人口の多い地区の方が人目に付きにくい。候補としては日本橋、神田、京橋、浅草、麹町辺りだろう。…だが、この広さとこの人口から一人を見つけ出すというのは、正直骨が折れる。当たり前だが、情報戦に長けている天元はもちろん、隠に協力を仰ぐことも出来ない。となると、俺が切れる手札などあと一つだけだ。

 

「暁、周囲の動物から話を聞けるか」

「ヤッテミル!」

 

 任せろと言わんばかりの勢いで飛び立っていく暁を見送り、俺も何か手掛かりはないかと歩みを進めていく。のんびりと歩き、冷やかしで店を覗きながら人々の会話に耳を澄ます。

 

──ゃぁ…

 

 ん?今何か…。

 ちょうど路地裏の前を通った時に、奥から僅かに聞こえたか細い声。人というよりむしろ動物の鳴き声に近かったそれは、少し弱っている印象を受けた。

 

「…」

 

 見なかった、というか聞かなかったことにするのは簡単だ。しかし一度足を止めてしまった以上、それは些か寝覚めが悪い。

 予定を変更して路地裏に足を向ける。注意深く観察しながら進んでいくと、そこには前足に傷を負った金目の三毛猫がいた。

 

「…ちょっと、失礼するよ」

 

 じっとこちらを見つめて動かないその猫を抱き抱える。そのまま怪我の程度を確認するために、街灯が灯っている表通りに戻っていった。

 

「…」

 

 猫を保護した路地の更に奥。そこからこちらの様子を伺っていた人物には、姿が消えていた事に加えて猫と戻ってきた暁に気を取られていた事が重なり、終ぞ気づくことはなかった。

 

 

 

 結局あの後目ぼしい情報を得ることはなく、俺は暁と猫を伴い屋敷に帰宅した。

 猫の怪我は大したことは無いそうで、二、三日安静にしていれば歩行に問題はないだろうと胡蝶が教えてくれた。その際初めて知ったが、しのぶ嬢は毛が生えた生き物全般が苦手らしい。良かれと思って見せに行ったが、声にならない悲鳴を上げて目にも止まらぬ早さで逃げていってしまった。今度詫びに何か差し入れしようと心に決めた瞬間である。

 

「こんなに可愛いのにな」

 

 そんなしのぶ嬢を見て小さくため息を吐くというどこか人間臭い仕草をした猫は今、俺の膝で我が物顔で寛いでいた。

 耳の付け根を掻くように撫でてやれば、気持ちいいのかゴロゴロと喉を鳴らす様が何とも可愛らしい。

 

「しかしお前、鳴かないなぁ」

 

 最初に聞いた鳴き声は空耳だったのかと思うほど、この猫は俺に会ってから一声も鳴かない。

 健康だというから別に構わないが、以前見かけた猫はにゃーにゃー鳴いていたからちょっと拍子抜けしたのだ。人にも個人差があるように、猫にも個猫差があるのだろうか。

 

「早く歩けるようになったら、主人のところに帰してやらないとな」

 

 この猫は毛並みも肉付きも良かったから野良ではないだろう。一応近くの店の店主に飼い猫を探している人がいるようならと伝言を頼んだが、なるべく早い方がいい。といっても、俺はその飼い主もこいつの帰るべき家も知らないから、この猫に頼ることしか出来ないんだが。

 自由に出る出歩いているんなら、保護した場所に連れて行けばなんとかなるだろう。

 

(※現実で保護した際は、然るべき所に連絡して飼い主さんの元に帰してあげてください)

 

 

 

 そんな何とも適当な判断を下した数日後、無事に歩行出来るまで回復した猫を連れて、俺は再び浅草の地を訪れていた。

 

「お前、ちゃんとひとりで帰れるか?」

 

 猫を見つけた路地裏に下ろしてやり、しゃがみ込んで問いかける。端から見ればでかい男が縮こまって何かしている怪しい構図だが、まあ仕方がない。この数日で俺もかなり絆された。

 俺の問いかけに答えるためか、この数日間の礼を伝えるためか、はたまた何の意味もないのか、だらんと垂らしていた手に猫がすり寄ってきた。

 

「…そうか。じゃあ元気でな」

 

 じっと俺の目を見つめて数瞬後。とたたたた、と効果音が付きそうな軽い足取りで猫は俺の前から姿を消した。

 暫く猫が立ち去った方向を見つめた後、立ち上がって伸びをする。

 

「さて、何か食べて帰るかな」

 

 そうして表通りの喧騒に紛れて食事処を探そうとした時、背後から名を呼ばれた。

 

「一宮さん…?」

 

 聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはついこの間柱となった鱗滝と、その連れであろう隊士が二人いた。

 

「鱗滝」

「お疲れ様です!一宮さん。お出かけですか?」

「ああ、ちょっとな」

 

 挨拶を交わしていると、鱗滝の後ろで様子を伺っていた内の一人である女性隊士が鱗滝の隊服の袖をちょんと引いた。

 

「ねえ錆兎、この人が空柱の一宮さん?」

「ああ」

「そうなんだ!初めまして、真菰です。階級は丁ひのとで、錆兎の妹弟子に当たります。それでこっちが…」

「…冨岡義勇」

「義勇も俺の弟弟子なんです。すみません、口下手で…」

「いや、構わない。改めまして、空柱の一宮だ。よろしく」

 

 互いの自己紹介が終わると真菰がそわそわしだした。何だ?

 

「あの、一宮さんこの後何か予定でもありますか?」

「ん?何か食べて帰ろうとは思ってたが…」

「なら、私たちもご一緒してもいいですか?美味しい天丼屋さんがあるんです」

「おい真菰!」

「だってお礼したいでしょ?今しなきゃ次いつ出来るか分からないよ」

「それは、そうだが…」

「俺は別に構わないよ」

 

 お礼が何なのかは分からないが、これから昼を食べようと思っていたのは事実だし、一般隊士と交流を持つのも大事だ。だから構わないと伝えると、真菰は目を輝かせ喜び、鱗滝と冨岡も一見分かりづらいが嬉しそうな雰囲気を醸し出した。

 

「こっちです!」

 

 真菰が先陣を切って案内してくれたのは、創業三十年近く経つ人気の天丼屋だった。

 四人で店内に入り、席に付く。人気店なだけあって中はそれなりに賑わっていた。

 

「海老天丼二つと、天丼一つ、天丼定食を一つお願いします」

「かしこまりましたー!」

 

 全員分の希望を聞き、注文する。店員の声を聞きながら正面に座る真菰とその隣の冨岡、そして俺の隣に座る鱗滝に順に視線を向ける。

 

「それで、"礼"というのは?」

「あっ!」

 

 そう!と言いたげに両手をぱちんと合わせる真菰は、錆兎と目を合わせるとほぼ同時に頭を下げてきた。思わぬ行動に思わず面食らう。

 

「「九年前、兄弟子の紅葉こうようを助けてくださりありがとうございました」」

「…えっと」

「ほら!義勇も!」

「お前も礼がしたいと前に言っていただろう」

「…すまない」

「何が?!」

 

 えっ、俺は今何を謝られたんだ…?

 

「義勇は今、"兄弟子を助けてくれてありがとうございました。礼を言うのが遅れてすみません"と言ったんですよ」

 

 …いや言ってた?すみませんしか聞こえなかったぞ?

 紅葉からも聞いていたが、かなりの口下手だな。

 

「あー…その"助けた"、というのはもしや最終選別の時のことか?」

「ええ」

「前に紅葉さんから聞いたんです!手が沢山生えていた鬼に殺されそうになっていたところを、一宮さんに颯爽と助けられたって」

「その話を聞いて、鱗滝さん─俺たちの師匠含め、一門全員貴方にお礼が言いたかったんです」

 

 俺たち一門は、家族のようなものだから。

 そう頬を緩めながらも改めて礼を伝えてくる様は、兄を想っている弟妹そのもので。

 

「─―本当に、仲がいいな」

 

 胸に暖かいものが広がっていくのを感じて目尻が下がる。

 

「君たち一門からの礼、確かに受け取った。…今度、君たちのお師匠や他の兄弟弟子たちにも挨拶させてくれ」

 

 貴殿方あなたがたの家族である紅葉にはいつも世話になっています、と。

 にっと笑って見せると、それぞれ瞳をぱちくりとさせつつも大きな声で了承してくれた。

 その後は和やかな空気のまま届いた料理に舌鼓を打ち、解散となった。三人はこの後任務があるらしい。

 

「…水の呼吸、か…」

 

『一宮君』

 

 脳裏に響く、今は亡き女性の声。

 当時は自覚していなかったが、俺はあの人を姉のように思っていたんだろう。彼女が弟扱いしてくる度に、気恥ずかしいような嬉しいような、複雑な感情が沸き上がっていたのだから。

 

(もう五年か…)

 

 俺は未だ、託されたことを成せていない。

 上弦の弐。対の扇と氷の血鬼術を扱う、彼女を殺した鬼。

 暁たち鎹烏に特徴が一致する鬼がいたらすぐに知らせるよう頼んでいるが、そう簡単に事が進まないのが世の常だ。腹立たしい限りだが、見つからないなら見つかるまで気長にやっていくしかない。

 気持ちを切り替えて浅草を出る。今のところ任務は入っていないので、今夜は担当地区の警備だけだ。どの順路で行こうかと思考を巡らしながら、俺は真っ直ぐ帰路についた。

 

 

 

 その日の夜、懐かしい夢を見た。

 

『やあ、君が歴代最年少で柱になった一宮あおい君かな?まだ子どもだねぇ』

 

 私のことは是非"瑞乃お姉さん"と呼んでくれ!

 …これは、初めて会った時に言われた言葉。

 

『…一宮君。君、最近無理をしていないか。顔色が悪い』

 

 君はまだ子どもなんだから、もっと周りを頼りなさい。可愛げがないなぁ、まったく。

 …これは、千里眼を使いまくっていろんな人に叱られた時。

 

『一宮君一宮君!見てくれ!にゃんこだにゃんこ!可愛いなぁ!』

 

 ほら、にゃーん!

 …これは、初めての合同任務の帰りの出来事。

 

『君は、君の目的とやらが達成されるまで絶対に死なないから逆に安心できる』

 

 たとえ死の淵にいようが還ってくるだろうからね。

 …これは、いつだか酒の席で言われたこと。

 

『ねぇ、一宮君。ちゃんと──』

 

「…」

 

 外から鳥の囀りが聞こえる。朝だ。

 随分と懐かしいものを見た。記憶の奥に大事に仕舞っていたものがポロポロと転がり出てくるのは、昨日久しぶりに思い出したからか。

 

「…俺はずっと、俺のためだけに生きてるよ。白金殿」

 

──ちゃんと、自分のために生きるんだよ。

 

 あの時の彼女は果たして笑っていたのかどうなのか。寝起きの頭ではすぐに思い出すことが出来なかった。

 

 

*****

 

 

 錆兎が柱を降りることになった。初めての顔合わせから数ヶ月後のことだ。柱を拝命したのは柱合会議の前だから、在任期間は約半年といったところか。

 

「…随分短い柱だったなぁ」

「うぐっ」

「刀を折られてそのまま襲い掛かられたんだって?災難だったな」

 

 蝶屋敷に入院している錆兎の見舞いに来たんだが、怪我の方は順調に治っているらしい。とはいえ、隊士として刀を振るうのには少々不安が残るようだが。

 

「…申し訳ない」

「?何故謝る」

 

 むしろ、そこまでの怪我を負いながら折れた刀で鬼を木に縫い止め日光で燃やしたのは流石としか言いようがないが。

 そう伝えるも項垂れたまま首を横に振り、普段から考えられないほど弱々しい声で打ち明けてくる。

 

「柱としての責務を十分に果たす前に、柱を降りることになった…俺は…自分が情けなくて仕方がない」

 

 そう身を小さくし、俯く姿はいつかの紅葉を思い起こさせる。今にも芯が折れてしまいそうな程の脆さ。今までの努力も、時間も、全てが無駄になったと思ってしまっているその姿を見てしまえば、ついお節介を焼いてしまいたくなるというもので。

 

「…昔、隊士となることを諦めた奴がいた。"鬼を前に動けなくなった。こんな状態じゃ鬼殺隊士としてやっていけない"。そう言っていたよ」

「!」

 

 すぐに気づいただろう。兄弟子である紅葉のことだと。あいつは隠になった理由を隠そうとはしない。新人の隠にはもちろん、目の前の弟弟子にも話したことがあると、以前何かの時に言っていた。

 

「だが、そいつは今も隠として十分すぎるほど鬼殺隊に貢献している」

 

 昔紅葉に言ったことを思い出す。

 

「別に、鬼殺隊に必要なのは隊士だけじゃない。隠、育手、藤の花の家紋の家。他にも挙げれば色々あるだろうが、こういった後方支援も無くてはならない重要な存在だ。…柱としての責務を果たせなかったと言うならな、別の方法でその責務を果たせばいい。お前の前には、沢山の道が広がってる。選べるんだよ、鱗滝。自分で自分の視野を、未来を狭めるな」

 

 言いたいことだけ言って、包帯が巻かれた頭に手を伸ばす。傷に障らないようゆっくりと、力を込めないで撫でてやった。

 

「まあ、最後に決めるのはお前だ。時間はまだある。ゆっくり考えるといい」

「…はい」

 

 あまり長居しても悪いだろうと扉に向かって脚を動かした。

 

「一宮さん」

 

 静かな部屋に鱗滝の声が響く。

 

「ん?」

「…ありがとうございます」

 

 礼を伝えてくる姿もいつかの紅葉を彷彿とさせ、つい小さく笑ってしまった。

 

「どういたしまして」

 

 数日後、お師匠である鱗滝殿の手伝いをして後進を育てることにしたと、鱗滝から手紙が届いた。

 そしてその直後、耀哉から冨岡義勇を新たな水柱にするという旨の連絡が来た。どうやら鱗滝が怪我をする前に下弦の鬼を斬っていたらしい。水柱の席が空いたことから、条件を満たしている冨岡が選ばれたのだろう。

 

にゃーん

 

 耀哉からの手紙を私室で読んでいたら外から猫の鳴き声がした。襖を開け、縁側に出る。ガサガサと茂みが音を立て、そこから金目の三毛猫がひょっこりと顔を出した。

 

「お前…遊びに来たのか?おいで」

 

 声をかけるとこちらの言葉が分かっているのかととと、と駆け寄りそのまま縁側に飛び乗ってきた。

 

「もう怪我は大丈夫か?」

 

 膝をつき撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らし手に頭を押し付けてくる。

 

「そうか、よかった。…お前は可愛いなぁ」

 

 耳を倒して尻尾を立てる様子を見て、ふと思う。この猫は、結構な距離を出歩いている。今は日が出ているが、見つけた日は夜だった。ということは、意外と情報を持っていたりするのではないだろうか。

 今は屋敷に誰もいない。外に声が漏れる心配もない。

 

「なあ、お前は"珠世"という女性を知ってるか?ずっと探してるんだが見つからなくてな」

 

 喉を鳴らすのを止めた金目が俺を見上げる。

 

「頼みたいことがあるんだ。だから、もし見かけたら教えてくれないか」

 

 猫は気まぐれだから頼りにしていいのか分からないが、言うだけはタダだ。それに何だか癒される。

 

「ふふ、よろしく頼むよ」

 

 もう一度頭を撫でてから立ち上がる。今日はこの後任務が何件か入っているから、そろそろ着替えて移動しなければ。

 支度が終わって再び縁側に出ると、もう既に猫はその場にはいなかった。

 

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